F1・絵画・競走馬ほか「鶴巻智徳」が夢に賭けた1200億円(5)

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〔モネの「松林」は売却されていた〕
平成25年に債権者は2通の「確約書」を有力な証拠として、日本トライトラストと道子に対し、貸金返還を前提とした絵画引渡等請求の訴訟を起こした。仮に確約書の作成が岡田の債権者への説明通りではないとしても、少なくとも岡田が確約書を作成するに当たって道子の指示や同意があったのは間違いないとして踏み切った訴訟だった(岡田の話にはうそが多かったので、弁護士から2回も確認を求められたが、岡田は間違いないと答えた)。しかし、前号で触れたように2通の「確約書」を作成したとする道子が真っ向から否定し、信憑性が問われることになった。

(写真下:鶴巻道子の署名がある「確約書」)

しかも鶴巻の死亡直前にギャラリー早川へ売却した事実を岡田自身が承知していながら、債権者には全く逆の話をして騙し続け、債権者を信用させるために渡してきた書面すら岡田による偽造ではないかという道子側の主張が裁判官の心証を占めるようになった。何よりも訴訟が提起された直後に岡田自身が道子側の弁護士と面談し、2通の確約書の偽造を認めるかのような自白をしたり、あるいは道子が岡田の自宅を訪ねて確約書の作成経緯を岡田と語り合う内容を録取した音源が証拠として提出されるなどしたために、岡田がモネの「松林」が売却された事実を知らなかったと強弁しても、全く信用されなくなってしまったのである。
その結果、平成26年12月、裁判官は日本トライトラストに対しては、債権者に対して負っている債務が合計で約8億6400万円あることを認め、その支払と一部2億8000万円については平成12年4月28日から支払い済みまで年30%の金員を支払えと判決したが、道子に対しては全面的に請求が退けられてしまった。全て岡田の嘘が招いたことだが、道子が外された影響は大きかった。

債権者は、判決に基づいて債権回収の強制執行を申し立て、実際にもそれが認められたので実行したが、1回目の執行では約23万円、2回目の執行では約5500万円で1億円にははるかに満たなかった。その結果、債権者は改めて連帯保証をしていたデルマークラブと道子に対して損害賠償請求訴訟を起こしたが、デルマークラブについては時効が成立、また道子については前述と同じ理由で退けられ、全面棄却となった。岡田は「全て道子との打ち合わせの上でのことと述べていた

また確約書に記された目黒平町の土地に対しても、岡田は抵当権を設定していたメディア21という会社に対して設定を取り下げさせ、さらにメディア21から債権譲渡を受けた金山澄雄に対しても競売申立を取り下げさせると約束し、確約書でもそれを謳いながら一切実行できず、約束が偽りであったことが裏付けられてしまった。

岡田瑞穂は、鶴巻が鉄工所を経営していた昭和43年から鶴巻に仕えてきた男で、鶴巻が死亡した後も日本トライトラストの取締役として会社に残った。通例でいえば、日本オートポリスの破産宣告で鶴巻の率いた会社グループは、その巨額の負債により事実上瓦解していたわけだが、前述したとおり残された資産があったために日本トライトラストを中心に継続され、鶴巻の死後も残務処理を名目に岡田が居残る余地が残ったことになる。何より会社や鶴巻個人の債務処理については、岡田以外に事情を心得ている社員が一人もおらず、鶴巻が病床に伏せて以降はなおさら、一人岡田が対応していたのが実態だったようである。
道子は法廷に提出した陳述書の中で鶴巻が「岡田に会社をめちゃめちゃにされた。あいつとは二度と会いたくない」と語っていたと述べているが、それは、これまでに触れた2通の「確約書」の作成が一方で債権者の意思に沿った内容としており、また証拠としても提出されたが、今度は道子や道子の代理人に対して自ら偽造したことを白状する書面の作成に協力するような態度を岡田が取ったことから、裁判官には全く心証が悪くなってしまった。岡田が鶴巻の元で債権者に関わりながら、どれほど債権者に損害を与え、混乱させてきたかについては別稿で触れる。(以下次号)

2019.12.13
     

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