犠牲者を続出させた鈴木義彦の強欲(5)

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〔鈴木は悪事の巣窟〕

改めて、A氏と西、そして鈴木をめぐる主要な出来事を整理してみると、以下のような時系列になる。

(1)平成9年9月から平成10年5月28日までに手形(13枚 約17億円)、借用書(3億8000万円)、ピンクダイヤと絵画、高級時計(7億4000万円)の合計約28億円の貸付が発生。ピンクダイヤと絵画は鈴木が買って欲しいと懇願して、言い値でA氏に買ってもらいながら、「売らせてくれ」と言ってピンクダイヤを持ち出したもので、絵画は一度も持参しなかった。理由は他に担保に入れていたからだった。

(2)親和銀行不正融資事件で鈴木が警視庁に逮捕された。不正融資は100億円以上に及んだ。

(3)平成11年5月30日、宝林株(800万株)取得資金3億円については鈴木の言い分が三転も四転もしたが、最後にはA氏が出したと認めた。

(4)平成11年7月8日、A氏と西、鈴木の間で宝林株を始めとする株取引を開始する旨の「合意書」が交わされた。「今後の株取引の全てについて責任を負う」と明記。

(5)平成11年7月30日、西義輝が「宝林株取引の利益分配」と言って15億円をA氏の会社に持参。

(6)平成11年9月30日、A氏が預かっていた手形につきエフアールの決算対策を名目に西経由でエフアールに渡すとともに「債権債務は無い」とする「確認書」を西経由で手交した。鈴木に頼まれ便宜上作成したものであったことはいくつもの書類で明らかであり、天野裕常務も認めていた。

(7)平成14年2月27日、西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検に逮捕された。

(8)平成14年6月20日、西が債務323億円を認める「確約書」をA氏に手交した。

(9)平成14年6月27日、鈴木と西がそれぞれ15億円と10億円の「借用書」を作成しA氏に手交した。西の借用書作成は、鈴木が「直近で西に10億円を渡してある」と言ったため。(年利15%ならば40億円超、年30%の遅延損害金では60億円超になるが、それを25億円にしたにも拘らず、鈴木は裁判で「10億円を西に渡したとは言っていない」「覚えていない」「この日に会っていない」と証言したが、鈴木と西が平成14年6月27日付で作成した借用書には確定日付を取っていた)

(10)平成18年10月16日、A氏と西、鈴木の三者協議が行われ、鈴木がA氏と西にそれぞれ25億円を、またA氏には2年以内に別に20億円を支払う旨を約した「和解書」が作成された。その後、鈴木は20億円について贈与と言ったり、「そんな話はしていない」(西による録音記録)と言ったが、このほかにも証拠が沢山見つかっている。

(11)その後、電話での複数回の会話を経て、平成18年10月23日、鈴木がA氏の会社を訪ね、改めて「和解書」に基づく支払等の確認がなされた。その間に鈴木が株取引での西の損失額を確認し、「その分を利益から引いて3等分しないといけない」旨の発言をして「合意書」「和解書」を追認した。

以上がA氏と西、鈴木をめぐる時系列の経過だが、それぞれについて補足すると、鈴木はA氏と知り合った直後から、A氏から金を引き出す画策をしており、逮捕直前に借りた8000万円、ピンクダイヤを持ち出すために予め用意した「念書」などがまさにそれだった。また「合意書」を交わした直後から鈴木の裏切りが始まり、西を篭絡して同調させ「合意書」の破棄を執拗に要請するとともに、鈴木自身はA氏との関係を希薄にしていった。宝林株の取引が予想外の利益を生み、鈴木が金に対する執着から利益の独り占めを謀った結果だった。

巨額の利益を獲得した結果、鈴木は親和銀行との間で示談を成立させ約17億円を支払ったために実刑を免れたが、示談金は利益金の一部だったから、A氏や西からすると事実上の横領であったが、流用は鈴木が厳に秘匿した。

西が保釈された後の平成14年6月、改めて借用書を作成するに当たり、鈴木は西に今後の利益分配を前提に債務を圧縮させた上、「合意書」破棄のために西に渡した10億円をA氏への返済金と偽り、さらに減額させた(約束通りの遅延損害金年30%で計算すると60億円を超えていた)。三者協議の場で鈴木は「合意書」の有効性を頑なに否定したが、紀井が銘柄ごとの利益明細を証言している事実を知り、最後には宝林株の取得資金3億円をA氏が出し、宝林株取引が「合意書」に基づいて行われた事実だけは仕方なく認めた。

「和解書」の作成により、一旦は「合意書」に基づいた株取引が行われた事実を認めた鈴木だったが、その後の翻意はA氏と西には意外に思えた。しかし、その後、鈴木が所在を不明にする中で交渉の代理人となった青田光市と弁護士の平林英昭の対応を見る限り、鈴木からの報酬目当てとしか思えないほど事態を混乱させたのは他ならぬこの二人だった。

青田は「鈴木はA氏と西氏に脅かされて怖くなり、和解書に署名しなければ、その場を切り抜けることができなかった」と言い出した。しかし、青田は三者の話し合いには一度も立ち会っておらず、その場の雰囲気すら分かっていなかった。平林も鈴木の債務額を4回も言い換えるなど支離滅裂で、おそらくは鈴木が背後でA氏への支払額を限りなくゼロにする指示を出していたに違いない。また平林は利岡襲撃事件に関連してN一家のトップと少なくとも2回以上会うなどして事件の隠蔽工作を謀り、弁護士の倫理観のかけらもない対応を繰り返した。暴力団のトップとの面談が公然化したら、平林は懲戒では済まされないということを分かっているのか。鈴木が用意したダミー会社の代理人に就いていた杉原正芳弁護士も同じである。今後、鈴木と青田は猛省するタイミングが近づいていることに早く気づくべきだ、と指摘する声が増している。(以下次号)

2019.11.30
     

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