西義輝の回想録が暴いた鈴木義彦の正体(3)

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[預かった時計の一部を担保に6億円を借り、さらに質入れ]
「私は鈴木から新しい金主の紹介を依頼され、A社長を紹介することに」なったが、「A社長が貸し付けた金額の詳細だが、手形担保貸付金(手形13枚)16億9100万円、それとは別に平成9年10月15日に借用書にて3億円、それ以外に後に判ったことだが、私が知らない中で、鈴木が逮捕される直前に8000万円の借金も存在し、ピンクダイヤモンド(1億3000万円)、及びボナールの油絵併せて2点を言い値の3億円で買ってもらい、それを3億4000万円以上で売る約束の下に鈴木が持ち出し(注:油絵はそもそもA氏に買わせておいて、一度も持参しなかっただけでなく、他の債権者に担保で入れていた)、これらの品物もA社長に返されていない状態である。金利を除いた合計貸付金額は、元金が24億1100万円となる」(注:これに加えて上代が45億円の時計の代金4億円がある)
「証券会社出身で資産家の中村氏との間で、A社長より預かった時計(バセロンコンスタンチン1セット上代は10億円)を、中村氏に持ちこみ3セットで6億円の借入れをし、途中で担保を入れ替える約束で時計を取り上げ、質店・玉や商事に質入し、別途5000万円の資金調達を行った。このときの鈴木の目的は資金繰りにあり、売り先があるという建前の下3ヶ月間を期限としてA社長より時計を委託で借りるということを依頼した」
A社長から逮捕情報を聞いた鈴木が、その場に土下座して涙を流しながら8000万円を借り受けたことは、これまでにも別の稿で触れたとおりだが、「売らせてください」と言って持ち出した時計とピンクダイヤ、それに一度も持参しなかった絵画についても、鈴木の行為はまさに詐欺・横領の類だ。「中村」という人物もA氏と同様の被害実感を持ったに違いなく、さらに質入したということは、鈴木にはA氏に現品を返還する意思は全く無かったのではないか。

[鈴木は詐欺の常習者]
西のレポートから読み取れるのは、鈴木が詐欺の常習行為を繰り返してきたという疑いで、その例がいくつも記されている。
「輸入時計の購入資金として偽の輸入インボイスを作成させ、日本橋の金融業者(宮崎氏)より総額20億円の借入れを行い焦げ付かせた」「古屋貴石社長(古屋氏)を利用し、他社より3~4億円を借入れさせ、エフアール社に貸し付けさせる。古屋氏に対する一部担保としては、エフアール社の第三者割当増資で発行した株券(一定期間売却不可能な株券)及び手形割引等があった」「ノモスの佐藤新一との間では、ブルー、ピンク、レッドダイヤモンドを担保として3億円、かつ手形割引(融手含む)を担保として1億円、第三者割当増資で発行した株券により2億円前後の借入れを行った」「その他、他の業者からの借入れとしては、町金融のアイチより6000万円、その他、他社より手形割引を含め3億円の借入れを行っている」
西もまた、知人の在日パチンコ店経営者から通算20億円、1回につき1~3億円を10日で1割の金利を払って借り入れていたというが、こうした借財の清算をA氏がしてやったことになる。これだけ複数の債権者がいれば、いずれ破産の申立を受け、あるいは詐欺で告訴されていたのは簡単に予測できる。また、そうなれば、鈴木が資金繰りのために簿外で手形を乱発していた事実が表面化して、エフアール自体も倒産していた。
「(鈴木が)多方面で多用している手形割引は、鈴木が直接行わず、仲介として金融ブローカーや悪友の青田光市を使い、商業手形に見せかけて資金の調達をして」いたからだった。

こうした状況の中で親和銀行事件が表面化した。
事件に関連して西も東京地検から呼び出しを受け、「その時、5、6本のビデオの録画テープを見せられ愕然とした気持ちを、私は今でも忘れることはできない」と記している。

西のレポートには随所にA氏に対する詫びとともに「自分の一命を持ってしても許されることではない」という文言が出てくるが、平成18年10月16日の三者協議での約束を鈴木が平然と反故にした揚げ句、その後の代理人となった弁護士の平林英昭と青田光市がさらに事態を混乱させる中で、鈴木から利益分配金を回収する可能性がどんどん無くなっていくことや、青田光市と反社会勢力の人間による尾行、あるいは利岡襲撃事件も重なって、西は「一命を賭す」思いをより深めていったのではないかと思われる。(以下次号)

2019.11.21
     

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