鈴木義彦と長谷川幸雄のウソを裏付ける全証拠(2)

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〔裏切りの報酬10億円〕
(1)西と鈴木は平成11年5月末から開始した仕手戦で一攫千金を狙い、株価を高値誘導、維持するために、A氏に資金支援を頼み協力を仰ぎながら、その際に交わした「合意書」(平成11年7月8日作成)の全てを反故にして騙し、A氏に巨額の損失を負わせ鈴木は利益を独り占めにした。この「合意書」は銘柄欄が空白で、ただ「本株」とだけ書かれていたが、「本株」が宝林株式であることに疑いはない。また「今後本株以外の一切の株取扱についても、本合意書に基づく責任をそれぞれに負う」と明記しており、西と鈴木が継続的に株取引を実行する意思表示がなされていた。
平成11年7月30日、西が「株取引の利益」と言って15億円をA氏の会社に持参した。A氏は「合意書」に基づいて3等分するものと考えたが、西が「私と鈴木の取り分は返済金の一部に充てる」という約束通り、A氏は全額を受け取った。が、そのうち1億円を心遣いとして「鈴木さんと分けなさい」と言って渡した。翌7月31日、鈴木と西がA氏の会社を訪ねた際、A氏が利益金の処理を確認したところ、二人とも了解し、A氏から5000万円ずつを受け取ったことに礼を述べた。

(2)ところが、実際に鈴木は西と組んで仕掛けた仕手戦で巨額の利益を出しながら、A氏には全うな報告もせず、西を窓口にして「都内のマンションの1DKで頑張っているから長い目で見て欲しい」などといった言い訳ばかりをA氏の耳に入れさせていた。西と鈴木の仕手戦の最初の銘柄は「宝林」で、同株の利益約160億円は次に仕掛ける銘柄の“仕込み”に使う一方で相当額を鈴木は密かに海外に流出させていた。

(3)鈴木は周到な計画を立て、海外に流出させた利益金の詳細を西にも詳しく語らず、独り占めを図った。そして、平成14年2月27日に志村化工株の取引で、東京地検特捜部が西ほかを相場操縦の容疑で逮捕するや、鈴木は西と距離を置くようになった。特捜部は事件の本命を鈴木と睨んでいた。しかし、「逮捕直前に鈴木が土下座をして、『私の名前は絶対に出さないで欲しい。そうしてくれたら、西会長が出た後には言うことは何でも聞くから』と懇願した」と西は後に証言したが、取調べで西が鈴木の関与を否認したために逮捕が見送られたと思われる。西の保釈後、鈴木は掌を返すように西との距離を置き始めた。このことだけでも鈴木の人間性が分かるのではないか。

(4)なお、平成11年9月30日付でA氏はエフアールに対して「債権債務はない」とする「確認書」を交付した。鈴木はA氏から融資を受ける際に手形か借用書を預けていたが、決算対策上は処理しておかねばならず、前年の平成10年9月にA氏は手形の原本を西経由で天野に渡して、監査法人の監査終了後に問題なく戻ってきたため、同様に協力したものだった。「確認書」は、この時に西から頼まれ便宜的に作成したに過ぎなかった。

(5)西が保釈された直後の平成14年6月、A氏が貸金と株の話をしたところ、「株取引の利益がこれから大きくなるので(債務を)圧縮して欲しい」と西がA氏に話したため、A氏は了解し、鈴木への40億円超(金利年15%を含む)の貸付金を25億円に減額したうえで、同月27日に新たに借用書を作成した。その際、鈴木が「社長への返済金10億円を直近で西に渡している」と言い出したため、A氏が西に確認したところ、西が金の受け取りを渋々認めたため、鈴木が15億円、西が10億円の借用書を作成し署名した。この二人の借用書には確定日付(6月27日付け)がある。

(6)しかし、西が受け取った10億円は、実はA氏への返済金ではなく、鈴木が「合意書」の破棄を西に執拗に迫り、それを西に実行させるための「報酬」として複数回にわたり紀井から西の運転手である花館を経由して手交されたものであったことが後日判明した。平成18年10月16日に話し合いが持たれた際に、西に「これくらいは認めろ」と言われ、鈴木もこのことについては認めていた。

(7)なお、鈴木は西との仕手戦で獲得した利益の中から親和銀行に対して損害補填による示談を申し入れ、約17億円を支払うことで示談を成立させた(平成12年1月19日付け)。もし損害補填がなければ、鈴木は執行猶予とならず実刑だったに違いないが、「合意書」に基づけば、鈴木は横領を働いたことになる。エフアールや鈴木個人の借金(負債)の清算に充てるという、こうした例は他にタカラブネ株の返還訴訟で山内興産に約4億円を支払って和解した事実もある。(以下次号)

2019.11.16
     

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