読者投稿 「鈴木義彦」 ②(93)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

《裁判官は、刑事民事に拘わらず、何故事件が起きたのかを突き止めようとするのが使命ではないだろうか。そして、それを突き止めて、罪を真っ当に裁くのが裁判官の務めだと思うが、民事裁判の裁判官にはそこまでの意識はないのだろうか。人間の損得に関わる事案を扱う事が多いため、お互いの欲が絡んでいて「どっちもどっち」的な意識が強いようだ。しかし、今回の様に原告のA氏が実損が巨額で200億円を超える場合は、一層真剣に問題に向き合って明確に白黒をつけるべきだ》

《不当裁判に対して裁判のやり直しをする為の再審請求制度が設けられているが、裁判所はこの再審請求を滅多に受付けないようだ。裁判官の誤審誤判を認めたくないという事だろう。裁判官でも間違いはある。その間違いを正そうとせず、揉み消そうとする姿勢は、本来、公明正大でなければならない裁判官の信義に逆行しているではないか》

《裁判官という職業も職務を真っ当に貫こうとすればするほど軋轢が起き、抵抗や圧力が増す場合が少なくないと思う。しかし職業柄、信念が揺らがない強い心を持つべきだ。そこには自分の立場とか組織の事情などを忖度する弱さを捨てて真実の追及をするべきだ》

《友人と交わした約束を守る為に他人から非難され、別の友人から嫌われてしまう事もある。そんな愚直な生き方をしてきた人には、鈴木の様な悪党がこの世にいることさえ信じられないのではないだろうか。鈴木は、他人の為になるようなことをした事があるのだろうか。人間の心を忘れたままでは家族たちも不憫だろうと思うが、このままで人生を終わるよりも「思い遣り」という言葉を思い出して、せめて残りの人生を穏やかに暮らすよう、家族は鈴木を説得するべきだ》

《裁判官は特別な上級職であり公務員である。高額な給料は国民の血税から支払われている。品田と野山の両裁判長にその意識があるのか。この二人の仕事ぶりからは微塵も感じられない。特に高裁の野山裁判長については、誤字脱字の修正しかやっていないじゃないか。裁判官を辞めて事務職に移った方がいいだろう》

《普通の人間には感情がある。怒り、悲しみ、恨み、そして慈しみ。それらが事件を引き起こす。事件を起こした人間の根底にあるものが分からなければ真の意味で事件を裁いたことにならない。品田裁判長はそんな意識を持って裁判に臨んでいるのだろうか。仕事に対する強い熱意と裁判官としての信念を持って人を裁くべきだ。この裁判ではそういう事が欠けていたとしか思えない。再審を受理して公正な裁判が何故できないのか》

《メディアの安易な姿勢が大きな問題になっている。コロナ禍や皇室問題、芸能ニュースについてもマスコミのいい加減な取材と憶測によって人の心を傷つけている。発言の自由や報道の自由は「両刃の刃」だという事への自覚が足りない。そのくせに、世間の裏で起こっている重大な事件を関係先への忖度によって隠している。このサイトに掲載されている鈴木義彦という悪党の数々の所業を報道していないことには多いに疑問を感じる。裁判所の腐敗や裁判官の誤審誤判についても報道しないのは何故だろうか。マスコミが権力に諂っていては世の中の信頼を得ることは出来ない。お前たちは権力者の御用聞きか》

《鈴木の裁判では、担当した品田裁判長と被告側の癒着問題が浮上している。裁判の争点から株取引の事案を排除する事は事前に打ち合わせがされていたのではないか。「合意書」契約を認めなかった判決理由には無理がある。契約内容の細かい点に不備があったとしても契約自体の成立は揺るがないだろう。どうしても「合意書」を否定する品田の目的は株取引を争点から排除し、利益の470億円を表に出さないようにする事だったのではないか》

《裁判官は、自分の職務に矜持というものを持っているのだろうか。正義というものを何と心得ているのだろうか。高学歴や司法試験という難関を突破した事に自惚れ、民間人を見下ろし、出世競争を勝ち抜くために上司の意向ばかりを気にしている人間が多い。そして、プライドだけが高く自分の過ちを認めようとしない。この様な人間達に人を裁く資格など無い》(以下次号)

2022.02.04
     
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

    お問い合わせ