犠牲者を続出させた鈴木義彦の強欲(7)

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〔鈴木の犯罪は今も続いている〕

裁判官は法廷で判決を下すが、その認定に誤りがあったとしても責任を取ることはない。それは何故なのか? 刑事事件の訴訟で有罪判決を受けた被告がその後無罪となったときに、有罪の判決を下した裁判官が罰せられることも無ければ、当事者に謝罪することも無い。

人は間違ったことをして他人に害を及ぼせば謝罪し、何らかの賠償責任を負うのは社会のルール、基本原則であるはずだ。今回の事件についてみると、度が過ぎる認定の誤りが多すぎる。それが故意ではないかと疑いの目を向ける指摘が多くなっている。裁判官も人間だから一定の範囲のミスは仕方がないにしても、地裁、高裁の裁判官6人全員が同じミスを犯すことは有り得ない。それ故に故意や裏取引の可能性について、多くの人が疑いの目を向けている。

本誌では鈴木義彦の悪事、それも結果として裁判所を騙したことになる悪事をさまざまな形で取り上げてきているが、不可解なことに鈴木本人は沈黙を貫いたままでいる。ならば、鈴木が実害を被らせたA氏をはじめ関係者に一言でも謝罪しているかと言えば、それもなく、何一つ抗議も釈明も無いことが人として不可解だと言っているのだ。

「そもそも西との出会いが無ければ、鈴木はエフアールもろとも破たんするしかなかった。その西を裏切って自殺に追い込んだり、さらにA氏に対しても恩義を忘れたかのような対応を繰り返して来たのだから、鈴木には謝罪という発想はない」と関係者は言うが、そうだとしても度が過ぎる。問題となった「和解書」作成後に鈴木から送られた手紙の文面からも十分理解できるように、「(社長には)大変世話になった」とか「男として一目も二目も置く」等と書くはずが無かった。

鈴木は裁判に勝訴したのではない。担当した裁判官が鈴木に騙され、あるいは故意に騙された振りをして、原告側の主張を退けただけである。その結果、何が起きているか、といえば、鈴木の犯罪が今も見過ごしにされているということである。裁判官は自ら認定を誤ったことで、1000億円を超える課税対象について日本国が被害を被るという深刻な事態を招いている責任を重く受け止めなければならない。また単純に金額での比較をしても、5000万円の政治資金や選挙資金で公職を追われた元知事2人の例もある。鈴木の場合は弁護士に対して金の力で思い通りにさせているほかに10人前後の人間が自殺や不審死、行方不明という事態が起きているのだから、よほど深刻ではないのか。

鈴木が西義輝や西田晴男とともに実行した株取引で犯した犯罪は、西義輝が相場操縦の容疑で東京地検に逮捕、起訴され有罪判決を受け、鈴木は巧妙に逃げおおせたことで区切りがついたと思われるかもしれないが、株取引で得た利益が海外で隠匿されている限り、鈴木の犯罪は今も継続している。裁判官の最大の過ちは、鈴木の犯罪を解明する機会を見逃した点にある。

鈴木が株取引で用意したダミー会社は100社にも及んでいた模様で、それらは用済みになり次第清算していったと思われるが、鈴木にとってダミー会社が自身の隠匿資金を隠す唯一の“武器”であるはずだから、今もダミー会社が存在しているに違いない。また、隠匿資金を金や貴金属、高額品等に換え、さらにもう一度現金に換えるというロンダリングを繰り返しているかもしれないが、その工作もいずれは綻びが生じて水泡に帰す可能性が高い。

貸金返還請求訴訟の法廷で、鈴木の主張はことごとく破綻していた。エフアールと鈴木個人の使い分けで責任逃れをしたこと、「合意書」に基づいた株取引を頑なに否定しながらも最後には宝林株の取引で「合意書」の有効性を認めたこと、したがって「和解書」でA氏と西にそれぞれ25億円を支払い、さらにA氏には別に2年以内に20億円を支払うと約束しながら、法廷では強迫や心理留保などというありもしない理由を並べ立てて否定したこと、鈴木は外資系投資会社のコンサルタントをして生計を立てていると法廷で豪語したが、その外資系投資会社こそ鈴木が用意したダミー会社であり、実体などなかったこと等、それらの主張の破綻を裁判官はなぜか全て見逃して、A氏側の主張を退けたのである。裁判官が鈴木の主張の破綻の一つにでも注目して検証作業を進めていれば、鈴木の嘘は芋づる式に解明されていたから、すくなくともA氏の主張がほぼ全面的に退けられるような判決にはならなかった。

これまでにも触れてきたように、今後、鈴木が隠匿資金がらみで刑事責任を問われる可能性が高く、実際にも現実のこととなったとき、裁判官(裁判所)はおそらく冒頭に挙げたように何一つ意思表示をすることは無い。しかし、それで済むはずはないのではないか。

裁判所という世間一般の日常とは隔絶したような環境下で真っ当な裁決を下せる裁判官がどれほどの割合を占めているのか、裁判所のトップに位する最高裁において裁判官の資質を問う制度が何故起動しないのか。制度としては国会議員で構成される弾劾裁判所があり、裁判官を裁判する場が唯一だが存在しているから、そこで説明責任、説明義務を問われる事態を招くことになる。貸金返還請求訴訟で判決を下した東京地裁の品田幸男という裁判官、そして地裁判決を丸呑みして、自ら検証した痕跡など一つもない判決を下した東京高裁の野山宏という裁判官は、この弾劾裁判所で資質、資格を問われて然るべき裁判官ではないかとさえ思われる。品田、野山の両裁判官が、弾劾裁判で裁判官を罷免する事由となる「職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠った」ことは明白で、だからこそ判決に至る裁判官による認定に多くの疑義が生じている。それ故、訴追委員会の委員となり裁判員となる国会議員(20人)がこの貸金返還請求訴訟を検証すれば、すぐにも判決に誤りがあるとの認識を持つに違いないし、それが再審にもつながる大きな意味を持っているはずなのだ。テレビ局を始め取材のオファーや海外からの問い合わせも日増しに多くなっているのは、これが社会問題であることの証であると思われる。(以下次号)

2019.12.03
     

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