西義輝の長男・内河陽一郎に向けられる「無責任」「非常識」「傲慢」の非難(2)

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西義輝の長男、内河陽一郎が、西の死後、A氏の関係者に対して非常に不可解な言動を繰り返している、という記事を掲載したが、関係者の一人が陽一郎に手紙を送り、西が自殺する際に西の妻松子と陽一郎に宛てた手紙(遺書)を見せる事に加え、今だA氏に言っていないことが多くあるようだから、いい加減に本当の話をするべきだという注意喚起をしたところ、あろうことか、陽一郎は弁護士を立てて、「この問題は自分とA氏の事なので一切立ち入らないで欲しい」という趣旨の通知を遅らせていたという。いったい、陽一郎は何を考えているか、理解に苦しむが、弁護士を立ててまで関係者からの忠告を拒否する対応は尋常ではない。しかも、陽一郎がA氏に連絡を取り、西が遺した遺書の開示や自分の意思を直接伝えるかと言えば、そうではなく、A氏に対しても依頼した弁護士を窓口にして陽一郎とは直接連絡を取らないで欲しい旨の記述が送られた通知にある。

西が生前にどれほどA氏に世話になり、どれほど迷惑をかけたか、陽一郎は全てを承知しているだけでなく、西がA氏に宛てた遺書をA氏に強引にコピーをさせて読んでいるから、西のA氏への思いも十分に分かっていた。それにもかかわらず、関係者へのこの対応である。誰が見ても、陽一郎の言動に大きな違和感を持つとともに、陽一郎の非常識さには本当に呆れてしまう。

(写真:西義輝の死後、西の妻松子と長男陽一郎がA氏と交わした「合意書」松子と陽一郎は対立する鈴木との交渉・訴訟等に全面協力するとしたが、A氏には内緒で相続放棄をしたり、2人ともA氏には未だに西の遺書を見せていない)

西の死から約4か月後の平成22年6月15日、西の妻松子と陽一郎がA氏の会社を訪ね、一通の書面が作成された。
「合意書」と題するその書面には、第一に西が生前にA 氏に譲渡した全ての債権及びA氏の債権回収について、A氏が依頼した場合には妻松子と陽一郎は全面的に協力する、という約定が謳ってある。
言うまでもなく、西がA氏に譲渡した債権及びA氏の債権回収とは、もちろんA氏が鈴木義彦に貸し付けた資金約28億円と「合意書」に基づいた株取引の利益分配金を、また譲渡債権とは、鈴木と西がA氏を外して利益の山分けをするとして交わした密約で、西が鈴木から受け取ることになっていた137億円を指している。

鈴木と西は、宝林株800万株の取得に始まる株取引で、A氏、西と3人で合意書を交わしたにもかかわらず、鈴木がそこに明記された約定を一切無視して利益を独り占めにしたが、それは合意書に基づいた株取引が始まって間もなく、最初の銘柄となった宝林株で160億円という西にも鈴木にも想定外の純利益が出たことで鈴木と西は目がくらみ、2人で利益を山分けしようという密約を交わすまでになった。しかし、鈴木はA氏に対する債務の調整だけでなく株取引でも西を利用するだけ利用した揚げ句に密約を反故にして、西に渡すと約束した利益分配金約137億円を払わなかった。西はそれをA氏への債務返済の一部として譲渡していたのである。
ところが、陽一郎はA氏に対して全く反対の態度を取り続けてきた。妻松子宛の分を含め西の遺書を見せると約束しながら今に至るも見せようとせず、鈴木に対する貸金返還請求の訴訟でも、実名の陳述書の提出を拒んだり、別の訴訟提起にも鈴木の報復が怖いとか就業先のコンプライアンス問題等を出して協力できないと言い出すなど、全く理解できない対応を取ったのだ。A氏の関係者達は誰もが陽一郎の無責任さに憤り、「父親の無念さを思えば、鈴木に対してあらゆる手段を講じてでも対抗するのが息子の役目ではないのか」と詰ったが、陽一郎は聞く耳さえ持たなかった。

株取引は宝林に始まり、次いで鈴木の創業したエフアールほか次々に実行されて行ったが、A氏は西に乞われれば合意書での約束を守り株価の買い支え資金を出し続けた。その際にA氏の所に出向くのは西と運転手の花館聰氏の2人で、金額が数千万円単位の時は水野という社員が一人で取りに来ていた。鈴木はほとんど姿を見せなくなった。A氏が鈴木の様子を西に聞いても、西ははぐらかして「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っているので、長い目で見守って下さい」とか「今は日本ではなく海外にいて、帰ってくる予定が決まっていません」などと言って煙に巻いてしまうことが頻繁にあった。
西は鈴木の指示で仕掛けた銘柄の株価を高値に誘導するために、大量に買いを入れていたが、鈴木はその間隙を縫って取得株を売り抜け、それぞれの銘柄で10億円単位の利益を出したうえに海外に流出させていった。西が負った損失を鈴木が補填することはなく、また利益の分配もしなかったから、当然、損失分はA氏が被ったに等しい。ただし、西は鈴木の唆しに乗って、合意書を破棄する約束をして10億円を報酬として受け取り、また宝林株の利益分配として30億円を鈴木から受け取っていた。
ところが、西はA氏から出してもらった買い支え資金を流用して合意書に基づいた株取引とは別の投資に使ったり、東京オークションハウスの店舗を新規に銀座に2店舗と日本橋にも出店したり、西の妻松子には銀座に「角館」という名前の店を出させたり、あるいはカジノや料亭遊びなどの遊興に散財した事実が後日判明したが、そこには陽一郎の姿があることも多かったのを関係者が目撃している。陽一郎は株取引の現場を見ていながら、西に言葉を一度もかけたようには思えないほど西の浪費に加担したことが窺える。

(写真:確約書 西義輝がA氏に負っている債務総額が323億円であることを承認し、妻松子が連帯保証をしている)

それだけではない。西は愛人の中田早苗と組んでA氏に新たな投資話を持ち込んで、A氏から資金を仰ぐという話もあってA氏は応諾して資金を出したが、その投資に冠したシャフィーロという人物は西と中田早苗が作り上げた架空の人物で、鯉渕氏が4~5億円、知り合いの医師も4億円ほか多くの経営者を含めると被害の総額は100億円以上に及び、A氏だけでも70億円に及ぶとみられる。A氏が出した投資資金の一部が中田早苗の個人名義の4つの口座に入金されていることが発覚したことで、その投資話も実態のない詐欺まがいであることを中田自身が認め、事件化はしなかったものの、西と一緒に行動していた陽一郎は、最後まで自身の関与についてA氏には知らぬ振りを決め込んでいたが、関係者の間では明らかに共犯だという声が圧倒している。

鈴木が株取引の利益を独り占めにして海外のプライベートバンクに隠匿している事実、そして利益総額が約470億円にものぼっている事実が判明したことで、A氏と西、鈴木の3人が和解協議の場を持って合意書の約束履行を鈴木に迫った。しかし、鈴木は頑なに合意書を否定して「西に協力して合意書に署名指印したもので、実際に株取引を実行したことは無いし、A氏と株のことで話したこともない」と言い張り、西が言っていることは全て西の作り話だとまで言った。
しかし、紀井氏が利益が巨額に上がっている事実を明らかにしたため、鈴木は最初の宝林株取引だけは認め、A氏と西にそれぞれ25億円ずつを支払うと約束して和解書が作成され、その後、A氏には別途20億円を支払うことも約束した。ところが、鈴木はそれからわずか1か月ほどの後、その約束を反故にして交渉を継続するという内容の手紙を一方的にA氏に送り付け姿をくらませた。

鈴木側の代理人に就いた青田光市と平林英昭弁護士は、交渉とは名ばかりで事態を混乱させるばかりだったが、株取引については西の作り話である点を強調したことから、西はさまざまな反論書面を作り、平林に提示した。その書面を作成したのが陽一郎だった。西が口述し陽一郎が文面にまとめたものとなっていたようだが、こうした経緯からも分かるように、陽一郎は株取引の実情を実感する現場にいただけでなく、鈴木との交渉の現場で書面の作成にも関わったことから、少なくとも西が自殺した後の鈴木との交渉の現場で自ら知り得た事実や実際に目撃した出来事等について、A氏や関係者達に語るべき立場にあったはずだ。ところが、陽一郎は一切口を噤み何も明らかにしようとはしなかった。

鈴木の報復を恐れるという陽一郎の言葉の裏には、西が株取引のさ中でA氏を裏切る密約を交わしたり、合意書破棄で10億円と宝林株の利益分配として30億円の報酬を受け取ったり、さらにはA氏から出してもらった買い支え資金を流用していた等の事実を突きつけられ、鈴木から恫喝された現場を陽一郎も目撃した経緯があったのではないかとさえ思われる。そうであれば、陽一郎も西と一緒に散財に耽った事実はA氏には知られたくないという思惑が働いても当然かもしれない。しかし、A氏の関係者が自分の身の危険を顧みず鈴木を追い詰めようとしている中で、A氏の資金を流用していた事もある陽一郎が自分の身だけを案じてA氏側に協力をしないという事は明らかな裏切り行為であって、誰が聞いても納得するはずがない。
まして、鈴木が西を2度も3度も死に追いやるようなことをしでかし、遂には自殺に追い込んだという事実は西の長男である陽一郎が重く受け止めるのが当然のことであり、さらにA氏に対して金銭問題をもちろん多大な迷惑を蒙らせてきた事実を考えれば、陽一郎の釈明は、まるで他人事のように受け止めているとしか見えず、自分には関係ないという口ぶりにしか聞こえない。陽一郎にとっては鈴木が西の命まで狙ってきた仇敵ともいうべき男であることをどこまで真剣に受け止めているのか。陽一郎にはA氏への感謝の気持ちが微塵も感じられず、誠実さや謙虚さが全くない自分勝手な人間としか言いようがないのだ。これには、双方の多くの関係者全員が同様の考えを示している。

西の妻松子や身内が西の死後に相続放棄をしたことを知っていながら、陽一郎はA氏に報告も相談もしていなかったが、これは人として許されないことなのだ。陽一郎は西がA氏に宛てた遺書のコピーを持っているはずだから、もう一度読み返すべきだ。西がどんな思いでそれを書いたか、どれほど言葉を尽くしてA氏に詫びているか、さらに鈴木から裏切られたという強い怨み等を実感して、過去の様々な現場を思い出すべきだ。そして、A氏に見せようとしなかった妻松子と陽一郎宛の遺書を今こそA氏に全て見せるのは当然のことだ。
陽一郎は、西がA氏に内緒で妻松子の生家の近くに建てた別邸の処理に当たって「自分が買ってもいいですよ」とA氏や関係者の前で言ったこともあったようだが、それも一つの意思表示になるはずだ。というより、そのくらいやって当然である。冒頭にも挙げたような、わざわざ弁護士まで立ててA氏の関係者に「A氏と自分の問題に立ち入るな」と通告させたり、さらにA氏にまで弁護士を通せと言って、自分との間を強引に遮断しようとする言動がどういうことであるか、陽一郎は、本当に分かっているのか。(つづく)

2021.07.13
     

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