特集1-2 極悪!!稀代の事件師「鈴木義彦」の正体

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(1)

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鈴木義彦が今回の訴訟で証言した内容が、最初から最後までほぼ全て偽証だったということが明白になり、それが読者の間にも浸透しているようで、鈴木を非難する多くのコメントを国内外を問わず戴いている。

代理人弁護士が依頼人の利益を前提に法廷戦術を構築するのは当然だが、そのことによって相手の名誉を毀損したり、過度の偽証を実際の法廷で行うことは許されるはずがない。

鈴木の代理人に就いた平林英昭、長谷川幸雄の両弁護士は、A氏と西義輝、鈴木義彦が平成11年7月8日に交わした「合意書」(はっきりしている事実は「合意書」が無効であれば、株価の買い支えは行われず、大きな利益も生まれなかったという点である)を無効にするために、さまざまな法廷戦術を取ったが、中でも強調したのが「公序良俗違反」「強迫」そして「心裡留保」であった。それを裏付けるためにA氏が反社会的勢力と極めて親密な関係にあるという虚偽の事実を強調して、鈴木が和解時には一旦は「合意書」の有効性を認めて自署し指印までした「和解書」までも無効にしようとした(そもそも「合意書」の作成では西も同席する中、鈴木が一人熱弁を振るって懇願した)。「和解書」が作成された当日、西が香港で殺されかけた事件で鈴木が犯人に仕立てられそうになり極度の心身耗弱に陥ったという主張に始まり、A氏の会社が入るビルのエレベータが故意に止められ、鈴木が事実上の監禁状態に置かれ恐怖心を持ったとか、A氏の背後に暴力団が控えていて、逆らえば命の危険さえ感じたという虚偽の陳述を平然と法廷で並べ立てたが、それは和解書作成後に鈴木がA氏に送った2通の手紙の内容が全てを物語っている。そして、鈴木と株取引の実態を知る西義輝が自殺してしまったために法廷で証言できないことを悪用して、『合意書』を無効にしようとしただけでなく、A氏と暴力団との親密関係を「西から聞いていた」と言って裏づけにしたのであるこれらの言動はA氏の名誉を棄損することになり、平林、長谷川の両弁護士の取り組み方自体に問題が生ずる。被告が法廷偽証に問われる可能性が少ないからと言って、鈴木の嘘を増長させた行為は弁護士に課せられる「信義誠実の義務」(弁護士職務基本規程)に大きく違反するものだ。

これに該当する鈴木の証言の一部を以下に挙げる。

1. 鈴木はA氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドとボナールの絵画(注:鈴木は絵画を一度も持参しなかった。他に担保に入っていた)を「売らせて欲しい」と言って平成10年5月28日に持ち出しながら、売却代金の支払も現品の返却もしなかった。それを正当化するために、現品を持ち出す半年以上も前に作成された同額の「金銭借用証書」をもって処理されていると主張した。しかし、時期が全く違っているだけでなく、鈴木がピンクダイヤモンドを持ち出す際にA氏に差し出した「念書」には「預かった」という文言が明記されており、前記の「金銭借用証書」に係る記述は一切なかった。それ故、鈴木(代理人弁護士)の主張は過剰な誤りの主張、立証に当たる。

2.鈴木は平成14年6月27日に15億円の「借用書」を作成したが、一方で平成11年9月30日付の「確認書」をもって「債務は完済された」と矛盾した証言を繰り返したしかも、鈴木は証人尋問で「借用書」の作成そのものを否定し「その日はA氏と会っていない」とまで証言したが、鈴木と西それぞれの「借用書」には同日の確定日付という動かぬ証拠がある。

3.「和解書」作成当日、鈴木はA氏と西義輝の「強迫」に恐怖心を抱いて心身耗弱に陥っていたと主張して、「和解書」への署名指印を無効と主張した。そして、それを裏付けるために、在りもしないA氏と反社会的勢力の関係を過剰に演出した書面(代理人弁護士と鈴木による質疑応答)を証拠として提出した。

こうした実例は、実際には挙げればきりがないほどに列記できるが、上記の1~3だけでも鈴木の虚偽は十分に立証される。いずれにしても平林英昭、長谷川幸雄の両弁護士による、鈴木の嘘を正当化させるための過剰な主張、立証は前述した規程に著しく反するもので、A氏というより鈴木の嘘にまみれた言動を許せないとするA氏の多くの関係者が告訴・告発の準備を進めているという。また、それに併せて鈴木の悪事を“黒子”のように支えてきた青田光市、鈴木の代理人弁護士として、外資系投資会社を装うダミー会社の代理人を務めてきた杉原正芳弁護士に対しても法的措置を進めているという。過去には5億円の賄賂が発覚したロッキード事件で罪に問われた田中角栄元首相、5000万円前後の政治資金や選挙資金で公職を追われた2人の元知事、あるいはニッポン放送株の取引で逮捕された村上世彰等の例を見ても、単純に金額で比較はできないが、対称になった金額がはるかに大きな鈴木義彦が何の咎めも無しに悪事の限りを尽くしている限り、周囲の弁護士でさえも法に触れる行為を繰り返すことになる典型として決して見逃してはならない。

鈴木からの報酬がどれほどのものか想像がつかないが、ここまでやるからには「懲戒」も辞さずという構えで臨んだように思われることを平然とやってのけている平林、長谷川、杉原らの弁護士、さらには誤審(誤判)を招いた地裁、高裁の6人の裁判官に対して国内外から非難、批判の声が多く届いている西義輝の自殺を報じた別誌報道を削除させようとした鈴木が、本誌の記事掲載により事実関係をほぼ全て明白にされながら何一つ言い訳出来ないという事実を彼らがどのように受け止めているのか、いつまでも無視できるはずはないと思われるが真実の声を聞きたいものだ。

戦後話題になった経済事件でも、鈴木のように身近で関わった10人前後の人間が自殺や不審死を遂げ、あるいは行方不明になっている事件の真相がほとんど解明されていない事実をもっと深刻に受け止めるべきではないか。(以下次号)

 

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(2)

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〔鈴木の嘘を増幅させた弁護士、見逃した裁判官〕

鈴木義彦が親和銀行不正融資事件で逮捕されたのは平成10年5月31日で、起訴はされたが、親和銀行との和解が成立したことで判決は執行猶予となった。銀行との和解は、鈴木が不正に受けた融資金(判明している分だけでも総額で数十億円といわれていた)の一部約17億円を返済することで成立したのだったが、その資金は西義輝、そしてA氏との三者で交わした「合意書」に基づいた株取引で得た利益金から流用された。しかし、その事実がA氏や西に知らされることはなかったから、これは鈴木による横領そのものだった。

17億円という和解金は被告の身であった当時の鈴木にとっては、どうやっても単独で調達できるものではなかった。もちろん、鈴木はエフアールの代表取締役を辞任していたから表向きにも関係することはできなかった。しかも、時期はずれるが、鈴木が山内興産の社長、末吉和喜を騙して預かった「タカラブネ」株200万株(20億円相当)の返還をめぐって起こされた訴訟でも和解交渉を進めていた鈴木は、末吉に対して約4億5000万円の返済を提示して和解に持ち込んだ。その資金もまた株取引によって得た利益金が流用された。鈴木は利益金が無ければ身軽になることはできなかった。そうした“恩恵”を鈴木は独り占めしつつさらに利益金の独り占めを謀ったのである。

鈴木と西が株取引で最初に取り組んだ銘柄は「宝林」であったが、これが約170億円という予想外の利益を上げたことが、その後に起きるいくつもの深刻なトラブルの火種になったのは今さら言うまでもない。鈴木が利益を占有し受益者排除を徹底したために、その後も株取引を継続する中で利益金は鈴木の懐の中で膨れ上がる一方となったが、しかし、株取引で共闘していたはずの西義輝は自殺に追い込まれ、鈴木の側近としてクロニクル(旧なが多、エフアール)をけん引してきた天野裕が都心の京王プラザホテル客室で不審な死を遂げた。鈴木のもう一人の側近だった大石高裕は交通事故で死亡したほか、行方知れずとなった関係者はそれこそ数知れない、というのが実情なのである。仮にその一つでも全容が解明されれば、鈴木を巡る状況は明らかに大きく変わる。

A氏による貸金返還請求訴訟は平成27年7月に提起され、平成30年6月の一審判決を経て同年11月28日の二審判決で幕を閉じた。しかし、一審、二審ともに鈴木の利益占有の実態が暴き出されることも無ければ、前述したような鈴木の周辺人脈が相次いで行方知れずとなり、あるいは不審な死を遂げた真相に迫る手がかりすら封じ込められたと言っても過言ではない。それどころか、審理の場では、代理人弁護士が増幅させた鈴木の嘘を6人の裁判官までもが罷り通らせてしまったのだ。

本誌がサイトの公開以来、現在も継続して鈴木の「偽証」に迫っているのは、まさに鈴木の利益占有が数多くの犠牲者を生んでいる実態の解明に他ならない。

なお、前号の記事で一部補足する必要があるので、それに触れておくが、鈴木による虚偽証言で重要と思われる3点を列記した中で、鈴木が親和銀行不正融資事件で逮捕される直前3日前の5月28日の時点で、鈴木はそれまでにA氏から借用した約28億円の債務を1円も返済していなかったばかりか、さらに8000万円を借り受けた。これから逮捕されるという人間に、仮にそれが弁護士費用であろうが生活支援金であろうが、貸し与える人間は絶対にいないと関係者は口を揃える。しかし、鈴木はそれさえも見事に裏切ったうえに審理の場では嘘で塗り固めた証言により裏切りをさらに繰り返したのである。

また、A氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画についても、鈴木は審理の場では、その前年の10月15日に借り受けた3億円の金銭借用書を合致させるという有り得ない主張を展開したが、この金銭借用書の「但書」には3億円を借り受けるに当たっての担保が明記されていた。そうした事実を裁判官はことごとく無視して、ピンクダイヤモンドと絵画、そして高級時計に係る債権7億4000万円を認めなかったのである。

鈴木は、「合意書」の有効性を認めた平成18年10月16日の、A氏と西義輝との協議の場について、審理では「(A氏や西に)強迫され、『和解書』に署名指印して分配金の支払約束をしなければその場を収めることができないと思った」という証言を繰り返したが、協議の場では全く逆の暴言を鈴木は吐いていた。それは、西に対して「お前、ここで死ねば……、お前にその度胸があるのか」という言葉だった。強迫されたと証言した人間が、実際には脅迫したという人間を恫喝していたのである。このやり取りも、録音テープが証拠として提出されていたが、裁判官は無視してしまったのである。いかに訴訟の判決が理不尽で、裁判官による事実認定の誤りが判決の全てに及んでいるかが分かるのではないか。(以下次号)

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(3)

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〔実体のない法人に隠匿された巨額資金〕
鈴木義彦の指示で紀井義弘が取得株の全てを売りにかけ、獲得した利益の大半を海外に流出させた。それは明らかに外為法に触れる犯罪行為だったが、表向きには取得株の所有者が外資系投資会社だったから、目先で金融庁やSECに咎められることはなかった。しかし、すでに触れてきたように外資系投資会社は実体のないペーパーカンパニーであり、鈴木が日常で関わってきたフュージョン・アセット・マネージメント社に依頼してオフショアに用意させたものだったから、何らかのきっかけがあれば、すぐに株式の取得経緯や売り抜けにより獲得した利益の海外流出の実態が発覚したに違いない。

鈴木がオフショアに用意させたペーパーカンパニーは全部で100社前後はあったという。仕掛ける銘柄ごとに複数を用意したことになるが、利益を獲得すると相次いで休眠あるいは消滅させていった。利益を確保するまでのプロセスは鈴木にとって、まるで“地雷原”を行くような感覚を持ち続けていたろうが、数多くの仕手戦で約470億円という巨額の利益を海外に流出させた上に、それをプライベートバンクで預金、運用で利回りを上積みしてきた結果、鈴木の隠匿資金が1000億円を超えていると言われる今も何一つ変わらない。

利益総額470億円という事実は、平成18年10月に紀井が売り抜けた株それぞれで獲得した利益を銘柄ごとに明らかにしたものだったからウソはなく、実際に紀井はそれを「確認書」にまとめて裁判所にも提出し、自ら証言台にも立った。それから10年以上を経た今、前述したように元本が2倍以上に膨らんでいる。

鈴木は、隠匿した巨額の金を守ろうとして必死になった。平成18年10月16日にA氏と西の3者で協議の場を持った際に「合意書」に基づいた株取引を全面的に否認し、獲得した利益についてもわずか50億円とか60億円などと言って誤魔化そうとしたが、西が破棄したはずの「合意書」をA氏に提示され、さらに紀井が利益の明細を明らかにしている事実を知らされ、最初に仕掛けた宝林株だけは「合意書」に基づいていたことを認めつつ、A氏と西にそれぞれ25億円ずつを支払い、さらにA氏には別に20億円を支払うと約束したのだった。
しかし鈴木は和解後にA氏宛に手紙を送り、「西が最初の宝林(JAS)のきっかけを作った」と認めたものの支払いを留保したうえで「(利益獲得のプロセスは)私一人が立案した」と書いていたが、鈴木が2人を騙して海外に利益の大半をプールさせることを計画したということを自白したようなものだった。

(写真下:青田光市)

鈴木はA氏に手紙を送りつけた後に所在を不明にして逃げ回る中で、交渉の代理人となった青田光市と弁護士の平林英昭が「合意書」「和解書」の無効を強調するためにありったけのウソを並べ続けた。その一つとして「470億円は西が作った話で、紀井は言っていない」とも反論していたが、紀井が作成した「確認書」が裁判に提出されており、あまりに苦し紛れであることは明らかだった。
また「和解書」が無効であるとする理由に強迫や心裡留保という有りもしないことを挙げたが、中でもA氏の背後に暴力団がいるかのごとき話さえ鈴木はもとより青田、平林も出すようになった。しかし、そのような話は一度もなく、逆に鈴木が青田経由で稲川会習志野一家のNo.2の楠野伸雄の配下を事あるごとに使っていながら、そのことで都合が悪くなると、青田が「一切付き合いはなかったことにしてほしい」と楠野に口止めをしたり、今回の訴訟でも証人申請をしたほどだった。鈴木たちは「自殺した西から聞いた」として確認不能の話を法廷に持ち込んだのだった。その西に対しては青田が尾行を繰り返していたために、西の自殺に大きく影響していたとの指摘が側近の関係者たち数人からあった。鈴木、青田の二人には“史上最悪”という声が関係者だけでなく国内外の驚くほど多くの読者からも届いている。

鈴木がA氏に負っていた債務約28億円(元金)についても、鈴木は「完済した」と主張してA氏への支払いを拒んだが、A氏は数多くの証拠に支えられていたにもかかわらず裁判は敗訴となった。関係者によると、「A氏の代理人は鈴木に就いた長谷川幸雄弁護士に怯えていたのではないか」という。開廷中の審理のさ中に長谷川から「うるさい」「黙れ」等と言われ、A氏側の弁護士はか細い声、蚊の鳴くような声で論述し、いつも震えているように見えたという。鈴木の周辺では身内であっても今まで何人もが死亡し、あるいは行方知れずになっていることから、原告の弁護士が鈴木の人間性にひどく怯え、また弁護士自身が「身内から弁護を断るように言われていた」と明かしていた。結果的にA氏の代理人は証拠類を適切に活かせず、また多くの陳述書等も何故か提出しなかった。

鈴木が訴訟でA氏を退けることに成功したとはいえ、それで全てが終結したのではない。むしろ、鈴木が海外に隠匿している巨額の金の存在が浮かび上がり、それを必死で守ろうとする鈴木の一挙一動にも多くの注目が集まったとさえいえるのだ。
本誌にも数多くの情報が寄せられる中で、有益な情報については精査をして、裏づけが取れ次第記事化し情報開示を継続させる。真実はどこまで行っても蓋をすることはできない。
また、鈴木がおそらく一番恐れている国税、司法当局も密かに情報収集を進めている模様だ。鈴木は裏金隠しにあらゆる方法を講じているに違いないが、すべてを闇の中に隠し続けることは不可能なはずだ。プライベートバンクの人間、株の関係者、旧エフアールの出資者、元社員ほか関係者等、誰一人として鈴木を良く言う人間はいないから、どのような形で綻びが生じてもおかしくないのである。また、海外からも日増しに多くの情報が入っているので、これも同様に裏付けを取りながら記事化することで読者の期待に応えていく。
鈴木はもちろん、鈴木の親族もまた何から何まで世話になった人間に対して恩を仇で返すようなことをしても平然としているそのようにみると、鈴木だけではなく青田、平林、杉原、長谷川など代理人弁護士にも批判の目が向いているのは注目すべきことだ。(以下次号)

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(4)

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〔宝石強盗ピンクパンサーと鈴木の大きな違い〕
非常に巧妙な手口で、わずか数分で宝石類の窃盗を行いながら、今まで殺人は一度も犯さず、警察に捕まった仲間を助けるということを特徴としている犯罪組織のピンクパンサー。これまでの情報によれば、ピンクパンサーは旧ユーゴスラビア(現セルビア)難民を中心に200人ほどのメンバーで組織され、ヨーロッパを拠点に過去10年間で約128億円の被害を出しているという。
日本でピンクパンサーの名が話題になったのは、平成16年3月に東京銀座の高級宝石店で約35億円の宝石が奪われる事件が起き、2人組の犯人がピンクパンサーのメンバーではないかと報道されて以来だった。また、3年後の平成19年にも同じく東京銀座の宝石店が2人組に襲われ、2億8000万円相当のティアラ、ネックレスが奪われる事件が起きたが、この事件についてはその後、警視庁がICPOを通じて国際手配した結果、平成21年3月29日に偽造旅券で出国しようとした容疑者の一人がキプロスで逮捕され、翌平成22年8月に日本に引き渡され、日本の裁判所で懲役10年の判決を受けた。

プロの犯罪集団でありながら、わずか数分で犯罪行為をやってのける鮮やかな手口や殺人を犯さないという“信条”(?)に、誤解を恐れずに言えば共感する声もあるほどピンクパンサーは日本でも有名になったが、それと単純な比較はできないものの鈴木義彦の事件を見れば一目瞭然で、鈴木に共感する者は誰一人としていないということが分かる。それどころか、鈴木が平成18年当時で総額470億円を海外に流出させたという事件では、すでに触れてきたように天野裕、大石高裕を始め10人前後の身内の人間が自殺や不審死、あるいは行方不明になっており、いずれも真相が解明されていないのだ。ピンクパンサーの特徴に挙げられている、警察に捕まった仲間を助けるという逸話についても鈴木は全く逆で、志村化工株の相場操縦事件では逮捕・起訴された西義輝に罪を負わせて独り逃げ切ってしまった。しかも、西が口をつぐむために鈴木が約束した利益の分配をしなかったばかりか、分配金を受け取るために出向いた香港で西は殺されかける事件さえ起きた。鈴木は「西に香港で分配金を渡す、という約束をしたことは一切なく、すべて西の作り話だ」とまで否認したうえ、それに前後して鈴木の悪友である青田光市が指示する格好で西に対する尾行がつけられ、西は極めて不安定な精神状況に置かれた揚げ句、自殺してしまった。
自己の利益を最優先にして、周囲の関係者を犠牲にしても平然としている鈴木という事件師を、鈴木を知る者の誰もが許さず「天誅」を望むのは当然の心情である。(以下次号)

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(5)

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〔西義輝の自殺が裁判に与えた影響〕
平成22年2月9日頃、西義輝が妻の故郷に建てた別邸で自殺した。多くの関係者には相当な衝撃だったことは明らかだったが、原因の大部分を占める鈴木義彦に対して「絶対に許さない」という感情を共有したのも事実だったに違いない。西義輝がA氏を始め鈴木ほか実父徳太郎、青田光市、茂庭進、さらに10人以上の友人知人に送った書面(遺書)を基に特集記事を組んだのだが、「鈴木は人の死を何とも思わないのか」という印象を強く持ったという読者投稿も多く寄せられている。鈴木の周辺では自殺や不審死、行方不明者が相当数いるという話も出ているだけに、つくづく鈴木が恐ろしい男に見えたに違いない。

平成7年から同9年当時、西と会わなければ鈴木の人生がとっくに終わっていたことくらい鈴木や実父(徳太郎)には分からないはずはなく、鈴木の実父は息子や青田が悪の限りを尽くしていたことは十分に承知していたはずだ。事情を知る多くの関係者は、実父の徳太郎が「息子と青田は悪だが、天野は常識人だ」という話をA氏の代理人にもしていたという。そうであれば、何故父親として息子の悪事を諌めなかったのか、不可解でならない。

そしてそれ以上に、西義輝の子息(内河陽一郎 内河は前妻の姓)が鈴木の報復を恐れて何もできない、と言ったことには呆れてものも言えないと多くの関係者が言う。それは、西の自殺を避けて無視しようとするただの言い訳ではないか? 子息は父親に同行して香港にも行ったというから、父親が殺されかけた現場を目の当たりにしたはずで、少なくとも自分から鈴木に“報復”するような気持になるのが当たり前ではないかとも思われる。鈴木に立ち向かうことに多くの関係者がみな協力している中で、勤務先の保険会社にさまざまなことがバレるとまずいとか、鈴木と青田の報復を恐れているからといって、年上の関係者に食ってかかるような態度さえ見せたというが、そうであれば、あまりに身勝手な対応と言わざるを得ない。

西が自殺したのではないかという騒ぎになったのは、鯉渕という西の友人に書面が郵送され「これは遺書ではないか」と鯉渕が西の子息に架電してからだった。陽一郎が慌ててA氏に電話した時、陽一郎はしどろもどろになって話ができないような状態だったためにA氏の会社に来たが、A氏も陽一郎の話を聞いて驚き、社員に指示して郵便物を確認させると、西からの手紙が届いていた。すかさず陽一郎が先に見せてほしいと言ったが、A氏に制せられると「コピーを取ってください」と言うので、それにはA氏も同意した。A氏は「奥さんや君にも来ていたら見せてほしい」と言い、陽一郎も同意したが、しかしその後に陽一郎が西の遺書をA氏に見せることは一度もなく、何事においても自分本位で本当に身勝手だと、関係者が口を揃える。

鈴木のウソには底知れなさがあって、西義輝がまさに裏の裏を一部明らかにしたところもあった。親和銀行事件で「青田光市を使い、さも副島グループがやったようにして、親和銀行会長に女性を近づけ、長崎市大村のラブホテルでの女性との秘事をビデオに撮らせたりして、いかに副島が危険な人物であるかのように会長に説明をし、会長に取り入り、もみ消しを貴殿に依頼させ恩義を売った」というのは正に犯罪だ。(注:この話は平成11年頃、鈴木が西に直接していたと西が語り記録に残していた)

このように西義輝は真の鈴木義彦を数多くの場面で見てきたはずだから、その後の裁判で審理や判決にも大きく影響するほど鈴木の実体を事実に基づいて明らかにできたに違いない。最低でも鈴木が言いたい放題に虚偽の主張を繰り返すことはできなかった。同じく裁判官もまた、実態を無視して「合意書」と「和解書」を無効にするような判決を下すことはできなかった。
関係者によれば、「西は鈴木を絶対に許せないと言い続け、鈴木と青田を成敗してから自殺すると口走ったことが何回もあった」と言う。そして「A氏に止められなければ本当に実行していたように思う」とさえ言う。
本誌では「読者投稿」の欄を設けているが、読者より戴いているご質問の中で特に多いものを選んで次号で掲載することにした。(以下次号)

鈴木義彦の偽証を増幅させた長谷川幸雄は悪辣(6)

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読者投稿で寄せられた「ご質問」の中で多く寄せられたものの中から代表的なものを選び、以下に掲載します。ご質問の多くは鈴木の虚偽証言、誤った事実認定に基づいた判決を出した裁判官に関することですが、他にも鈴木や青田の家族、親族が彼らをどう見ているのかといったご質問も散見されます。これらのご質問は本誌が鈴木や裁判官に対して抱いている疑念でもあるため、読者投稿の欄とは別に編集することに致します。

《鈴木の証言や陳述が多くの証拠によりほぼ全てウソだと判明しているというのに、裁判官は一部を見抜けなかったなら分かるが、全てを見落としたか無視している。それに鈴木が認めている部分さえ認めていない、というのもおかしすぎる。鈴木の多くの事件の中で特に親和銀行事件で逮捕された容疑を見ると、担保価値がないものを持ち込んで総額100億円以上の融資を受けたり、暴力団がらみでマッチポンプを仕掛けたというが、そうした鈴木の姿勢(手法)に裁判官は何故注目しなかったのか、誰もが不信感を持つのは当然で、万人に分かる説明が絶対に必要不可欠だが、品田裁判官には裁判官としての使命感はなかったのか? 高裁を含む他の裁判官はどうだったのか?》(注:同様の趣旨の投稿が最も多くありました)

《鈴木が外為法違反を承知で株取引で利益が出るたびに海外に大部分を流出させたのは、どうして可能だったのか。オフショア―に作ったペーパーカンパニーのお陰か? 茂庭進という海外駐在が長かった元証券マンや常任代理人に就いた杉原正芳弁護士のノウハウか?》

《鈴木に聞きたい。自分が犯罪を重ねていることに自覚も反省も無いのか? 自覚があれば、のうのうと生きていられるはずはないと思うし、億単位の金を使っていれば、すぐに人の目に留まると思うから、それにも神経を使っているはずだが、それほど上手に生きられるものなのか? それでも、許されることではないし、世界中で数多くの人間が注目している中で誰かに見られていると思わないか。記事には鈴木や青田の顔写真が載っているが、もし青田が悪事を働いてもすぐに金の流れで鈴木の動きもキャッチされ、正体が知られてしまうのではないか?》

《鈴木のウソが証拠によりほとんどが暴かれたことで、この裁判については国内外から疑問の声が多く上がっているようだが、それは当然のことで、もちろん関わった弁護士や裁判官に対してもこのまま見過ごしたら日本の法曹界は笑いものになるのではないか? それに自殺者、不審死者、行方不明者すべての解明はできないのか? 鈴木が用意して杉原弁護士が常任代理人を務めたペーパーカンパニーのリストを作成して公開できないか? 読者からの情報提供もできるだけ公開するべきではないか?》(注:世界中の読者、関係者から同様の投稿が多く寄せられています)

《裁判官の過ちを糾したり、問題提起することはできないのか? これができなければ、日本の法曹界はナレアイというレッテルを貼られ、裁判所の威厳がなくなるだけでなく恥さらしと言われかねない》

《鈴木は親和銀行事件で有罪判決が出たというが、執行猶予中の平成12年から平成16年までの間の海外渡航で裁判所の許可はいらなかったのか?》

《鈴木は合意書や和解書、借用書に自署しているのに、裁判官の一存ですべて無効にできるのか? 裁判官は、鈴木が主張した強迫や心裡留保を採用したが、和解協議の場で鈴木が西に対して「それじゃあもう命落とせば良いじゃないか、今。そんだけの腹あるのかお前」と発言したことを裁判官は何にも考慮していない。強迫しているのは鈴木であって、こんな明らかなことを裁判官は見逃しておいて合意書と和解書を無効にしたのだから、重大な過失ではないか》(注:裁判官の責任感、使命感への疑問が多く寄せられています)

(写真下:鈴木の自宅があるマンション 鈴木と家族は住んでおらず所在を不明にしている)

《鈴木や青田の悪事を身内も家族も知っているはずなのに、鈴木の行為が事件化したら家族も世間から未来永劫いつまでも白い目で見られると、本人たちはどこまで本気で真剣に考えているのだろうか?》

《鈴木にかかっている嫌疑はあまりにも多いが、いい加減な判決ひとつで済ませてしまって良いのか?》(注:日本の裁判所に対する評価ですが、世界からどのように思われているか? という疑問は多く寄せられています)

《鈴木の虚偽の証言や主張は弁護士との合作と思うが、裁判の原則は証拠主義ではないのか? この一件で裁判所への信頼がなくなるのでは、あまりにひどすぎると読者の多くが感じているのではないかと思う》

《鈴木義彦さん、あなたは、本当はA氏から手形や借用書でいくら借りたのか? 「念書」では預かったと書いたピンクダイヤと絵画を裁判ではA氏から買ったと言った。どっちが本当なんだ? A氏は貸金を28億円と言って証拠も出したが、借りていないものまで書類を書いたというのか? A氏から金を借りられたのは、西義輝が明かしているように全て西の保証があったればこそではないのか? 弁護士や裁判官も記事を読んで、本音ではどう考えているのかを知りたい》

(写真下:鈴木の実父と妹が住むマンション 鈴木が脱税した金で買ってもらったと言われる)

《鈴木と西の株取引は宝林株から始まったという。その買取のための3億円は鈴木の証言は二転三転しているが、本当は誰が出したんだ? 鈴木は親和銀行事件で逮捕される3日前にA氏から8000万円を借りたというが、何故それを西には内緒にしてとA氏に頼んだのか? 西の奥さんからも1800万円を借りていたからか?》

《ピンクダイヤモンドと絵画をA氏に言い値の3億円で買ってもらっていて、絵画は他に担保に入れていたために一度も持参しなかったというのは詐欺だ。その2点を「3億4000万円で売らせてほしい」と言ってピンクダイヤモンドを持ち出しながら返しもしなければ金も支払わなかったのは信じられないほど悪質過ぎる。鈴木がピンクダイヤモンドを持ち出したのはA氏から逮捕情報を聞いたその日にというのは計画的だったのではないか? 裁判官は、当事者はエフアールで鈴木ではないと認定したが、A氏はNo.2の天野という常務に会ったことすらない上に、天野自身が鈴木の主張を否定しているのに何故鈴木ではないと言えるのか。全くおかしい》

《東京地裁の判決が出る直前に鈴木の代理人である長谷川弁護士が大勢の前で「絶対に勝訴する」と大声で断言したというが、いったい何の根拠があってそんな言い方になったのか? 文字通りに受け取れば判決を書いた裁判官から事前に何らかの情報をもらっていたことになる。それって、裏取引があったということではないか?》

《合意書にサインしたのは西への協力で仕方なく、ということではない。鈴木は資金繰りに窮してにっちもさっちも行かなった上に親和銀行事件で逮捕された直後のことだから。しかも、「株では20億、30億の授業料を払ってきたから自信がある」とA氏を説得したのが鈴木であったということであれば、それを裁判官が審理で確認しなかったのは何故だったんだ?》

《平成14年6月27日にA氏に返済する10億円を西義輝に渡したと言って鈴木が15億円の借用書を書いた件、借用書には確定日付があるのに、鈴木は「西に10億円を渡したという話はしていない」とか「その日は会っていない」と言い出したが、借用書に署名して公証役場で確定日付を取っていることをどう説明するのか? 西はA氏から問われて鈴木から10億円を受け取ったことを認めて同額の借用書を書き、これにも確定日付がある。じゃあ、鈴木が西に10億円を渡した目的は何か? 合意書の破棄への報酬と言った西に鈴木は反論できないどころか、和解協議の際に西に「これだけは認めろ」と言われて仕方なく認めたのじゃなかったのか? そうであれば、唯一の証拠として出した確認書(平成11年9月30日付)も鈴木の主張がウソだということが明白になる》

《和解書の作成経緯が強迫とか心裡留保とか、裁判官は何故、鈴木の主張を認めたのか? 鈴木自身がその後の手紙でA氏に大変世話になったとか、一目も二目も置く人間と書いていた。そうであれば裁判官が「強迫があった」とした上に「それ故に心裡留保だ」としたことには何の根拠もなかったのではないのか?》

《鈴木がA氏に送った手紙には「本日再度、出国せざるを得ません。当分の間、帰れません。理由は、国内で問題が発生しました。国内から海外へ切り口を付けようと本気のようです」「海外に口座を作ってほしい」と書いているが、これは、まさに鈴木が株取引の利益を海外に流出させて隠匿している事実を自白している。そして情報漏洩は「西しかいない」と言っているが、和解書でA氏と西に25億円を支払い、さらにA氏には20億円を別に支払うと約束しているのにそれを反故にするようなことは有り得ない。鈴木が所在を隠すための言い訳に過ぎない。鈴木は利益の隠匿(脱税)をしっかり認識して神経質にさえなっているが、どうしてこういう問題を裁判官は無視したのか?》

《鈴木と青田の関係は正確にどう見たら良いのか? 記事では、青田は鈴木の“裏方”とか“汚れ役”とか言って、親和銀行の美人局を仕掛けたり、利岡襲撃事件に関与が疑われたりで、目先では鈴木には重宝だろうけれど、とんでもなくプレッシャーになる存在ではないかと思う。下手をすると命取りにだってなりかねない。そういう目で見た時、例えば和解協議の後で約束を反故にして代理人を立てると言って青田を指名したのは、青田が「A氏に金なんか払うことはない。俺に任せてほしい」などと言いながら金のために横やりを入れたからとも考えられる。青田に引きずられて、どんどん泥沼にはまり込んで行くような状況に鈴木はブレーキをかけられずにいる、とも考えられる》

《裁判官の不正は以前からも指摘されているが、品田裁判官は鈴木がA氏に送った手紙を読んだのか? 手紙を読めば、和解書を強迫とか心裡留保の結果作成されたという裁判官はいないと思う。読者の多くが品田裁判官の姿勢をすべて理解できず、何か思惑があったのではないかと感じていると思う。原告の弁護士も大事な所で反論も追及もしていないように思うが、それも理解できない》

《合意書の取り決めから言えば、鈴木と西は和解書で不正を認めているので取り分はないことになるが、鈴木は何社かのペーパーカンパニー名義で1000億円以上を蓄えている。鈴木と西が株取引で使った株価の買い支え資金は西が認めていた分でも207億円だったというから、それをコストとして差し引いたうえで3等分するのが合意書を交わしたときの約束ではなかったのか? 鈴木は真実を認めてその約束を先ずは実行することだ。西は全ての債権をA氏に譲渡しているではないか?! 本来ならば2人は合意書に違反したから取り分はなかったはずだ》

《西義輝は鈴木の口車に乗って取り返しのつかないことをしたと、命と引き換えの反省(後悔)を遺書に残したが、鈴木は西の行為を全く無視した。そこまでのワルはいない。その鈴木の悪性を容認した品田という裁判官は罪が深い》

《青田と平林は鈴木から多額の報酬をもらおうとして、脅迫や心裡留保なんていう好き勝手な作り話をしたとしか見えないが、それさえも裁判官が判決で採用した。しかし、鈴木が株取引の利益を独り占めしているという点にはほとんど関心を示しておらず、それで審理に大きなズレが生じてしまった。裁判のポイントを裁判官自身が故意に外しているとしか思えず、動機は何だったのか? これだけ大きな裁判で余りにおかしすぎる判決と言わざるを得ない》(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(1)

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〔西義輝が「A氏には逆らえない」と言ったという嘘〕
鈴木義彦関連の膨大な資料の中に「質問と回答書」(乙59号証)という表題の文書がある。鈴木が貸金返還請求訴訟で提出した証拠の中で物的証拠と呼べるものは唯一「確認書」しかなく、その他の証拠はA氏側が出した証拠や陳述への反論でしかなかったが、この乙59号証も鈴木が反論の一つとして提出したものであった。しかし関係者によれば、この書面に書かれた内容は明らかにA氏の名誉、社会的信用を著しく毀損したものであるだけでなく裁判官の事実認定をも大きく狂わせ判決にも深刻な影響を及ぼした可能性が高いとして、関係者は鈴木と弁護士に対して法的措置を取っているという。(注:平成10年、11年の2年度にわたって、エフアールの決算対策のため鈴木がA氏から融資を受ける際に担保に供していた手形を監査終了まで一時的に預けたが、11年度には鈴木の要請に基づいて「債権債務は存在しないとする」書面(確認書)も交付した)

(貸金返還請求訴訟に出された「質問と回答書」 鈴木が架空の面談を基に構築した虚偽の陳述 A氏の名誉を著しく毀損している)

乙59号証の文書は21ページからなり、代理人弁護士の長谷川幸雄が質問し鈴木が答えるという体裁になっている。内容の多くはA氏が「貸金と合意書、和解書に基づいた約束を果たすこと」を求める訴訟まで起こした債権の存在を否定するという主張を繰り返し述べているが、鈴木が主張を裏付けるためにありもしない嘘を並べ立て、それを長谷川が巧妙に脚色するという手法が一貫して取られていたまた、この「質問と回答書」とは別に鈴木が反論として提出した書面(乙58号証)があり、それには表題は無いが、「平成18年10月13日(金)と10月16日(月)の話し合いの件」と「平成18年10月16日(月)以降」という見出しをつけて「和解書」を作成した前後の鈴木の言動をまとめたものとなっているが、これも鈴木が自分に都合よく好き勝手な嘘で固めた陳述書であった。ところが、この書面と「質問と回答書」に書かれた鈴木の陳述の中には度を越してA氏を誹謗中傷している部分が多くあり、決して許されるものではないと多くの関係者が言う。
乙58号証の書面で、鈴木は、その直前に西が香港で殺人未遂事件に巻き込まれた出来事を前提に、西が同事件で鈴木の名前を出さなかったにもかかわらず、鈴木自身がA氏と西によって容疑者に仕立て上げられそうになり、また側近の紀井義弘が裏切ったと決めつけて、その不安と恐怖の中で用意された「和解書」に署名指印せざるを得なかった、と主張した。「和解書」は西の顧問だった警視庁のキャリアOBが作成したもので、鈴木が時間をかけて何度も読み返していたので、A氏が「気になるところがあれば、文言を書き換えますよ」と言ったが、鈴木は「問題ありません」と言って署名指印したものだ。そうした経緯を否定して「和解書」無効の主張を正当化するために過度の言い訳を並べ立てたのが乙58号証の書面だった。それは鈴木が、一連の株取引が「合意書」に基づいて行われたという事実を認めたが、しかし「和解書」が作成されたという当然の成り行きをどうしても否定しなければいけない、という思惑から構成されたもので、平林英昭弁護士が悪知恵を絞って作成したと思われるが、和解協議を録取した音源に残された鈴木の発言と矛盾して整合性のないものであった。何よりも、鈴木の言動が書面に書かれた内容と違っている事実を鈴木自身が一番よく分かっているはずで、何から何まで無理を聞いてもらったにもかかわらず、このようなやり方は人として許されることではない。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

平成18年10月16日の和解協議の場では、鈴木が株取引の利益を50億円とした発言に西は噛みつき、「そんな少ない金額ではない」「鈴木さんの側近から聞いている」と言うと、鈴木が「誰が言っているんだ!?」と強い口調で西に詰め寄るという場面があった。西は紀井や茂庭から利益金の明細を聞いていたが、具体的な名前を出さずにいると、鈴木が激しく詰め寄ったために西も紀井の名前を出さざるを得なかった。紀井が真相を語っていることが明らかになったことで、鈴木はA氏と西にそれぞれ25億円ずつを支払うと約束して「和解書」が作成されたが、最終的にA氏には別途20億円を支払うとも言った。ただし20億円については、鈴木が「西の言い方が気に入らないので、和解書には書かないが、間違いなく約束は守ります」とA氏に断言した(音源が残されている)。

鈴木と西は「和解書」で「合意書」に違反した事実を認めて謝罪をするとともに、前述の通り鈴木が支払いを約束したが、その後、しばらくしてA氏に手紙を送り付け、約束した株取引に係る利益分配金の支払いを留保して、その後の交渉の代理人として青田光市と弁護士の平林英昭を指名すると一方的に通告してきた。しかも、青田と平林による対応は交渉どころか、「和解書」を無効にするための言いがかりであり、A氏に対する誹謗中傷であった「質問と回答書」の文面は、まさにその延長で仕立てられたもので、鈴木の嘘が増幅したものだった。

青田と平林は「和解書」を反故にするために好き勝手放題の嘘を並べ立てた。
青田は「和解書」作成の場に立ち会っていないにもかかわらず、「A氏と西に強迫され、また出入りができないようにするためにエレベーターを止められて事実上の監禁状態に置かれたため、その場を切り抜けるためには署名押印するしかなかった」というありもしない作り話を平然と言ってのけた。「和解書」は正常な協議の下に作成したにもかかわらず、青田の作り話によって交渉は混乱を招いただけでなく、強迫という文言を乱用することでA氏の名誉と社会的信用を著しく毀損したものだった。A氏が初めて平林と会った際にも、平林から「社長さん、50億円で手を打ってくれませんか。そうしてくれれば、鈴木がすぐに支払うと言っているんで……」と打診してきた事実が、何よりも「和解書」が正当に作成されたことを物語っていたが、A氏がその申し出を断ったことから、青田と平林による誹謗中傷がひどくなったのは明白だった。ちなみにA氏は青田の嘘を証明するためにエレベーター会社から「エレベーターは止められない」という証明書を出してもらった。青田はビルの1階で待機していたと言って前述のような好き勝手放題の嘘を吐いたが、実際にはビルの1階にはおらず、同行していたら当然のように協議に同席したはずで、A氏が鈴木を車(来社した時に乗ってきたマイバッハ)まで見送った際に運転手しか乗っていなかったのを何人もの社員が見ていた。

青田による悪質な妨害行為は目に余った。A氏が鈴木の要請に基づいて止むを得ず立てた代理人(利岡正章)が、平成20年6月11日、静岡県伊東市内のパチンコ店駐車場内で暴漢2名に襲われるという傷害事件が起きた。暴漢はそれぞれ金属バットのようなもので利岡を滅多打ちにしたため、利岡は殺されると実感したという。利岡は両腕で頭部を庇っていなければ間違いなく命に係わる重傷を負ったことから、暴漢には殺意があったのは間違いなかったという。暴漢2名を逮捕した静岡県警は暴漢が広域指定暴力団稲川会習志野一家の構成員であると発表した
伊東市立病院に入院した利岡を翌日に見舞った暴漢の親分に当たる渡辺某組長が利岡に示談を申し入れ、利岡が自分を襲った理由と指示者(教唆者)の名前を教えるよう条件を出すと、渡辺がそれに応じたため利岡は示談に応じた。
しかし、退院後に利岡が渡辺組長に連絡を入れ、襲撃事件の動機と教唆犯の開示を要請したが、渡辺組長は態度を曖昧にしたまま回答を先送りにした揚げ句、別の事件の容疑で逮捕される事態となり、以降で渡辺組長が約束を果たすことはなかった。

(平成20年6月11日、利岡正章が暴漢に襲われたことを報じた伊豆新聞の記事。犯人は青田光市が昵懇の関係にある暴力団構成員だった)

襲撃事件については渡辺組長から真相を聞き出すことはできなかったものの、利岡及び関係者が聞き取り調査を重ねた結果、稲川会系の別の組幹部複数人の証言によると、青田が前記習志野一家NO.2の楠野伸雄とは20年来の昵懇であること、青田が事務所を置く東京上野の周辺の警察署では青田が習志野一家を含む暴力団関係者より「上野の会長」と呼ばれている事実を承知していること、利岡襲撃事件に前後して青田が習志野一家構成員らを海外旅行に招待したり車を買い与えたり、さらには飲食も常態化していたことなどが判明するとともに、青田が「鈴木はモナコに数十億円もするコンドミニアムを所有し、F1のスポンサー(100億円規模)をする予定である」といった話も周囲にしていたことも分かったまた、鈴木が密かに愛人(10人いると自慢する中の一人である清水みのり)と住むための住居としていた超高級マンション(ドムス南麻布)は、鈴木がオフショアに用意したペーパーカンパニーが所有していたが、そこに居住してるのが発覚すると間もなくして青田が処分した。なお、襲撃事件の直後には青田自らが楠野との関係を隠すために「関係は一切なかったことにしてほしい」と口止めしていただけでなく、鈴木の代理人弁護士の平林英昭もまた稲川会習志野一家総長の木川孝始に最低でも2回以上も面会していた事実が判明した。それ故、利岡襲撃事件は青田(鈴木)の依頼(教唆)に基づいて実行された疑いが強く持たれている。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(2)

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〔鈴木はA氏との架空の面談を創作した〕
「質問と回答書」や乙58号証の書面での鈴木の陳述は、当然、青田と平林が交渉の場で作り上げたストーリーに乗った形で行われていたが、それらが全て鈴木の演出によるものとは考えにくく、青田と平林の発想や思惑も加わってあまりにも多くの嘘を構築して極端に増幅させた。

(確認書 平成11年9月30日、エフアールの決算対策のためと言う鈴木の要請に基づきA氏が便宜的に作成し、西経由で交付した。鈴木が電話でA氏に礼を述べた)

「質問と回答書」には、鈴木がA氏から借り受けた債務はすでに完済されているのに、何故、まだ清算されていないと言うのか分からなかったとして、西に確認を求めたという件がある。以下、具体的に触れるが、個々に〔注〕を入れて事実を記しておく。質疑応答は大きく4つに分類され、(1)はA氏と鈴木の債権債務の存否に係るやり取り、(2)は宝林株取得に係るやりとり、(3)は平成14年6月27日に鈴木が作成した借用書に係るやり取り、そして(4)は(3)の借用書に基づいた支払いに係るやり取りとなっている。(2)については宝林株の取得に係る資金や受け皿となった海外の投資会社についての主張となっているので、これまでに触れてきた記事を参照してもらい、また(4)については多くが(3)の質疑応答と重複するため、必要な部分のみを取り上げる。

平成14年6月27日付借用書。A氏は西の要請により40億円超の鈴木への債権を25億円にしたが、鈴木が「西に返済金10億を渡した」と発言したため、額面を15億円とした。確定日付がある)

(1)債権債務の存否に係るやり取り
1(長谷川) 甲4(平成14年6月27日付で鈴木が作成した15億円の借用書)の作成経緯についてお尋ねします。(略)あなたの主張は、平成11年9月30日に、原告に対し15億円を返済し、それで従前の全ての債務を完済した、それで原告作成の、原告とエフアールおよび被告間には何らの債権債務も存在しない旨の同日付確認書(乙41)の交付をうけたというものですね。
(鈴木)その通りです。
〔注〕鈴木は借金を全額返済した際には、関連書類を残さず引き上げるという。それ故、鈴木の主張が事実であれば、手形以外の書証類も受け取っていたはずだ。そもそも、鈴木の債務は元本だけでも28億1600万円(詐欺横領分7億4000万円を含む)あったのに、何故15億円で完済などと言えるのか。平成11年9月30日当日、A氏の会社に来たのは西一人だった。前年にもエフアールの天野裕常務(当時)の依頼を受けた西が「決算対策のために手形を一時預かりたい。会計監査が終了次第お返しする」とA氏に依頼し、A氏が応じた経緯があり、この時はA氏の下に手形が戻った。A氏はその経験があったので手形の預けに応じたが、西が「確認書も書いて戴けませんか」と言ったので、A氏は危惧して「大丈夫なのか?」と尋ねると、西が「別途に社長宛に私の確認書を差し入れます」と言ったことから、A氏も応じた。西が手形の原本と確認書を持ち帰った後にA氏に電話を架けてきて、鈴木が代わり「無理なお願いを聞いて戴き有難うございました」と礼を述べた。
2(長谷川)平成11年9月30日にすべての債務を完済し、乙41の交付もうけているのに、平成14年6月27日付の甲4を作成したのか、誰もが疑問を持つところなので、お聞きします。甲4を作成した契機、切っ掛けはどういうことですか。
(鈴木)平成14年3月頃、原告から私に、「どうしても話をしたいから事務所に来て欲しい」旨の連絡がありました。
3(長谷川)どんな用件でありましたか。
(鈴木)何を話しするのか分かりませんでした。
4(長谷川)平成14年3月頃というのは、西が証券取引法の相場操縦で逮捕・勾留されていたころですか。
(鈴木)そうです。西が同年2月末頃に、志村化工事件で逮捕されて、数日後に原告から連絡があったと記憶しています。
5(長谷川)原告経営の会社(注:原文実名)の事務所に行ったのですか。
(鈴木)はい。社長室に行きました。
6(長谷川)あなた一人で行ったのですか。
(鈴木)はい。そのとおりです。
7(長谷川)西は志村化工事件で逮捕・勾留中だったのですか。
(鈴木)そうです。
8(長谷川)原告はどんな話をしてきたのですか。
(鈴木)1つは、エフアール振出の手形などに関する債務は弁済されていない、どのように返済するのかということ。
9(長谷川)あなたは、それに対し、どう言ったのですか。
(鈴木)まず、平成11年9月30日に、西を通じて現金で金15億円を支払い、全て完済していること、したがって、原告作成、立会人西のA氏とエフアールおよび鈴木間には何らの債権債務も存在していない旨の確認書の交付をうけていると反論しました。
10(長谷川)それに対して、原告はどう言いましたか。
(鈴木)西に言われて書いただけだと言いました。
11(長谷川)あなたは、どう言ったのですか。
(鈴木)債務の弁済もないのに、債権債務は存在しないことを確認する書面を作成して債務者に渡すということは世の中で有り得ないという反論をしました。
12(長谷川) 原告は、確認書(乙41)を作成し、債務者に渡したことにつき、さらに説明をしましたか。
(鈴木)いいえ。西に言われて書いただけということを繰り返すだけです。
13(長谷川)何故、西が、そういうことを言ったのかについては説明がありましたか。例えば、エフアールの決算のために必要であるとか。
(鈴木)そういう説明もありません。

(西はA氏から確認書をもらうに当たって「エフアールの決算対策のために手形を預かる」とする確認書を別途にA氏に差し入れた)

〔注〕2~13について。平成14年3月にA氏が鈴木に架電して会社に呼び出した事実はない。A氏は鈴木の電話番号さえ知らなかった。従って、鈴木が主張するような債権債務の存否に係るA氏と鈴木の協議などなく、全くの作り話である。A氏が鈴木と2人だけで会ったのは、鈴木が逮捕される3日前の平成10年5月28日、和解協議前後の平成18年10月13日と10月23日の3回しかない。志村化工事件で西は逮捕されたが、東京地検特捜部が本命視していたのは鈴木であった。西は検事の取り調べで鈴木の関与を頑なに否認した。それは、鈴木が逮捕前の西に縋り、「西会長が出所したら何でも言うことを聞きます。私は今、執行猶予の身なので、絶対に私の名前を出さないでください」とまで言って土下座して懇願したからだったが、西は株取引の利益分配に目がくらんだのか、鈴木には利益分配を実行する保証はないという冷静な判断が西にあったならば、事態がどう転んだか分からなかったという点を鈴木は自覚するべきではないか。「確認書」を裏付けとする債務の完済というが、「確認書」は天野も認めたように決算対策上で便宜的に作成されたものであり、天野は「前年も手形13枚を預けて戴いた。会社には社長(A氏)へ返済する資金は用意できるはずはなかった」と証言していた。なお、平林弁護士は交渉の過程で、A氏の鈴木への貸し付けに「世の中では有り得ないこと」と言う言葉を頻繁に使ってA氏の主張を否定したが、この「質問と回答書」でも同じ言葉を連発している。しかし事実は事実であり、鈴木が和解後にA氏に送った手紙に「社長には過去大変にお世話になった」とか「男としても一目も二目もおいていた」と書いていたのは、世の中で有り得ないようなことをA氏が何回もしてくれたと鈴木が実感していたからである。(注:平成10年5月28日に鈴木が初めて単独でA氏の会社を訪ねたが、それは鈴木から言い値で買ってあげていたピンクダイヤを「売らせてほしい」という名目をつけて持ち出すことにあり「念書」を用意していた。その時、鈴木が「近々、親和銀行での不正融資事件が表面化すると思うのですが……」と言うので、A氏は「実は、鈴木さんが3日後に逮捕されるという情報が入っている」と伝えた。すると鈴木は驚き、その情報が間違いないと実感すると、別に8000万円をA氏から借り受けるために土下座して涙を流して懇願した。また平成18年10月13日はA氏から初めて鈴木に電話したが、この時は西から紀井の電話番号を聞き、紀井から鈴木に連絡を取ってもらった。さらに和解協議後の10月23日は鈴木から電話がありA氏の会社を訪ねて来た。ところで、前記にあるとおり平林弁護士が「有り得ないこと」という点で特にこだわったのは、鈴木に対する40億円超の貸付金を25億円に減額したことだったが、A氏は債務者に催促をしたこともないし金利をゼロにした人(借主)が十数人いたことが取材で判明している。加えて、西が「今後、株取引の利益が大きくなるので、25億円に減額してあげてくれませんか」という依頼をしたのでA氏は了解をした)

14(長谷川)次に、あなたが、平成11年9月30日に西を通じて原告に交付した金15億円については、どう言っていましたか。
(鈴木)西の自分に対する借金の返済に充てた。また、一部は株取引の配分金ということを言いました。
15(長谷川)それに対し、あなたはどのように反論しましたか。まず西の債務返済に充てたということについて。
(鈴木)そんなことは通用しない、エフアールと私の債務返済として金15億円を渡したのであり、したがって、確認書を作成したのでしょうと言いました。
16(長谷川)原告はどう言いましたか。
(鈴木)鈴木さんと西は一蓮托生みたいなものだから、西の債務に充てたと世間では通用しない理屈を言っていました。
17(長谷川)株取引の利益分配金ということについては、あなたはどう言いましたか。
(鈴木)原告と株の話をしたこともなく、株取引をしたこともないのではないかと反論しました。
18(長谷川)原告は株取引の利益分配金は甲5にもとづくものであると主張したのですか。
(鈴木)いいえ。甲5については何の話もありませんでした。私も甲5については忘れてしまっていました。
19(長谷川)原告が甲5にもとづく株取引の利益分配金ということを主張してきたのは、何時ですか。
(鈴木)甲6作成直前の平成18年10月13日です。この時、初めて、これを忘れてはいないかと甲5を見せたものです。
20(長谷川)原告は、甲5の話もしなかったということですが、宝林株800万株の利益分配金という主張はしたのですか。
(鈴木)具体的な銘柄についても話はありませんでした。

(合意書 宝林株800万㈱取得を契機に西と鈴木が仕手戦を企図し、A氏に株価維持の資金支援を要請。鈴木が熱弁を振るってA氏を説得した)

〔注〕14~20について。15億円の授受は平成11年7月30日であり9月30日ではない。しかもその15億円は「(宝林株取引の)利益」であるとの説明を受けたA氏は、「合意書」に基づいて3等分すると思ったが、西が「自分と鈴木の取り分は返済金の一部に充てます」と言うのでA氏は15億円を受け取り、そのうち1億円を西に渡し「鈴木さんと分けなさい」という心遣いをした。そして翌7月31日午後4時に西と鈴木がA氏の会社を訪ねた際に15億円の処理を三者で後日のために確認し、鈴木は5000万円の礼を述べた。
鈴木は15億円の授受の日時を変えただけでなく、「西の債務支払いと株取引の利益分配金に充てた」などと都合よくすり替えているが、7月31日午後4時に3人が会ったのは15億円の処理を再確認するためのことだけだった。
なお、鈴木は平成10年5月31日に親和銀行事件で逮捕起訴された後の同年12月に保釈された当時、東京・三田の愛人(サラと鈴木の子供)のマンションに身を寄せる中で朝から酒に溺れ自暴自棄になっていた。それを見かねた西が鈴木に再起を促すために日参し、折から宝林株800万株の売却話が持ち込まれた話をして、これをきっかけに株取引を進める話をした。それがA氏との「合意書」の作成につながったのである。A氏を巻き込むにあたっては、鈴木が一人熱弁を振るってA氏を説得し資金支援を取り付けた。こうした経緯がこの「質問と回答書」には何一つ触れられていない。鈴木は「3~4年で20億円以上の授業料を払った(株で損をした)ので絶対の自信があります。それに、これをやらせて戴けないと、私も西会長も借金を返す目途が立ちません」とまで言って懇願したので西の提案で「合意書」が作成された(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(3)

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〔「A氏とは二度と会うな」と天野を叱責した鈴木の真意は〕
前号で触れたように(2)の1~11については宝林株の取得に係る「合意書」との関連性のやり取りとなっているので、ここでは省略するが、宝林株の取得資金3億円を西の要請に基づいて出したのがA氏であったことを誤魔化すために鈴木は多くのウソを重ねている。西が宝林の株800万株取得で動いた平成11年の2月から5月当時、鈴木は刑事被告人の身であって、大っぴらに動くことができなかった。しかも、宝林は宝石の販売を業とする会社だから、鈴木が株式の取得に関わっていることが分かれば、すぐにも話は潰れていたはずだ。鈴木はそうした立場を弁えてものを言っているのか? という疑念を誰もが持つに違いない。また、受け皿となった投資会社が金融庁に大量保有報告書を出すにあたって、常任代理人となった杉原正芳弁護士は資金の出所を「紀井義弘」と虚偽の記述をした。紀井には無断であったために後日、紀井から抗議を受けたが、杉原は一切返答しなかった。鈴木は「杉原を知らない」と言っているが、それならば誰が紀井の名義を使えと指示できたのか。鈴木以外には有り得ないのだ。

(写真:杉原弁護士は宝林株の取得に際し、金融庁宛の報告書に資金の出所を「紀井義弘」と虚偽記載をした。紀井の抗議に杉原弁護士は一切返答しなかった)

次に(3)の借用書の作成に係るやり取りについて触れる。
質疑応答の(1)~(20)については、平成14年3月頃に鈴木がA氏と面談した時のやり取りを再現しているが、長谷川も鈴木もいろいろな辻褄を合わせるために、よほど鈴木とA氏が面談したという架空の話を作るしかなかったに違いない。そのために同じ状況の説明が、多少は文言を変えて繰り返されているので、これらの質疑応答は省略する。
21(長谷川)原告及び西は、エフアールの決算に必要なので、手形の原本を、平成10年11月26日に天野に返還し、平成11年9月30日にあなたに返還するために西が預かったと主張していますが、事実ですか。
(鈴木)事実ではありません。
〔注〕西が手形と確認書を持ち帰った後にA氏に電話を架けてきて、鈴木が代わり、「無理なお願いを聞いて戴いて有難うございました」と礼を述べていた。
22(長谷川)それでは、これら(甲56(手形コピー)~甲57(手形の預けに係る西の借用書)を示す)の内容は虚偽ということですか。
(鈴木)ウソです。
23(長谷川)甲56は、何故、ウソということになるのですか。
(鈴木)平成11年(平成10年の間違い?)11月26日というと、私が親和銀行事件で拘留中でしたが、保釈後、天野から決算のために手形13枚の原本が返還されたことは一切聞いておりません。したがって、決算終了後に原告に返還したということを聞いたこともありません。
〔注〕A氏と天野、西が面談した際に天野は認めている。なお、天野は鈴木には言わずにA氏と会い多くの真実の証言をしたが、その後、面談での多くの事実が鈴木に発覚し、天野は鈴木から「A氏とはもう二度と会うな」と厳しく叱責された。そのために鈴木と天野の間に深刻なしこりが残った。
24(長谷川)そもそも、天野は、エフアールが甲1の手形を振り出し、原告に交付したことを知っていたのですか。
(鈴木)天野は、当時、営業担当の常務取締役であり、甲2の金3億円の件やピンクダイヤモンドなどの件は承知していたと思いますが、甲1の手形については、私以外知らなかったものです。
〔注〕鈴木の話で明らかだが、エフアールではなく鈴木個人が勝手にエフアールの手形を使用した。鈴木は親和銀行事件で逮捕される直前に、西に何度も連絡する中で「エフアールを存続させるために、何とか協力して下さい」と懇願していた。それ故、西は同社の債権者に天野と共に折衝を重ねた経緯があったから、手形についても天野が知らないはずはなかった。平成10年の決算対策でA氏から手形を預かったのはその一環である。和解協議の際に、鈴木が「保釈後に天野から『社長には大変お世話になったので、お礼を言って下さい』と聞いています」と言っていたことを忘れたわけではあるまい。なお、「ピンクダイヤモンドなどの件」とあるのは、鈴木が持ち込んできた「念書」に天野が連署していたから、そう言ったのだろうが、天野によれば、「白紙の状態で署名を指示されたという事情があったためにそのような表現となったのではないか。
25(長谷川)甲57はどうですか。

(平成10年5月28日、鈴木がA氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出す際に持参した「念書」)

(鈴木)私は平成11年9月30日に、西を通じて、エフアールの決算に必要であるから、手形の原本を返還して欲しいなどと依頼したことなどありません。同日、金15億円を返済し、債務を完済したので、甲1の手形13通の原本などの返還をうけたものです。
〔注〕15億円では債務の完済とはならないどころか、元金の約半分にしかならない。
26(長谷川)甲87では、エフアールの決算終了後、手形の原本を原告に返還するとありますが、手形の原本を決算終了後に原告に返還したことはありますか。
(鈴木)ありません。
〔注〕鈴木はA氏に「公正証書を作ります」と言っていたが、親和銀行事件で曖昧になっていたが、当時のやり取りで鈴木は公正証書を作ったものと勘違いしていたくらいであった。
27(長谷川)原告から、もしくは西を通じて、手形13通の原本を返還するように請求されたことはありますか。
(鈴木)一度もありません。
〔注〕前述のとおり、貸金返済の催促をしたことがないのと同様で、鈴木は公正証書も作ると言っていたので、その言葉を信用してあえて返却の催促をしなかった。
28(長谷川)西は、鈴木義彦代理人として署名押印していますが、あなたは、西に代理権を授与したのですか。
(鈴木)全くそんな事実はありません西と原告が結託して作り上げたとしか考えられません。
〔注〕結託したのは鈴木と西である。鈴木が同行する時と鈴木が一人で来社した時以外は、西が全てを代理する形で対応していた。株取引の利益15億円の授受、手形の原本と「確認書」の預かり等の大事な用件も西が単独でA氏に対応したのではないか。いずれの場合も西と鈴木は電話にて対応すのが基本だった。今から考えれば、鈴木のやり方は後々、言い訳ができるように考えていたからではないのか。
29(長谷川)経験則上、論理則上、債権者、それも無登録の高金利(月利10~13%)を取る貸金業者が、返済もうけていないのに、債権の存在を証する手形の原本や担保物である金1億円の証書を債務者に変換するということは考えられないのですが。
(鈴木)その通りです。金15億円で債務を完済したのでこれらの返還を受けたものです。
〔注〕30~38については、手形の返還がエフアールにとって、どのような意味を持っていたかについてのやり取りとなっているが、鈴木はA氏から手形を担保に融資を受けるにあたって、A氏が個々に借用書や金銭消費貸借借用証書を取らなかったことを悪用して、借主が鈴木個人というよりもエフアールであったという認識を強く打ち出そうと謀った。しかし、そもそも西からA氏を紹介された当時、鈴木もエフアールも破産するギリギリの状況にあった事実を思い出すべきだ。A氏はあくまで鈴木の窮状に手を貸すということで、わずか数か月で手形のみで約17億円を貸し付けた(A氏に自己資金がないときは友人知人から借り受け、金利面でも鈴木が「年36%でお願いします」というのを年15%にした)。手形はA氏が要求したものではなく鈴木が持ち込んだもので、どの金融機関でも担保価値はなかったから、A氏が鈴木に乞われるままに貸し付けをしたことははっきりしている。鈴木はA氏と会う以前から融資を受ける際にこの手法を用いて、全ての責任を法人であるエフアールに押し付け、自身は連帯保証人で名を連ねていても、「責任はエフアールが負うべきもの」と言って債権者から逃れてきた事実がある

(平成10年11月26日、決算対策でエフアールに一時預ける際に、西が手形(一部)のコピーに添え書きした)

39(長谷川)あなたと西の面談の話に戻ります。話はどうなったのですか。
(鈴木)西は、乙41(A氏とエフアールには債権債務はないとする確認書)の内容はその通りと言い、原告が、債務が返済されていないと主張する理由については黙ってしまうということが続き堂々めぐりのようなことになりました。
〔注〕鈴木への「確認書」交付の際には、西が別に「エフアールの決算対策のために便宜的に作成したものであることを確認する」旨を記した「確認書」をA氏に交付していた。「確認書」は2件とも9月30日付で、鈴木はその後にA氏に架電して「無理なお願いにもかかわらず、本当にありがとうございました」と礼を述べていた。それ故に西が確認書の内容を事実と認める発言をしたということは有り得ない。
40(長谷川)その後、どうなったのですか。
(鈴木)この場は印象的で良く覚えていますが、突然、西の顔が引きつって、泣き出すような表情になり、「鈴木さん、俺の命を救ってくれ」と懇願してきました。私は、何を言っているのか分からなかったので、「どういうことか」と聞きました。
41(長谷川)そうすると、西はなんと説明したのですか。
(鈴木)原告の要求に従って金を払わないと、原告に殺される、鈴木さんも鈴木さんの身内も殺されると泣きそうな顔で言いました。
〔注〕このような事実があれば、平成18年10月13日、そして10月16日の和解協議の際にも、さらにその1週間後の10月23日に鈴木が一人で来社した時にも当然議題になっていたはずだが、そうした事実は一切なかった。全て鈴木による後付けの作り話である。仮に西がA氏には逆らえないという話が事実とすれば、「合意書」を交わした後に西は何故A氏を裏切って鈴木と利益折半の密約を交わすことができたのか。西はA氏への「遺書」の中で、裏切りを最大限に詫びていたが、鈴木が西をも裏切ったからこそ自ら命を絶たざるを得なかったことが遺書からも明白である。さらに天野裕の自殺を始め、鈴木の周辺関係者たちが不審な死を遂げ、あるいは行方不明になっている疑いがある中で、逆に鈴木の身内や家族に危害が及ぶような事実があったのかを問いたい。さらにこれが公になったとき、全く関係のない濡れ衣を着せられた事実は深刻過ぎて、何事もなく収まるのかと心配するほど大胆なウソである。
42(長谷川)あなたはどう思いましたか。
(鈴木)にわかには信じることができませんでした。
43(長谷川)西は何か言いましたか。
(鈴木)鈴木さんも分かっていると思うけれど、A氏のバックは山口組の弘道会。自分も平成7年3月に金銭トラブルで弘道会の組員にピストル2発を腹に撃たれたことがあり、弘道会の凶暴性をよく知っているなどと言いました。
〔注〕A氏、西、鈴木の3人での面談や飲食等で暴力団に関わるような話が話題になったことは一度もなかった。西がトラブルに巻き込まれて暴力団員に狙撃されたのは事実であっても、そのこととA氏は何の関係も無く、鈴木が勝手にこじつけた創作であった。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(4)

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〔暴力団をバックに貸金業という嘘〕
前号に引き続いて鈴木が証拠として提出した「質問と回答書」の後半部分を取り上げる。A氏に対する債務は完済されたという主張を正当化するために、そして「合意書」に基づいた株取引はなく、したがって「和解書」で約束した支払いはA氏と西に「強迫」されたことにより「心裡留保」の状況下で署名指印したものだから無効だという主張を正当化するために、鈴木はありとあらゆる嘘を吐いたが、この「質問と回答書」はその最たるものだった。以下、具体的に触れる。

45(長谷川)あなたも、原告が弘道会と関係があるのではないかと感じていましたか。
(鈴木)はい。原告が、弘道会の構成員もしくは準構成員なのかどうかは知りません。しかし、A氏の会社で、原告から数回、原告と司忍が談笑している写真などを見せられたことがありましたので、原告は暴力団の弘道会の力をバックにして貸金業をやっているのではないかと思っていました。
〔注〕新宿センタービルの43階にA氏の本社があった当時、A氏が社長室に飾っていた写真は、A氏と室伏稔氏(当時は伊藤忠商事アメリカ社長、後に本社社長)のツーショットと、西とブッシュ大統領のツーショット写真以外になく、鈴木の言うような事実があれば、A氏は新宿センタービルに30年以上も本社を置くことはできなかった(入居の選考では120社以上の中から選ばれ、家賃の滞納も一度もなかった)。
46(長谷川)西は、その他にどういうことを言っていましたか。
(鈴木)西は、「原告の金主元はほとんど知っている。多くは弘道会絡みである。弘道会を甘く見たら駄目であり、原告も弘道会と関係があり、原告を甘く見たら大変なことになる」などと言っていました。原告のために命を捨ててもよいと思っている人間は一人や二人ではないとも言っていました。
〔注〕A氏は金銭問題では大勢の旧知の知人たちを助けてきたことが数十人に上る関係者への取材で判明しているが、貸金業を本業にしてはいないので借り手は知人友人であり、さらにその先の知り合いも数人いたが、A氏から催促された人は一人もいなかったこと、また、生活資金に困っている人には金利をゼロにして貸していたことは正直驚かされる話だ。そして、その知人友人の中には事業に成功した者が何人もいる中でA氏の投資に参画した者がいる。西はそうしたA氏の人脈をよく承知しており、暴力団が絡むような金主など一切ないことを熟知していたから、仮にも鈴木が言う様な話を西が発言すること自体あり得ない。また、もし西が同様の話をしたとしても、それはA氏を畏敬する関係者たちの中に鈴木の嘘や余りに身勝手な言動を許さないという者が多くいたことも事実で、そうした趣旨に沿ったもので暴力団とは何の関係もない。そもそも鈴木に貸付けを始めた当初から元金はおろか金利の返済もないままに金銭を貸し続け、しかも催促もしないことはプロの金融業者には絶対に有り得ないことだ。鈴木も、一度も催促されたことはないはずだ。会社が経営危機に陥り、暴力団絡みの闇金融業者から融資を受けたことがある経営者によると、「金利は10日で2割3割がざらで、1カ月で返済は倍近くになった。しかも取立が厳しく、少しでも遅れると毎日、会社や自宅に電話が何回もかかって来るだけでなく、業者がやって来て仕事どころではなかった」と言う。A氏は鈴木に頼まれるままにわずか数カ月の間に簿外の融通手形13通を担保に約17億円を貸したが、その間、金利の返済すら猶予したうえ別に借用書一枚で3億円や8000万円を貸してもいた。また、鈴木が持ち込んできたピンクダイヤモンドと絵画(2点で3億円)のほか数多くの貴金属を言い値で買ってあげていた。それはA氏がプロの貸金業者ではなかったからで、金主元が反社会的勢力であれば決してできない金銭の貸し方だったのである。しかも、鈴木が西の紹介でなければ、A氏と言えども融資を断るほどで、鈴木の融資依頼は上場企業代表者としてエフアールが経営破たんしている事実を自ら明らかにしていた(A氏は西からもエフアールの実情を聞いていた)。もし、鈴木が当時から前述のような話をしていたら、特にピンクダイヤモンドと絵画については「売らせてほしい」と言ってピンクダイヤモンドを持ち出しながら、現品の返却も販売代金の支払いもなく、絵画は「近々持参します」と言っておきながら一度もA氏には渡していなかったが、もともと別の債権者に担保に入れていた事実が後日判明して確実に事件になっていたはずである。鈴木は、それまでにA氏に対していくつも刑事事件になることをしていた。

(3億円の借用書。鈴木はピンクダイヤと絵画の買受代金で金銭貸借はないと主張したが、時期に7カ月のずれがあるうえ、担保明細にそのような記載はない)

47(長谷川)あなたは、西の話を聞いて、どう思いましたか。
(鈴木)西のいろんな話を聞いているうちに、原告の言うことを聞かなければ危害を加えられるのではないかと不安になり、恐怖に思いました。
〔注〕鈴木が本当にそのように思っていたなら、裁判ではここまでウソで固めることはしなかったのではないか。本当であれば、あまりに危険すぎると思わなかったのか。
48(長谷川)西は、その他にはどんなことを言いましたか。
(鈴木)鈴木さんも、原告に金を借りてエフアールの資金繰りをつけたことがあったのも事実であり、恩義を受けたのも事実であると強調していました。

 

(額面8000万円の借用書。鈴木は、3日後に逮捕されるという情報をA氏から聞き、土下座して涙ながらに借用した。訴訟ではさすがに鈴木も問題にはできなかった)

49(長谷川)結局、西は、どう言ってきたのですか。
(鈴木)まず、鈴木さんが支払った金15億円は、殆んどが金主元の弘道会関係に流れ、自分の取り分が殆んどなかったので、原告は債務の返済がないと言っているのではないかと言っておりました。次に、殺されてしまっては、幾ら金があっても意味がない。鈴木さんも恩義をうけたのも事実であり、手切金と思って金を出してほしい、旨を述べました。
〔注〕A氏と鈴木に宛てた西に「遺書」を見れば分かるが、西は悔しくて何回も「鈴木や青田を絶対に許せない」とA氏に訴えており、A氏に「馬鹿な真似は絶対にするな」と止められた。それは鈴木も十分に理解しているはずだ。平成9年9月頃より手形を担保に鈴木に貸し付けが発生して以来、平成14年6月まで返済はなかったし、A氏は一度も催促をしていなかった(ただし、平成11年7月30日に西が「宝林株取引の利益」と言って15億円を持参した際に、A氏は「合意書」に基づいて15億円を3等分したが、西と鈴木の意思により2人の取り分5億円ずつをA氏への返済金の一部として処理した。A氏は西に心遣いで「鈴木さんと分けなさい」と言って1億円を渡した。翌7月31日午後4時に西と鈴木がA氏の会社を訪ね、15億円の処理の確認をした後で鈴木は5000万円を受け取ったことに礼を述べた経緯があった。平成14年6月当時、鈴木への貸付金は元本に金利を入れて40億円を超えていた(年15%の金利。本来は遅延損害金年30%で計算すると60億円を超えていた)が、折から西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検に逮捕起訴された後に保釈されたのをきっかけにA氏が鈴木に対する債権について尋ねると、西は「今後、株取引の利益が大きく膨らむので、鈴木の債務を25億円まで減額して戴けませんか」と言ったことからA氏は了解し、改めて借用書を作成することになった。そして6月27日、西と鈴木がA氏の会社を訪ね、いざA氏が貸付金を25億円にすると言うと、鈴木がそれに対して礼を述べたうえで「社長への返済の一部10億円を西に払った」と唐突に言い出した。A氏は驚き、西に確認を求めると、西が渋々「一応受け取りました」と認めたため、A氏は止むを得ず了解し、鈴木が15億円、西が10億円の借用書を作成した。A氏は鈴木に対し「何故西に同行しなかったのか。最低でも西に10億円を渡したという電話をしてくるのが当たり前ではないか」と言ってたしなめたが、鈴木は「すみません」と言いながら俯いたままだった。従って、鈴木が「平成11年9月30日付の『確認書』にあるとおり債務は完済された」と頑なに主張していることは、この借用書と矛盾しており、借用書に自署したうえに確定日付がある限り鈴木の主張は全くの嘘であることが分かる。また前述の10億円については、鈴木と西がA氏を外して密約を交わし、その上で鈴木が利益を折半するために「合意書」を破棄させようと西に執拗に迫り、その結果として西に何回かに分けて支払われた報酬であった(実際には紀井義弘から西の運転手の花館聰を経由)。こうした経緯を見れば、鈴木が平成11年9月30日に15億円を返済してなどいないこと、また西に払った10億円はA氏への返済金ではなかったこと、したがってA氏の金主元という暴力団に流れたために二重の返済を迫られたという鈴木の話が全くの創作であることが分かるはずである。ちなみに、鈴木は貸金返還請求訴訟の証人尋問で、「西に10億円を渡した」という点については「そんな話はしていない」と言い、借用書を作成した6月27日には「会っていない」と二重三重の嘘を重ねた。
50(長谷川)あなたは、最終的には、どうすることにしたのですか。
(鈴木)何故、自分がそんなことをしなければならないのかと思いましたが、万一、自分の身内に危害を加えられたらどうしようという不安、恐怖、金で命を救うことができるのなら金を出すのもやむを得ないと考え、また、原告からの融資でエフアールが存続できたのも事実であり、西には、「俺も殺されるのは真平だから、A氏とは金輪際、関係を断つということで手切金を出す」旨述べました。
51(長谷川)西は、どう言っていましたか。
(鈴木)喜んで、「宜しくお願いする、これで命が助かる」などと言っていました。

〔注〕これが本当であれば、A氏と鈴木に宛てた西の「遺書」は誰が書いたというのか。
52(長谷川)あなたは、幾ら、手切金として渡そうと考えていたのですか。
具体的には考えていませんでしたが10億円位は必要とは思っていました。
53(長谷川)金額につき、西には何か言いましたか。
(鈴木)10億円位なら年内には何とかなると思うが、それでA氏と話をつけると言いました。
54(長谷川)西は、どう言いましたか。
(鈴木)それで十分に話はつけられる、自分もA氏に前もって話をしておく旨を述べました。それと、西は、「自分が根回しをしておくから、3人であったときは難しい話はしないでくれ、金額と期限の話だけにして欲しい」ということも言いました。
55(長谷川) あなたはどう言いましたか。
(鈴木)分かっていると答えました。
〔注〕借用書の作成経緯が全く違っていて、明らかに鈴木の創作であることは借用書の但し書きを見れば明白である。この質疑応答では、鈴木が平成14年3月頃、直前に西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕起訴されたのを受けてA氏から呼び出され、貸付金の返済について問われたという設定になっている。だが、その時期、A氏は鈴木には会っていないどころか、鈴木の電話番号さえ知らなかった。

鈴木はA氏に債務は平成11年9月30日付の「確認書」にもある通り完済されていると反論したが、「A氏は西の債務返済と株取引の利益分配に充てたと言うだけで話し合いは平行線をたどった」と述べたうえで、次に西には保釈された直後の6月下旬に会い、A氏との債権債務をめぐるやり取りについて確認を求めたと言い、その内容が前記39~49の質疑応答となっている。

A氏は、それまでは西が鈴木の連絡役を常に担っていたので、鈴木と直接連絡を取り合うことは敢えて一度もしなかった。そして、A氏が西から鈴木の電話番号を聞き鈴木に初めて電話を架けたのは平成18年10月13日のことだったが、実は西もその頃は鈴木の電話番号を知らず、連絡をするときには必ず紀井を経由していたのだった。A氏の電話を受けた紀井は「鈴木は海外に出かけています」と言い、A氏が「では、連絡があったら、私に電話をくれるように伝えて下さい」と言って電話を切ると、間もなくして鈴木から電話が入った。この経緯を見ても、鈴木がA氏にさえ所在を明らかにしていなかったことが分かるはずで、西をクッションにしてあらゆる言い訳(作り話)を用意していたことが窺える。ちなみに紀井によると、鈴木は自分からは一切電話には出ず、紀井には「誰からの電話も絶対に取り次ぐな。不在と言え」と言っていたという。また、A氏から電話が入ったことに鈴木はうろたえ、紀井に「何の話だろうか? どうしたら良いだろうか?」と尋ねながら落ち着かない様子で部屋の中を歩き回った揚げ句、紀井から「社長には大変世話になっているので、すぐに電話をした方が良いですよ」と言われて、ようやくA氏に電話を架けたという。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(5)

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〔10億円の支払いはA氏との手切れ金という大嘘〕
「質問と回答書」の(4)の1~24については、前述したように(3)の質疑応答と重複している部分が多いため、必要と思われる部分を取り上げるが、鈴木は、平成14年6月27日に借用書を作成するに際して、「西にA氏への返済金として10億円を渡した」と言った事実を否定し、A氏への債務は完済されていたので、西がA氏に依頼した債務額の減額を鈴木が依頼した事実もないと言った。その一方で、宝林株取引の利益の報酬として10億円を支払ったことをA氏に平成14年3月頃に話したという。何度も繰り返すが、A氏はこの時期に鈴木とは一切会っていなかった。そして、次のような件が続く。
11(長谷川)6月27日の話を続けます。あなたは、原告に対し、どんな話をしましたか。
(鈴木)幾ら何でもA氏から殺されるという話はできませんので、自分は、原告には金15億円を返済し債務はないと考えている。しかし、原告からの融資が無ければエフアールが倒産していたのも事実であり、恩義があることも承知している。私およびエフアールとA氏との間には今後何の関係もないということを約束してくれるのであれば10億円であれば支払っても良いと述べました。

(鈴木が書いた借用書。すべて自署で、確定日付がある)

12(長谷川) 原告は、どう言いましたか。
(鈴木)それで承知したと言いました。何時までに支払ってくれるかと聞いてきました。
13(長谷川)あなたは、どう答えましたか。
(鈴木)年内には用意できると答えました。
14(長谷川)原告は、どう言いましたか。
(鈴木)年末は忙しいので、12月24日までに用意して欲しいと言いました。
15(長谷川)あなたは。
(鈴木)承知しましたと答えました。
〔注〕借用書を作成した後に鈴木が「年内に返済するので、(15億円を)10億円にして頂けませんか?」と依頼して、A氏が応じたということで、10億円の返済で鈴木が言うような話など一切出ていない。
16(長谷川)(甲4を示す)。「借用書」とあり、額面が金15億円、支払い期限が平成19年12月末日となっています。連帯保証人欄以外は、あなたが記載したものですか。
(鈴木)そうです。
17(長谷川)この文章は、あなたが考えたものですか。
(鈴木)違います。原告の言うとおりに私が書いたものです。
〔注〕A氏は誰の場合でも、書面の書式や内容については相手に任せている。これについては、すでに触れている通り、多くの債務者に確認して判明している事実だ。
18(長谷川)額面が15億円となっている理由は何ですか。
(鈴木)原告が、利息なしで支払期限が平成19年12月末日であり、万が一のことがあるかもしれないので金15億円にしてくれと言いました。
19(長谷川)あなたは、どうしましたか。
(鈴木)年内には金10億円は用意できることは確実だったので承知しました。
〔注〕鈴木が10億円を持参した時、「スイス人の投資家を騙して調達したもので、身を隠さなければいけません」と聞きもしないのに言ったので、A氏は驚き「大丈夫なのか?」と聞き返したほどだった。その後、A氏が西にも確認すると、西も「どうも、そうらしいですよ」と答えていたが、西はまだ鈴木との蜜約で利益分配をうけるものと考えていたようで、A氏をはぐらかす言動を繰り返していた。
20(長谷川)「借用書」となっている理由は何ですか。
(鈴木)原告は、名目は貸金にするほかないので、「借用書」としてくれというので、指示通りにしました。
21(長谷川)平成14年12月24日に金10億円を支払いました。
(鈴木)同日、現金で10億円を支払いました。
22(長谷川)この金10億円については、あなたは債務がないことを知りながら支払ったということですか。
(鈴木)その通りです。
23(長谷川)納得して支払ったということですか。
(鈴木)納得はしていませんが、自分の意思で支払ったということです。
24(長谷川)原告は、金15億円の貸金を、あなたが金10億円に値切ったと主張しているが、どうですか。
(鈴木)私の記憶は先ほど述べたとおりです。
〔注〕よくもまあ、これだけの作文ができるものだ。シナリオを描いたと思われる長谷川は小説家の素質があるのかもしれない。しかし、これはフィクションではなく現実の話であって、こんな弁護士がいて良いものかとさえ思う。「確認書」が便宜上で作成されたものであること、A氏への15億円の授受は平成11年7月30日であり、株取引の利益分配金であったこと、さらに平成14年3月頃と言っているが、正確な日時を特定すれば、A氏の日記で確認することができる。それ故、A氏が鈴木とは会っていない事実を踏まえれば、この「質問と回答書」に描かれた質疑応答はすべてが長谷川と鈴木による創作であることが分かる。そして、長谷川がこの書面で密かに狙った思惑は、A氏が反社会的勢力と密接に関係した人間で暴力団の金を運用する貸金業者であるという印象を強烈に裁判官に植え付けることではなかったか、と思われる。この思惑が成功すれば、鈴木がウソを誇張しても裁判官に許容される可能性は高いとも考えたのではないか。しかし、鈴木が平成14年6月27日に作成した借用書の但し書きに「金利をゼロにしていただいたので」とある通り、A氏のやり方が決して貸金業者のやり方ではないことは多くの関係者への取材でも判明している故、金主元に暴力団が控えていることなどあり得ないのだ。

以上のとおり、個々の事実から言えば、鈴木が長谷川弁護士に問われるままに語っている内容は全て鈴木の作り話か長谷川の指示であり、聞き手の長谷川弁護士が、原告が提出した証拠や審理で鈴木の主張が不利になっていると思われる要点を最大限に盛り込みながら嘘を誇張し巧妙に脚色して質疑応答という形に仕立て上げたものである。しかし、その嘘の誇張は、弁護士として決してやってはいけない、懲戒にも相当する職務規程違反だったのである。紀井によると、長谷川は普段は鈴木を呼び捨てにしており、鈴木も長谷川の指示には従っていたというから、この「質問と回答書」は飽くまで長谷川と鈴木の質疑応答と言う形式になっているが、実際には長谷川がシナリオを緻密に描き、その通りに鈴木が答えたのは間違いないと思う。鈴木は単純なウソつきで、ここまで器用なウソは思いつかないと思われる。

この「質問と回答書」を証拠として提出することによって鈴木が狙ったのは、A氏がエフアールの決算対策のために便宜的に作成し交付した「確認書」をもってA氏への債務が完済されたということを裏付けようとしたこと、そして15億円のA氏への交付は平成11年7月30日ではなく9月30日であったことを裏付けようとしたこと、さらに15億円のA氏への交付が9月30日であることにすれば、宝林株取引の利益と言って西が15億円をA氏に持参した事実はなくなり、したがって「合意書」に基づいた株取引もなかったことを裏付けようとしたことであった。和解協議の際に鈴木が認めていた事実さえ翻している。
しかし、「確認書」が前述のとおり便宜的に作成された事実は生前の西義輝と天野裕(当時エフアールの常務取締役)がいくつもの事実を下に陳述し、あるいは聞き取りを録取した音源が存在している中で、強引にもA氏が暴力団と昵懇の関係にあることを背景に強迫をもって鈴木を支配しようとして、事実鈴木は不安と恐怖を感じたと陳述して自らの主張を正当化しようとしたものだった。ちなみに、裁判に提出された音源には不備があった(音源が途中で切れていた)が、10本以上の音源が後日発見された。
繰り返しになるがA氏と西、鈴木の三人での面談や飲食等でA氏が鈴木に不安や恐怖を与えるような対応をしたことは一切なかったのである。何よりも和解から一週間後の10月23日に鈴木が電話を架けてきて来社した時にも、「和解書」に基づいた支払いの方法等を追認しており、またその後に鈴木がA氏に送った手紙で支払いを留保と言ってきたときでさえ、鈴木はA氏のことを「大変お世話になった」「A氏のように一目も二目も置くような男にはほとんど会ったことがない」とまで書き添えていた。そのような文言を見て、鈴木がA氏に強迫されたと考える人間は恐らく一人もいない。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(6)

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〔原告の代理人は長谷川弁護士の恫喝に震えた!?〕
A氏側の代理人弁護士の中本光彦について、中本は何故かこの「質問と回答書」に対して反論らしい反論もせずにやり過ごしてしまった。それは正に裁判官に事実と認めているかのような誤った心証を与えてしまったのではないか、という疑念が残っている。A氏が要請した多くの関係者の陳述書もほとんど提出されなかったが、代理人弁護士はA氏に詳しい理由を説明していなかった。関係者は「この文書が鈴木からの証拠として提出されたことをA氏は知らされていなかった。もし承知していれば最優先で反論し、鈴木に対してすぐさま名誉毀損の訴訟を起こしていたのは間違いなかった」と関係者は言う。A氏には日常の予定や起きた出来事をメモする習慣が若い時からあったという。それゆえに関係者は「そのメモを、例えば『合意書』が交わされた平成11年から『和解書』が交わされた平成18年までの時系列で整理したうえで証拠として提出することだってできたはずで、そのメモは出来事を十分に客観化できたはずだった。中本弁護士にはそんな知恵が浮かばなかったのかと思う」と言う。
“後の祭り”と言ってしまえば語弊はあるが、実際に、東京地裁の品田幸男裁判長の名下で下された判決は、数多くの事実認定の誤りに基づいて、例えば前述の「和解書」を裁判長が無効とする根拠として「強迫」と「心裡留保」などという有りもしない鈴木の主張を採用した点は、この「質問と回答書」が少なからず影響を及ぼしたことが窺われ、それ故に鈴木の言動は明らかにA氏の名誉を著しく傷つけ、さらに社会的信用をも著しく毀損したものであった。
この和解協議の際に、鈴木は株取引の利益を50億円位と言いながら、A氏と西にそれぞれ25億円ずつを払うと言ったので、A氏が「鈴木さん、それではあなたの取り分がないではないか」と聞くと、鈴木は「いや、(利益は)60億くらいです」と言い替え、A氏に「社長には大変お世話になり、自分がシャバにいないときのことを、天野からも聞いていますが、一番迷惑をかけている社長には感謝しないといけませんと言われていました。本当に有り難うございました」と言っているのだ。そんな状況下で、どうして強迫という言葉がまかり通るのか。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

裁判の経緯を知る関係者によると、「長谷川弁護士は法廷での態度が横柄で傍若無人だったために、裁判官から数回注意を受けたが、A氏側の代理人に就いた中本光彦弁護士は、法廷で陳述中にいきなり長谷川弁護士から『うるさい』『黙れ』等と恫喝されて、すっかりうろたえてしまった。もともと代理人に就く際に、鈴木が親和銀行事件で暴力団や総会屋との関係が取りざたされたり、A氏の代理人が襲撃された事件があったので、家族から代理人に就くことを強く反対されたと聞いている。鈴木に対する恐怖感が潜在的にあったのかもしれず、長谷川弁護士の恫喝以降の中本弁護士の対応は特に腰が引けていたことは確かだった」という。中本弁護士は法廷でまともな弁護ができず、地裁、高裁での答弁では裁判官には聞こえないほど蚊の鳴くような小さな声で、しかも手を小刻みに震わせ、答弁はわずか1~2分で終わらせてしまうことがあったという。だが、そうであれば、中本弁護士は代理人から降りるべきであった。

裁判官についても提出した証拠類をしっかり検証しているとは思えないほど、なおざりである。これまで見てきたように、一つ一つの出来事に対して鈴木の主張に注意を払えば、二転三転している、主張とそれを裏付ける根拠が矛盾しているなど整合性のないものばかりで、いずれも採用できないと判断するのが当然と思われた。ところが、品田裁判長を始め二人の裁判官はA氏が常識では有り得ないような金の貸し方(催促を一切せず、本当に困っている人からは金利を取らなかったこと)をしたことに対して「おかしい」と言って、A氏側の主張を退けた。鈴木はピンクダイヤモンドと絵画についても言い値の3億円でA氏に買ってもらいながら「売らせて欲しい」と言って持ち出し、現品を返さず代金も支払わなかった。鈴木は「3億円で買った」と言ったが、鈴木が持参した「念書」を見れば一目瞭然である。さらに高級時計の販売預託についても鈴木が売らせてほしいと言うので定価が40億円超の時計を4億円で鈴木に販売預託したら、品田裁判長は「経済的合理性に合わない」とか、販売預託についての具体的な疎明資料がないなどと言って請求を無効にしてしまったが、鈴木の行為は明らかな犯罪だったのである(鈴木はペア時計3セットだけでも担保に入れて6億円を借りていた)。裁判官は何故、そうした違法な点を見逃したのか、不思議としか言いようがない。A氏に現品の返却もなく、販売代金の支払いもなかったことから貸付(準消費貸借)に止むを得ず切り替えたが、鈴木はピンクダイヤモンドを持ち出す7か月も前の、3億円を借りた時の借用書が買受代金の借用書であると言い出した(借用書の但し書きには日本アジア投資の証券1億円分を担保にすると書かれていた。この証券も西に「鈴木が資金繰りに使いたいと言っているので」と頼まれ渡したが、鈴木は平成11年9月30日に完済したので返却を受けたと全て整合性のないことを言っている)うえに、責任は鈴木個人ではなくエフアールが負うべきとまで言って言い逃れた。当時の責任者だった天野裕も鈴木個人がやったことを認めていた。そして、裁判官は鈴木の言い分を採用して鈴木への請求はできないとしたのである。誰も納得できる話ではなかった。
高裁の裁判長ほか2人の裁判官も一審の判決を支持したが、検証した痕跡が無く一審の判決を鵜呑みにしたと疑わざるを得ないような判決を下して平然としていることに多くの関係者が疑念を持った。職務放棄、裁判官としての使命感ゼロと言わざるを得ない。

なお、西義輝は平成22年2月9日頃に、また天野裕は平成23年8月3日に自殺しており、A氏が前記訴訟で西と天野に証言を求めようとしても不可能な状況にあり、裁判官も認識を誤らせた疑いを多くの関係者が持っている。長谷川の脚色は弁護士としての立場上では偽証罪には問われないことに加え、鈴木による陳述が「西から聞いた」「天野は知らなかった」として“死人に口なし”という極めて卑劣な思惑の中で行われており、鈴木は虚偽主張を大きく増幅させたのである。

鈴木が西義輝と共に証券市場で仕掛けた数多くの仕手戦で巨額の利益を獲得しながら、大半を海外に流出させて隠匿した上に独占した事実(鈴木がフュージョンアセット社に指示してオフショアに用意させたペーパーカンパニーを茂庭進が管理し、また常任代理人を杉原弁護士が務めていたこと)は、すでに本誌で取り上げてきたとおりだ。そして、A氏が起こした訴訟は、言うまでもなく鈴木に対する貸付金の返済は言うに及ばず、仕手戦で獲得した利益についても、鈴木が和解協議の場ではA氏と西にそれぞれ25億円のほか、A氏には別途20億円を支払うと約束した総額70億円を一部請求として求めたものだった(20億円については、鈴木が「和解書には西の言い方が気に入らないので書かないが、社長、約束は絶対に守ります」と断言していた。こうしたやり取りは録取した音源に残っている)。
「和解書」を作成した後に鈴木が再びA氏の会社を訪ねるまでに、鈴木は何度もA氏に架電しているが、そのやり取りの中で、鈴木は「買い支え分は70億と聞いているが、正確にはいくらか聞いてくれませんか」とA氏に尋ね、A氏が西と紀井に確認すると58億数千万円であるとの回答を得て2日後の鈴木からの電話に答えると、「利益からその分を引いて3等分しなきゃいけませんね」とまで言って「和解書」に約束した以上の支払いを追認していた(このやり取りも録取され何人もの人が聞いている)。

(西義輝がA氏に宛てた承諾書 株取引で得た利益のうち鈴木が約束した分配金約137億円をA氏に譲渡するとある)

西は株取引を行う前からの債務があったことから、鈴木が支払いを約束した25億円と鈴木との間で交わした密約に基づく利益分配金の137億5000万円をA氏に債権譲渡していたので、訴訟での株取引の利益に係る請求分は一部として70億円としたが、「合意書」に基づけば、鈴木と西は「合意書」に違反していたから取り分は一切無かったはずだ。A氏が西に「これでは元金にもならない」と言うと、西は「実際の利益は鈴木が言う60億円ではなく500億円位なので、70億円の支払いが済んだ後にしっかり清算させましょう」とA氏を説得した。
A氏の下には鈴木の発言を録取した音源が多数存在しており、また多くの関係者が聞いていることから、鈴木がいくら裁判で勝訴したからと言って、嘘で誤魔化すことはできないということを改めて知るべきである。
ちなみに、今回の記事を編集するにあたって、改めて多くの関係者に取材をしたが、これまでマスコミには一切接触がなかったA氏自身もマスコミ各社の取材依頼に応える模様だ。とはいえ、関係者の多くが「先ずは鈴木自身がA氏に直接会って謝罪しないことには助かることはない。鈴木が今まで同様に度が過ぎる嘘を言い続けるならA氏は取材に応じていくことになると思われ、今後は全てが露見してしまう可能性は大きい」と言う。そうであれば、鈴木の嘘がさらに新たな事実が暴かれ真相が一層明確になるに違いない。
また、訴訟の現場においても、実際に再審請求のハードルが高いとしても品田裁判長が下した判決、そしてそれを鵜呑みにした高裁の判決には数多くの重大かつ深刻な事実認定の誤りがあったことは、これまで見てきた通りで、絶対に是正させなければいけない。裁判官を裁く弾劾裁判も、再審請求と同様にさまざまな要件をクリアーしなければならないところもあるが、制度として存在している限りは十分に可能性があるということである。鈴木の違法行為(脱税事件としては1000億円を超える個人としても戦後最大級のもの)をこのまま放置してはならない。こんな不合理なことが司法によって守られるようなことがあってはまさに司法制度の崩壊にもつながる。本誌では、読者もご承知のように読者投稿の欄を設けて以来、投稿が殺到しているので、積極的に読者のご意見やご感想を一部ではあるが掲載している。掲載記事についてさらにお尋ねがあれば、この読者投稿をご活用いただいてお問い合わせ頂きたい。本誌が掌握している客観的な証拠や証言に基づいた事実、真実を踏まえて真摯にお答えする。今回の特集でさらに読者投稿が殺到すると思われるが、同趣旨の投稿はそれぞれ代表的な投稿に収れんすることでご了解いただきたい。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(7)

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〔鈴木には大恩人の 長谷川弁護士が暴走した乙59号証〕
鈴木義彦が裁判に提出した「質問と回答書」(乙59号証)についてこれまで全6回にわたって取り上げたが、もし長谷川幸雄弁護士が鈴木の代理人でなかったならば、判決がどうなっていたか分からなかったと思われるほど乙59号証は、鈴木が提出した他の書面や書類に比べて重要な意味を持っていたことが窺われる。
しかし、鈴木が勝訴したことで長谷川が鈴木にとっては“大恩人”となったかもしれないが、鈴木の悪事は全てが株取引で得た利益の独占と隠匿から始まっている犯罪なのだ。利益を独り占めにするために、鈴木はウソを吐き、側近の多くの人間を犠牲にして、彼らが自殺しようが不審な死を遂げようが、あるいは行方不明になろうが、平然としてきた。それ故、生死に関わる一人一人の問題に鈴木の関与が疑われてきた。鈴木が親和銀行事件で逮捕される3日前に8000万円を借り受けた際に、鈴木はA氏に土下座して涙を流し「このご恩は一生忘れません」とまで言っていた。そうした言葉は忘れるものではないが、当の鈴木はここまでウソを吐き、何人もの人間を犠牲にしてきた中で、A氏や西にほぼすべての無理を聞いてもらっていたのである。そうした経緯を、長谷川自身が鈴木からどのように聞いて理解していたのか、ぜひ長谷川自身から聞きたいものだ。

鈴木が「合意書」に基づいて「和解書」を作成しながら、その後、A氏に2通の手紙を送る中で、「和解書」で約束したことを反故にして所在をくらませ、代わって青田光市と平林英昭弁護士が交渉の代理人に立ったが、鈴木のウソは、まさに青田や平林が構築したウソや言いがかりに同調したところで二転三転していて、全てが矛盾だらけで辻褄も合っていないものばかりだった。
裁判官が判決で根拠を示さないまま採用した「強迫」も「心裡留保」も青田と平林が編み出したロジックだったが、そうした交渉の過程でA氏側の代理人に就いた利岡正章に対する襲撃事件が起き、あるいは西義輝にさえ頻繁に尾行をつけて西を精神的に追い詰めるようなことを鈴木と青田は謀っていた

長谷川は弁護士だから、鈴木から委任を受ければ相応の対応が求められることはあるにしても、だからといって犯罪に加担すれば弁護士資格以上の問題に発展することくらい分かっているはずだ。ところが、長谷川だけではない、平林も杉原も弁護士としての資格や倫理観を忘れ、踏み越えてはいけないハードルを越えてしまったと言わざるを得ない。利岡を襲撃した暴漢は広域指定暴力団稲川会系の習志野一家の構成員だったが、青田が同一家のNO.2に当たる楠野伸雄とは平成20年当時でも20年来の交流があっただけでなく、平林が同一家の木川孝始総長と最低でも2回以上も面談している事実が判明している。それも利岡の襲撃事件が起きた時機にである。青田は「付き合いはなかったことにして欲しい」と楠野に強く口止めさえしていた(楠野自身が関係者に告白した)。また、杉原正芳弁護士は鈴木が株取引に関連して用意した外資系投資会社を装うペーパーカンパニー(累計で100社前後に及ぶ)の常任代理人に就き、金融庁へ届け出る報告書等に虚偽記載をした事実が判明している。報酬が目的であったとしても犯罪が疑われる行為に自ら加担するのは許されることではない。平林も杉原も本誌取材班の取材に応じなかっただけでなく記事に対する抗議や反論もないため、事実と認めているのも同然という解釈ができる。そして、長谷川が超えてしまったハードルが「質問と回答書」であり、本誌がその細部にわたって検証し、記事として掲載した理由がそこにあった。

長谷川が、鈴木がウソにウソを重ねて証言していることを知らなかったとは言わせない。何故なら、審理を重ねる中で鈴木の証言や陳述のほとんどが二転三転して、どれが本当の話なのか鈴木本人でさえ分からなくなっていたのではないかと思われるほどだ。その結果、長谷川は鈴木の証言を丸呑みした上でさらにウソを増幅して構築する必要に迫られた。鈴木が乙59号証「質問と回答書」でここまで虚偽の証言をしたのは長谷川の主導によるものだったと思われる。訴訟に勝つためである。とはいえ、A氏のように全ての頼み事を聞いてあげ催促もしない人間などいないと言っても過言ではない。

(A氏が鈴木から宝飾品を購入した際の領収書。鈴木が買ってほしいというものをA氏は査定もしないで言い値で買ってあげているが、ほとんどが価値のないものだった)

平成11年9月30日付の「確認書」でA氏に対する債務は「完済された」と鈴木はウソを吐いた。鈴木が「買ってほしい」と言って持ち込んできたピンクダイヤと絵画をA氏は言い値の3億円で、また価値のない宝飾品を1億2550万円で買ってあげたが、ピンクダイヤと絵画については間もなくして「売らせてほしい」という鈴木の要望にもA氏は応えて販売預託にした経緯を鈴木は無視して、その7か月も前に3億円を貸し付けた際に作成された借用書がピンクダイヤと絵画の買受代金に当たるものだとウソを吐いた。また、「合意書」を交わすことになる最初の重要な銘柄となった宝林株800万株の取得代金3億円をA氏が出した事実を否定するために、鈴木のウソは「自己資金は必要なかった」とか「自己資金で賄った」「ワシントングループの河野氏から借りた」ほか二転三転どころではなかったこれらのウソは鈴木が吐いたウソの一部ではあるが、すぐにも辻褄が合わなくなるものばかりで、こうした鈴木によるウソの証言や陳述を長谷川はつぶさに見てきた。そして長谷川が生み出した奇手が、辻褄が合わなくなった部分を修正するためだけにはとどまらず、A氏を最大限に誹謗中傷することによって鈴木のウソを糊塗しようとしたことであり、それが「質問と回答書」(乙59号証)だったのである。

しかし、この「質問と回答書」には大きな問題がある。それは、A氏が鈴木を呼び出したというのであれば、A氏が鈴木に問い質さなければならないことが数多くあったはずで、単に債権債務という括りで済まされることではなかったはずだが、文面にはそれらの説明は一切なく、全くおかしな構成になっていることだ。
しかも、西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された直後の平成14年3月頃というのであれば、A氏は「合意書」に基づいた株取引の内容について鈴木に確かめなければならないことがいくつもあった。銘柄や収支の明細もあるが、西の逮捕容疑に関する事実関係を掌握するためには鈴木に確認するのが一番であったからだ。そして、それらの情報の掌握は鈴木と西の債務返済計画に影響していたからである。しかし鈴木は「合意書」の話は出なかったと言い切った。A氏が呼び出したと言いながら、A氏が聞くべき項目が何一つなく、「質問と回答書」では一切触れないまま、鈴木はA氏が唐突に債権債務の話を持ち出しただけだと言っている。A氏が質問したいことが何一つ入っていない、この「質問と回答書」の内容はおかしすぎる。鈴木が逮捕される3日前に8000万円を借りる際、A氏に「このご恩は一生忘れません」と言った言葉を無視して、鈴木と長谷川は人としてやってはいけない作り話を構築したのである。
債権債務についても手形や借用書に係る公正証書の作成についての確認やピンクダイヤモンドと絵画、高級時計の販売預託についての確認等、具体的に聞かなければならないことがA氏にはいくつもあったのに、鈴木と長谷川はそれらには一切触れなかった。鈴木が一方的に「完済したはずの債務の返済を迫られた」などという単純な話で済まされるはずはなかったのだ。鈴木が西に「A社長に直接連絡を取って2人だけで会うことはしません。全て西会長にお任せします」と言って頼んでいたことをA氏は当初から聞いていたが、平成10年5月28日の時には鈴木から電話があり、「少し時間を取って戴けませんか」ということで会い、またその前にピンクダイヤと絵画を買ってほしいと言って来社したこともあった。これらは鈴木からの連絡によるものだった。鈴木も「西会長には内緒にしてください」とA氏に要請していた。このように、鈴木を紹介したのは西だったから、A氏がその関係を飛び越えて鈴木に直接連することは一切ないというのは周知のことだった。A氏が初めて鈴木に連絡を取ったのは平成18年10月13日のことで、それも西に紀井の電話番号を聞き、紀井から鈴木に連絡を取ってもらったくらいで、それ以外で直接鈴木に連絡することは一切なかった。前述の通り鈴木の電話番号さえ一切知らされていなかった。

「質問と回答書」は、このように全く整合性がないにもかかわらず、A氏の弁護士は「質問と回答書」が証拠として提出された事実さえA氏に明かさず、したがってA氏とは一度も協議もしなかったから反論のための陳述さえしなかった。事はA氏による鈴木への債権回収と「合意書」に基づいた利益分配要求が全て強迫であったという作り話で構成されているような深刻な問題である。これでは、A氏の弁護士に何か別に思惑があって利益相反を疑わざるを得ないことになる。少なくとも「鈴木の陳述に否認していない」という印象だけが裁判官には残って、裁判が敗ける可能性を高めたとも言えるのではないか。一審で敗訴した原因が中本光彦、戸塚敬介というA氏の弁護士に何の考えもなかったことにあったとしか思えない。

鈴木は利益の独り占めという強い我欲のためにさまざまな事件を引き起こしてきた。しかも、側近であった天野裕、大石高裕は言うに及ばず、関わった人たちの大半を犠牲にしたために彼らの家族さえ不幸に陥れている可能性も高いと思われる。鈴木が「質問と回答書」でA氏に逆らえば命に関わるとまで証言しているが、それを実行しているのは他ならぬ鈴木と青田ではないかということが関係者の間では共通の認識になっているのだ。
それ故に、A氏が提起した鈴木に対する訴訟は実態が不明の部分を炙り出し、より真相にたどり着く大きなきっかけになるものと期待されたが、周知のとおり地裁だけでなく高裁の裁判官までもが事実の認定をしないままでは関係者には疑問しか残らず、訳の分からない判決を出したことで、問題を解決するどころか混乱させてしまっているのが実情だ。それ故に鈴木の代理人、中でも長谷川の対応には重大な責任が生じている。
ちなみに、長谷川は、鈴木が親和銀行事件で逮捕起訴されたときに代理人を務めており、鈴木のことは裏も表も承知している関係にあると思われる。鈴木が有罪判決を受けながら執行猶予を取れたのは、親和銀行に対する示談を申し入れ、約17億円の和解金を支払ったからだったと思われるが、それも長谷川の指示によると考えるのが自然だ。鈴木の周辺関係者たちは、長谷川が周囲に誰がいようが鈴木を呼び捨てにして、さまざまに指示を出していた現場を何度も目撃していた。鈴木も長谷川には否も応もなく一言「分かりました」と言って従っていたという。そのような阿吽の呼吸から生まれた「質問と回答書」であると考えれば、鈴木が自分の言いたいことを強引に長谷川に納得させたとは思えず、またその結果、この書面ができたとも決して思えない。長谷川に大きな責任が生じている所以だ。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(8)

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〔鈴木は警察署の呼びかけさえも拒否した〕

本誌取材班は、鈴木と西による株取引及び鈴木による海外隠匿資金の実態について真相を確認することに加え、裁判が終結してからは敗けるはずのない裁判が何故敗けたのか、というテーマについても取材を進める中で、鈴木および青田光市、茂庭進、鈴木の実父や青田の義兄に当たる杉本夫婦に関係者たちは取材をかけたが、一人もまともに応じることはなかった。杉本の妻(青田の実姉)を地元の警察署で呼び出してもらった際にも、一旦は来署すると言っていた実姉が後に電話をしてきて「弟が行く必要はないと言っているので」と言って断る場面もあった。肝心の鈴木の所在は一向に掴めず、住所地にも何度か出向いたが、家族すら住んでいる気配はなかった。青田や茂庭ほかの関係者も応対に出たのはわずかで、殆どがインターフォンへの応答すらなかった。

青田は前述したように習志野一家のNO.2とは当時で20年来の付き合いがある密接共生者で、本誌でも触れたとおり、犯罪行為を繰り返して赤坂マリアクリニックを乗っ取った男である。青田は鈴木の裏方としていくつもの汚れ役を果たしてきたので、これまでは鈴木にとっても重宝な一面はあったに違いないが、逆にみれば鈴木を抜き差しならないところまで追い込んでいる張本人ともいえる。「和解書」で鈴木が約束したA氏と西への支払いを青田が反故にさせた(?)ことで、鈴木の自制心が完全に切れてしまったのではないか。
青田は習志野一家の組員たちから「上野の会長」と呼ばれており、いい気になっているようだが、それも鈴木からもたらされる金で威勢よく振舞っているにすぎず、やっていることが犯罪であるのは赤坂マリアクリニックの乗っ取りを見れば分かる。この乗っ取り事件で、青田にかけられた嫌疑は威力業務妨害、窃盗、有印私文書偽造・行使、詐欺、横領、強迫、公正証書原本不実記録など数知れない。このことが原因で院長の根岸重浩氏は2人の娘とも疎遠になったようだ。また青田の義兄も青田とは20年以上前から縁を切っているかのような話を表向きにはしているが、青田は自身の悪さを恥じるべきだ。

鈴木の実父徳太郎は、西が設立したファーイーストアセットマネージメント(FEAM)社で毎月60万円の給与を取っていた。西によれば徳太郎は平成12年から同13年にかけて約1年間勤務していた模様だが、その時期は鈴木が相次いで株取引を仕掛けた時期でもあり、父親として息子の悪事を見聞きしてきたにもかかわらず、息子を叱責することはなかったようだ。FEAM社で鈴木は愛人に50万円の給与を出させたりベンツを購入させるなど横着な要求をして7億円以上を消費しており、それもA氏が出していたことを徳太郎はどう考えるのか。鈴木の所在が不明になってから、利岡正章が1年以上も足繁く徳太郎の家に通い、鈴木とA氏の協議実現に協力するように説得を試みたが、徳太郎には積極的に息子に働きかける様子は見られなかった。徳太郎が利岡の前で鈴木に電話をしても鈴木は一切出なかった。鈴木が独り占めした利益のほんの一部を徳太郎の住むマンションの購入資金や生活資金に充てていることで、何も言えない父親になってしまっていた。

(鈴木の父徳太郎が住むマンション)

ちなみに、先ごろ本誌宛に実父と同じマンションに住む住人と思われる人物から投稿があった。それによると、過去に怪文書が郵便受けに断続的に入れられていたことがあって、それは西の自殺に関わるものだったが、西を自殺に追いつめた鈴木の父親がこのマンションに住んでいて気味が悪いという趣旨だったという。そのマンションには別の階に鈴木の妹と子供が住んでいる(この部屋も鈴木が脱税した金で購入したと側近は言う)。妹はエフアールの社員と結婚して子供ができた後に離婚したが、前夫の姓(徳田)を名乗っている。投稿者には怪文書が入れられていた当時は何のことか分からなかったが、本誌の記事を読んでようやく分かったとのことであった。西の自殺が鈴木の実父の住むマンションの住人にも波紋を広げていたことが、この投稿によって分かる。鈴木が引き起こした事件は一人鈴木の問題ではなくなっているようで、取材を進めると鈴木の家族が住む相模原市内のマンションでも同様の事態が起きているようで、2人の子供たちにも影響が出るのではと思われる。

西が自殺した直後にA氏と西の妻と子息(内河陽一郎)、そして利岡が徳太郎の自宅を訪ね、西の自殺について思うところを尋ねるとともに鈴木との面談設定を改めて徳太郎に依頼した成り行きから、徳太郎が娘(鈴木の妹)を同行してA氏たちと最寄りの警察署に向かい、同署の課長が応対する中で妹が鈴木に電話をすると鈴木が電話に出た。そこで妹が鈴木に事情を伝え、課長が電話を代わって「すぐに来て欲しい」と言っても、鈴木はさまざまに理由をつけて「都合がつけられないので、A氏には明日電話します」と言って面談を拒否してしまった。鈴木と長谷川が作成した「質問と回答書」に基づけば、鈴木にとってはA氏と西に強迫され「和解書」を作成したというのであれば、警察署に訴える絶好の機会であったはずではないか。しかし、鈴木は言を左右にして面談を拒むだけで、翌日以降もA氏に連絡を入れることはなかったのである。鈴木の言動がいかにちぐはぐなものであるか、それを目の当たりにした徳太郎は一言も発しなかった。利岡は、徳太郎の家を訪ねる度に伊東で獲れるキンメダイほかの手土産を持参したり、いろいろな書籍を届けていたが、数か月後には徳太郎が「息子に協力してあげてくれませんか」と頼むことが1度や2度ではなかったようだ。また鈴木の所在確認では2か所の興信所に頼んで2年以上で数千万円の費用をかけていたが、そうした経緯を品田裁判長は無視して「7年間も放っておくことはおかしい」と一方的に判断したのは不可解である。
ちなみに、鈴木は「和解書」の作成経緯について、西が香港で殺されかけた殺人未遂事件の容疑者にされそうになったことから恐怖感が募り、署名指印しなければその場を切り抜けることができなかったと主張したが、その日のやり取りを完璧に録音したテープが見つかり、鈴木の主張がウソであることはその音源で証明される。また、鈴木と青田が謀って西を頻繁に尾行させたのは何故だったのか。しかも尾行を繰り返していたのは、どうやら青田が目をかけてきた反社会的勢力の人間であった疑いもあり、西の自宅前でも張り込んでいたことが何度もあったようで、西が気を抜けばいつでも不測の事態が起きるような緊張感を与え続けたようだが、そこまで西を追い込まなければいけなかったのは、西が何らかの真相を暴露することを恐れたからではなかったか、とも思われる。このように、実際にはA氏や西が鈴木を強迫したのではなく、鈴木が自分にとって不利な事実を知っている西を強迫していたに等しかったと言える。裁判官が強迫や心裡留保を採用して「和解書」を無効と認定したのが大きな誤りであるのは、こうした一つ一つの真実に目を向けなかったからと言わざるを得ない。

A氏と鈴木の双方の関係者の多くが言う。
「貸金返還請求訴訟の結果は途中経過でしかない、ということは何度も繰り返して言ってきたが、鈴木には真相を語らせ、犠牲を強いた関係者に対しても相応の謝罪をさせなければ事が決着したことにはならない。そのための方法として、裁判官に対する弾劾裁判を始め、弁護士に対する懲戒、そして鈴木自身に対しても可能な限り法的措置を講じて行く」
鈴木に対する取材が長らく続いてきたが、今回、取材班は初めてA氏に接触することができる可能性が出てきたこともあって、A氏の心境や鈴木に対する取り組み方等を関係者から聞いた。
関係者によると、「平成18年10月16日に和解協議があり、その後の1週間の間にも鈴木からA氏に何度も電話があり、また10月23日には鈴木が一人でA氏の会社に来て、A氏や西に約束したことを追認していた。ところが、その後に青田光市と平林弁護士を代理人に立てると言い出してから、鈴木の態度が豹変した。具体的な経緯は分からないが、恐らく和解協議のさわりを聞いた青田が出しゃばり、『そんな金を払うことはないよ、俺に任せてくれれば何とかするよ』とでも言ったのではないか。その言葉で鈴木の強欲に火が着いて、一気に事態が変わり今日まで来てしまったように思う。和解協議後に鈴木がA氏に電話を入れたやり取りで、株価の買い支えでの損失が約58億円あり、それを差し引いて3等分しないといけないと言っている話が録音されていて、何人もが聞いている」という。

問題の「質問と回答書」についてA氏は、「鈴木のウソは、もともと平林や青田が構築したウソのシナリオに沿って鈴木が主張してきたことで、すぐにも綻びが生じるような幼稚なものだったが、この乙59号証は明らかに今までと違っていて、それまでの証言や陳述の不備をもっともらしく修正するために作成したものであり、長谷川はA氏が暴力団関係を金主元にしたプロの金貸しであるという事実無根の前提を作り、鈴木にその点を強調させ、鈴木も同調した。これは絶対に許せないことです。A氏は友人知人に貸し付けをしたが、金融は本業ではない。金を貸して人助けをした時に催促をしないのはA氏の実家の家訓になっているくらいで、A氏もそれを守ってきた。困っている人を助けることで、実家は古くから「仏」という屋号がついていた。A氏の父の葬儀に西を含め友人知人が列席した際に、送迎のタクシー運転手や地元の人たちから屋号を聞いて驚き、その話を鈴木も西から聞いていたからA氏の人となりを十分に承知していたはずだ。鈴木は手形、借用書では次から次に融資を依頼し、また在庫で処理できなかった宝石や絵画等も買取を依頼した。しかも絵画についてはA氏に買ってもらいながら一度も持参しなかったが、別の債権者の所に担保で入れていた事実が後日判明した。それでもA氏は一度も催促をしなかった。A氏がその時に鈴木の本性を分かっていれば金は貸さなかったし宝飾品等も買い取らなかったはずだ。ところが鈴木が「質問と回答書」で述べたのは、あろうことかA氏が債務返済を二重に強制したということだった。A氏は、そんな卑劣なことは一度もしたことはないと断言できる」と双方の多くの関係者は言う。そして、今後の取り組みについても聞くと、鈴木に対しては徹底的に真実を明るみに出すことになると思うと関係者は言う。
「裁判は残念ながら、原告側の弁護士の対応に大きな落ち度もあって想定外の敗訴となったが、判決が全てではない。もちろん、可能な限りの法的な措置は取っていくが、問題の地裁判決については、例えば公開でシンポジューム(討論会)を開いて、何故、裁判官たちが事実の認定を誤ったのか、何故、訳の分からない判決を下すことになったのかについて、討論者だけでなく聴取者からもさまざまな意見を出してもらい問題意識を高めてもらうという意見が多い。方法はいくつもあるのではないか」という。
関係者の話にもあったが、裁判官を裁判にかける弾劾裁判の制度があるが、これは民間版のようなものと言える。鈴木や長谷川が法廷で行った論述だから、もとより異存はないに違いない。
「多くの関係者が、国内外の一人でも多くの人にこの事件の真相を理解して欲しいと考えています。裁判は敗訴になったが、裁判に未提出の多くの証拠の中で未だ公にしていないものもある。そうした証拠からも判断すれば万人にも分かるはずで、和解書の文面にもある通り、鈴木も西も不正を認めている。従って和解書の作成経緯が強迫や心裡留保には当てはまらないことは、和解協議後に鈴木がA氏に送った2通の手紙でも十分に理解できるはずである。ただ、この頃には青田や平林の悪知恵が加わっているが、少なくとも手紙の文面が真実を証明している。『大変お世話になった』とか『男として一目も二目も置く人には今までほとんど会ったことがない』という文言で判断できるはずだ」
と関係者は言い、鈴木が隠匿し続けている1000億円を超える金はいずれ国庫に没収されるに違いないから、折からの新型コロナウィルス対策で大型予算が組まれる中で有意義に使われるなら、A氏がA氏への出資者と協議をするのはもちろん必要だが、それが最適、最良ともA氏は考えているようだとも言う。(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(1)

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〔鈴木義彦はやはり卑怯なやり方しかできない〕
本誌が掲載してきた特集記事「極悪!! 稀代の事件師『鈴木義彦』の正体」に対して記事削除の申立が去る3月中旬に起きた。日時が曖昧なのは鈴木義彦(裁判所では申立人を債権者と呼んでいる)が裁判所に提訴した訴状および一件書類が手元にないからである。
結論から言えば、裁判所が去る5月27日に削除命令を出したことから、プロバイダーが本誌に期限を設けて記事削除の請求をしてきた。本誌としては裁判所の裁決が前提になっているので、請求には応じる予定であるが、申立が起きてから裁判所の裁決が出るまでの過程には大きな違和感を持っている。本誌は記事を作出した当事者であるにもかかわらず、終始「訴外」として扱われてきた。それ故、記事削除を申し立てた者が誰であるのかを今現在も正式には承知していない。削除を申し立てた特集記事が鈴木に関する記事だけなので、債権者は鈴木であると考えているに過ぎない。しかも審理が何回行われ、どのように経過したのかも一切分からない。判決文も今日現在、プロバイダーから届いていないので詳細も分からない。それでいて、裁判所が削除命令を出したから削除しなさい、というのはあまりに理不尽な話ではないか。

もうひとつ、本誌は昨年11月1日に特集記事を公開して以降、「極悪!! 稀代の事件師『鈴木義彦』の正体」の連載を現在も継続しているが、この間、鈴木からは一切クレームも反論もなかった。それにもかかわらず、本誌を除外してプロバイダーを対象に記事削除申立を断行したのである。記事を公開するに当たっては十分すぎるほど裏付けを取り、可能な限りの証拠を収集してきたと自負しているからこれまで鈴木より抗議や反論が一度もなかったのは当然とも考えるが、いきなり記事の削除申立がなされたことに強い憤りを覚える。と同時に鈴木のやり方が極めて卑劣であることを改めて強調したい。

鈴木義彦による記事削除申立で、本誌の手元にあるのは訴状に添付されたと思われる「別紙」(削除申立の主張を陳述)のみであるので、その範囲で述べるしかないが、対象としている各記事について主張がそれぞれ述べられているものの、記事の記述が虚偽であると書かれているのみで明確な立証がない。わずかにそれらに共通している前提(根拠?)が平成27年7月8日に東京地方裁判所に提起された貸金返還請求事件訴訟において平成30年6月11日に言い渡された判決と同年11月28日に東京高等裁判所にて言い渡された判決である。
しかし、判決はいずれも原告(A氏)の請求を退けるにあたって、いくつもの事実認定に誤りがあっただけでなく、その結果、被告(鈴木義彦)の犯罪をも容認するものとなってしまったことから、それは決して看過できないことであった。
本誌が鈴木義彦を特集し公開してきた一連の記事に一貫しているのは、前述の判決に対するいくつもの疑念を明らかにし、併せて鈴木義彦に向けられている犯罪疑惑への問題提起である。それ故、鈴木からすると、記事の一部を指して削除申立をする性格のものではないはずである。

削除申立がなされた記事は、
「鈴木義彦の嘘と言い訳」(1/1)(2/2)(3/3)(5/4)(6/5)
「海外の隠匿資金1000億円超の全容解明へ」(1/6)(2/7)(5/8)(9/9)
「西義輝が残した『遺書』が語る鈴木の闇」(1/10)(2/11)(4/12)
「裁判官の姿勢を糾弾する」(1/13)(2/14)
「西レポート『鈴木義彦との出会いから現在』」(3/15)(6/16)
「プライベートバンクの担当者要注意! この顔に見覚えはないか?」(/17)
「総括 鈴木義彦とは何か」(1/18)(2/19)(3/20)(4/21)(5/22)(6/23)(7/24)
合計24本であるが、何故、これらの記事を選んだのか、他の記事には削除を申し立てる該当部分がないとする理由が見当たらないため、本誌としては不可解でならないが、先ずは前記記事のそれぞれに便宜的に順に番号を振り(カッコ内の後番号)、概ね以下のキーワードで分類した。
*合意書に基づいた株取引の利益分配及び利益金の海外隠匿
対象記事 ⇒ 3 6 7 8 22
*志村化工株の相場操縦事件への関与
対象記事 ⇒ 2 9 11 16 21 24
*訴訟での虚偽証言
対象記事 ⇒ 4 14 24
*鈴木の暴力団との関係
対象記事 ⇒ 5 10 12
*詐欺、脱税などの犯罪行為
対象記事 ⇒ 15 17 18 20 24
*自殺者、不審死者、行方不明者への関与
対象記事 ⇒ 1 3 13 19 23

鈴木より削除申立された24件の対象記事の中で「虚偽の事実の摘示」の論拠(前提)に前記訴訟の判決を直接挙げているのは3、4、6、7、14、22ではあるが、それ以外の対象記事についても鈴木が判決で勝訴したことを論拠(前提)にしているのは明白である。
そこで、前記の分類に沿って記事による問題提起が事実に基づいて記述されていることを明らかにしたうえで、前記訴訟の判決がいくつもの誤った事実認定に基づいて下されたのかを最大の問題提起とする。

1.判決の事実認定の誤り
(1)「合意書」と「和解書」を無効としたこと。
「合意書」は平成11年7月8日付で前記訴訟の原告と鈴木、西義輝が交わした株取引に係る書面であり、「和解書」は「合意書」を交わして以降に鈴木と西義輝が株取引で得た利益を「合意書」を反故にして鈴木が隠匿したために、履行を促すことを目的に行われた協議で、鈴木が認めた支払い約束を記した書面である。
一審の裁判官がその事実認定を誤ったことで、貸付金及び原告が株取引に係って提供した資金の全額が焦げ付いたばかりか、鈴木が外為法違反を承知で海外に流出させた利益金の追及さえ中途半端に終わらざるを得なくなってしまった。
(2)原告の鈴木に対する貸付金の返済が完了したとしたこと。
平成11年7月30日にA氏が西と鈴木から受け取った15億円は鈴木と西による株取引の利益分配金の一部であったが、裁判官は「合意書」を無効としたことを理由に、根拠もなく債務の返済金に充当した。鈴木は前記15億円の授受を平成11年9月30日と偽り、同日の日付で原告が鈴木に交付した実体のない「確認書」をもって「債務は完済された」と主張したほか、個々の債務についても虚偽の主張を繰り返した。裁判官は、そうした主張に振り回されてのことか、原告が鈴木に販売預託したピンクダイヤモンド、絵画、高級時計等の販売代金についても無効としたほか、1円も返済されていなかった貸付金が、前述の15億円とその後の10億円によって相殺されたと結論づけてしまった。
(3)鈴木には青田光市という旧知の友人がいる。鈴木が西を介して原告と面識を持った直後に、鈴木が紹介する形で原告も青田と面識を持つようになった経緯があった。青田は以前から反社会的勢力との関係が深く、原告と鈴木の間に亀裂が生じたころ、20年来昵懇の関係にあった広域指定暴力団稲川会習志野一家の幹部、楠野伸雄に依頼をして、原告が鈴木の要請に基づいて立てた交渉の代理人(利岡正章)を静岡県伊東市内のパチンコ店駐車場内で楠野の配下の者2名に襲撃させるという事件を起こした。その事実は稲川会の別団体の構成員ばかりか、当の習志野一家の幹部、構成員も暗に認めている。しかも、その襲撃事件が、利岡が示談に応じたことで起訴猶予になったことに不安を感じてか、鈴木の代理人である平林英昭弁護士が少なくとも2回以上も習志野一家の木川孝始総長と面談している。一方で青田が楠野に対し「付き合いはなかったことにしてほしい」と口止めしたと同様に、鈴木もまた平林を通じて「襲撃事件には関わっていない」旨を伝えるなどの工作をしていたことから、2人の事件への関与は明白だった。
鈴木が貸付金の返済と「合意書」「和解書」の履行を如何に逃れるかで腐心しながら、虚偽の主張を繰り返して履行を先延ばしにしてきたことから、原告は止むを得ず訴訟を提起し、その過程で前記襲撃事件についても触れたが、裁判官は事件の真相に目を向けようともしなかったため、鈴木の真実を見逃してしまったと思わざるを得ない。(裁判官による事実認定の誤りについて、具体的な事例は必要に応じて述べる)(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(2)

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(1)合意書に基づいた株取引の利益分配及び利益金の海外隠匿
鈴木は平成10年5月31日に親和銀行不正融資事件で警視庁に逮捕され、同年12月中旬に保釈された。鈴木はA氏より逮捕される3日前にその事実を聞かされていたこともあってか、西義輝にエフアールの存続や愛人と子供の生活費の工面等への協力を依頼していた。そうした経緯から、西は保釈された鈴木の下を日参するかのように訪ね、朝から酒浸りになっている状態を一日も早く脱して日常を取り戻すよう説得し続けた。それは、鈴木が借金を重ねてきた中で多額の債務保証をしてきた経緯があったために、西にとっても必死の説得だった。平成11年2月から3月にかけて宝林の筆頭株主が持ち株を売却するとの情報が西に持ち込まれ、これが西と鈴木にとっては利益を生み出す希望が湧くきっかけとなった。西は宝林株取得を決め5月30日までに取得資金3億円をA氏から借り受けた。鈴木と西は株式市場で宝林株の高値誘導を目論んだが、買い支え資金が維持できずA氏に協力を求めた。7月8日、A氏と西、鈴木の間で協議が持たれ、鈴木が一人熱弁を振るってA氏を説得した。結果、宝林株を始めとする株取引を行う旨の「合意書」が交わされた。そこには「今後の株取引の全てについて責任を負う」という一文が明記された。7月30日、西が「宝林株取引の利益分配」と言って15億円をA氏の会社に持参した。
(鈴木の虚偽主張)
鈴木は「A氏から資金提供を受けるために必要だという西に協力して、書面に署名したに過ぎず、それを実行するという認識はなかった。事実、その後、A氏とは株の話は一切していない」と主張した。しかし、資金協力要請でA氏を説得するに当たり熱弁を振るったのは鈴木自身で、「株式市場で20億、30億という多額の“授業料”を払い、ノウハウを学んだ。株の実務は私と西会長でやる。株取引で利益を出すには株価を維持する資金が安定的に必要で、それを社長にお願いしたい。絶対に自信がある」「これが成功しないと、社長に返済ができない」などということを何度も繰り返してA氏に訴えたのである。鈴木と西による株取引が本格化する中で、鈴木は故意にA氏との接触を避けるようになり、西はA氏に鈴木が海外に滞在中であるなどという虚偽の経過報告を繰り返した。また、鈴木の代理人であった平林弁護士は「合意書」の無効を強調する際に、その根拠を何度もすり変えた。例えば宝林株の取得資金については当初「ワシントングループの河野氏から調達」としたが、間を置かずして「売買ではなくファイナンスの依頼で、取得資金は不要だった」と言ったかと思えば「鈴木自身の自己資金」とまで言い替えた。こうした主張のすり替えは他にも重要な場面で何回もあった。そして、何より鈴木に任され宝林株に始まる取得株式の売りをすべて担っていた紀井義弘が銘柄と利益をリストにまとめ「確認書」として提出するとともに、西が株価を高値誘導し、そのタイミングで売り抜けられたのはA氏に買い支え資金を全て出してもらったからと証言している。
平成18年10月16日の協議で、鈴木は宝林株の取得資金をA氏が出した事実を認め、またその後、A氏に送った2通の手紙の中でも宝林株を取得できたのは西の実績であったことを認めていた。

(2)志村化工株の相場操縦事件への関与
平成14年2月27日、西義輝が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された。志村化工株の取引をした経緯について、平成22年2月に西が自殺する際に鈴木宛に送った書面(遺書)には、次のような記述がある。
「志村化工株に関しては、もっとひどいやり方をさせた。貴殿は、当時、FR社の役員でもあった武内一美氏を私に紹介し、志村株の買収に力を貸して欲しいともちかけ、購入してくれた志村株については、後に全株を買い取るとの約束のもと、私の信用取引を利用し、1000万株以上の志村株を買わせた。貴殿は一方で、海外で手に入れた志村の第三者割当株(1株約180円)、金額にして約20億円分を売却した。この20億円の購入資金も、貴殿が調達したお金ではなく、以前に宝林社に増資で入れた資本金を、私に宝林社の安藤社長を説得させ、年利回り3%で海外のプライベートバンクに預けて欲しいと依頼までさせ、了承させる役割までやらせた。その後、海外に送金させた20億円を志村株の第三者割当増資に流用し、ウラで多額の利益を出している」
「貴殿らは、私が志村株を買っている時に志村株の売却を同時にした事で、私及び武内氏は株価操縦の容疑がかかり、その後、私と武内氏は東京地検特捜部に逮捕された。貴殿は私が逮捕される前に、自分に身の危険が迫っていることを分かっていて、何度となく私に会って、必死に口ウラ合わせを依頼した。私は、この時もまた、貴殿に騙されたと思ったが、私が本当の事を言って、貴殿が逮捕されれば、親和銀行で執行猶予の身でもあり、今まで貴殿と行ってきた三者合意による利益分の事も心配になり、私が全責任を取り、貴殿を逮捕から守る事にしたのである。私が貴殿の事を一切喋らないと約束した後、貴殿は私に頭を下げて言ったことを今でもはっきり覚えている。絶対に忘れる事はない。西会長の身の回りのことや弁護士費用、公判中の生活費用、そして三者合意での利益の分配のうち、少なくとも1/3以上の利益分に関しては、全責任を持って支払う事を約束したことだった。この志村化工事件でも貴殿を守りぬき、私だけが罪をかぶり解決したわけだ。ここまで貴殿のペースにはまるとは、私は大バカものだ」(以上抜粋)
鈴木は「志村化工株の相場操縦事件には関与していない」と主張するが、鈴木に裏切られたことに絶望した西が自ら死を選ぶに当たって書き残した書面の内容に嘘があるとは思えない。東京地検は西や武内の逮捕に前後して鈴木にも家宅捜索や事情聴取を行った。しかし、西が容疑の全てを被ったために確たる証拠が見つけられなかった、ということであって、鈴木の主張には同調できないどころか、協働した人間を貶めて平然とする鈴木の人格さえも疑う。(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(3)

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(3)訴訟での虚偽証言
平成11年9月30日付の「確認書」について。A氏が鈴木から貸付金の担保として預かっていた手形につき、エフアールの決算対策を名目に西経由でエフアールに渡すとともに「債権債務は無い」とする「確認書」を西経由で鈴木に手交したが、鈴木に頼まれ便宜上作成したものであったことはいくつもの書類で明らかであり、鈴木の側近であったエフアールの天野裕常務も認めていた。
鈴木はこの「確認書」を悪用して「A氏に対する債務は完済された」という主張を法廷の場に持ち込み、「債務者はエフアールで、被告は関知しない」とまで主張した。
しかし、A氏が融資をしたのは鈴木個人であって、エフアールという認識がなかったことは、平成9年9月頃に西が鈴木を紹介して以降、西の強い要請に応えてわずか数カ月の間に手形13枚を担保に約17億円、借用書で3億円と8000万円、さらに鈴木が持ち込み言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画に加えA氏保有の高級時計等の預託販売代金の未収分約7億4000万円の合計約28億円を融通したことで容易に分かる。仮に債務者がエフアールであれば、天野裕(当時は常務)が対応しなければならなかったが、A氏は鈴木との対立が表面化する直前まで天野との面識は一度もなく、電話でのやり取りさえなかった。
そもそも9月30日に金銭の授受は一切なく、天野もまた「当時、会社に債務を返済する資力は無く、『確認書』は便宜的なものだった」と認めていた。しかも債務は元本だけでも28億円超であったから、15億円では整合しない上に、西が15億円をA氏の会社に持参したのは同年の7月30日で、それも株取引の利益金の一部を3等分したうえで西と鈴木は返済金の一部として5億円ずつを返済したものだった。A氏は翌日、西と鈴木に15億円の処理について確認し、西も鈴木もそれぞれA氏が心遣いで渡した5000万円を受け取ったことに礼を述べていた。
さらに言えば、鈴木が平成14年6月27日付で作成した「借用書」と、同年12月24日に鈴木がA氏の会社に持参した10億円を鈴木はどのように説明するのか。「借用書」には確定日付もあるが、「確認書」をもって「完済された」と言うならば、この15億円の「借用書」と同年12月24日の10億円の授受は鈴木には説明がつかないはずだ。
裁判官は、「確認書」については鈴木の主張を採用せず、債務が残存しているとしたが、「合意書」を無効としたために宙に浮いた格好となった15億円と10億円の授受について、鈴木によるA氏への返済金として相殺してしまった。15億円の授受に対する事実認定は明らかに誤りである。
平成10年5月頃、鈴木が資金繰りのためにA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤモンドとボナールの絵画について、平成10年5月28日にA氏の会社を訪れ、「売らせてほしい」と言って持ち出し、その後、売却代金も納めず現品も返却しなかった(しかも絵画は一度も持参しなかった)。同じく以前にA氏が保有する高級時計(上代価格40億円以上)を持ち出し、売却代金も納めず現品も返却しなかった。鈴木は高級時計の一部を投資家に持ち込んで6億円を借り受けた後に、他の時計を全部玉や商事という質店に質入れした。この質入れ分についてはA氏が後日金を払って質から出した。鈴木による一連の行為は、A氏が事を構えていれば詐欺横領になったはずだ。
鈴木は平成9年10月15日にA氏が3億円を貸し付けた際の借用書と合致させて「3億円は借りておらず、ピンクダイヤモンドと絵画の代金として買った際の借用書だった」と主張した。期日を確認すれば明らかな通り、3億円の貸付は平成9年10月15日で、ピンクダイヤモンドの持ち出しよりも7ヶ月も前である。鈴木はピンクダイヤモンドを持ち出す際に「念書」まで用意していたのだから、支離滅裂としか言えない。なお、天野によれば「鈴木より白紙の右下部分に署名捺印しろと言われ、書いた」と言い、それが「念書」の実体だった。しかも「念書」には「預かりました」とあるのが、何故、鈴木は「買った」と言えるのか。3億円の「借用書」の但し書きには証券1億円分を担保に入れると明記していた。なお、この担保は西が「鈴木の資金繰りに使わせてあげてください」とA氏に頼み、A氏は渡していたが、訴訟の場で「完済したので返してもらった」とウソを平気で言える鈴木の神経が分からない。
裁判官は、時計について「合計上代45億円相当の価値を有するという腕時計を合計4億円で販売委託するのは、経済的合理性がない」として退け、また絵画等の委託販売についても「原告から本件絵画等の販売委託を受けたのはエフアールであり、被告個人ではない」として退け総額7億4000万円の債務を無効にしてしまった。しかし、鈴木の側近の天野は「ピンクダイヤは見たことがあるが、絵画は一度も見たことがない」ということをA氏、西との面談の中で語っていたから、裁判官の認定は明らかに間違っていた。前述のとおり、鈴木によるいくつもの整合性のない主張を裁判官がことごとく採用した結果が債務の無効だったのである。誰が見ても裁判官が事実認定を誤って判決を下したということが分かる。

(4)鈴木の暴力団との関係
削除申立10の記述は、西義輝が鈴木から直接聞いた話として記録していたものである。
冒頭にも挙げたとおり、鈴木の暴力団との関係は青田光市を抜きには語れない。利岡襲撃事件は青田光市が依頼したものであり、鈴木が関与していないのならば、何故平林弁護士が少なくとも2回以上も習志野一家の木川総長と面談する必要があったのか。平林はA氏の関係者に対して「私は青田の弁護はしていない。鈴木個人の弁護をしている」と述べていた。
なお、青田は「赤坂マリアクリニック」を乗っ取り、暴力団員を引き連れて院長の根岸重浩氏宅を訪ねて「出てこい! 根岸」「殺すぞ」などと脅したうえ、医療法人まで乗っ取って私物化した。青田と鈴木は「義光会」という医療法人の役員に名を連ねている。鈴木義彦の「義」と青田光市の「光」を取ってつけた名称であることが一目で分かる。

(5)詐欺、脱税などの犯罪行為
前述したとおり、鈴木が親和銀行事件で逮捕される直前に、一度はA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出しながら、現品の返却も販売代金の支払いもせず、高級時計に至っては最後に残った時計を質入れまでしており、持ち出した当初から販売代金をA氏に支払う気などなかった。それこそ詐欺、横領ではないか。
親和銀行から融資を引き出すにあたって差し入れた担保物件についても価値のない土地や古屋貴石が作った偽造のダイヤであった事実が発覚して鈴木は逮捕された。詐欺を指摘した記事は、主に西の遺書に書かれたもので、その信ぴょう性は前述のとおりである。
鈴木による脱税疑惑については、すでに触れている通り、鈴木に任されて取得株の売りをすべて担っていた紀井が証言している。利益を獲得した名義人は鈴木が海外のオフショアに用意したペーパーカンパニーであり、茂庭と紀井が日本での申告義務はないという名目の下で香港やシンガポールの証券会社経由で送金する役割を茂庭と2人で担っていた。本来ならば鈴木自身が申告しなければならなかった性格の資金である。

(6)自殺者、不審死者、行方不明者への関与
鈴木の周辺で挙げるべき西の自殺、天野の不審死、そして行方不明となった証券担保金融業者「五大」の吉川某は、いずれも鈴木と関わりながら、不慮の死、行方知れずとなっているが、その原因が鈴木には全く関係ないとは言わせない。
西が自殺する直前に認めた書面は鈴木宛だけではなく、鈴木の実父徳太郎や青田光市等にも宛てていた。いずれの書面も鈴木が株取引の利益を独り占めしている事実を非難したうえで、鈴木に改心を求めたものだった。
天野は、クロニクル(旧エフアール)の公式の発表とは大きく違い、自宅での病死ではなく都心のホテルでの首つり自殺(不審死)だったことが明らかになっている。何故、クロニクルは明らかに虚偽の広報をしたのか。鈴木は、親和銀行事件以来、エフアールとは一切関係ないと公言していた模様だが、実際には側近の天野に影響力を行使して、西と仕掛けた株取引における新株の発行企業として名を連ねている事実は紀井の証言や「確認書」からも明らかだった。また平成19年にA氏と面談した際にも、天野は鈴木から「A社長とは会うな」と叱責され、両人の間に深刻な亀裂が生じた事実も判明している。こうした事実を踏まえれば、クロニクルによる虚偽の広報に鈴木が関与していないとは考えにくく、逆に天野が首つり自殺をした真相の一端を知っていたのではないかとさえ言われている。
また、大石高裕についても記事で触れたとおり、西義輝が親和銀行事件で公判中の鈴木より「大石の口を封じたい」と頼まれ、大石に5000万円を渡したと言い、天野と同様に鈴木との間に亀裂が生じていたことが窺える。それ故、大石が交通事故に巻き込まれるような状況の一部でも鈴木は承知していたのではないか、という関係者は少なくない。(以下次号)

鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状(1)

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読者から数多く寄せられている投稿の中で、どうしても鈴木義彦と長谷川幸雄元弁護士に答えてもらいたい、鈴木と長谷川には真実を語ってほしいという趣旨のご意見、ご質問が多いため、一部は本誌で要約したが「鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状」としてお届けする。もとより、本誌の特集記事に一度も反論していない鈴木が真正面から答えるとは思えないが、参考までに本誌の把握している事実関係を述べることにした。

1 宝林株800万株の取得資金3億円は誰が出したのか?
〔本誌〕鈴木の主張は三転も四転もしたが、平成18年10月16日の和解協議の場では、鈴木自身がA氏が出したことを認めた。これは鈴木が認めた数少ない事実の一つである。ところが、裁判官がそれさえも採用しなかったのはあまりに不自然だった。この事実認定を誤らなければ、平成11年7月30日の15億円の授受についてもA氏への返済に充てるなどという誤った判決にはならなかったはずで、裁判官が明らかにおかしいと言わざるを得ない。

2 親和銀行事件で逮捕される3日前にA氏から逮捕情報を聞いて8000万円を借りた時、土下座して涙まで流して「このご恩は一生忘れません」と言ったが、それは演技だったのか?
〔本誌〕鈴木がA氏の会社を訪ねた目的がピンクダイヤの持ち出しにあり、「念書」まで用意していたことで分かる。8000万円の借用書で返済日を10日以内としていたが、その約束を実行することは事実上不可能であることをA氏は承知で鈴木を助けた。そうした機微が鈴木にはどうして分からないのか。A氏から金を借り、ピンクダイヤを引き出すために土下座をして涙を流して懇願し、揚げ句「西さんには内緒にしてください」と頼んだ。

3 A氏と同じ名目で故西義輝の奥さんからも1800万円を借りているが、借用書を奥さんに渡さなかったのは返す気がなかったからか?
〔本誌〕鈴木は金を借りる際に可能な限り書面を残さない、署名をしない等を徹底していて、後でトラブルになることが頻繁にあったと側近は言う。西の奥さんからの借用でもその性癖が出た。つまり返す気などさらさらなかったのではないか。

4 A氏に言い値の3億円で買ってもらっていたピンクダイヤモンドと絵画を平成10年5月28日に「売らせてほしい」と言って持ち出したのは逮捕されるのが確実と実感して金に換えようと思ったのか? 絵画は別の債権者に担保として入れていたことが後日判明したが、これも、現品を返すことも販売代金を払うことも考えていなかったのか? ピンクダイヤを持ち出すにあたって「念書」(預かり書)を用意していたが、天野裕(当時エフアール常務)は、鈴木が白紙の右下に「ここに名前を書け」と指示されて書いたと言っていたが、エフアールの名前を使う時には、いつもそんな調子か? エフアールの代表取締役として、外部の取引先に文句を言われたことはなかったのか?
〔本誌〕A氏の耳に逮捕情報が入っていたということは、鈴木はすでに警視庁の監視下に置かれ、事情聴取を受け逮捕される実感を持っていた可能性が高い。そうした中で、A氏に言い値で買ってもらっていたピンクダイヤを「売らせてほしい」と言って「念書」まで用意するのは、おかしな話である。しかも、トラブルが発生した場合には会社の責任にして、自分の逃げ道を作っている。鈴木の発想は卑怯で悪質だ。そもそも逮捕される人間に金を貸したり、ピンクダイヤの販売預託に応じるような人間がA氏のほかにいるはずがない。世の中広しと言えどもそこまでやってくれる人は一人もいない。ここまでやってもらった人間に対して鈴木はよく考えるべきだ。

5 親和銀行事件で逮捕起訴されて後に保釈された際、何故家族の住む自宅に帰らなかったのか? 愛人宅では朝から痛飲して自暴自棄に陥っていたのか?
〔本誌〕鈴木は逮捕直前に西にエフアールの存続と愛人と子供のことを頼んでおり、西は天野裕(当時常務)と共にエフアールの債権者との交渉を続ける一方で愛人宅には毎月50万円~60万円を届けながら世話を焼いていた(この金もA氏が出している)が、鈴木が保釈後に愛人宅に身を寄せたのは、債権者から身を隠すことにあったことが考えられるが、刑事被告人となり有罪での服役となれば、再起はほとんど見込めなかった。西からA氏を紹介してもらって、A氏に事実上高利の債務の肩代わり返済をしてもらい、最悪の状況から救われたはずだ。

6 西が宝林の筆頭株主が持ち株800万株を手放すという情報を聞いたのは平成11年2月頃だったが、西からその話を聞いて、どういう反応を示したのか?
〔本誌〕西が残したレポートによると、宝林が倒産する可能性は無いという調査結果が出て、株式の取得に前向きとなったが、鈴木が「今の自分には資金の用意もできないし調達する当てもない」と言うので、西が「A氏に相談して、何とかする」と言い、実際にもA氏から3億円の借り入れができ、西が売買交渉に入ることになった。この経緯からも鈴木は執行猶予の身であったので全く身動きできない状況にあったことが分かる。

7 西が宝林株の取得を決めたとき、西とどのような計画を練ったのか?
〔本誌〕西は宝林株の取得に当たり、証券会社の平池某課長との間でユーロ円建転換社債の発行により外資系投資会社が発行株を引き受け、取得した株を市場で高値売りすれば利益は外資系投資会社名義で確保できる、というシナリオをつくり、それを鈴木に相談したという。すると、鈴木は、外資系投資会社の手配、および外資系投資会社による宝林株の売買契約は自分の方でやると言った。このことから分かるように、鈴木は取得する宝林株を自らの手中に置くために売買契約を鈴木自身が差配することにしたのだ。一番肝心の部分をコントロールして鈴木が主導権を握ろうとしていることに西は気づいていなかったのではないか。西は鈴木が刑事被告人であるため宝林株売買に関与している事実を隠すことに専念したようで、交渉の場(特に売買価格 1株37円)を切り盛りした。

8 平成11年7月8日にA氏の会社を訪ねたのは、株取引の資金支援依頼だったが、その時は誰がA氏を説得したのか?
〔本誌〕平成11年5月31日に宝林株800万株の売買契約が成立して後、西と鈴木は市場で宝林の株価を高値に誘導しようと図ったようだが、利益を確保するまでには至らず、資金も安定的に確保できなかったことから西がA氏に相談しようと言った。鈴木は「社長には西会長も私も多額の借金をしているから、金を出してくれとは言えないし、無理ではないか」と弱気な言葉を返したが、西が「ともかく当たってみるしかない」と言ってA氏に相談することになった。同年7月8日、西と鈴木がA氏の会社を訪ねた。資金支援要請の口火を切ったのは西だったが、実際に熱弁を振るってA氏を説得に係ったのは鈴木だった。「証券市場では、ここ3、4年で20~30億の授業料を払ってきているので、絶対に自信があります」「それに、これが上手くいかないと、私も西会長も社長に返済ができません」等々と言う鈴木の話を聞いて、A氏は鈴木と西の依頼に応じ資金支援を承諾した。すると、西が「今日のことを書類にしておきましょう」と言って、西が書面を作成した。それが「合意書」である。

9 「合意書」を交わす際に、株取引は宝林株くらいしか頭になかったのか?また書面の項目の中に「今後の全ての株取引」とあるが、2人は株取りきは買い支え資金が潤沢にあれば勝てるという確証があった、と言うことか?
〔本誌〕「合意書」の銘柄欄は空欄であったが、鈴木は、宝林株に始まりその後も次々に銘柄を仕掛けていく中で、この「合意書」を作成するのは飽くまで3人の秘密であるから、自分たちが仕掛ける銘柄は万が一にも外部に知られたくない、という説明だった。鈴木は特にこの点を強調していた。そしてA氏、西、鈴木の3人がお互いに責任を果たし、もし「合意書」に違反する行為があれば、その者の取り分はなく、またこの「合意書」の効力は今後の株取引の全てに及ぶという条項が盛り込まれた。

10 西から紹介を受けてA氏と会って間もなく融資を受けることになったが、A氏が要求もしないのにエフアールの手形を担保に出したのは何故だったのか? しかも融通手形を常用するなんて粉飾の典型だから、その当時、エフアールが経営危機に陥っていること、従って同社の手形に担保価値がなかったことはA氏に説明したのか?
〔本誌〕エフアールはすでに経営危機に陥り、どの金融機関からも融資を受けられないどころか10日で1割以上の金利を取る金融会社からでさえ相手にされなかった状況にあった。それ故、鈴木が手形を持ち込んだのは、A氏から融資を継続的にしかも頻繁に受けるための工作ではなかったか。手形は商行為を伴わない融通手形で、発覚すればエフアールはすぐにも上場廃止の憂き目にあうため、西はA氏に「手形は絶対に金融機関に回さないでください」と言う書面を渡していた。A氏は「こんなもの(手形)は必要ない」と言っていたが、貸付の金額が分からなくならないために預かった程度で、信用だけで貸していた。それは、A氏が逮捕前に8000万円を貸した事でも分かるはずだ。

11 平成9年10月15日に3億円をA氏から借りたが、何に使ったのか? 主債務者をエフアールにしたのは、後で「エフアールに請求しろ」という積りだったのか? A氏から借りるときに西が同行したのか?
〔本誌〕もちろん、西は同行していた。A氏が「借主がエフアールになっているが?」と尋ねると、鈴木が「書き直します」と言ったが、A氏は双方が分かっていることだから、このままでも良いと言った。それはA氏が西から鈴木への融資を頼まれた当初から、鈴木個人への貸付ということを3者が分かっていたことである。
鈴木がA氏に融資を依頼する際に、あらかじめ借用書や念書などの書面を用意しているのは何か思惑が隠れているのではないか。3億円を借りる際の借用書には1億円の証券を担保にすることが但し書きに書かれていたが、その後、西が「鈴木の資金繰りで使わせてあげてくれませんか」という依頼をしてきて、A氏が応じたため無担保状態になった。A氏はもともと借り手が返済すると信用して担保を要求することはなかったから、鈴木の資金繰りに協力すると考えていただけであった。鈴木は借用書に金利年36%と書いていたが、その後、A氏は年15%の金利(遅延損害金は年30%)で十分だと言って書類を西に渡したくらいだった。(以下次号)

鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状(2)

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前号に続き「鈴木義彦および長谷川元弁護士への質問状」(2)を掲載する。

1 鈴木は親和銀行事件で逮捕された時、その後、保釈されるまで拘留されていた期間、何を考えていたのか? 西は故田中森一弁護士を親和銀行に紹介して顧問に据えた関係から事情聴取を受けたようで、その際に銀行幹部との面談模様を収録したビデオを見せられたと言っているが、西を主犯(スケープゴート)に仕立てようと考えていたのか?
〔本誌〕西は親和銀行から新規に融資を引き出すための相談を鈴木から受け、その際に鈴木から辻田徹元頭取に対する美人局の経緯や総会屋、暴力団の関りを聞いた。そして、旧知の関係にあった故田中森一弁護士を紹介し、鈴木が同人を親和銀行の顧問に据えるよう画策し、総会屋や暴力団を排除する見返りに新たな融資を引き出していった。親和銀行での不正融資が発覚して、西が事情聴取でビデオを見せられたのは、西自身が語っている通りで、誰がそのようなビデオを収録したかを考えれば、鈴木の差し金と言わざるを得ない。

2 平成11年当時は、まだ刑事被告人の身であり、平成12年に執行猶予を受けてからの4年間も活動には制約を受けたはずだが、その間にどれほど海外諸国と日本を往復したのか? 裁判所や法務省にはどういう名目で届を出したのか?
〔本誌〕この辺りの事情は本誌でも詳しく聞きたいところである。過去に面識のあった吉川某という証券担保金融業者が、紀井が取得株の売りを指示するために鈴木が用意した東京都心のマンションに日々の利益金を届けていた様子を紀井自身が語っているが、吉川は鈴木の指示で主にフランスに渡航して現地で鈴木と合流していたという。吉川が利益金の運び屋だった時期があった。しかし、吉川もSECに監視されるようになり、慌ただしくパリへ逃亡した。

3 宝林株を始めとしていくつもの銘柄で故西田晴夫とタッグを組んだようだが、西田とは利益の分配でどういう話し合いがあったのか? 特にアイビーダイワの株取引では西田の側近の白鳥某女がSECに目をつけられて海外に逃亡したようだが、手引きしたのか? その後も連絡を取り合っていたのか?
〔本誌〕宝林株を始めアイビーダイワほか複数の銘柄で西田は鈴木とタッグを組んで株価を高値誘導した。そうした状況下で鈴木がさらに西に株の購入を依頼し、株価が上がったところで紀井が売りを仕掛ける。大きな利益が出るはずだった。西によると、アイビーダイワは西田の側近だった白鳥女史が鈴木に持ちかけたものであったというが、当然、SECの監視下に置かれた白鳥女史の動向を知ることは鈴木にとっても必須だったに違いない。白鳥女史の逃亡先が証券担保金融業者の吉川某と同じパリだったという点は注目すべきところだ。

4 平成11年7月30日に西がA氏の会社に15億円を持参するにあたっては、A氏にいくら渡すか、西と協議をしたのではないか? その時に利益はいくら上がっていたのか?
〔本誌〕西のレポートによると、7月下旬の時点で確保された利益は約50億円あったが、宝林株の取り引きに係る収支の明細をA氏に報告して利益を3等分するという考えは鈴木にも西にもなかった。宝林株の取引で予想外の利益を獲得したために、鈴木は西をたぶらかして利益を折半しようと持ちかけていた。「A氏に利益を分配すると、自分たちの手元には何も残らない」と言う鈴木の誘惑に西は乗ってしまった。そして、今後の株取引に向けた準備金の確保という名目からA氏に渡す分を10億円と提案する鈴木を退けて西が15億円で押し切ったという。それにしてもA氏の力が無ければ何もできないのに、最初から約束を破っている。2人ともまともではない。

5 A氏の会社に15億円を持参するとき、何故鈴木は同行しなかったのか? A氏から株取引の詳細を聞かれては困ると考え、西にうまくやるように頼んだのか? A氏の心遣いで西とそれぞれに5000万円を受け取った時、何を思ったか? A氏が合意書に基づいて3等分すると言ったときに、西が「自分と鈴木の取り分は社長への返済の一部に充てます」と言ったが、それは最初から西と打合せ済みのセリフだったのか?
〔本誌〕A氏と西、鈴木が3人で面談や会食する時、鈴木はほとんど寡黙で自分から積極的に語ることはなかったというが、宝林株取引で予想外の利益を確保した鈴木はすでに利益を独占する思惑を膨らませており、それ故、A氏との接触も徹底的に西に代行させていた。実際に鈴木はこの15億円をA氏への債務の返済金だったと主張するようになったが、その思惑がすでにこの時にあって、西に単独で持参させたことが窺われる。

6 翌日の7月31日に西とA氏の会社を訪ねた時、株取引について詳しい説明をしなかったのは、すでに合意書を反故にして利益を独占しようとする思惑があったからか? A氏から受け取った5000万円について礼を述べていたが、どんな心境だったのか? 2人はA氏を騙していて受け取ることに抵抗はなかったのか?
〔本誌〕鈴木は西と共に15億円のうちの取り分をA氏への返済に充てることを確認し、併せてA氏からの心遣いで西と鈴木がそれぞれ5000万円を受け取ったことに礼を述べた。ところが、その裏で鈴木は西に「合意書」の破棄を執拗に迫り、その報酬として総額10億円の報酬を渡すとともに、西も鈴木からの報酬に目がくらんでのことかA氏には「(鈴木は)都心の1DKのマンションで頑張っている」とか「海外に出かけているが、株取引は長い目で見ていただければ、必ず利益を出します」と言って煙に巻くような発言ばかりをして具体的な報告を避け続けた。本当に悪党どもだ。

7 平成11年9月30日付でA氏に「債権債務はない」という確認書を出してもらったが、それは西の入れ知恵か? 前年に鈴木が拘留中のとき、西と天野裕が同社の決算対策でA氏に頼んで手形の原本を預かったという話を天野から聞いていたと思われるが、確認書は西が言わなければA氏がそこまで協力していた事実を知らなかったのではないか?
〔本誌〕鈴木は西から手形の原本と確認書を受け取った際にA氏に電話で「無理をお願いして申し訳ありません、本当に有り難うございました」と礼を述べた。「確認書」については、西の会社(東京オークションハウス)で毎年のようにA氏にやってもらっていることを鈴木は西から聞いていた。但し、鈴木の頭の中は、この「確認書」を使ってA氏への債務をゼロにしてしまおうということは平林や長谷川との打ち合わせの中で構築された悪だくみであったが、その後の平成14年6月27日付の借用書の存在で辻褄が合わなくなってしまうために、乙59号証にみられるとおり、もっともらしい虚偽のストーリーを構築した。これは長谷川の提案だと思われるが、明らかに犯罪だ。また、その後の株取引で鈴木はエフアールを銘柄に選んでいるが、転換社債発行や第三者割当増資をさせるためには、監査法人の承認を取らなければいけないという思惑でいっぱいだったのは間違いない。

8 夫婦で殺された霜見誠は新日本証券に勤務していた時代から、いわゆる仕手筋との関係が深かったようだが、鈴木とどんな付き合いがあったのか? 霜見の関係者によると、平成13年から同14年当時には密接な関係にあったというが、それは事実か?
〔本誌〕霜見夫妻殺人事件が報道されているさ中に、東京国税局が霜見誠が主宰してリヒテンシュタイン国に拠点を置く「ジャパンオポチュニティファンド」の銀行口座の洗い出しのためにスイスのプライベートバンクに照会をかけたという報道がなされた。同記事はファンドの真のオーナーが鈴木(記事ではイニシャル)であるとしていたが、その後の情報は出ていない。霜見夫妻が事件に巻き込まれた背景は依然として未解明のため、鈴木は積極的に知り得ている事実を語るべきではないのか。

9 一連の株取引を青田光市はどこまで知っていたのか? まさかカヤの外というわけではなかったと思うが、知られてはまずいこともたくさんあったのではないか?
〔本誌〕鈴木は株の売りを任せていた紀井に「利益については青田に絶対に言うな。あの男は口が軽いからだめだ」と口止めしていた。鈴木は自分の“汚れ役”として青田を重宝がっていたようだが、青田は金のためなら何でもするといわれている。鈴木の関与が指摘されたステラ・グループの本社には青田が勤務している姿が毎日のように目撃された。鈴木にしてみると、本音は関与させたくなくとも、青田が出しゃばれば「駄目だ」とは言えなくなっていたのではないか。A氏による訴訟提起で、青田は鈴木の弱点を握り金をせびっている現場があるが、鈴木はノーとは言えない弱みが沢山あり、青田の海外での悪事にも鈴木はプライベートバンクから送金している。青田は悪事で上げた利益を地下銀行を使って日本に送金している。

10 西が志村化工株の相場操縦容疑で告発を受けると知ったのはいつのことだったか? 知ってから西とは何回会って口裏合わせをやったのか? 鈴木には利益を独占管理している強みがあったから、西は罪を被ると考えていたか?
〔本誌〕志村化工株の相場操縦容疑でSECの告発を受けた東京地検が捜査に乗り出したことから、鈴木は何度も西に会って「私の名前を出さないでほしい」と懇願した。得意の土下座までして「(罪を償って出所したら)西会長の言うことは何でも聞くから」と言った鈴木に、西は株取引の利益の1/3は最低でも払うという約束をさせて、英文の書面を作成した。西は、それまで株取引の現場で鈴木に煮え湯を飲まされていたようで、それを一気に挽回できると考えたのか、逮捕後の取り調べでは鈴木の関与を否認して口を噤んだが、鈴木は自分さえ助かれば西との約束は何時でも反故にできると考えていた。案の定、西との約束は果たさなかったどころか、西を自殺にまで追い込んでしまった。取材班は30年以上も取材と執筆の仕事をしてきて、鈴木ほどの悪党は見たことがないというのは全員の一致した意見だ。この人間は恩義と言う言葉を知らないのか、大悪党と言われても返す言葉もないはずだ。鈴木は今まで掲載してきた多くの特集記事に何一つ反論していない。数多くの証拠や何本もの録音テープの存在で反論できないというのが実情ではないか。(以下次号)

「長谷川幸雄」は弁護士登録抹消で許しがたき責任逃れ!(1)

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〔弁護士バッジを外しても長谷川の罪は消えない〕
長谷川幸雄が弁護士登録を抹消していた長谷川に何があったのか? 登録を抹消した時期についての詳細は分からないが、少なくともA氏が提起した訴訟が終結したのは平成31年1月のことで、その後、本誌において東京地裁、同高裁の判決がいかに誤った事実認定に基づいて下されたかの問題提起を行っていく中で、鈴木の強欲さを煽ってA氏に対する債務も株取引に係る利益分配も全くのゼロにしてしまうでたらめな論陣を構築した平林、長谷川の両弁護士が果たした責任は極めて重いという指摘をしてきた。それ故、本誌の一連の問題提起が、長谷川が弁護士登録を抹消したきっかけにつながったことは十分に考えられることだが、理由はどうあれ圧倒的多数の読者が乙59号証のような虚偽のストーリーの構築が無ければ、原告が負ける裁判ではなかったという意見を本誌に寄せている。

しかし、長谷川が単にバッジを外したからといって、それで責任を果たしたと思っているなら、それは大間違いだ。するべきことを手順を踏んでやった上でバッジを外したと言うならともかく、ただ本誌の問題提起から、いずれ懲戒請求を受ける可能性を感じ取り、少なくとも法曹界で恥をさらしたくないという自分勝手な都合だけでしか考えていないことは明らかではないか。再審請求や弾劾裁判をするべきだという意向を伝える読者からの投稿も相変わらず多く、鈴木を決して逃げ得で許してはいけないというが、当然だ。

「合意書」に基づいた株取引を繰り返して、鈴木義彦は今や1000億円を超える隠匿資金を有していると言われるが、その過程で鈴木がやったことは犯罪そのものであり、あるいは犯罪を疑われるほど極めて重いものばかりで、特に長谷川は審理の場で鈴木の嘘をさも真実であるかのように創作しつつ何倍にも増幅させることをやって、事実上鈴木の犯罪を隠蔽したのである
「裁判に勝つためなら、何でもやる」というのが長谷川の弁護士としての信条かもしれないが、それと同等かそれ以上に「人としてやってはいけないこと」の認識も持っていなければならないはずである。しかし、長谷川はそのハードルを大きく越えてしまった。

A氏が提起した訴訟で提出した証拠類に対して、平林は当初から言い訳がましい否定ばかりを繰り返していたが、A氏が鈴木に請われるままに手形13枚を担保に約17億円を、また、これとは別に借用書で3億円と8000万円を貸したのは事実である。そして、長谷川は乙59号証にみられるとおり、A氏に対する債務の二重返済を強要されたとか、あるいは「和解書」への署名指印が強迫に基づいたものであることを裏付けるためにA氏が反社会勢力と密接な関係にあり、暴力団関係者を金主元にした貸金業者であるなどという有りもしない作り話を構築して「質問と回答書」という形で書面化し乙59号証として提出したそれは明らかにA氏の名誉を傷つけ、社会的信用を著しく貶めるものであったが、裁判官に強く印象付けることによって鈴木に有利な判決を勝ち取ろうとしたもので、これ以上の卑劣で悪質なやり方はないものとさえ思われる。

鈴木は、過去に親和銀行事件で有罪判決を受けながら執行猶予がついた。その裁判の弁護を引き受けたのが長谷川で、鈴木が長谷川には頭が上がらず、長谷川の指示には全面的に従うという場面を鈴木の周辺関係者が目撃してきたという。
そうであれば、長谷川がやるべきことはただ1点、裁判に勝ったとしても、鈴木に事実を認めさせることだ。そのうえで長谷川もしかるべき謝罪をしてバッジを外すのが責任の取り方ではないのか。(以下次号)

「長谷川幸雄」は弁護士登録抹消で許しがたき責任逃れ!(2)

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〔相手方の代理人に「うるさい」「黙れ」の恫喝 〕
長谷川幸雄は、貸金返還請求訴訟で被告鈴木義彦の代理人に就いたが、そこでの弁護活動は原告A氏の名誉、信用を毀損するもので、決して看過できるものではなかった。
長谷川がどのような弁護活動を得意としてきたのかは分からないが、相当に癖の強い人間であることは確かだった。長谷川の法廷での振る舞いは極めて傍若無人で、無頼を自認するかのように若い世代の不良が好んで着用するような服装で法廷に臨み、裁判官からも顰蹙を買っていたようだが、場所を弁えず、大声でまくしたてるような弁舌は明らかに原告代理人を威嚇するものだった。
審理が開始されて数回目の頃、A氏の代理人に対しても、長谷川はA氏の代理人が陳述中にもかかわらず「うるさい」「黙れ」などと発言して妨害したのである。法廷はさして広いわけではなく、原告、被告の代理人は向かい合ってお互いの顔が見える程度の距離しかないから、法廷中に反響した長谷川の声にA氏の代理人は驚き、委縮してしまった。長谷川は裁判官から注意を受けて「すみません」と謝ったが、反省している様子はほとんど見られなかった。相手方代理人に対する妨害はA氏の代理人に限ったことではなく常習的に行われてきたものではないかと思われるほどで、相手を威嚇することで審理を有利にしようという魂胆さえ垣間見えた。そうした長谷川の戦術にはまってしまったのか、A氏の代理人は当日だけでなく、その後の審理でも被告の陳述に積極的に反論する意欲を見せなかった。陳述の声も小さく裁判官に正確に聞こえたかどうかも不安だったくらいである。特に控訴審が開かれた高裁では震えながらか細い声で全く聞き取れない状態で、陳述も1~2分で終えてしまった。これでは何のために控訴したのか、意味が無かった。

長谷川は鈴木に対しては「おい、鈴木」と呼び捨てにして言いたいことを言っていたが、鈴木も長谷川には文句も言わずに従っているほどに私淑しているという。
長谷川は自分のやったことの影響が今後、どのように自分自身に降りかかってくるかを考えるべきだ。単に弁護士を辞めて責任を取ったと思うのは長谷川本人だけで、誰もが責任逃れとしか受け止めていない。長谷川が所属している弁護士事務所がどこまで訴訟の経緯や鈴木との関係を承知しているかは不明だが、事務所としてもA氏の提起した訴訟に関与しているだけに今後、同事務所に対する評価も変わってくるに違いないことくらい、長谷川は分かるはずである。

長谷川のA氏側への反論は確かに緻密で、鈴木が嘘に嘘を重ねるような主張を繰り返していることは百も承知で、法廷ではそれらの嘘をただ強調するのではなく、A氏側の主張や提出された証拠類の悉くに言いがかり同然の質問を繰り返した。長谷川にしてみれば、勝つためには何でもやるというのが作戦かもしれないが、それ以上やってはいけないという倫理観が長谷川には全く見られない。しかも悪質なのは、鈴木にそれが真実であると主張させていることだ。A氏が反論するにしても、鈴木と一緒に株取引をやっていた西が死亡しているから、法廷で西の生の声を裁判官に聞かせられない。それに株取引の全てを任せられていた紀井の証言に対しても電話番のように扱ったやり方にA氏は決定的な主張も反論もできないと考えた末の悪辣な作戦である。

貸金返還請求訴訟で、A氏が鈴木に貸し付けた債権は、裁判官が宝林株取引の利益15億円と、平成14年12月24日に鈴木がA氏の会社に持参した10億円を返済金と認定して相殺してしまった。鈴木と長谷川はしてやったりと思ったに違いない。
しかし忘れていけないのは、鈴木が海外に流出させて隠匿した470億円以上の金は犯罪収益なのである。直接的には外為法や金商法等に違反する犯罪を長谷川は承知したうえで、「合意書に基づいた株取引はなかった」ことを強調したのだから、明らかに“共犯”関係にあると言えるし、鈴木が裁判に勝ったことで、鈴木から受け取った報酬が裏で高額であれば、それが何よりの証拠となる。
長谷川、平林による弁護は鈴木の犯罪を隠蔽してしまおうとするために、A氏の名誉を著しく傷つけた。裁判でいかに有利な弁護活動をするかは長谷川の能力だが、しかしA氏に対する名誉毀損、信用毀損は許されるものではない。それは弁護士職務基本規定にある「信義誠実」(真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行う)に違背しているだけでなく、判決にも多大に影響を及ぼしたと実感されるために、A氏と関係者は鈴木だけではなく長谷川や平林に対しても民事と刑事双方での事件対象者にするほどの憤りを感じてきた。

宝林の利益分配ということで、平成11年7月30日に西が15億円を持参したが、事前に鈴木と西がその時点での利益50億円をA氏にいくらで報告するかについて、鈴木は10億円と西に持ちかけた。ここまで助けられた人間を無視して、鈴木は西に「自分たちは借金が多いので、まともに返済したら自分たちの取り分が無くなる」と言ったが、西はさすがに15億円位は必要と考えたようだ。
この2人はレベルが違うが、世話になった人間に対する恩義というものがない。ただ、合意書に始まる一連の関わりの中で、鈴木が少しは人間らしい思ったところは一つしか無い。誤った判決で強迫とか心裡留保と認定されたが、和解協議後にA氏に送った2通の手紙で鈴木が本心を少しはみせた。それは「大変お世話になった」「男として一目も二目も置く人間には今まで会ったことがほとんどなかった」と書かれていることだ。しかし、鈴木が言うような「ほとんど」ではなく、生涯、絶対と言って良いほど会えるはずのない人間だ。立場が反対であれば、鈴木はどう対応したかを考えてみると良い。西は頼まれると嫌とは言えないところがあったと思うが、鈴木には1/100もできることでは絶対にないと断言できると関係者は言う。そして、とことん世話になった人間の名誉を傷つけたり、社会的信用を貶めた鈴木に一番加担したのが長谷川だった。

長谷川の弁護は乙59号証「質問と回答書」にみられるとおり、A氏をとことん誹謗中傷することに終始しているが、それは、A氏に対する債務が存在しておらず、さらに「合意書」に基づいた株取引が実行された事実などないという主張(合意書には「全ての株取引」という文言がある)に帰結するために、虚偽であろうと何であろうと構わないという乱暴な主張を繰り返す論述であったが、平成19年当時の青田と平林との交渉でも見られなかったほどの悪辣さであった。それ故、訴訟に向けた方針や個々の具体的な取り組みは、長谷川による鈴木への指導、指示が平林を圧倒していたのは間違いない。

鈴木と西は最初から合意書に違反していた。紀井義弘や茂庭進を入れたり、西田晴夫と組んだり、あるいは吉川某を使って利益を海外に流出させたり……、これらは西には一部は話していたが、A氏には一切の報告をしていない。鈴木は借金だらけで身動きが取れず、自殺の道しか残されていなかった。それがどうだ、今や1000億円以上という巨額の利益を独占して、今だに青田の悪事にも協力して海外のダミー会社より送金するなどして平然としている。ここまでの悪党は世界中探してもいない。そして弁護士たちも悪すぎる。杉原、平林、長谷川。この弁護士たちは報酬をほとんど裏でもらっているようで、この事件がさらに拡散すれば国税当局や金融庁の調査からは逃げられない。
特に長谷川の悪賢さは半端ではなく、鈴木の嘘を際限ないまでに増幅させた。鈴木の悪質さについては、親和銀行や山内興産との示談交渉に長谷川が関わっていたからよく分かっていたはずだが、金(報酬)のためとはいえ鈴木の犯罪に大きく加担し、悪の限度も考えない。このままでは最悪の弁護士として永久に語り継がれるほどの事件である。そして今後、日本の法曹界にも大きく影響すると思われる。
長谷川は、やってはいけない悪事をどれだけ隠ぺいしたか。杉原も海外に拠点を置くペーパーカンパニーを外資系投資会社のように装い、永らく常任代理人を務めた。
平林も悪だが、小細工を弄し過ぎている。例えば、鈴木の借金について、平林は鈴木同様に主張を二転三転させて破綻している。杉原はやっていることが犯罪と承知しながらやっている。長谷川は乙59号証が象徴するように、人としてやってはいけないことを平然とやった。例えば、暴力団の金を使って金融をすれば、金利を安くしたり催促をしない等はある訳がない。マスコミやネット情報で懲戒にかかると報じられたら、さっさとバッジを外すなんて全くの責任逃れで、許されることではない。鈴木には何でも思うままにやらせていた長谷川の責任は大きすぎる。謝罪して責任を取るのが当然である。このままで許される訳がない。これ以上、情報が拡散すれば、身内に対しても未来永劫にわたって計り知れない大きな迷惑をかけることくらい分からない愚か者なのか。

長谷川は弁護士登録を抹消しても、鈴木を勝たせるために行った弁護活動そのものが犯罪を構成している事実は消せないと知るべきだ。本誌が連載している記事を何度も何度も繰り返して読んでみるが良い。長谷川自身がA氏に対して何をやったのかがよく分かるはずである。それでも、逃げ得しか考えられないのならば、長谷川は人間として最低である。それは単純にボタンを掛け違えたというものではない。A氏に対する名誉棄損、信用毀損は長谷川が想像している以上に深刻で、長谷川もまた鈴木と同様に今後対応しなければならないのはA氏だけではなく、鈴木から事実上被害を受けたA氏の関係者全員であることを肝に銘ずるべきなのだ。

長谷川も自ら反省して良い解決を見出せば、悪徳との評価も徐々に薄れるかとは思うが、そうでなければいつまでも鈴木と長谷川に対する悪評は消えぬまま人々に記憶され、また後世に記録として残り続けることは間違いないと思われる。
長谷川はオウム真理教事件の裁判で弁護士として関係していたというが、単純に比較はできないものの、人に危害を加えても平然として自身の強欲を満足させようとする鈴木義彦の弁護をした長谷川は、自身の倫理観や社会性が、今、厳しく問われていることを何よりも自覚すべきではないか。被害者の人脈は広く、関係者及びその先へと広がっているために、鈴木が被害者に対して犯した加害行為がA氏の人脈に及ぼしている影響は非常に大きく、鈴木が単純に真実を明らかにして謝罪をすればそれで済むということではなくなっている。そして鈴木を煽動した長谷川も、鈴木と同等かそれ以上に被害者および多くの関係者には許せない存在に映っているのである。(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(4)

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〔本誌に反論もなく通信業者に記事削除を申立てた鈴木の卑劣さ〕
記事削除の申立をした人間が誰であるのかも分からないという、極めて不愉快な状況の中で、裁判所の削除命令に対する本誌としての見解を述べてきた。ここでは申し立てた人間を鈴木義彦と断定して稿を進めるが、鈴木は本当に卑怯で臆病な人間ではないか。本誌が昨年11月から鈴木の特集記事を連載している中で、鈴木は一度も記事に対して抗議をしたり、あるいは訴訟に訴えるという行動を取らなかった。そして、連載を開始してから約5か月後の3月になって、内容も事実関係も何も分からない通信業者を相手に記事削除の申立をしたのである。

鈴木は何故、本誌に対して何も言わないのか。読者の方たちもご承知のように、重要な事実関係を裏付ける証拠類はほぼ全て掲載しているので一切の反論ができないのだ(ほかに録音テープ10本以上がある)。鈴木はA氏が提起した訴訟で「完勝した」と豪語してそれを根拠にして申立をしたが、正面切って抗議をするべきだったが、それができなかった。何故ならば、訴訟で鈴木が主張したことの全てが虚偽に満ちており、長谷川元弁護士の悪辣な戦術に頼らなければ勝訴は有り得ないというのが真実であった。

鈴木は悪の極みである。親和銀行で100億円以上の融資を受けたのは田中森一弁護士(西の紹介)のお陰だった。田中が生きていたら、(西義輝の兄のようであったから)鈴木はこれほどしたい放題はできなかった。それに西がA氏に正確な報告していれば、こんな好き放題もできなかったはずである。
合意書についても多くの関係者や読者もよく分かっているように、裁判で鈴木は「西に頼まれサインしただけ」と言ったが、本当のところは鈴木が一人熱弁を振るってA氏に懇願したのである。
それ故、裁判での主張はほぼ全てがウソだった。側近たちは鈴木が自分の都合の良いようなやり方(金を借りる際も書類はほとんど作らず、返す際には1/10か1/20しか返済しないにもかかわらず、相手方に預けた書類がある場合はすべて回収する)をやっていることを承知していたが、そんな人間が「西に頼まれて」などとよく言えたものだ。西にも悪い所はたくさんあったが、A氏に大変世話になっていたのに、鈴木の口車に乗ってしまって、本当に悪だが、鈴木の悪党ぶりはケタ違いで、相手に全く恩義を感じない人間だ。青田と同様、恥を全く知らない忘恥者の極みだ。

鈴木のように人への恩義が全く分からない極悪な人間は世界広しと言えどもいないという読者投稿が非常に多い。
平成7年頃に天野裕が東京オークションハウスに見学に来て、その後、鈴木が会いたいということで西と鈴木が面談し、それからしばらくして親和銀行より数十億円の融資を副島の関係で受けていたが、暴力団との絡みを解決するということだったにも関らず、副島にも暴力団にも1億円前後の金(手切れ金)しか渡さず、残りは全部鈴木が着服した。鈴木は味を占め、親和銀行よりもっと融資を引き出そうと西に相談して、田中を顧問に迎えさせて多額の融資を引き出した。その際に提供した担保が価値のないものばかりだったため、不正融資事件として警視庁が摘発した。鈴木は西を会長、会長と持ち上げ、良いスポンサーを紹介して欲しいとしつこく何回も頼み、遂にはA氏を紹介してもらうことになった。

記事削除の申立書で、該当記事の何が鈴木の名誉権を侵害しているかを弁護士(これも誰なのか星は知らない)が説明している文章には具体的な記述が一つもなく、A氏が提起した訴訟の判決を唯一の裏付けにしているのだが、改めて触れるまでもなく、A氏の請求は退けられたが、それは鈴木の主張が認められたからではない。A氏の代理人の落ち度もあって鈴木の主張に反論すべきことを十分に反論せず、また平林、長谷川の両弁護士が悪質な作り話を構築してA氏側の主張に信ぴょう性がないかのごとき論述を展開した結果、裁判官が多少なりとも疑念を感じて不採用としたために事実認定を大きく誤り、判決にも重大な影響を及ぼしたということである。鈴木が大手を振って「訴訟に完勝した」などと豪語できるようなものでは全くなかった。
本誌が鈴木の特集記事を継続して掲載するのも、まさに判決で鈴木の犯罪を疑われる行為も隠蔽されてしまったことを問題としているからであり、同時に重大な誤りがある判決を正させることにある。

鈴木だけではない。鈴木の弁護を引き受けた平林、長谷川の両弁護士は鈴木の犯罪の隠ぺいに加担しているという認識を全く持っていないようで、ただ報酬目当てとしか思えないやり方では忘恥者の弁護士と言われるのは当然のことである。特に長谷川に至っては訴訟が終結した平成31年以降に弁護士登録を抹消した。本誌で特集している「『長谷川幸雄』は弁護士登録抹消で許しがたき責任逃れ」にある通り、弁護士を辞めたから全てが終わったと思ったら大間違いで、鈴木による犯罪を疑われる行為を隠蔽した事実に対して知らぬふりをしようとしても、そんなことが許されるようなものではない。過去の例のない最大級の事件として未来永劫にわたって歴史の1頁に刻まれる。

今回の記事削除申立に対して、本誌は終始「訴外」に置かれた。それ故、冒頭にも記したように、利害関係人ではない者に個別情報は開示できないとして、本誌では申立書も見ることができなかったために訴えた人間さえ分からず、さらに議論を交えることさえできないままの状況にあったが、だからと言ってそれで済まされる訳がない。鈴木には本誌に対して何も抗議をしない(できない)ことへの後ろめたさがあると言わざるを得ないが、すでに本誌が連載してきた鈴木に関わる情報は国内外を問わず拡散し、マスコミだけではなく一般にも定着しつつある。それ故、今後、万一にも同じようなことが再び起きた場合、鈴木はモグラ叩きのように複数の媒体を相手に次から次へと記事の削除を申し立てなければならず、しかも情報の拡散もスピードを増すので鈴木や家族(身内)はさらにマスコミの関心の的となり孤立化していくだけなのである。
本誌に数多く寄せられている読者投稿でも分かるように、裁判官の事実認定にはいくつもの誤りがあり、それ故に判決もあまりにもひどい過ちを犯していると、読者の多くが実感しているところであるが、このような判決を放置しておくことなど許されるはずはなく、いずれ再審請求や弾劾裁判の機会が必ず訪れることを、国内外を問わず、多くの読者や関係者、さらには鈴木を知る多くの人たちからも期待する声が届いている。(以下次号)

鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状(3)

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鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士に答えてもらいたい、鈴木には真実を語ってほしいという趣旨の読者からのご意見、ご質問を「鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状」としてお届けする3弾目である。もとより、本誌の特集記事に一度も反論していない鈴木が真正面から答えるとは思えないが、参考までに本誌の把握している事実関係を述べることにした。

1 西が逮捕されて起訴されるまでの間、鈴木はビクビクしていたのではないか? ジャパンクリサイスファンドというペーパーカンパニーの代表者だった武内一美も逮捕されたが、武内にはどれほどの約束をしたのか? 利益を独占するために、どれほどの犠牲者が出ているか、自分でも実感していると思うが、犠牲者に対して何も言うことはないのか?
〔本誌〕武内は外資系証券会社に勤務しているときに鈴木にスカウトされたが、志村化工株でどれほどの利益を確保したのか、それが有罪判決を受けても帳尻が合うと思うほどのものだったのか。ジャパンクリサイスファンドもまた鈴木が用意したペーパーカンパニーの一つに違いなく、武内がスケープゴートにされたことも間違いない。鈴木は逮捕されずに利益を享受してのうのうと日々を過ごしていることに武内は怒りを感じていると思うが、鈴木を怖がって何も言えなかったのではないか?。

2 平成14年6月27日付の15億円の借用書を、鈴木は直筆(A氏に送った手紙と同じ筆跡)で書いているが、その前に西と会ったか? 会ってA氏に対する債務の処理について話をしたか?
〔本誌〕西は志村化工株の相場操縦容疑で逮捕起訴された後の平成14年6月に保釈され6月20日にA氏と会った。その際にA氏より鈴木の債務処理について尋ねられたが、西が「今後の株取引で大きな利益が見込めるので鈴木の債務を減額していただけませんか」という依頼をした。その時点で鈴木の債務は元本28億円に年15%の金利分を加えると40億円超となり、また遅延損害金の年30%で計算すると60億円を超える巨額だったが、西はそれを25億円にして欲しいという。西がそういう依頼をするからには、当然、事前に鈴木と打ち合わせをしていなければ減額の話はできなかったのではないか。西は逮捕前に鈴木と密約を交わして株取引の利益の1/3以上を受け取る約束が出来ており、また逮捕後の金銭的な補償も約束されていたから、鈴木の言いなりでA氏に依頼したことが窺える。

3 15億円の借用書を書くに当たって、鈴木は突然「西に社長への返済金10億円を渡している」と言ってA氏を驚かせ、A氏が西に確認すると西も渋々認めたため額面が15億円となったが、10億円の話は西と打合せ済みだったのか?
〔本誌〕A氏は10億円の話を聞いて、鈴木に対し「10億円という大金を返すのになぜ同行しなかったのか? 仮に大事な用があったとしても、電話くらいはできたはずだ」と鈴木をたしなめた。すると、鈴木はただ「スイマセン」と言って頭を下げた切り、しばらく顔を上げようとしなかった。そして、鈴木は「年末までにお支払いしますので10億円にしていただけませんか?」と切り出した。A氏は驚き、内心では鈴木が何を考えているのかを訝ったが、「12月は私も慌ただしいので、24日までにできるなら、その金額で良い」と応えた。ただし、40億円超の債権額を25億円にしたのは株取引の利益分配が大きくなり、確実に分配されることが前提にあったからだった。

4 平成14年12月24日、鈴木は紀井を伴って10億円をA氏の会社に持参したが、その時、A氏から領収書を取らなかったのは何故か? それだけの大金をどうやって調達したのか?
〔本誌〕鈴木が本当に10億円を持参したことにA氏も驚いたようだが、鈴木が「スイスの投資家を騙した金」と言った。A氏は株取引で鈴木が隠匿していた利益総額を知らなかった。後日、A氏が西に鈴木の持参した金の出所について尋ねたが、西は「鈴木が言っていた話の通りのようです」とだけ答えたが、この時点ではかなりの利益が上がっていたが、スイス人を騙したというのは西と口を合わせた作り話だった。

5 西が平成14年6月に保釈された後、西に約束した金銭的な面倒を何故打ち切ったのか? 打ち切るならば何故、西に約束した利益分配を具体的に進めなかったのか?
〔本誌〕西は平成15年7月30日に懲役2年、執行猶予3年の判決を言い渡されたが、それから2か月後の9月に鈴木は西を呼び出して、「西さんへの毎月の生活費の支払いをそろそろ止めたい」と通告した。それに対して西は「執行猶予が解けたら、(利益分配の)契約を実行してもらいたい」と西が言うと、鈴木は利益分配に関しては具体的な話を一切出さなかった。鈴木の話はウソだらけで株取引の利益分配ではA氏を外しているから論外であり、借入金は10億円ではなく、鈴木が西をたぶらかして債務を減額させた上に「西に社長への返済金10億円を渡している」とウソを言った。この10億円を返済金とするなら、正確な情報を下にA氏と協議をしなければならず、そもそも鈴木と西が勝手に決めることではなかったはずだ。西はそれ以降、紀井経由でなければ鈴木との連絡が取れなくなってしまった。

6 平成18年10月に西は鈴木から利益分配金を受け取るために香港に出向いたが、鈴木の代理と称するTamという男から薬物の混入したワインを振舞われ、意識を失った。鈴木は本当に西を殺そうとしたのか?
〔本誌〕平成18年9月に何回か鈴木と面談を重ねる中で、鈴木が10月2日に香港で約46億円を日本国内の銀行振り出しの保証小切手で支払うとした。現地でTamに会えと指示したのは鈴木だった。10月4日、香港のリパレスベイでTamと待ち合わせ、Tamの車の中で小切手の受け渡しを行った後、勧められたワインを飲み、西は意識を失い、その後の記憶が全くないという。
西が鈴木との面談で香港に向かい、指示されたTamと会った経緯からすると、西が事件に巻き込まれたのは鈴木の仕掛け以外に考えられないのではないか。

7 平成18年10月13日にA氏から「合意書」を見せられると、鈴木は「株取引の実績はない」と否定して、A氏は西に騙されているとまで言った。鈴木は何もかも自己中心的で、西まで悪者にしたが、それで乗り切れると思っていたのか?
〔本誌〕A氏が「合意書」を見せると、鈴木は驚いたが、合意書に基づいた株取引は行っていないから忘れていたととぼける始末だった。合意書には「今後の全ての株取引」と明記しているだけでなく、A氏が「合意書の話は、鈴木さん、あなたが私に買い支えをやって戴けないと、2人とも借金を返すことができないと言ったことを忘れたのか」と言うと、鈴木は黙ってしまった。さすがに西が同席していなければ、話が平行線をたどるだけとして3日後の10月16日に3人で会うことが決められた。西が香港で事件に巻き込まれた原因が鈴木にあったことはほぼ間違いなかったことだが、鈴木はどこまでも開き直ってシラをきったので、すぐに合意書に基づく株取引の利益の話になった。

8 A氏と鈴木の面談から3日後の10月16日にA氏の会社で3者協議が開かれたが、鈴木は「合意書」の破棄を西に迫った事実を認め、宝林株の取引が合意書に基づいたものだと認めたのに何故合意書に基づいて3等分しなかったのか?
〔本誌〕3者の協議は、A氏が鈴木との協議の場を作り、鈴木に「合意書」を見せて株取引での利益について尋ねた。鈴木は当初は否定し続けたが、鈴木は遂に合意書に基づいて宝林株の取引を行った事実を認めたが、すでに利益を分配していると言い出した。平成14年6月27日に鈴木が15億円の借用書を作成した際に、「西に社長への返済金10億円を渡している」と言った、その10億円についても、実際には合意書の破棄を目的にした西への報酬だった事実を西が鈴木に突き付け、「それだけは認めろ」と言うと、鈴木はそれも認めた。ただし、鈴木も西も株取引で得た利益の総額については口にしなかったため、A氏はこの時点でもまだ利益総額が470億円ということを知らなかった。

9 A氏が株取引の利益がいくらあるのかを鈴木に尋ねると、鈴木は最初は50億円と答えた。そして、A氏と西に25億円を支払うと約束した。すると、A氏が、利益が50億円でA氏と西に25億円ずつを払ったら鈴木の取り分はないではないか聞くと、鈴木は慌てて60億円と言い変えた。協議の終了後に紀井に電話して「100億以内で済んだ」と言ったというが、A氏と西に支払う分が25億円ずつと別にA氏への20億円で済んだと、内心でホッとしていたのではないか?
〔本誌〕和解協議での利益にかかるやり取りは質問部分にある通りで、協議を終えると鈴木はホッとしたのか、帰り際にA氏に握手を求めたほどだった。そして、鈴木が紀井に電話をした事実は紀井自身が語ったもので、紀井自身が承知していた利益総額は470億円以上であったから、鈴木が「100億以内で済んだ」と言うのは、本当に鈴木のやり方は強欲というより完全な騙し以外の何物でもない。納得できる数字で落ち着いたと理解できる。鈴木は紀井に「香港の件はバレていないだろうな?」と確認しているが、鈴木が海外に流出させた利益の送金先(ペーパーカンパニー名義の口座)のことと紀井は言う。

10 和解時に、A氏には別途20億円を支払うと約束したのは、西より「A氏が知人から借りた金の一部にしかならない」と言われ、鈴木としてみればA氏にお世話になったという気持ちからだったと思うが、もしそうであれば、合意書で何回も懇願したのだから奇麗に3等分するべきだ。本来ならば金主が一番リスクが大きいので70%以上を取ると聞いているが?
〔本誌〕鈴木は和解協議の場で、A氏に対して「2年以内に20憶を払います」と言った際に「今、大きなことを始めています。見ていてください」と言う話をした。それがおそらくステラ・グループ(旧アポロインベストメント)の業務拡大や新たな事業構想だったのだろうが、同社は平成20年までにSECの強力な監視下に置かれたこともあって、鈴木が期待するような状況にはならなかった。

11 和解協議の後、鈴木は何回かA氏に電話を入れ、また1週間後の10月23日にもA氏の会社を訪ねて、和解書で約束した支払いを追認したが、それが何故豹変して和解書を反故にしたのか? 鈴木は後日、和解書は強迫や心裡留保で署名させられたと言い出したが、それが本当ならば、このように一人で来社するなどの言動は有り得ないはずだ。
〔本誌〕鈴木はA氏への電話で、西が株取引で被った買い支え損を正確に知りたいと言い、A氏が西と紀井から聞いて58億数千万円と答えると、「それを差し引いて利益を3等分しなければいけませんね」とまで言って和解書で約束した支払いを追認したのである。それが、何故、豹変することになったのか。鈴木がA氏に手紙を送ってきたのは約5日後で、手紙の日付は11月28日になっていた。これは後日判明したことだが、鈴木と青田光市とのやり取りで、青田が「Aにそんな金を払うことはない。俺に任せてくれれば何とかする」と言って「和解書」を反故にしてしまうよう口説き、鈴木もそれに乗ったということであった。

12 西田晴夫が大阪地検に逮捕された時、事情聴取を受けることはなかったのか? 西田が逮捕された平成19年当時、旧アポロインベストメントを中核にステラ・グループと商号を変えて業態を拡充させていた。いつも裏に潜んでいる鈴木は青田光市を前面に立てて青田を毎日のように出勤させていたようだが、西田の逮捕でその構想もとん挫したのではないか?
〔本誌〕鈴木はエフアールと言う上場企業の代表取締役を務めたが、真の事業家ではなく、同社の株価を高値に誘導して第三者割当増資などで資金を調達し、創業者利得を得ることくらいしか頭にはなかったようである。合意書を交わして株取引を開始して以来、巨額の利益を海外に隠匿する中で、ステラ・グループでも転換社債の発行や第三者割当増資等で海外のペーパーカンパニーが多く登場するという株取引と同様の構図が見え、その中には霜見誠の名前も見え隠れした。そうした動きが活発化した平成20年から同21年にかけて西田晴夫が大阪地検特捜部に逮捕される動きが重なっていたのである。鈴木は間違いなく金融庁や検察にマークされていた。(以下次号)

鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状(4)

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鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士に答えてもらいたい、鈴木には真実を語ってほしいという趣旨の読者からのご意見、ご質問を「鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状」としてお届けする4弾目である。もとより、本誌の特集記事に一度も反論していない鈴木が真正面から答えるとは思えないが、参考までに本誌の把握している事実関係を述べることにした。

1  A氏側の代理人(利岡正章)が暴漢に襲われた事件は、本当に青田光市が仕組んだことだったのか?
〔本誌〕利岡を襲った暴漢は稲川会習志野一家の構成員で、青田は同一家のNo.2の楠野伸雄とは30年来に付き合いがある。利岡は全治3か月の重傷を負ったが、示談を申し入れてきた暴漢の組長に対しては退院後に事件の真相を明かすよう迫ったが、これはうまくいかなかったものの、青田が楠野に対して「自分との付き合いはなかったことにして欲しい」と口裏合わせを依頼したり、平林弁護士が同一家の木川孝始総長に最低でも2回以上も面談している事実が判明していることから、青田と鈴木の事件への関与が極めて濃厚であることは間違いない。(注:取材では稲川会の別の組織の幹部の何人もが証言しているが、ただし、同じ稲川会のことなのでと困惑気味だった。青田が依頼したことは間違いないと言える)

2  A氏が金銭面でどれほど鈴木の窮地を救ってきたか、鈴木自身で自覚していることだけでも挙げてみろ。鈴木は土下座をして涙を流しながら「このご恩は一生忘れません」と言った。A氏に感謝する場面を順番に思い出してみるが良い。それでも、今までと同じくA氏を悪者にしたままでいるのか?
〔本誌〕平成9年8月頃に西が鈴木をA氏に紹介してから、平成10年5月28日までの約10か月で、A氏が鈴木に貸し付けた金額は約28億円になる一方、合意書を交わした後、鈴木と西が開始した株取引でA氏が出した株価の買い支え資金は総額で207億円にも上る。鈴木が獲得した利益は、鈴木が西に指示して大量の株購入をさせ、株価が高値になったところで紀井が株を売り抜けた結果であったから、A氏の協力が無ければ鈴木の利益は確保されなかった。そうした経緯を含めれば、全てがA氏のお陰と言って良いものを、鈴木は自らの強欲を満たすためにA氏を足蹴にするような真似をしてきた。それは絶対に許されることではない。

3 平成10年5月28日までに鈴木がA氏から約28億円を借りたのは、手形はコピーとしても、借用書ほかの書証類がA氏の手元に全て揃っているから間違いないと思う。それに手形も、エフアールの決算対策で原本を渡すときに「債権債務はない」という確認書をA氏に便宜的に書いてもらったものを鈴木が悪用した。鈴木は何故、元金約28億円の債務を15億円で「完済した」と言えるのか?
〔本誌〕鈴木が悪用した「確認書」(平成11年9月30日付)はA氏がエフアールの決算対策のために便宜的に作成したもので、そもそも同日に金銭の授受はなかった。それに、西が同日、A氏に宛て「鈴木に渡した確認書は便宜上作成したものである」との確認書を書いている。前年にも天野常務から手形を預かりたいという申し出があり、A氏は応じたが、天野は当然だったが監査終了後に返却した。鈴木の言う15億円は返済金ではなく、株取引の利益分配の一部であって、西が持参したのは平成11年7月30日だったから、期日も金の趣旨も違う。

4 鈴木は本当に度を越した悪党と思う。金銭の貸借で借金の5%とか10%の金額を「今なら、知人から借りてでも返せるが、この先は無理だ」と貸主に言って、貸主の足元を見るかのような交渉をするのが常套手段という。そんな手法をどこで身に着けたのか? しかも、後腐れが無いように、貸主に預けた借用書ほか書類の一切を回収するという話を自慢気に側近に話しているという話を聞けば、鈴木が「債務は完済した」とか「合意書に基づいた株取引はなかった」という話などウソだらけにしか聞こえない。鈴木はいい加減に真実を明らかにしたらどうか?
〔本誌〕鈴木は、和解協議の後でA氏に何回か電話を架け、直接A氏の会社を訪ねて、「和解書」で約束した支払いを追認していた。その時点では鈴木にも約束を守るという意識が少しはあったと思われるが、A氏に2通の手紙を送って、約束を留保して支払いを留保すると言ったところから豹変が始まった。A氏の関係者によれば、青田が「Aにそんな金を払うことはない」とけしかけたことで、鈴木の強欲に火が付き、さらに平林英昭弁護士も報酬目当てで「確認書」を最大限に悪用する手はずを整えていったに違いない、という。仮にそれが事実としても、鈴木が約束を守らなかったことが一番の問題で、青田や平林が作り上げたでたらめのストーリーに同調してウソにウソを重ねた鈴木が最悪の選択をしたのは間違いないのだ。乙59号証にもある通り、長谷川弁護士は、鈴木の嘘を補強するために「西から聞いた話」としてもっともらしい作り話を構築したが、正に死人に口なしを悪用した最たるものだった。「反社会的勢力をバックにした高利の金貸しで、約束を守らないと殺される」等という作り話を、何故裁判官は鵜呑みにしたのか、全く不可解である。貸付けをしても担保を取らず、催促もしない、さらに相手が困っていれば金利をゼロにすることもあったA氏を指して「(A氏に)家族ともども殺される」などという長谷川と鈴木の造り話を真に受けたかのような判決を出した裁判官に対して、裏取引があったのではないかと思われても仕方のないことである。鈴木という人間は、自身の強欲のためにどれほど多くの人間を犠牲にしたことで人格を疑われているか、知るべきだ。

5 鈴木が警視庁に逮捕される3日前にA氏を訪ねたのは、鈴木自身に逮捕される自覚があってのことだったのか?
〔本誌〕平成10年5月28日に鈴木からA氏に電話が入ったが、何の前触れもなかったことで、鈴木が「少し時間を取って戴けませんか」と言った。A氏にはすでに鈴木が逮捕されるという情報が入っていて、鈴木が訪ねてきた際にそれを伝えると、鈴木は持参した借用書を出して8000万円をA氏から借りた上に、言い値の3億円で買ってもらっていたピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言ってピンクダイヤモンドを持ち出した。絵画は一度も持参しなかった。間もなく逮捕される鈴木にそこまでやってくれる人間は絶対にいないが、一方で、鈴木は金に換えようという思惑しかなかったに違いない。借用書に書かれた返済日は数日後の6月3日で返済は実行不可能だったし、またピンクダイヤと絵画の持ち出しでは「念書」を用意していたが、そこには鈴木はもちろんエフアールが責任を持つと書かれており、鈴木はいざとなれば自分の責任を放棄してエフアールに全てをかぶせる算段をしていたのだ。そして、実際にもA氏との対立が表面化した後の鈴木は、エフアールの責任を強調した。しかし、貸付の相手は最初から鈴木個人と分かり切ったことで、A氏はエフアールの大石高裕、天野裕という鈴木の2人の側近とは面識も無ければ電話で話したことも無かった。

6 乙59号証はいくら何でもひどすぎる。反社会的勢力を背景に債権債務の二重払いをA氏に強要されたとか、人としてやってはいけないことばかりを鈴木は述べているが、判決を書いた品田裁判長は鈴木側に確認もしなかったのか? 確認書を盾に「完済した」と言った手前、平成14年6月27日付の借用書の整合性を取るために、長谷川と2人で乙59号証を作成したが、このようなやり方は許されるはずがない。鈴木にとって他の都合の悪い部分も全て乙59号証のひどい嘘で打ち消そうとしている。
〔本誌〕鈴木は証人尋問で陪審の裁判官から15億円の借用書(平成14年6月27日付)について聞かれた際に、乙59号証を追認するように「西が殺されるというようなことを言って、自分に危害が及ぶというのもありましたけど、よく考えれば、払わなくても良かったのかもしれない」と答え、さらに「暴力団の名前とか出ましたけれど、それはどれくらい現実味がある話なのか」と聞かれると、鈴木は「(信ぴょう性が)ありました」とまで答えた。品田裁判長たちは明らかに鈴木と長谷川が創作した乙59号証を重要視したために、あえて鈴木に質問したと思われる。鈴木と長谷川には深刻かつ重大な責任が発生しているというのは、まさにA氏の請求が棄却された大きな原因を、この乙59号証がもたらした点にあるといえるが、ここまでやれば、犯罪ではないのか。絶対に許されないことだ。

7 これまでの鈴木に関する記事を読むと、鈴木は何故一つも反論をしていないのかが不思議でならない。今の時代、一旦情報がネット上に拡散すると、その情報が定着することはあっても消えることはないから、反論すべきは反論しなければいけないと思う。先ごろにもネット上での炎上で自殺とみられる犠牲者が出て話題になったが、痛ましいと思うと同時に本人の家族にも多大な影響が出る。そういうことを鈴木や長谷川は何も考えず、ただ陰に隠れ逃げ回っているようだが、家族や身内の将来を一切考えていないのではないか?
〔本誌〕本誌の記事に対しては、先に「記事削除命令に対する本誌の見解」と題して、4回にわたり特集を組んだ。そこにも触れている通り、申立人(鈴木と思われる)は卑怯にも通信業者に対して記事削除を申立てただけで、本誌には一切抗議も反論もない。というよりも、鈴木には一切反論できないと考える。鈴木が唯一よりどころにしている訴訟の判決は、A氏の請求を棄却したからと言って、鈴木の主張は誰が見ても決して認められるものではない。つまり、本誌が再三指摘している、裁判官の事実認定に誤りがあるという点に判決は何も答えていないのだ。

8 鈴木や長谷川のウソがはっきりとしたとき、この2人や他に平林弁護士、青田はどういう責任が取れるのだろうか?
〔本誌〕長谷川幸雄が弁護士登録を抹消して、自分には責任がないかのような対応をするつもりでいるなら、それは大きな間違いであることを指摘してきた。何よりも重要なことは鈴木自身が自らの非を認めてA氏をはじめ、鈴木の周囲で犠牲になった人たちへ謝罪をすることだ。そして、全ての真実を明らかにして果たすべき償いをすることは人間として最低やることだ。少しも家族や身内のことを考えないのは不思議に思う。鈴木に係る情報は決して消えることはなく、逆に拡散する一方である。

9 辻田頭取に対する美人局の仕掛けは青田光市が深く関与したとのことだが、そもそも青田とはいつ、どのような経緯で知り合ったのか?
〔本誌〕青田光市の名前が鈴木から出たのは親和銀行の辻田徹元頭取に対する美人局で、ラブホテルでの女性との場面を盗撮したのが青田だったと西が鈴木から直接聞いていた。青田は元興信所に勤めていたというが、口が軽い。多くの事件で本当にいい加減な対応しかできず、最悪な人間だという評価しかない。

10 宝林の筆頭株主が持ち株800万株を売却するという話を西から聞いた時、何を考えた? 刑事被告人の身で大っぴらに活動できないと思ったか? 第一、債権者から身を隠している中で株の購入資金をどうやって調達できると思ったのか?
〔本誌〕全ての交渉を西に任せ、西はA氏にしつこく懇願したが、その後のやり方は普通のあくどさではない。誰もが驚くだけでは済まないほどの事件で、歴史の1頁に残るのは間違いない。

11 フュージョンアセットマネージメントという会社とはどんな付き合いがあったのか? タックスヘイブンに拠点を置くペーパーカンパニーを多数用意して西と株投資に臨むというのは誰の発想か? 宝林株の取引だけでも3~5社も用意したようだが、最終的に利益が160憶円以上も上がって、どうやって隠しこんだのか?
〔本誌〕海外にペーパーカンパニーを数多く用意して、それぞれ役割を持たせながら利益を隠匿する、という手法は鈴木だけの知恵でできるものではないはずで、フュージョン社の協力は不可欠だったに違いない。日本国内では茂庭進や吉川某に管理や利益の“運び屋”をやらせた。全てが鈴木の指示だった。

12 株取引で獲得した利益が証券担保業者からマンションの一室に運び込まれた時、札束が詰まった段ボール箱が積み上がっていくのを見て、何を感じていたのか? SECや国税当局の目を逃れて、利益を海外に流出させるノウハウは誰から教えてもらったのか?
〔本誌〕宝林株の取引で約160億円という巨額の利益を出して、西も鈴木も目がくらんだのは間違いない。鈴木は自分の強欲さから「この金は俺一人のものだ」とでも考えたか。実際にそれを実現させていったのが弁護士の杉原正芳や茂庭進ほかであった。こうした一人一人の知恵が結集して鈴木もノウハウを身に着けたものと思われる。そんな鈴木を誰が許せると思うか、という投稿が多数寄せられている。(以下次号)

「長谷川幸雄」は弁護士登録抹消で許しがたき責任逃れ(3)

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〔虚偽のストーリーを構築した責任の重さを長谷川は自覚していない〕

本誌では、鈴木義彦が記事削除の仮処分申立をして以降、これまでに掲載した記事の検証をさまざまに行ってきたが、何ら筆禍に相当するものではないという結論を出している。
本誌に対して訴訟を起こすのではなく、通信業者に対して記事削除を申立てるという卑劣な手段を用いた鈴木が、何故、本誌に抗議、反論をしないのか、という疑問に対しても、記事と共に数多くの証拠を揃え、それぞれの証拠について詳しい説明をつけてきた(説明そのものがA氏を始めとする関係者たちの間で起きた経緯の真実を明らかにしている)ことから反論も抗議もできるはずがない。鈴木の主張は全て「貸金返還請求訴訟に勝訴した」ことを根拠にしているが、反論や抗議をしてボロを出したら藪蛇になるとでも考えたに違いない。
何度でも繰り返して言うが、貸金請求訴訟は原告の請求は誤審により棄却されたのであって、被告(鈴木)の主張が全面的に認められたというものではないことは明白である。しかも、東京地裁の品田幸男裁判長ほか2人の裁判官が事実認定で深刻な誤りを犯した揚げ句に誤った判決を下し、さらに控訴審の東京高裁の裁判官3人も盲目的に一審判決を支持したのだから、それをもって鈴木が「完勝した」などとウカウカしていられる状況になどないはずだ。本誌のこうした考え方は決して詭弁によるものではない。それ故に鈴木は、せいぜい記事削除を申立てる以外に方法を取れなかったと思われるが、何度繰り返しても無駄である。多くの取材現場で、鈴木を巡る情報を共有しているので、消滅することはない。

こうした本誌の鈴木をめぐる特集記事の趣旨に多くの読者が賛同して投稿を寄せて戴いた結果、鈴木の読者投稿欄はすでに20本を数えた。1本の記事の中に10本から15本の読者からの投稿をまとめる形で掲載しているが、未掲載のものが多数あり、投稿が寄せられる勢いも日増しに強まり、止まる気配は全くない。というより今後も間違いなく件数は増える一方である。それぞれの投稿を読んで戴ければ分かる通り、いずれも鈴木に対する非難に満ちた文言が溢れ返っている。
中には鈴木、長谷川、青田に対して過激すぎる投稿もあり、それらは本誌の判断で割愛しているが、鈴木は合意書作成直後からの裏切りや自己中心的な強欲さ等、異常な金銭執着から仲間の人間さえ裏切ったことにより自殺に追いやられたり、不審な死を遂げたり、行方不明になっている者が大勢いることへの疑念や全容解明を期待する数多くの声が、鈴木に対する怒りとなって表れているに違いない。

鈴木は、最初からA氏を騙し裏切っていた。西義輝を上手にコントロールして価値のないエフアールの手形を担保にして、高金利の借り入れを清算するためにA氏から借り入れを起こし、他にも借用書で3億円と8000万円を借りたうえに在庫品の宝飾品やピンクダイヤモンド、絵画を言い値で買ってもらい、さらにピンクダイヤモンドと絵画に加えA氏保有の高級時計13本を「売らせてほしい」と言って持ち出しながら、販売代金も払わず現品の返却もしない詐欺横領同然のことを実行した。借入金の総額は約28億円にのぼり、鈴木は金利さえ払おうともせず、さらに「公正証書を作ります」と言いながら、それを自分から実行しようともしなかった。催促を一度もしないA氏の温情を逆手に取って返済する気など片鱗も見せなかったのである。

その後、鈴木と西は株取引の買い支え資金支援で、「合意書」を交わした直後から鈴木は西にある程度の金を渡しながら自分の思いのままにコントロールして、A氏から買い支え資金を出させ続けた。
株取引で最初に手掛けた宝林株から鈴木は西に事前に相談することはほとんどなく、A氏には全く秘密にしていた。鈴木は西田晴夫の協力もあって、最初の宝林株だけでも160億円以上の利益を上げたことから、異常な金銭欲に火が付き独り占めを謀った。西がA氏に多額の借り入れがあることを承知の上で、西に対し「このまま社長(A氏)にまともに返したら、西さんの手元には大した金は残らない。俺の計画通りにすれば、十分な金が残るようにしてやる」と言って唆し、西を裏切らせることに成功した。そのうえで鈴木は西に合意書の破棄を執拗に迫り、西が応諾して「破棄した」といい加減なウソをつくと、鈴木は複数回に分けて紀井義弘から西の運転手である花館聰経由で西に総額10億円の報酬を渡した。そして西は、A氏から状況を聞かれても「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っています」とか「海外に行っています」「利益は確実に上がりますので、長い目で見てやって下さい」などと誤魔化して、実際の株取引の収支をA氏に報告することはなかった。

西は愚かにも志村化工株の相場操縦容疑で平成14年2月27日に東京地検に逮捕起訴されても、鈴木から利益の分配を受け取れる夢を見て罪を被った。その4か月後の同年6月に保釈された後、西は「合意書」破棄の報酬で受け取ったはずの10億円について、平成14年6月27日、鈴木が「社長への返済金として西に渡した」と言ったことから、A氏はそれを認めて鈴木が15億円の借用書を書いたが、鈴木から確実に利益の分配を獲得するためにはA氏に真実を語るしかなかった。しかし、西は鈴木には逆らえない立場に置かれていた。鈴木はA氏に対する債務総額40億円以上(金利年15%)を「今後は株取引の利益が大きくなるので」という西の口利きを前提として25億円に減額してもらった上に西が10億円を被ったおかげで15億円まで債務額を減らし、西と同様に借用書を書いて確定日付を取った。
しかし、平成15年に西の有罪が確定すると、鈴木はいよいよ本性を現して西の切り捨てにかかった。西は妻宛に残した書面の中で鈴木から10億円のほかに30億円をもらったと書いているが、恐らくこれは一括で受け取ったものではなく、鈴木が日常的に西をコントロールするためにさみだれ的に渡していた金銭の総額であろう。それも功を奏してか、西は平成14年6月に保釈された後から和解協議のあった平成18年10月までの約4年間、A氏には一切真実を語らなかった。何時でも機会はあったはずなのに、それをしなかった西の罪も鈴木と同様に重い。

「合意書」には「合意書に違反した場合には取り分はない」と謳っていることから、本来であれば鈴木も西も取り分はなかったが、A氏は資金を全て出したからと言って独り占めするような人間ではないことは、A氏を知る周囲の人間全員が十分に承知している。
平成18年10月16日に行われた和解協議において、鈴木が株取引により得た利益の総額を隠しつつも、これまでに得たA氏に申告していない利益は50億円であるので、A氏と西に各25億円ずつ渡すと述べた。しかし,A氏が、50億円の利益で私(A氏)と西に25億円ずつを払えば,貴方(鈴木)の取り分が無いのではないかと尋ねると、鈴木は慌てて利益は60億円ですと言い直した。それを聞いた西が「それでは社長が借りた金の一部にしかならない」と言うと、鈴木がA氏には2年以内に別途20億円を支払うと言い出した。このことからも利益が60億円というのは明らかに虚偽と分かる。「合意書」に基づけば、鈴木の申し出の全てをA氏は受け入れられないはずだったが、A氏は西より「今後は株取引で大きな利益が見込めるので、最初(和解時)は鈴木の言うことを聞いてあげましょう」という前置きの言葉があったので了解したのだった。
和解協議とその直後の1週間ほどの経緯を見ると、鈴木は「和解書」で約束をした支払いをする気でいたのではないか。しかし、青田光市が無責任にも鈴木の強欲を目覚めさせ(青田自らも鈴木からの報酬という金儲けを企んで)、鈴木に約束を留保させたことから事態は混とんとして行った。弁護士の平林英昭は初めてA氏と面談した時には「社長さん、鈴木はすぐに50億払うと言っているので、これで手を打ってくれませんか」とA氏に持ちかけたが、A氏が「それは無理です」と断った後から弁護士にはあるまじき虚偽の主張を並べ立て、合意書についても「あんな紙切れ一枚」と不謹慎な発言までして無効を強調し、鈴木が金を払わなくて済むように強迫とか心裡留保を前提とした虚偽を構築した。そして極めつけは、「裁判に勝つためには何でもあり」を自認する弁護士の長谷川幸雄が平林のすぐにも破綻しそうな虚偽の主張を裏打ちさせる中で、A氏が暴力団と密接な関係にあるだけでなく、暴力団関係者を金主元とするプロの貸金業者であると、暴力団およびそのトップの実名を挙げて断定するなど、あまりにも度を越した虚偽のストーリーを構築し、それを証拠として裁判に提出したのである。

自分のやったことの深刻さに気付かされたのか、長谷川は弁護士登録を抹消して、まるで「鈴木の件には一切関係ない」と言わんばかりの対応をしているが、それで世の中が通る訳がない。鈴木もまたA氏に対する裏切りを正当化するために長谷川の指示(指導)に従い同調した。本誌が関知することではないが、自分たちの強欲のために嘘の材料として実名を出した暴力団およびそのトップに対して鈴木と長谷川には当然責任がある。そして、それは間違いなく大スキャンダルとなって鈴木と長谷川はもちろん青田や平林にも今後、襲いかかってくるに違いない。もっとも、乙59号証「質問と回答書」を作成して証拠として提出することを決めた時点で鈴木、長谷川にそれだけの自覚があったとは思えず、ただ目先でA氏の主張(請求)から身をかわそうとした程度のことだったかもしれないが、後の祭りである。
鈴木と長谷川、そして青田、平林も含め、これら4人がやるべきことは真実を明らかにしてA氏と自殺に追い込んだ西の妻に謝罪することだ。それに全く関係のない組織を持ち出し、トップの名前を出したことが、今後どのように影響するかも考えず、このまま許されることは有り得ないと思わざるを得ない。
「長谷川は鈴木に係る問題を早期に解決しないと、一番困るのは本人と家族、身内ではないか。これ以上、国内外に情報が拡散すれば、どうしようもなくなる。鈴木本人はなるようになれと諦めもあるかもしれないが、家族や身内が世間から非難を浴びて突き上げを食えば、家族や身内はその非難のレベルを倍にも三倍にもして当事者(鈴木、長谷川)にぶつけることになるのは目に見えており、西の後を追うことになる可能性もあり得ることだ」
と関係者は言うが、青田も平林も、今後はどう身を処していくのか。解決の仕方は一つしかないと思われる。弾劾裁判、再審、世界に拡散する情報に対策を講じようとするなら今しかない。

もとよりA氏の代理人に就いた中本弁護士と戸塚弁護士が真剣に取り組んだとはとても思えない。戸塚自身は名前だけ連ねたが、書面一つ作成したことがないようだ。中本は毎晩酒を飲まないと翌日の仕事をする意欲が湧かない人間で、手が震えるのはアル中ではないかとA氏の関係者の何人もが不安を感じたこともあったと関係者たちは言い、続けて「中本弁護士は依頼人等には好き放題を言うが、一審の判決前に結婚と出産があったので、さらに意欲がそがれた様子だったのではないか」とも言う。裁判に重要と思われる陳述書等も多く出していないばかりか、西の奥さんや他にも証人を出すとA氏が言っても、中本弁護士は「必要はない」と一蹴するなど、証人や証拠を出そうとしなかったのは被告や被告の代理人を恐れていたからではなかったのかと多くの関係者が言う。弁護士の選任で原告側にも大きなミスがあったことは悔やまれる。
「控訴審での弁護士は裁判官の経歴を持つ柴谷弁護士が加わったが、「柴谷弁護士は最初から『負ける裁判ではない』言っていたが、何と言っても最初から中本が中心となってやったので、柴谷さんも口を挟み難かったのは事実で、中本の友人の戸塚は何をやっていたか全く分からない」(関係者)

中本、戸塚の両弁護士には、乙59号証について何故原告と打合せすらしなかったのか、それをしっかり説明する義務があるはずだが、両弁護士は何と答えるか。

自民党の安倍政権で次から次へとスキャンダルが噴出し、政権の維持をおびやかしている。黒川弘務東京高検検事長のマージャン賭博による解任、河井克行・案里夫妻の公職選挙法違反は、どちらも事件としては微罪なのに、誰もが安倍政権の崩壊を予感するほど大きなダメージとなった。その原因は、全て揺るがない権力を保持しているという奢りに起因している。
翻って長谷川も鈴木、青田も同じく「裁判に勝った」と言って、まるで自分たちがやったことに免罪符が与えられたかの如くはしゃぎ、これで全てが免除されると奢っているとしか思えない。
だが、果たしてそうか。鈴木のウソは自分の強欲を満たすためであり、その嘘をつき通すために多くの犠牲者を出し、さらに隠匿した金は全てが公にはできない制約を受けている。長谷川も平林も青田も、鈴木から受け取った報酬が裏である限り税務当局の追及を受けるのは必至で、鈴木とはどこまでも一蓮托生で問題を解決しなければ、鈴木の犯罪が露見し司法当局が全容の解明に動いたとき、同じ悲惨な思いをするのだ。
そして、悲惨な思いをするのは本人だけではない。河井夫妻から金を受け取った地元選挙区の市長や町長、町議たち30数人が検察の事情聴取を受け、耐えきれずに辞任した者も多くいる。黒川検事長と一緒に雀卓を囲んだ産経新聞、朝日新聞の記者たちも将来にわたって現場復帰は叶えられず、辞職するしかなくなっている。黒川が高検検事長でなければ、間違いなく逮捕されていた。表には出てきていないが、黒川や河井の家族もまた針の筵に置かれているに違いなく、しかも子供や孫へと付きまとうことにもなる。そうした事態が起きれば、生き恥をさらすのは本人だけではないということがよく分かるだろうが、起きてからでは遅すぎて取り返しがつかない。鈴木も長谷川も、そして平林も青田も、しっかりとそうした事態の進展を認識すべきなのだ。(以下次号)

鈴木義彦及び長谷川幸雄元弁護士への質問状(5)

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鈴木義彦、長谷川幸雄は未だに何一つ反論も抗議もせず、沈黙を続けている。本誌の取材に協力してコメントを戴いた多くの関係者の話や読者投稿を総合して、以下簡単にまとめた。

多くの読者投稿にも出ているが、特に鈴木、種子田は、いろいろ掲載されてもほとぼりがいつか徐々に冷めると考えているかもしれないが、特集記事の掲載はもちろん読者投稿も今後も増える一方と感じられる。このような悪党どもには、大事なものを失う被害者の気持ちを考えず、しかも懇願され涙を流されて可哀想に思い協力して助けてもらっているにもかかわらず、本当に悪すぎるやり方である。その騙した金で家族や身内が良くなるという考え方は大きな間違いで、問題のない財産を正当に相続するのと違って、このようなやり方は批判や非難されるだけではなく、やってはいけないことだ。他人に迷惑をかけた金銭は、きちんと返済するのは当たり前のことである。
他人の善意に付け込み騙し取った金を子供たちに引き継がせることなどあってはならないことだ。それでも自覚も反省もせず姿勢を正さないときは、家族や身内も同様の責任を負うものとして実名を列記すべきだ。他人から騙し取った金は受け取らない、という気持ちは人として大事なことであり、犯罪者の金を受け取った時点で共犯と言われても仕方がない。それが健全な社会の基本であり常識である。(読者投稿でもこのような意見が圧倒的多数を占めている)

鈴木の代理人であった長谷川幸雄弁護士、種子田の代理人であった関根栄郷弁護士……、関根は銀座の一流クラブで種子田と夜ごと遊びほうけていた。ホテルのラウンジで関根が若い女性と一緒にいるところを何回も取材スタッフにに目撃されている。種子田には弁護士が15人ほどもいたが、種子田の人間性で関根以外は全員辞めている。
長谷川もこのままではネット上だけでなく、各種の媒体を通して世界中に悪事が拡散したまま、最悪の弁護士として死後も消えることがなく残る。自殺寸前にあった鈴木をここまで助けてくれたA氏に対する長谷川と鈴木のやり方は人間としてあまりにも悪すぎる。長谷川、鈴木の家族や身内には後世にも絶対に良い影響はない、という読者は圧倒的に多い。

鈴木の強欲さは、紀井氏の陳述にもあるように尋常ではない。紀井氏は鈴木から利益を折半すると言われて株取引に誘われながら、実際の分配金は1/100以下にされ、周囲の人間からはよく7年も続いたと不思議に思われた。鈴木は株の売りを全て紀井氏に一任していたが、長谷川と鈴木は「ただの電話番だった」と言って、紀井氏の重要な証言を排除して裁判官を騙した。騙された裁判官も審理にまともに取り組んでいるとは思えず、裏で何かあるとしか考えられない。鈴木は日頃から借りた金を1/10にも1/20にも値切り「今しか返せない」「今なら他から借りられる」というセリフで債権者を説得すると周囲に自慢していたが、紀井氏もそれを聞いていた一人でいい加減うんざりして、すでに限界を超えていたようだ。平成18年10月16日の和解協議の直後に、鈴木は利益約470億円を3等分するはずが2人分で100億円以内で済んだと喜んで紀井氏に電話していた。もっとも、合意書に基づけば鈴木の取り分は一切なかったから、上出来と思ったに違いない。鈴木がそんな電話をした事実がありながら、何故強迫や心裡留保になるのか。本当にひどすぎる裁判だ。しかも、和解協議の数日後に鈴木が金額を書いていない和解書が欲しいと言って、青田が京王プラザホテルに取りに来たが、その時点で何故、警察に被害届を出さなかったのか。しかも、西が自殺した後にA氏と西の家族が鈴木の父親宅を訪ね、父親と鈴木の妹も同行して最寄りの警察署から鈴木を呼び出してもらっても、鈴木はいい加減な理由をつけて「今は行けない。明日にもA氏には電話する」と言い、警察署には来なかったし、翌日以降もA氏には電話は1本もなかった。鈴木にとっては「強迫を受けた」と訴える絶好の機会であったはずなのに、自分からそれを拒否したのだ。そのような事実があって何故、裁判官は強迫と認定できるのか。
鈴木がA氏に2通の手紙を送って所在を不明にした後に交渉の代理人に青田と平林が就いたが、青田は全く無責任な男で、おそらく「アンちゃん(鈴木のこと)、金なんか払う必要ないよ」などと鈴木をけしかけて、鈴木もその気になり、さらに強欲になったと思われる。長谷川は鈴木の嘘をもっともらしく裏付けるために、乙59号証にあるとおりの悪辣な虚偽を構築したが、絶対に許されることではない。

今回の事件で鈴木と長谷川は、本当に反省して謝罪しない限り収まりがつくはずがない。鈴木の強欲さで、何人もの人間がそれぞれ犠牲になっている。(ほかにも生死に関わった人が何人もいる)
長谷川は実際にはない話で鈴木の嘘をもっともらしく構築した。乙59号証。これは、判決を大きく左右した。鈴木は平成14年3月頃にA氏に呼び出されて会ったと言っているが、100%架空の話である。これほど重要な出来事について期日を特定できないのがそもそもおかしい。それでも鈴木が絶対に自信があると言うなら、A氏の関係者は平成14年3月1か月間のスケジュール表を出す用意もあるという(過去40年分を保管している)。西が香港から帰国した後にA氏が鈴木と会ったのは、平成18年10月13日に西から紀井氏の電話番号を聞いて初めて電話した時くらいで、A氏は鈴木の電話番号すら知らなかった。それ以前は平成10年5月28日、鈴木が親和銀行不正融資事件で逮捕される3日前に突然来社した時のみである。しかし、それでもA氏が呼び出したと言い張るのなら、A氏が呼び出すからにはA氏が鈴木に話すべきことがあったはずだが、書面の内容は全く違っていて、鈴木の嘘を長谷川と2人でもっともらしく作り上げた内容のものでしかなく、A氏側からの話は何一つ無かった。そして約3か月後の平成14年6月27日に3者(A氏、西、鈴木)が会った時にも、乙59号証に書かれた話が一切出なかったのはおかしすぎる(ウソの話を西の前でできるはずがない)。長谷川の悪賢さは群を抜いているが、こんな分かりやすい嘘をついている。それにしても、何から何までA氏に世話になって、こんな話を作る2人(特に鈴木)はまさに度を越えた人でなしだ。

青田は無責任この上ない人間だ。おそらく自分と平林が代理人になり、A氏に払わないで済ませたら、かなりの大金が礼金として裏でもらえると考えたに違いない。それに強迫、心裡留保等と言うが、和解協議に同席もしないで、全く逆の話を作りあげた責任は重い。青田は和解協議の際にビルの1階で待機していたと言っているが、1階には何時間も待機できるような場所はない。さらに、鈴木が帰る際にはA氏がビルの出入り口まで見送ったが、青田の姿はなく、鈴木が乗ってきた車の運転手しかいなかった。

マリアクリニック事件、数年前のタイの事件でも常に反社会的勢力の人間たちをタイに同行させ脅しに使っている。その工作資金は鈴木の海外口座から大金が振り込まれた。青田は事件でだまし取った金を地下銀行を通じて日本に送金しているほかにも多くの問題がある。

平林はA氏との最初の面談で「50億円で手を打ってくれませんか」と言ったくらいで、少しまともな所はあったが、これを後から脅迫、心裡留保と言い替えたり、習志野一家総長との面談が2回以上あったり、債務金額を3回も4回も言い替えた。交渉は問題だらけで、高額の報酬目当てで鈴木の「金を払いたくない」という要請に応えようとして虚偽の論述を繰り返したことは明らかだった。合意書には違反をしたら取り分は一切ないということが明記されているが、平林は「こんな紙切れ一枚」と弁護士とは思えない言い方をした。

鈴木は和解書作成後にA氏に送った2通の手紙で「大変お世話になった」「男として一目も二目も置く男にほとんど会ったことがない」と書いているが、強迫や心裡留保に当てはまるような文言はどこにもなかった。(読者から寄せられるご意見で共通しているが)記事に書かれた内容とそれを裏付ける証拠により、長谷川も鈴木も一切の反論はできないと考えるが、それでも言い分があれば反論を聞きたいものである。同時に、真剣に反省し謝罪することは絶対に必要であることも忘れてはならない。

これら4人の悪党ぶりに対して家族や身内の実名は出すべきで、この4人とも脱税している疑義がもたれている。特に鈴木の脱税はケタ違いだ。
今回の裁判は長谷川が中心となって構築した虚偽で裁判には勝訴したが、品田裁判長を始め控訴審(東京高裁)を含めた残る5人の裁判官にも大きな責任があり、誤った判決を出した事実は未来永劫、歴史に残り続けることは間違いない。長谷川、鈴木の責任は大きすぎ、日本の法曹界にとって大きな汚点とはなるだけに、それがこのまま自然消滅することなど決してあってはいけない。これまで日本の法曹界は馴れ合いが横行しているという国民の声を聴くべきで、鈴木を巡る事件は過去最大級の最悪事件として永久に残るに違いない。(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(1)

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これまで長期にわたって鈴木義彦に係る取材班の多くの記者が関係者たちから聞き取りを何回も重ねて集めた取材データを十分に精査したうえで整理して公開する。

《鈴木は証拠の残らない方法でA氏から融資を受けていた。後日トラブルになることを想定して、A氏の貸付が現金だったのを悪用して、担保価値のないエフアールの手形を振り出し、借用書での貸付は2回しかなかった。銀行からの振り込みであれば、もっと早い時期に鈴木の嘘は発覚していたが、鈴木は最初から全て銀行を通すことは嫌っていた》

《「合意書」は銘柄欄が空白で、ただ「本株」とだけ書かれていたことを裁判官は「合意書の要件を満たしていない」と言ったが、書面に記載した「本株」が宝林株であることに疑いはない。また「今後、本株以外の一切の株取扱についても、本合意書に基づく責任をそれぞれに負う」と明記していて、それは西と鈴木が継続的に株取引を実行する意思表示であったと同時に、鈴木と西がA氏に対して株取引の収支を明確にして全てを清算して3人で合意書の終了確認をしない限り、合意書に基づいた3人の責任は継続することになっていたはずである。しかし、鈴木と西は最初の宝林株からA氏を裏切っていたが、西はさらに鈴木に裏切られた末に自殺してしまった》

《西が東京地検に逮捕起訴され、保釈された直後の平成14年6月、A氏が貸金と株の話を西にしたところ、「株取引の利益がこれから大きくなるので鈴木の債務を圧縮して欲しい」と西がA氏に懇願したのでA氏は了解した。西は、相場操縦の容疑を一人で被ったことやA氏への借金を圧縮して安くすることの了解を取れば自分の立場が優位になると思ったようだが、西は鈴木に完全に取り込まれていただけで、鈴木は巧妙にも西を使って40億円超(金利年15%を含む)の債務を25億円に減額させたが、裁判では「その日(平成14年6月27日)はA氏には会っていない」と言い「西に債務の減額を依頼したことはない」と否定した。鈴木は本当にずる賢い、というよりここまで何重にも嘘を重ねる人間はいない。鈴木が西に10億円を渡したと言うのでA氏は了解し、西が10億円、鈴木が15億円の借用書を書き、当日付の確定日付を取った。鈴木は裁判の後半では「西に10億円を渡したとは言っていない」まで言い出したが、そうであれば西が何故10億円の借用書を書く必要があったのか。後日判明したが、この10億円は合意書破棄のための礼金だった。このことは紀井氏が西の運転手の花館氏に渡していた事実が発覚しそうになったからではないか。いずれにしろ当日の模様は全て録音されている》

《平成18年10月16日の和解協議後に、鈴木はA氏に何度も電話を入れて和解書で約束したことを追認したり、さらに10月23日にはA氏の会社を一人で訪ねていた。裁判官はそうした事実を何故無視したのか。電話では「西の買い支え損は約70億と言っていたが、正確にはいくらですか?」とA氏に尋ね、それを確認すると「全体の利益よりその分を差し引いて3等分しないといけませんね」と鈴木はそこまで追認していた。鈴木はその後にA氏に送った手紙の中でも「海外に口座を作って下さい」とも言っている。和解協議で認めた支払の約束を果たす意思を何回も見せていて、何故それが強迫や心裡留保となるのか。裁判官の認定は全くおかしい》

《鈴木は物品を持ち込み、A氏はそのたびに言い値で買ってあげていた。ピンクダイヤモンドとボナールの絵画も言い値の3億円でA氏に買ってもらっていた。その際に絵画は持参しなかったが、現物を見ないで絵画を言い値で買うというのは有り得ない。またダイヤモンドにしても鑑定もせずに、これも言い値で買うということもあり得ない。つまり、A氏が買って上げたのは鈴木の資金繰りに協力したという以外には有り得ないことで、鈴木はそのことに感謝もせず逆に現品を返さず返金もしなかった。絵画は他の債権者の担保に入っていたことが後日判明したというが、それだけでも信じがたい話で、鈴木は本当に許されない人間だ》

《合意書を破棄させることで西に支払った総額10億円を、鈴木は「社長への返済の一部として西に渡した」ととんでもない嘘をついたが、西はもらったことを認めたが、なぜA氏への報告を誤魔化していた事実を明らかにしなかったのか。その話があったのは平成14年6月27日で、西は直前に保釈されたばかりだったから絶好の機会でもあったはずだが、鈴木に目先の金でコントロールされていたのだ》

《天野裕(エフアール常務)は赤坂のクラブでA氏と数回会ったが、A氏の席まで毎回挨拶にきて、一緒に来ていた取り巻きに「鈴木が今あるのは全てこちらの社長(A氏)に数百億円の資金をお世話になっているお陰」と言っていたという。鈴木はエフアールで何度もCBの発行や第三者割当増資を行っていたから、天野もまた鈴木の手口を知り尽くしていたのと数百億円の金がA氏の金だと鈴木が説明していたことから、A氏に会ったときにそういう言葉が出たのだろう。周辺の誰もが株取引の実態を知っていたのに、それが裁判で否定されるという理由が分からず、何故、鈴木の主張に裁判官が疑念を持たなかったのか、この裁判官たちは本当に信用できない。日本の法曹界は馴れ合いとも言われているが、この事件は正に当てはまる。天野氏が出入りしていた2軒以上の店の店長やママほか何人もの従業員から取材班の何人もが聞いていることで間違いはない》

《西義輝は遺書の中で鈴木義彦が稼いだ利益は470億円以上あった、と言って和解書に署名指印することに反発したと書いているが、鈴木が和解協議で提示した金額がA氏と西にそれぞれ25億円、別にA氏に20億円だったことから考えれば、総額で1/6にも満たない金額で収めようとしたことがよく分かる。しかし、A氏を裏切って鈴木にそれだけの隠匿を許してしまった西の責任は大きいが、西はいったん清算した後に買い支え損もあるので私に任せてくださいと独り言のように言っていた。和解協議の場でもA氏には利益の総額を言っていなかったことが問題を解決どころか混乱させた。その理由は、鈴木と西が勝手に作った密約の書面(利益を2人で折半するという英文の書面)が関係していたようだが、それは不正の証でもある》

《志村化工株の相場操縦事件で、西は鈴木が逮捕されれば、執行猶予の身であることから株取引の利益のことが心配になったとして、自分が全責任を取り鈴木を守ることにしたと遺書に書いている。西は鈴木が必死になって口裏合わせを依頼して土下座までしたことで、鈴木が利益分配に応じると考えたのだろうが、鈴木の金銭への執着が異常に強いということを嫌というほど見てきたはずだから、A氏に報告するべきであった。それをしただけで、事態は大きく変わっていたはずだ》

《裁判官が紀井氏について「そもそも紀井は被告(鈴木)の指示に基づいて株式を売り、売買代金を保管するという立場に過ぎず……」と認定しているが、紀井氏が株の売りの全てを担当していることを強調しているのに何故裁判官は逆の判断をしたのか。我々取材班は多くの関係者から全ての聞き取りを進めたが、裁判官の判断は異常としか考えられない。弾劾裁判の話があるが、当然である》

《裁判官はピンクダイヤと絵画、高級時計の販売預託について、判決では上代40億円という高級時計を4億円で委託することが、経済的に不合理で、販売価格の決定過程に対する客観的で合理的な説明がないとして無効とする認定をしているが、原告に求めれば分かりやすい説明があったはずだ。それに金額を安くしたのは、鈴木を助けるためだったことが何故分からないのか。ピンクダイヤと絵画のことでも十分に理解できるはずだ。問題は鈴木が資金繰りのためにA氏から高級時計を預かり、その後、代金を支払わず返品もしなかったことだ。つまり、販売委託をした事実を打ち消すだけの認定が判決では説明されていない。それで、少なくとも4億円の債権を無効にされたA氏や関係者にとっては全く理解できる話ではない。それにピンクダイヤと絵画についても責任はエフアールにあって鈴木にはないとした認定はもっとおかしい(A氏、天野氏、西の3者面談内容で十分理解できる)。裁判官としてこのような判決は有り得ないことだ》

《鈴木がウソにウソを重ねるような主張を裁判で繰り返したのは、とにかく金を払いたくないという一心からだろうが、そもそも鈴木が自己破産や自殺の選択肢しか残っていなかったときにA氏が手を貸したからこそ助かったことを考えれば、本当に人でなしだ。鈴木はそう言われても痛くも痒くもないと言うかもしれないが、これだけネット上で情報が世界中に拡散していて、何一つ反論できない状態が続けば、それこそ身の置き所が無くなるのは間違いない。長谷川も同様だ》

《合意書を交わした平成11年7月8日に、鈴木はA氏に株価の買い支え資金を安定的に出してほしいと懇願したが、そのとき、鈴木は「これ(株取引)が成功しないと、私も西会長も社長への返済ができません」と言った。そして宝林の株取引で約160億円という予想外の利益が転がり込むと、鈴木は一気に強欲の本性を丸出しにしてA氏への返済を無視しただけでなく西を騙して合意書の破棄を執拗に迫った》

《鈴木が委任した杉原正芳、平林英昭、そして長谷川幸雄の3人の代理人に弁護士を名乗る資格は無いと思う。杉原は外資系投資会社の常任代理人を務めてきたことで、それらの会社が実体のないペーパーカンパニーであることを承知して鈴木の犯罪行為に加担しているし、平林と長谷川は弁護士の倫理観や誠実義務を放棄して鈴木の強欲を満たすために虚偽の論述を繰り返した。まさにやりたい放題だが、いくら報酬に目がくらんだとしても限度をはるかに超えている。罰則がないからと言って懲戒で済まされることではない》

《鈴木が確認書(平成11年9月30日付)で「債務は完済された」と言っているが、A氏が課した総額が約28億円(年15%の金利で40億円を超えていた)で、どうして15億円で完済になるのか。それに鈴木が支払ったという15億円は同年の7月30日に西が持参した株取引の利益分配の一部であった。鈴木は確認書に「債権債務は無い」と書いてあるということを理由にしているが、A氏はそれまでに金利分を含め一切の返済が無いので「確認書を書くのは無理だ」と断ったが、西が先にその場でA氏宛に確認書を書いたので仕方なく作成したものである。その後、西が会社に戻って鈴木に確認書を渡したとき、西からA氏に電話がありA氏が出ると鈴木に代わり、「本当に無理なお願いを聞いて戴いて、有難うございました」と礼を述べた。その後、A氏に鈴木が額面15億円の借用書を書いたのは平成14年6月27日のことで3年も後のことで、それも株取引の利益が大きくなるからという西からの懇願をA氏は聞いてあげた結果だった。その数日後の三者会談(A氏、西、鈴木)の時に「西に返済金の一部10億円を渡した」という鈴木のウソと株取引の利益分配がA氏に実行されなければ減額は無効になっていた。そういう経緯があっての15億円で、確認書そのものが、A氏が鈴木の依頼に応えて便宜的に作成し交付したことが分かる。裁判官が本当に細部にわたって鈴木の主張(ウソ)を検証したとは言えない》

《裁判官が鈴木の主張や証言がコロコロと変わっていることに疑問を感じていないのは何故なのか。日常でも言動が変われば「嘘つき」とか「信用できない」となるが、東京地裁の品田裁判長以下2人の裁判官は何も違和感を持たなかったのか。判決はA氏の主張までも無視したが(紀井氏の確認書も無視している)、それで良いはずがない。鈴木が海外に隠匿した金は1000億円を超えるとみられるというが、それが犯罪の繰り返しで蓄積されたものであれば、なおさら裁判官の責任は重い。単に事実認定の誤りでは済まない、犯罪の隠ぺいではないか》

《鈴木は株取引で得た利益の中から親和銀行へ約18億円、山内興産(末吉和喜)へ4億円超を和解金として払っているが、合意書に基づけば収支の報告義務に違反していて、当然、A氏の了解を取っていないから、これは横領に当たる。鈴木は山内興産が買い占めたタカラブネ株約20億円分を利益を出すと言って騙して預かりながら、山内興産には無断で市場で売却してエフアールの資金繰りに充てていたもので、これも場合によっては刑事事件に発展していた。鈴木(エフアール)が犯罪を犯してでも資金繰りをしなければならないほど窮地にあったかが分かる。和解金が支払われなければ実刑は免れなかったと思われる。これらもすべてA氏のおかげであることは鈴木にも分かっていたからこそ、和解後の手紙に「大変お世話になった」とか「男として一目も二目も置く」と書いたのではないか。それを、代理人が就いたことでここまで多くの嘘を構築して、人間としてこのやり方は絶対に許されないことである》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(2)

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これまで長期にわたって鈴木義彦に係る取材班の多くの記者が関係者たちから聞き取りを何回も重ねて集めた取材データを十分に精査したうえで整理して公開する。

《西義輝は鈴木に「会長」と呼ばれて持ち上げられ、鈴木から「私にもいいスポンサーを紹介してください」と何度も懇願されてA氏を紹介し、短期間にA氏から約28億円(ピンクダイヤモンド、絵画、高級時計の販売預託分を含む)もの貸付金を引き出す役を引き受け、株取引でも鈴木に株の売買を任せたために利益の管理で主導権を握られるという、最悪の環境を作ってしまった。その後、鈴木の口車に乗り鈴木と2人でA氏を外すやり方をして、最初の宝林株取引の収支や利益分配を合意書通りにはやらなかった。西にもA氏を騙して利益をかすめ取る考えが少しはあったかもしれないが、それを鈴木に見透かされて簡単にたぶらかされてしまった》

《鈴木は株取引で数十社に対して第三者割当増資を行ったが、西には事後報告だけで具体的な打ち合わせは一切なかったようで、それに伴う資金のコントロールや上がった利益の詳細等を鈴木は一切漏らさなかった。「鈴木は自分(西)に対しては社長への言い訳やウソの報告ばかり言わされていた。しかし、最終的に利益の最低でも1/3を必ず渡すという約束があったので、社長を欺いてきた」と西は鈴木宛の遺書に書いているが、資金を一人で管理している鈴木にどうして約束を守るという保証があったのか。約束を守る人間ならば、その都度清算をしていたはずだが、西は次第に蟻地獄のような状況に追い込まれていったのではないか》

《天野は平成23年8月3日に急逝したが、会社(クロニクル)は「自宅で病死」と発表したが、実際には都心の京王プラザホテルの客室で自殺(他殺の疑いもある)したのが真相だった。これほど違う状況を広報するよう指示したのが誰なのか、鈴木以外には考えられないというのは当然のことで、天野氏の死には重大な事情が隠されているに違いないと関係者は言う》

(写真:西義輝がA氏に出した「お願い」。鈴木が融資を受ける際に担保としたエフアールの手形を市中に回さないようにとお願いした内容となっている)

《鈴木がエフアールの手形を担保にA氏から融資を受ける際に、西が「手形は絶対に金融機関に回さないでください」という内容の御願書を早い段階で書いている。それだけで鈴木が取締役会の決議を経ずに勝手に手形を振り出していたことが分かり、鈴木は特別背任に問われていた。しかし鈴木は裁判では素知らぬ顔で、決算対策(監査法人の検査)のためA氏から一時的に返してもらったことはないと証言したようだが、よくもぬけぬけと言えたものだ。西のA氏宛の確認書、それに前年の平成10年の決算対策でも協力してあげていることを天野常務も認めていた》

《鈴木のように主張や証言が二転三転すると、裁判官は決して鈴木を信用せず証拠としても採用しないはずが、何故、この裁判では採用されたのか。この判決は真相が判明した時に弾劾裁判の対象になるのは間違いない。鈴木のウソを代理人が二重三重に重ねてもっともらしく論述したが、それにも裁判官は疑問を持たなかったようで、A氏の請求を故意に退けるためにA氏側の証言や証拠類を採用しなかったのは何故かと多くの関係者、取材チームの記者が口を揃える。鈴木、長谷川の多くの嘘の構築を品田裁判長は何故見ぬ振りをしたのか。》

(西はA氏から確認書をもらうに当たって「エフアールの決算対策のために手形を預かる」とする確認書を別途にA氏に差し入れた)

《平成11年7月30日に西義輝が株取引の利益と言って持参した15億円、平成14年12月24日に鈴木と紀井が持参した10億円のいずれも領収書がなく、A氏がこれらの金の授受がないものとして裁判に臨んでいたら、どういう経過をたどっていたのか。鈴木は平成11年9月30日に15億円を支払って確認書を受け取ったというが、15億円を支払ったという裏付けを鈴木は示すことができる訳はない。同日に西が作成した確認書で鈴木に渡した確認書に実態がないことは明白である。鈴木が平成14年6月27日付で作成した15億円の借用書についても、裁判で主張したと同じくA氏に債務の二重払いを強要されたというのも長谷川が訴訟に加わってから乙59号証で初めて出てきたことである。A氏は裁判では真っ正直に2件の金銭授受を明らかにしたが、これらにも全く証拠はなかったが、全て正直に答えているのに対して、一方の鈴木は全ての主張、証言が嘘と言っても過言ではないと言えるほどの証拠も揃っている》

《鈴木も長谷川元弁護士も裁判に勝つために何でもありの戦術を取って、西から聞いたという話を根拠にしながら、A氏を、暴力団関係者を金主元にしたプロの金融業者と特定したり、西の証言として虚偽の主張、証言を連発した。「死人に口なし」を最大限に利用した長谷川の悪知恵で、裁判には勝った(?)のかもしれないが、こういうやり方は決して許されることではない。鈴木が強欲から巨額の金を独り占めにしたためにA氏が裁判を起こしたことから、犯罪行為を隠蔽するために長谷川が悪知恵を働かせて裁判を乗り切ったかのように見えたが、その責任を鈴木は一身で負わなければならないが、長谷川にも同様に重大な責任がある。何度でも言うが、本来、合意書によれば鈴木の取り分は一切ないのである》

《青田光市に付きまとう反社会的勢力とのつながりは、必ず事件として表面化する。暴力団員から「上野の会長」と呼ばれていい気になっているようだが、それは鈴木の金を利用して成り立っているもので、いつどんな形で裏切りが起きるのか知れたものではない。現に、青田と昵懇の組に対して同じ組織の別の組幹部がいくつも青田のことを生々しく語っている》

《鈴木から株の売りを全て任されていた紀井義弘氏が作成した「確認書」(株取引の銘柄と利益明細)。紀井氏本人は、それを明らかにしたことで鈴木からの報復を恐れて鈴木との接触を絶ったというが、そういう場面をいくつも見聞きしてきたに違いない。鈴木の本性は恐ろしいと実感している。そうした紀井氏の証言を何故裁判官が採用しなかったのか。どう考えても裁判官の認識は全て誤っているが、この理由を明らかにしていない。これは関係者はもちろん、取材班の記者全員が同じ実感を持っていることで、長谷川と品田裁判官の接点は直接か関節かは別にして必ずあるはずとの意見で一致している》

《平林英昭弁護士は交渉で初めてA氏と会った際に「社長さん、50億円で手を打ってくれませんか。50億円なら鈴木もすぐに払うと言っているんで……」と言っていたが、鈴木が株取引の利益を隠匿していた事実を物語っているし、和解書で約束した支払いを認めたことになる。それ故、その後に平林や青田がこじつけで言い出した強迫もなければ心裡留保も存在しない。和解協議の場にいなかった青田が「ビルのエレベータを止められて監禁状態に置かれた」「和解書に署名しなければその場を切り抜けられないと思った」などと見ていたような作り話を言い出して、それが心裡留保の裏付けになったと思うが、それを採用した裁判官はとんでもない認定をしてしまったものだ。手続きはともかくすぐに判決を撤回して辞任すべきではないか、そうでなければ日本の法曹界に悪影響を及ぼすという意見も多い。エレベータ会社が「エレベータは止めることができない」という書面を作成し、それを以前に提出している》

《鈴木が和解後にA氏に送った2通の手紙の中で「社長には大変お世話になりました」と書き、また「男として一目も二目も置くような人には会ったことがほとんどありませんでした」と書いたのは、本心の現れである。和解協議で西とは裏切り者同士、お互いに罵り合うことはしてもA氏に対しては少しは歩み寄った感じはあったようだが、鈴木の強欲さは尋常ではなく、その後豹変した。原因を作ったのが青田光市だったとしても、金を払いたくないという選択をしたのは鈴木だから、鈴木は一度は見せた本心を改めて封印してしまったに過ぎない。しかし、その覚悟が今後もその意地を持ち続けられるのか正念場が続いて鈴木、長谷川の両人は、今後、精神面だけを取っても、真人間であれば維持できるものではない。家族や身内も同様に大変な思いを未来永劫にわたって持ち続けていくつもりなのか。とても平穏な日常を送れるとは思えない。家族や身内には気の毒な気もするが、未成年者はともかく成人であれば実名の公表もやむを得ないという意見も圧倒的に多い》

《鈴木が東京ダークサイトのプロバイダーに対して記事削除の申立を行ったようだが、そんなことをしても問題解決にはならない。掲載されている記事に対して抗議も反論もしない(できない)で鈴木のやっていることは相当に往生際が悪く、恥知らずと思わないのか。今後も鈴木の情報が溢れるようにドンドン拡散して、鈴木自身、行き詰るのではないか。自分のやったことは結局は自分で責任を取らなければならないというのは社会の常識だから、自業自得と言わざるを得ない。他のネット情報でも、事件が大きいことに加えあまりにも前代未聞のあくどさから取り上げる動きが始まっているようだ》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(3)

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これまで長期にわたって鈴木義彦に係る取材班の多くの記者が関係者たちから聞き取りを何回も重ねて集めた取材データを十分に精査したうえで整理して公開する。

 

《平林、長谷川の両弁護士は、平成9年8月から同10年5月28日までの間にA氏が鈴木に貸し付けた約28億円(ピンクダイヤ、絵画、高級時計の横領分を含む)について、こじつけや言いがかりも同然の内容で釈明を求めたりA氏が約28億円を鈴木に貸し付けたことも事実なのに、裁判官は虚偽を構築した長谷川の術中にはまってしまい、重要な証拠を採用せずA氏の主張を退けた》

《青田光市は暴力団(習志野一家)の構成員たちを金や飲食で手なずけ、車を買い与えたり海外旅行に連れて行くなどして、A氏の代理人である利岡正章を襲わせたのは疑いが極めて高い。利岡の状態が全治3か月の入院と分かると、今度は習志野一家のNo.2(楠野伸雄)に「付き合いはなかったことにして欲しい」と口止めした。20年から30年もの付き合いが続いて、それを無かったことにできる訳がない。青田のやることは全てが暴力的で、恐喝、強迫、窃盗ほか何でもありの状況で、いつ事件が表面化してもおかしくはないが、長谷川は裁判で利岡の診断書を医学大辞典まで引っ張り出して分析するような体裁を取ったり、「事件は偶発的に起きたもの」と反論したが、そうであれば青田が口止めに動いた事実はどう説明するのか》

《鈴木はピンクダイヤモンドと絵画をA氏の所に持ち込んで、A氏に言い値の3億円で買ってもらった(絵画は持参していない)のに、鈴木が所在を不明にした後の交渉や裁判では平成9年10月15日の3億円の借用書を使って「ピンクダイヤと絵画を買い受けた際に作成した借用書で、借用書記載(但し書きですぐに内容が分かる)の3億円の授受はなかった」と言い出した。鈴木が平成10年5月28日(逮捕3日前)に「売らせてほしい」と言ってA氏からピンクダイヤを預かった際に鈴木は手書きの「念書」を用意して「預かりました」とまで書いており、3億円の借用書についてはその7か月も前のことだから、全く整合性もなく支離滅裂だった。いくら鈴木が金を払いたくないと考えたとはいえ、平林の主張は幼稚で嘘がすぐにバレるものばかりだ。それを何とか補強したのが長谷川だったが、長谷川の嘘のトリックは巧妙だが、A氏に対する誹謗中傷(反社会的勢力の金を使っているとか、そのトップの実名を何回も出すなどありもしない虚偽の構築をしている)が度を越していて、到底許されるべきものではない》

《鈴木は紀井氏に提供した仕事場(都心のマンションの一室)を何度も変えた。芝公園や麻布十番ほか数か所を転々としたのはSECや国税の目を逃れるためだった。鈴木が株取引に関わっていないようにするために西をコントロールして前面に出し、株を大量に買いささえなどして目立たせたのは、いざという時に西を隠れ蓑にする算段だったろうが、志村化工株取引では、土下座までして西に罪を被らせることに成功し、鈴木は検察の手から逃げのびた。本当に卑怯な人間だ。それで、利益の最低でも1/3を渡すという西との約束を反故にした。鈴木は罪を他人になすりつけたり強欲さも異常としか考えられない。西を自殺に追い込んだ責任は絶対に取らなければならないほど責任は大きい。長谷川はそんな鈴木の代理人を務めたが、長谷川は恥知らずというよりここまで悪賢い弁護士はいないという多くの関係者や読者からの意見が圧倒的だ》

《A氏の代理人の利岡正章が鈴木の父徳太郎を説得して、鈴木がA氏との面談をするよう働きかけたが、鈴木が独り占めした金を父親や妹のマンション購入や身内のために消費しているので完全に息子の言いなりだった。父親は利岡には「息子と青田は悪いが、息子の相談相手になってほしい」などと利岡には言っていたが、本心は違っていた。鈴木に頼まれた西が会社で徳太郎を雇う形を取り、毎月60万円という高額の給与で西にも世話になっていたから「線香を上げに行く」と言っていたが、それも口先だけのことで、息子を説得し諌めるどころか逆に息子に伺いを立てるような状態にあると言わざるを得ない。この事件はこのままでは日本史上最悪の事件として、未来永劫にわたって歴史に残ることくらい分からないのか。徳太郎は天野氏を「まともな人間」と評価していたようだが、息子(義彦)のせいで死亡したのだ》

《志村化工株取引で、東京地検は鈴木を本命視していたが、西が一人で罪を被ったために取り逃がした。その後、鈴木に対する国税当局や検察(警察)が継続して監視の目を注いでいる。鈴木がどれほど巧妙に巨額の資金を隠匿して、マネーロンダリングをやっても、必ず綻びが出る。取材班の多くの記者が動き記事が発出され続ける中で、関係当局に温存されてきた情報もつながり実を結ぶ。鈴木には世界中のどこにも居場所はなくなる》

《鈴木が裁判で債務は完済されたとか合意書に基づいた株取引などなかったと言うなら、何故、宝林株を売ることができたのか。A氏の主張に対して全面否定を繰り返したのは、平林や長谷川が構築した虚偽のストーリーを丸呑みしたからだろう。それほどまでに鈴木は強欲だと言うことだ。しかし、だからと言って、鈴木の周辺で多くの人間が犠牲になり自殺したり不審な死を遂げたり、あるいは行方知れずになったりしているのは決して看過できるものではない。自己破産や自殺の道しか残されていなかった鈴木の窮地を救ったA氏をとことんまで裏切り、さらに利益を独り占めした金を何としてでも出さないという発想は餓鬼そのもので、人ではない》

《鈴木の利益の海外流出について真相の一端を承知している茂庭進(元山一証券出身)やフュージョン社の町田修一は、鈴木からどれほどの恩恵を受けたのか。相当なものを受け取ったから、口を噤んで来たのだろうが、鈴木に実体のない外資系投資会社を100社前後も提供した上に裁判でウソの陳述書を平気で書いた町田、そして利益の海外での隠匿に加担した茂庭の2人は知っている事実を墓場まで持っていけるはずがない。鈴木にとっては今や時間の問題と言われているが、その時は目の前が真っ暗になるのではないか》

《鈴木はA氏に送った2通の手紙の中で「私一人で立案し稼いだ資金を国内外の移動という、現在最も難しいことで、なぜ、一人だけでやらなければいかないのか」と書いているが、一人で立案し稼いだとはとんだはき違えで、誰が鈴木に頼んだと言うのか。株取引の最初の銘柄である宝林株の取得は西の働きによるもので、A氏が宝林株の買取資金や株価の買い支え資金を出さなければ利益は確保できなかったし、その都度3等分しないといけない金をA氏に無断で海外に送金したり運ばせたりして、ここまで恩を仇で返すような自分勝手な人間はいないと多くの関係者、取材班の意見である。志村化工株でも西が罪を被らなければ鈴木も間違いなく東京地検に逮捕されていた。国内外の資金移動を最も難しいことというが、鈴木が勝手に利益を海外に流出させ隠匿しただけの話で、自業自得というほかない。そうした脱税ほかいくつもの違法を繰り返した鈴木の犯罪行為を長谷川はすべて承知のうえで弁護を引き受けたのだろうから、鈴木同様かそれ以上に全ての責任を負わなければならない立場にあるのは当然のことだ》

《鈴木は人との関りでウソをついて利益を自分に誘導することを常習にしてきた。そうでなければ、交渉の場でも裁判でも嘘に嘘を重ねるような恥知らずなことはしないはずだ。長谷川も鈴木と同じ類の人間で、裁判に勝つためには手段を選ばず、鈴木の嘘を丸呑みしてさらにA氏を誹謗中傷してまで裁判官に鈴木の主張の正当性をアピールした。鈴木も長谷川も絶対に許されるものではなく、その責任を果たさぬ限り本人はもちろん家族や身内にまで未来永劫にわたって影響は及ぶ》

《鈴木は和解書で約束を留保する理由に「紀井の裏切り」と「3年間に及ぶ西の全てが嘘の作り話をはっきりさせず、西の罠にはまり、安易に和解してしまった」と言って、A氏から借金を重ねる中で金利を含め一切返済しなかったのは誰か。合意書を交わして宝林株の取引を介した当初からA氏を裏切ったうえに西をたぶらかして利益折半の密約を交わしたのは誰か。揚げ句、密かに海外流出させた利益を独り占めして最終的には西をも裏切って自殺に追い込んだのは誰か。裁判で鈴木が嘘に嘘を重ねる主張のシナリオを構築した長谷川は、場合によっては鈴木よりも罪は重い。何故なら、鈴木には思いつかないし考えられもしない嘘を提案した張本人は長谷川以外にはいない。乙59号証は見事であるが、鈴木はA氏に世話になるだけなっておいて人間とは思えない。このようなやり方を金のためなら平気でやる人間はまずいない。鈴木の責任は当然として長谷川の無責任で好き放題なやり方が許される訳はない》

《鈴木と長谷川は西が自殺した後までも西を利用して鈴木の嘘を正当化しようとした。死者をもてあそぶように悪用するのはもってのほかで、人間としてやってはいけないことだがさらに長谷川と鈴木は「西から聞いた話」としてA氏を誹謗中傷した。そうしたやり方も決してやってはいけないことだ。鈴木はA氏に対して西を徹底的に「ウソつき」とこきおろしたが、鈴木は西よりもウソの数は少ないかもしれないが、嘘の大きさやあくどさは西の比ではないと関係者全員が口を揃えている。しかし、長谷川は鈴木の嘘をどこまで擁護して正当化したことか。その手段として「死人に口なし」の作り話を構築して西を最大限に悪用した。鈴木と長谷川は死ぬまで償いを続けても西は報われないだろう》

《A氏が株価の買い支え資金を総額で207億円出した点について、品田裁判長は判決で「(株取引が継続した)7年以上の間に(A氏、西、鈴木による)協議や金銭の授受が2回しか行われず、平成18年10月16日の三者協議に至るまでの間に、三者間で協議が行われなかったから一層不自然というほかない」と一蹴したが、実際に鈴木が所在を不明にし続け、西を使って嘘の経過説明と報告をさせ続けた結果、A氏には一つも正確な情報が無くカヤの外に置かれた状況があった事実や、A氏の交渉代理人に就いた利岡正章が鈴木の父親に約2年間、鈴木本人と会えるように接触する中で地元の手土産を持参したり本を届けたり、あるいは一緒に食事をするなどしたり、さらに2か所の興信所に調査を依頼したことで、数千万円に費用が掛かっていること等に裁判官は何ら関心を寄せていない。それでは審理を尽くしたとは決して言えず、そのような状況に裁判官を巧みに誘導したのが長谷川であったが裁判官にはいつまでも問題が残る》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(4)

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これまで長期にわたって鈴木義彦に係る取材班の多くの記者が関係者たちから聞き取りを何回も重ねて集めた取材データを十分に精査したうえで整理して公開する。

《鈴木は、和解書に署名指印したのは側近の紀井の裏切りがあり動揺したこと、西からあらぬ嫌疑をかけられてその証拠を捜査機関に提出することをほのめかされたため社会的に抹殺されることを恐れたこと、という2つの理由をあげたが、紀井の裏切りを理由にするなら、長谷川は紀井を「電話番に過ぎない」とこき下ろしたが、株の売りの全てをやっていた紀井がA氏や西に明かした鈴木の株取引利益約470億円は紀井が株取引の全体を把握していた結果、算出された数字であるから鈴木は動揺したはずだ。また、鈴木がやっていることを公にされたら社会に抹殺されるとは、自身がやってはいけない悪いことをしていると認めているに等しく、鈴木は親和銀行に関しては100億円以上の反社会的勢力を絡めた不正融資事件で逮捕起訴され有罪判決を受けており、その他にも犯罪関与の疑いがマスコミでも数多く取り上げられ社会的評価は当然下の下で、さらに前科がついていたから、西にかけられたあらぬ嫌疑で社会的に抹殺されるという理由にはならないはずだ。そもそもあらぬ嫌疑ならば、鈴木が逮捕されることはなかった。社会的に抹殺というのは、鈴木はA氏に何から何まで助けられたにもかかわらず、ここまでの多くのウソと最悪のやり方をしたことに対して今後、人としての鈴木と長谷川の対応次第で世間が判断し評価することである》

《合意書に基づいた株取引の最初の銘柄は宝林だったが、鈴木は裁判で株の取得資金を出したのがA氏ではないと否定したり、宝林株取引は合意書に基づいたものでは無いとして「そもそも株の取得はファイナンスで金は必要なかった」とか「外資系投資会社3社による売買でA氏も西も関わっていない」、さらには「鈴木の自己資金だった」と言ってみたり「ワシントングループの河野会長から調達した」と言い替えるなど言い訳が三転も四転もしつつ嘘を並べ続けたが、鈴木は平成11年当時は刑事被告人の身で身動きが取れなかったうえに、鈴木が創業したエフアールが宝石販売業者のために鈴木の関与が宝林の筆頭株主のロレンツィに知られると交渉そのものが破談になることに西が最大に神経を注いでいた。そのような状況を無視した鈴木の主張を事実上採用した裁判官の認識の根拠は何なのか関係者の誰もが理解できない。おかしすぎる判決としか言いようがない。しかも鈴木は和解協議では宝林株の取得資金3億円はA氏が出したことも認めていたことについても、品田裁判長は認定しなかった》

《西が鈴木と出会った平成7年ころ、鈴木は既に資金繰りに困り果てていた。西が鈴木から直接聞いた話によると、エフアールを上場させても株価が思うように上がらず、創業者利得が得られなかったことに加え、株価を維持するための資金繰り(知人名義で自社株売買を繰り返していた)に窮していた。それ故、親和銀行から不正融資を引き出し、事件が表面化した。鈴木は目的のためには手段を選ばず、非合法なことでも平然と手を染めるというやり方が身に染みついているのではないか。自身の強欲から株取引の利益を独り占めするためにA氏を裏切り、西をたぶらかして最後は自殺にまで追い込んだ。人の命を軽く見る鈴木のやり方は決して許されるものでは無い》

《西は鈴木宛の遺書で「社長に対する借金返済を少なくするために私を利用したり、社長に多額な利益400億円以上がばれないよう、私の置かれている弱い立場を利用して嘘の報告ばかりさせてきた」と書いているが、鈴木は株取引の最初の銘柄であった宝林株での予想外の利益で強欲な本能が目覚め、利益を独占するだけで頭の中がいっぱいになったとしか言いようがない。裁判で鈴木は嘘だらけの主張を繰り返して、その嘘を長谷川が全て補強したが、裁判に勝つことしか考えない長谷川の方が鈴木よりも罪は重いはずだ。鈴木の嘘を正当化することで得られるメリットは報酬しかなく、金のために真実を捻じ曲げるにも限度というものがある。よくここまで何重もの嘘を構築したものだ。ここまでやると極悪弁護士というレッテルが貼られて、当然のことだが未来永劫にわたって消えることはない。弁護士を辞めても罪から逃れることはできない。きちんと事後処理をすべきだ。このままでは史上最悪の弁護士と言われかねない。やり方のあまりのあくどさに気づいたのか、判決後に弁護士の登録を抹消しているが、そのような無責任なことで許されるはずがない。家族や身内のことを考えるべきではないのか。物事にはどんなにミスがあっても最後にけじめをつけることが大事なことくらい分からないのか。この判決を正しいと判断する人は、関係者や取材班、さらに読者の中にも一人としていないことで分かるはずだ》

《鈴木が平成11年9月30日に15億円を払って債務を完済したと主張しながら、3年後の平成14年6月27日に作成した15億円の借用書の存在を打ち消すため、長谷川はさらに悪質な虚偽を創作した。ありもしない平成14年3月頃のA氏からの呼び出しをでっちあげ、もし真実であれば青田と平林が代理人の時(長谷川が加わる前)に何故、この話が出なかったのか。平林から出た話は「社長さん、50億円で手を打ってくれませんか」ということくらいだ。債務の二重払いを強要され、それを強要したA氏が反社会的勢力の密接関係者で、しかも暴力団関係者を金主元としたプロの金融屋であるとして、暴力団のトップの実名まで出した。民事訴訟では証人以外は嘘が罷り通るとはいえ、そこまでやる弁護士は見たことが無く、言い訳など通用しないことが分からないくらいの恥知らずだ。鈴木と長谷川は勝訴したのだから、どう批判をされようといつかはほとぼりが冷めると判断しているかもしれないが、それは有り得ず、今後も消えることはない。弾劾裁判や再審への方向付けはもちろんだが、ネット上でも「史上最悪の事件」として拡散することはあっても風化することなどない》

《和解協議(平成18年10月16日)で鈴木が合意書に基づいた株取引を認め、その結果で支払いを約束したA氏と西へそれぞれ25億円、別にA氏へ20億円の合計70億円という金額は、鈴木が獲得した利益約470億円(平成18年当時)から見れば2割弱に過ぎなかった(但し、これは利益が60億円であることを前提にしていると西にクギを刺されている)。だから、協議直後に紀井氏に電話した鈴木は「2人分で100億円以内で済んだ」と安堵した様子で言ったに違いない。その事実を長谷川はどこまでもA氏と西による強迫があったからと主張して、裁判官もそれを認定した。そんなバカな話がどこにあるのか。意外に少ない金額で収まったと喜んだに違いない鈴木の強欲を煽って、鈴木を被害者に仕立てた長谷川のやったことは絶対に許されることではない。実際、合意書によれば鈴木の取り分は一切ない》

《長谷川が弁護士バッジを外そうと、鈴木の代理人としてやったことは消えるものでは無い。鈴木の犯罪が疑われる、株取引の利益の海外流出と隠匿を、長谷川は裁判で鈴木を勝たせることにより全容解明を封印させたように見えるが、しかし、裁判の判決が全ての結果ではない。長谷川による虚偽主張の構築という犯罪同然の手法、そしてそれを認定した裁判官に対する非難の声はますます大きくなっていくに違いないし、日本の法曹界にとって最大の汚点として語り草になり長谷川の悪名はしっかりと犯罪史に記録される》

《鈴木のような人間の代理人を務めることにためらいが無かったのは高額の報酬(しかも裏での支払い)のためか。それで幸せが約束されると思ったのか。身近の人間に迷惑どころか生死に関わるような言動を繰り返してまで強欲を満たそうとしてきた鈴木を擁護すればするほど、長谷川自身がどんどん窮地に追い込まれる結果になることを知るべきだった。このようなことが反対に万一自分の身内に起きた時のことを少しでも想定したら、絶対にできることではない》

《合意書には「今後本株以外の一切の株取扱についても、本合意書に基づいたそれぞれの責任を負う」という要件が明記されている。鈴木は平成18年10月16日の和解協議で宝林株の取引が全て合意書に基づいたものであったことは認めたが、鈴木は宝林株以後に仕掛けた銘柄で西に大量に株を買わせて紀井氏が売るタイミングを計っていた。西が株の買いで投入した資金はもちろんA氏が全て出した。その事実から鈴木と西が仕掛けた株取引は合意書に基づいていたことが明らかであり、A氏の資金支援が無ければ、鈴木は利益を確保することができなかった。長谷川はその事実を打ち消すために法廷という公の場でA氏を誹謗中傷し問題をすり替えた》

《鈴木は平成14年に麻布に超高級マンションをペーパーカンパニー(マジェスティックインベストメンツ)の名義で購入して愛人と隠れ住むアジトにした。特注の高級外車(6000万円以上の価格であるマイバッハほかロールスロイス等)を乗り回すようになっていたが、その年は西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検に逮捕起訴された年であった。鈴木は西に土下座までして口裏合わせを説得し、利益の最低でも1/3は渡すと約束して、鈴木一人が逃げのびたが、実際には西の有罪判決が出ると、手のひらを返して西を切り捨てにかかった。合意書に基づいた約束を当初から破り、利益を独り占めにして奢った日々を過ごしていた。そんな鈴木には正当な裁きを受けさせなければならなかったが、長谷川が弁護士にあるまじき悪事を働いて阻止したが、このままで済むほど世の中は甘くはないことを知るべきだ。今や、鈴木を巡る事件は東京ダークサイト等で読者から圧倒的に注目されており、世界中からも読者投稿が寄せられ始めている》

《自分の利益を最優先にして周囲の人間を騙すやり方が骨身にまで染みついている鈴木の悪事を徹底的に暴き、真相を全て明らかにしなければ収まりはつかない。鈴木に加担した長谷川元弁護士を始め平林、杉原の両弁護士、悪行三昧の青田はもちろん、数多くの事実認定を過って事実上鈴木の犯罪疑惑を封印してしまった品田裁判長ほか5人の裁判官(控訴審を含む)も、結果的には相応の責任が生じている。その扉を開けるのは鈴木であり長谷川であるが、あまりに自覚が足りないのか、鈴木を巡る悪事はネット上で拡散し続けている。このまま放置すれば、拡大した情報が消えることはなく逆に世界中に広がる一方である》

《人間は、窮地に追い込まれなければ本音を語らないというが、鈴木は和解協議の場で、紀井氏が鈴木の利益隠匿を西に明らかにしていたが、西はA氏に伝えなかっただけでなく、全ての真相を明かさなかった。鈴木が合意書の破棄を西に執拗に迫って、それをやり遂げたという西に報酬として総額10億円を複数回に分けて支払ったことを、西はその場で鈴木に認めさせたが、それでも西は紀井氏から利益総額を聞いていながらA氏にはそれを明らかにしていなかったことから、鈴木が利益は50億円とか60億円と言っていたが、利益は明らかになり、鈴木は今、針の筵に座らされている状況にあるのではないか。裁判で長谷川が鈴木の嘘の証言を正当化してくれたお陰で、これで安泰になったと思ったかもしれないが、実際には次々に真実が暴かれて、さらに身動きが取れなくなっている。そして鈴木を追及する動きは心底謝罪しなければ、解決にはならない。長谷川も同様である。鈴木に加担したことで鈴木の背負う重荷を一緒に担ぐハメに陥ったのは自業自得で、裁判に勝つために人としてやってはいけないやり方を幾重にも構築したことを反省するべきだ》

《鈴木は平成14年6月27日に鈴木が作成した借用書は全て手書きになっているが、鈴木はそういう場面に慣れていて、関係者によると「金利をゼロにして頂いたので最優先で払います」とか「万一この返済が終了するまでに他に返済した場合には公正証書(作成すると言っていて、鈴木はこの時点でも作成していなかった)に基づく金利年15%をお支払いすることを確約いたします」と言った文言を書いている。ところが、乙59号証「質問と回答書」ではA氏に言われるままに書かされたと答えたが、これが本当であれば、平成18年10月16日の和解時に「西の言い方が気に入らないので書かないが、信用してください」とA氏に言って別途20億円の支払いを明記しなかったことからみても、その場の状況を読んで巧みに言動を使い分けながら自身の意思を通していることが分かる。つまり、借用書の文言を言われるままに書くことなど鈴木にはあり得ないはずなのである。実際には長谷川のシナリオ通りに答えたものに違いないが、全く逆の発言をしても平然としている鈴木は人を騙すことを何とも思わない恐ろしい人間で、周囲に犠牲者をどんどん作ってきたに違いない》

《はっきり言うが、世間から何と言われようと、金さえあればすべて良し、世間体など一切気にしない、家族にも金を渡せば良いと考えるならば、鈴木も長谷川もこのまま放っておいたら家族も同様に犯罪者と見られるのではないか。河井克行夫妻の事件でも分かるが、関係者は今後、肩身の狭い思いを強いられる。鈴木を巡る事件では、鈴木の家族身内は鈴木自身のしでかした事件だから鈴木同様の責めを負うのは当然として、一番に被害を受けるのは長谷川本人と家族身内ではないかと思う。鈴木の父徳太郎は関係者に「息子と青田は悪い人間」と認めていた。息子の家族についても「嫁の恵子と長男の勝昭はまともな常識ある人間ではないが長女の久子だけは気が付くいい子です」と言っていたようである。特集記事に掲載している以外にも多くの証拠やテープ類がたくさんあるが、今後も必要に応じて公開する。本誌以外の他のメディアでも事件を取り上げる動きがあるようだ》

《本誌ではあらゆる角度から多くの関係者に取材を進め、この裁判は鈴木が勝てる確率は100%なかったことはさらに明確になっている。第一に株取引に係るペーパーカンパニーの常任代理人に就いた杉原、反社会的勢力の暴力団トップと面談を重ねた平林の両弁護士による違法行為、青田、平林による多くの虚偽の構築、鈴木による多くの人命にかかわる詐害行為疑惑、鈴木の虚偽構築を度を越して補強した長谷川、そして品田裁判長ほか控訴審を含む裁判官5人の裁判官による事実認定の誤りなどが主な根拠となるが、これで終結することなど当然、有り得ない》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(5)

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《A氏、西、鈴木の3人で交わした合意書が無ければ、A氏が株価の買い支え資金を出すことはなかった。そもそも宝林株800万株の取得代金3億円をA氏が西の依頼で出したから、鈴木が紀井氏に任せて株を売ることはできた。合意書があってのことである。また、宝林株だけであれば売った利益をすぐに精算するはずだ。宝林株取得の3億円は鈴木が出したとでも言いたげに、最初は主張を三転四転させたが、鈴木自身も認めざるを得なくなって認めたではないか》

《合意書が無ければ、いろいろな銘柄で次から次へと株取引を実行できるわけはない。全ての売りに専従した紀井氏が各銘柄の利益を確認書という書面で提出している。そこに嘘があれば、紀井氏は偽証罪に問われていた。鈴木や長谷川は紀井氏のことを裏切り者とか電話番とか言っているが、誠実な人間であることは周囲が認めている。もし西が鈴木ではなく紀井氏とA氏の3人で合意して株取引をやっていれば、全く問題は起きなかったと思われるほどだ》

《平成10年5月末に宝林株の取得代金3億円をA氏が出し、同年7月8日に合意書が結ばれた。そして同月の30日には15億円の利益を3等分している。ただし、実際の利益はこの時点で50億円以上あったが、鈴木と西はA氏に正確な報告をしなかった。鈴木は、思ったよりも利益が出たことで西を巻き込んで合意書を破棄するように仕向けた。その結果、紀井氏と花館(西の運転手)を経由して西に複数回で10億円を渡している。その頃、鈴木は西に「利益は2人で折半しよう」と持ちかけ、西はその話に乗ったが、鈴木はどうしようもない悪党だ。西も東京オークションほかでA氏に100億円以上の借金があるのに、A氏を裏切るなんて悪すぎた》

《裁判官は鈴木の証言が二転三転していることに目を向けなかった。完全におかしい話で何か裏があるとしか思えない。鈴木は親和銀行不正融資事件に前後してさまざまな事件への関与を疑われ、マスコミでも数多く取り上げられてきた。鈴木自身も「金融機関や証券会社等での口座開設ができない」と自白しているように、金融証券市場では不健全な人物とのレッテルが張られているのだ。裁判でもマスコミで取り上げられた記事が証拠として提出されたが、裁判官は鈴木の証言が二転三転する事実を鈴木の人間性に要因があると深刻に受け止めるべきだったのだ》

《裁判官や弁護士等も言っているが、裁判官の評価の基準は「どんな判決文を書いたか」ではなく「何件終了させたか」にあるとコメントしている。》

《親和銀行事件でも、鈴木は甲府にある古屋貴石社に偽造宝石を作らせたり、ノモスの佐藤新一に価値のない岩手の土地(40万坪)等を提供させて同銀行への担保にした結果、100億円以上の不正融資を受けた。その際にいい思いをしたのは鈴木とノモスの佐藤だけである。鈴木は同銀行へ食い込んで、総会屋・暴力団を排除する名目で32億円を引き出したが、同銀行への食い込みの切っ掛けとなった副島と暴力団への手切れ金は2億円ほどだったといい、融資金の大半は独り占めした》

《鈴木はエフアールを上場させるために決算を粉飾していた。さらに株価を維持するために知人の名義を使って自社株売買を繰り返すという違法行為をしていたが、幸い発覚しなかった。しかし、そのために鈴木とエフアールの資金繰りは悪化するばかりで、親和銀行から不正融資を引き出す事件へとつながった》

《鈴木の悪事は底が知れない。創業者利得を得るためにエフアールを上場させたが、その目論見が外れて鈴木は窮地に立った。エフアールの経営状態を改善するという名目にもかかわらず、鈴木は本業の宝石、輸入ブランド品等の販売に活路を見出そうとしたのではなく、人を騙して金を手にする方法を繰り返した。その一つが偽のインボイスを作成して、日本橋の金融業者(宮崎氏)に対して20億円を焦げ付かせたが、手形割引は鈴木が直接行わず、ワルで有名な青田光市を使い商業手形に見せかけて相手を騙したのだ。鈴木には悪事を働くことしかノウハウはなかった》

《鈴木の依頼で西が設立したFEAM社で、鈴木と愛人、実父の給与を出させ、ベンツ、運転手ほか大石(高裕 エフアールの元専務)への口止め料などで約7億円が費消されたが、全てA氏が出している。FEAM社を設立した当時、鈴木はすでに株取引の利益を巨額に確保していたが、その金は一切出さずに西に給与や社用車(ベンツと運転手)を要求した。しかし鈴木からの見返りはなく、西がそれに抵抗した様子も見られなかった。すでに利益の分配というエサにつられ鈴木のコントロール下にあったのではないか》

《西は鈴木に400億円以上の利益を合意書通りに分配して欲しいと言うと、鈴木は「株の在庫があるので全て処分しないと400億円の現金ができない」と返事をしたが、西が東京オークションハウスにも利益の10%を約束だったと言うと、鈴木が「社長と3人で結んだ合意書は平成14年末に破棄したと言ったじゃないですか」と反発した。西は「この話は、あなたと私の2人で結んだ合意書に基づいてのことですよ」……などと鈴木と西は呆れるばかりの話をしていた》

《平成17年10月に西と鈴木が東洋町のホテルのラウンジで会ったと西が書き残した。目的は利益の分配であったが、鈴木は分配の授受の方法として「とりあえず日本から海外に持ち出されている銀行振り出しの保証小切手(46億円分)を(香港で)渡し、残りは3か月以内にオフショアに開設する口座への振込(90億円)を必ず実行する」と鈴木は言った。しかし、西は鈴木の代理人により香港で事件に巻き込まれたと言い、鈴木は「この数年、西には会っていない。全て西の作り話です」と言って西を大嘘つきとまで言って罵倒した。合意書に基づいた利益の分配は鈴木の最低の義務であり、それを果たさずに嘘ばかりを繰り返す鈴木が西を大嘘つき呼ばわりするのはお門違いだが、西もまたA氏を裏切ってばかりいたから、A氏にはどちらを信じるか計りかねたかもしれないが、最低でも鈴木が当初の約束を守れば、殆どの問題は解決されたのだから利益を独り占めした鈴木の強欲は許されることではない》

《株取引で鈴木がどれほどの利益を確保したかについて、西が書いたレポートを裁判官はほとんど無視したが、その理由が分からない。西は株取引で手がけた数多くの銘柄で具体的な手口と利益を書いているから、審理では重要な争点になり、西のレポートは紀井氏の作成した確認書を裏付けるものと位置づけられるべきだったが、裁判官はそれをしなかった。故意に合意書を無効にしたとしか考えられず、当然、紀井氏の確認書も西の書面も無視せざるを得なかったとしか言いようがない》

《西はエフアールの株取引について、鈴木が先ずはユーロ債を発行して株式に転換後、「株価を800円から1000円前後まで上昇させるので350円前後で買いを入れてほしい」と頼んできたので、約600万株という大量の買いを入れたという。しかしこれは、西の買いによって株価を上げる鈴木の罠だった。西は株の買いのために約8億円を使ったが、買い付けを行った直後に株価が暴落し、160円前後まで株価が下がったところで全株を売却せざるを得ず、最終損失は約12億円に達した。鈴木はその時約40億円の利益を確保したと言うが、鈴木は利益の分配を一切行わなかったから西と鈴木の落差はあまりに大きく、平成13年に鈴木に確認を求めると、鈴木は「それまでに見たこともない彼(鈴木)の態度と言動により、彼の本心、性格を知ることに」なったという。鈴木がその時、どのような態度を取ったのか、西は詳しくは書いていないが、おおよその想像はできる。合意書の破棄で西にさみだれ的に総額10億円の報酬を渡していたと同様に、鈴木はタイミングを計って西にわずかな金を渡していたに違いない。それを盾にして西に噛みついたのではないか。真っ当に利益を分配せず、それでいて西から要求されたら「ふざけるな」と開き直る鈴木の悪知恵とずる賢さがそのまま窺える》

《鈴木は親和銀行不正融資事件で逮捕起訴され、平成12年に懲役3年、執行猶予4年の判決を受けたが、それまでにエフアールの代表取締役を降り取締役も返上した。はた目には鈴木の経営への関与は一切ないように見えたが、実際はそうではなかった。不正融資事件では大石も一緒に逮捕起訴されたので、エフアールの経営は天野裕が継いでいたが、鈴木と西の株取引でエフアールの名前は何回も登場し、平成12年のユーロ債の発行、平成17年の新株予約権付きの転換社債の発行などが行われている。これは正に鈴木がエフアール(なが多、クロニクルと商号を変更)を絶対的に支配していた証である》

《鈴木と西田晴夫との関係は密接で、一部の報道では宝林株の仕手戦は西田が仕掛けたものだと誤った情報を出したものまであったほどだが、鈴木よりも西田の方が話題となる市場で、鈴木にとっては却って都合が良かったはずだ。宝林株で鈴木は160億円を超える利益を確保したと紀井氏は明らかにしたが、西田がいなければ、複数回にわたって利益を獲得することはできなかったに違いない。しかし、鈴木と西は株取引の最初からA氏に対して利益を誤魔化し、正確な報告もせず、買い支え資金を出させ続けた。仮に鈴木が利益の3等分を実行していれば、鈴木の手元にも十分な利益が確保されていたはずなのに、独り占めにこだわり、西に対しても志村化工株の相場操縦事件で罪を被らせたうえに西の排除にかかった。鈴木ほどの悪党は見たことが無い》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(6)

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《西田晴夫は自分名義の証券口座、銀行口座を持たず、周辺関係者の口座を使用して溜まった潤沢な資金を株の売買に使っていたというが、その手口はそっくり鈴木に当てはまるが、鈴木の場合は他人の口座ではなく全てペーパーカンパニーに蓄えられ、利益を独り占めするという強欲さは鈴木独自のものだ。金に余裕ができると、鈴木は金で何でも解決できると考えて、青田や平林弁護士、長谷川弁護士に高額な成功報酬を提示して彼らの欲得を刺激したに違いない。しかし、裁判の判決が鈴木に有利に働いたかと言えば、判決では一見そのように見えても内容は決してそうではない。嘘で固めた鈴木と長谷川の主張は全てが崩壊したと言っても過言ではない。多くの証拠(書面や録音テープ)や多くの関係者の証言で全てが露呈した。青田も平林も、そして長谷川も鈴木から裏でもらった報酬は必ず国税当局に睨まれる。その時に鈴木および関係当事者全員に身の置き場はなく、家族や身内も巻き込まれるのは必至だ》

《ペーパーカンパニーがユーロ債や第三者割当増資で株を取得する際の書類つくりや手続きを進めていたのが茂庭進だったが、同人は元山一証券出身で、平成9年に山一が自主廃業に追い込まれる原因となった不良資産の飛ばし業務を担っていた一人だった。鈴木にとっては極めて有能な人材に違いなかったが、鈴木は紀井氏の時と同様に言葉巧みに否応なく取り込んで、金商法違反や外為法違反等の犯罪に加担させた手口は極悪と言わざるを得ない》

《鈴木の若いころを知る人たちによると、鈴木は世田谷区を拠点にする暴走族のリーダーで、相当にヤンチャな日常を過ごしていたという。エフアールの前身の富士流通を創業した当初は、その暴走族のメンバーが多数集まり、鈴木は絶対的な存在だったというが、会社を興しただけで経営ノウハウもなく、うさん臭い金集めばかりに手を出していたというから、エフアールとして株式を公開しても株主にまともに対応できるノウハウなどなかったことが分かる。それ故に、株価維持のために粉飾決算や自社株売買に手を染め、あるいは取引先を騙して詐欺的な行為を繰り返していた。強欲から生まれた処世術で世の中を渡れるはずはなく、今は、海外に隠匿した巨額の資金の運用利回りで裏の資金を増しているが、そんな日常は綻びが見えた途端、あっという間に崩壊してしまう。それが鈴木には見えていないようだ。あらゆる方法を駆使して、多くのマスコミが取材に動いている。鈴木や長谷川はインターネットの威力の凄さが分かっていないようだが、最悪の結果を招くことになる》

《鈴木が株の売りで巨額の利益を確保したのは、売りのタイミングで鈴木が西に大量の株を買わせ(買い支えは株価を上げる最大の手段である)、売りを有利に運んだという鈴木のやり方は明らかにダマシの手口だった。本来なら合意書に基づいて鈴木は利益を3等分しなければならなかったが、鈴木は利益を隠匿し、西は株価が暴落した全株損失を抱える一方だったが、これは鈴木の最初からの計画で、銘柄ごとの相談もなく利益分配もせず、西を金で手なずけA氏も騙して利益のほぼ全てを海外のペーパーカンパニーへ隠匿した。そのやり口は当然、合意書に違反しており、鈴木の取り分は一切ない。鈴木は利益の一部を親和銀行や山内興産との和解金に使っているが、これも横領事件になる。本来、資金を出す人間が70%程度の利益を取るのはリスクを考え普通のようであるが、1/3ずつというのは、A氏が鈴木や西とは違って強欲ではないという証である》

《鈴木は自分の身勝手な都合から連絡を絶ったり所在を不明にしてしまうことを常套手段にしているが、その最たるものが合意書を交わした平成11年7月から平成18年10月の和解協議までの約7年間で、その間にA氏と顔を合わせたのは平成11年7月31日、平成14年6月27日、そして平成14年12月24日のわずかに3回しかなかった。西を「利益折半」の甘言でたぶらかして、A氏に対しては「都心のマンションの1DKで頑張っている」「長い目で見てください。利益は確実に出します」などの言いわけを用意して、それを西に言わせていた。まさに最低、最悪の人間だ。また、和解協議で利益60億円(実際は470億円)を前提にA氏と西にそれぞれ25億円、A氏には別途20億円を払うと約束して、その後もA氏に何回も電話をしたり、直接A氏の会社を訪ねるなどして支払い約束の追認をしていたにもかかわらず豹変して、青田と平林を代理人にしつつ鈴木自身は身を隠し続けた。A氏が平林を介して鈴木との面談を強く希望して、同行する人物が誰であろうと何人であろうとA氏は一人で会うので鈴木本人が同席するようにと何回呼び掛けても、鈴木は一度も姿を現そうとしなかった。この姿勢だけでもどちらが正しいか、判断がつくと思うが、鈴木の豹変はより確信的な犯罪者へ突き進む大きな分岐点だったのではないか》

《裁判所では上層部が気に入らない判決を書いたり、論文を書いたという理由で左遷される裁判官が多いという。事例を受けた裁判官自身が何故左遷されたのかも分からないようで、裁判官全員がビクビクしている。そんな風通しの悪い環境は長年の蓄積から生じたもので、簡単に変えられるものではないというが、品田裁判長のような裁判官では今後の日本の法曹界に大きな問題を残す可能性が大きいというほかにも、警視庁や検察庁に刑事事件の訴えを相談しても受理しないケースが非常に多く、実際に事件化してしまうことも多いという意見は関係者、取材班、読者間で圧倒的多数を占める》

《西は、鈴木から頼まれて宝林が増資して得た資金の一部20億円の投資運用話を当時の安藤社長に持ちかけ、クレディリヨネに預けさせた。「安藤社長には商品券500万円分を渡し、宮崎氏には投資での損失700万円の補填をして説得した」というが、鈴木はその資金を志村化工のユーロ債の払い込み資金に流用して、その後の大きな利益につながったが、西への見返りは同株の相場操縦容疑で東京地検による逮捕だった。西は鈴木に何回も煮え湯を飲まされながら、利益の分配を実行させることにこだわったようだが、鈴木の言いなりになるのではなく、A氏に相談するとか他に方法があったはずだ》

《合意書を交わした平成11年7月8日から和解書を作成した平成18年10月16日までの約7年間に、鈴木と西は宝林株を手始めに合意書に基づいた株取引を開始し、その後はエフアール、エルメ、アイビーダイワなど数多くの銘柄でユーロ債の発行や第三者割当増資を仕掛け、約470億円という巨額の利益を獲得しながら、合意書に基づいての約束を履行したのは宝林株の利益と言って西が持参した15億円のみだった。しかも、これも見せかけで、宝林株の利益だけでも160億円前後であったにもかかわらず、鈴木も西も正確な収支報告と利益分配を実行せず、利益を海外に流出させて隠匿してきた。そうした事実に対して、裁判官は合意書に基づいた協議も収支の清算もほとんどなかったのは極めて不合理だと一蹴した。鈴木の犯罪疑惑に目を向けず、書面の整合性についても精査もしないで、誰もが認めることができない強迫や心裡留保を十分な証明も一切なく採用して結論付けてしまったことから事実認定がは明らかに間違っていると言わざるを得ない》

《鈴木の周りでは自殺者や不審死者、行方不明者が数多くいる。クロニクルでは会長を務めた天野裕氏が平成23年8月3日に死亡しているが、天野氏には東南アジアでの投資名目の資金約9億円が使途不明金となり、証券取引等監視委員会が金融庁に課徴金の徴収を勧告するという報道があったが、こうした海外を絡ませた投資案件に鈴木が絡んでいないはずはない。天野氏の死亡に不信の目が注がれるのは自然の流れだ》

《鈴木が国外財産調書制度(平成25年からスタート)に基づいた申告をしてきた形跡は見られないが、金融庁(SECを含む)や国税局のこれまでの動きをみると、断続的に鈴木およびその周辺の動向が情報として流れているように映る。それは鈴木が「金融・証券口座を開設できない」と自白していることからも分かる。鈴木に対する包囲網は徐々に狭まり、遠からず身動きができなくなるのではないか。鈴木をVIP扱いしているプライベートバンクの日本人担当者は特に要注意であり、犯罪に加担したことになる可能性は高い》

《河井克行元法相夫妻による公職選挙法違反事件で、地元選挙区の県議や市議、町議、徐元有力者の多くが事件に巻き込まれ、30人以上の当事者が職を辞すなどして世間から非難の目を向けられている。単純に比較はできないが3000万円を参議院選に向けてバラ撒き逮捕起訴された河井夫妻に対し、鈴木は海外に流出させ隠匿してきた株取引の利益が今や1000億円を超えているという疑惑に包まれている。その隠匿資金は金商法や外為法等に違反して溜めてきた犯罪収益であり、もちろん無申告の脱税疑惑も持たれているが、今後のマスコミ報道(特にインターネット)が突破口になることは間違いないようである》

《青田が鈴木の隠れた“暴力装置”であるのは周辺関係者の誰もが知る通りだが、30年来の付き合いが続く習志野一家のNo.2である楠野伸雄といくら口裏を合わせたり金融業を廃業しても青田が反社会的勢力の一員である事実が消えることはない。赤坂マリアクリニックの乗っ取り事件やタイで引き起こした詐欺事件(地下銀行を使った日本への闇送金を含む)など、青田のやっていることは大半が非合法で、鈴木が青田に足を掬われる可能性が高いと考えるのは自然の成り行きに違いない》

《裁判の判決日に、長谷川元弁護士は法廷で誰にも聞こえるような大声で「この裁判は負けない」と言って顰蹙を買っていたが、それは単なる傍若無人とか強がりとは思えないほど事前に判決の要旨を知っているかのような自信に満ちたものだったという。そうであれば、長谷川の自信の裏付けは何だったのか。裏取引を疑わせるのに十分すぎるほどのパフォーマンスだったために、誰もが長谷川の発言を訝しく思ったという。そしてそれを裏付けるように、品田裁判長が書いた判決文は誤った事実認定に満ちたものだった。真実はいずれ全て明らかになるに違いないが、その時には長谷川への非難は決定的となる。多くの証拠や証言により、全てが判明していると言っても過言ではない》

《西田晴夫が病死した際、側近の口座等に溜まった“N勘定”と呼ばれる潤沢な資金の行方に誰もが関心を持ったが、実態は分からなかった。鈴木はいくつもの銘柄で西田とタッグを組み、またアイビーダイワ株では西田の側近の一人だった白鳥女史がSECや国税の目を逃れヨーロッパへ逃亡する際も一番身近にいた関係もあったことから、西田の溜まり資金を放置することは有り得ないので、白鳥女史と謀って運用に動いた可能性は高い》

《鈴木は細木数子とはどのような関係にあるのか。エフアールの株主から依頼され調達した1億数千万円相当のネックレスを流用して細木にプレゼントしたという情報から、鈴木が海外に隠匿する資金のロンダリングで細木からノウハウを学んだ可能性を示唆する関係者は多いが、細木もウカウカとはしていられず、鈴木の事件に巻き込まれるのではないか》(以下次号)

取材データから読み解く「鈴木義彦」の株取引を巡る真実(7)

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《鈴木はA氏との関係が無ければ、親和銀行不正融資事件で逮捕起訴された時点で終わっていた。本業で汗を流すこともなく悪事ばかりを重ねてきた鈴木が天野氏に託してエフアールを立て直す気力もノウハウもなかったのは間違いない。西の宝林株800万株の取得情報に飛びつき、その取得資金をA氏から出してもらった上に株価の買い支え資金を安定的に出してもらったからこそ巨額の利益獲得につながった。しかし、その手口はA氏と西に一方的に損失を被らせるという詐欺そのものだった。A氏に対する恩を仇で返すとは、まさにこのことで、鈴木はさらに深刻なウソを重ねてA氏を裏切り続けた。鈴木の大きなここまでの裏切りは長谷川元弁護士の影響が計り知れないくらい大きい。鈴木も乙59号証のここまでの作り話には抵抗はあったと思う。何故なら、和解後の2通の手紙を見ても分かるように「大変お世話になった」「男として一目も二目も置く人間に会ったことが無い」と書いているからで、これは強迫、心裡留保と言われている後の手紙である。このことを考えれば、鈴木は、幾ら悪い人間でもここまでやることには大きな決断があったはずだ。また、このことから考えて、一番悪いのは長谷川であるという意見も読者より数多く寄せられ、長谷川が鈴木に正しい指導をさせるべきだという意見も圧倒的多数を占める》

《裁判官は西が株取引の利益と言ってA氏に持参した15億円を鈴木の債務返済金とする判決を下した。西が持参したのは平成11年7月30日で、鈴木が主張する同年9月30日では有り得ないのに、判決では15億円の授受の日を特定しないまま債務返済に充当するという愚かな事実認定をしたのだ。15億円の授受が7月30日であったことの裏付けは、翌7月31日に鈴木と西がA氏の会社を訪ね、15億円の処理を確認した上に、A氏が心遣いで西と鈴木に5000万円ずつを渡したことに2人がお礼を述べたことでも分かる。一方で、9月30日に鈴木が15億円を返済してA氏から確認書を受け取ったという全てが虚偽の主張であり、確認書そのものがエフアールの決算対策のために便宜的に作成交付されたもので、しかも鈴木に確認書を作成する前提として西がA氏に別の確認書を作成していたことを鈴木は知る由も無かった。当時は常務だった天野氏も前年(平成10年)にも手形原本を預からせてもらうという同じことをやってもらっていたと言ったことに加え15億円を返済して手形13枚を戻してもらったというのは勘違いか嘘であると証言していることで十分だったはずだ。こうした証言を裁判官は無視して判決したのだから誤りは明白であり、これで鈴木の唯一の物的証拠もウソと判明した》

《西が鈴木に追い詰められ自殺したことについて、息子の内河陽一郎は周囲の関係者とは逆の受け止め方をしていた。鈴木に対する怒りで関係者は全員が西の無念さを感じて動いているのに、陽一郎は鈴木に対する恐怖心から鈴木に対抗することで報復されるに違いないと思い込み、関係者を呆れさせたばかりか、勤務先の新宿にある保険会社の支店長が「鈴木がコンプライアンスに抵触しているので関わってはいけない」と陽一郎に指示したと言い、そのことからも関りを持てないと言ったという。西がA氏を裏切って鈴木から一時的にしろ受け取っていた大金で恩恵を受けたからとでも考えているのか。あるいは、西がA氏には話さなかった真実を陽一郎も承知していて、それを明らかにすると不都合が生じるということか。しかしそうであるなら、はき違えも甚だしい。株取引を開始して以来、西が鈴木からどのような扱いを受けてきたかを、陽一郎は語ろうともしないが、平成18年10月2日に西と共に香港に向かい、西が事件に巻き込まれた現場を承知していたのは陽一郎だけで、語るべき真相はいくつもあるはずだった。実の父親が自殺に追い込まれて何も感じず、もし自分の都合を優先して対応を決めているのなら、全くおかしいと言わざるを得ない。西の自殺後に反社会的勢力を含めた債権者とのトラブルを全て解決したのはA氏だったが、それを陽一郎が忘れるはずはない。また父と一緒に多額の投資をA氏には内緒でやったり、香港ではカジノに入り浸ったりして、いったい何なのか。それでも父親の自殺を真正面から受け止めているならまだしも、男として、人間として最低だという意見が多くの関係者から出ている。陽一郎に関しては関係者よりいくつもの情報が入っており、次号以降に明らかにすることとする》

《鈴木には相手と交わした約束を守る、約束を果たすという誠実さが全くない。常に自分の利害を優先して、利益を獲得するために嘘を重ねるから、鈴木の約束は単なるダマシなのだ。親和銀行事件で逮捕される3日前の平成10年5月28日、土下座をして涙を流しながら「このご恩は一生忘れません」と言いながらA氏から8000万円を借りながら、借用書には逮捕から数日後で返済が不可能な6月3日を返済日としたが、5月31日に逮捕されることを承知していたA氏は保釈後も一切催促をしなかった。紀井氏には「利益折半」と言って株取引に誘い込みながら(この約束はそもそも合意書に違反している)、実際には1/100にも満たない報酬しか渡さなかったり、など挙げればきりがない。そして約束を反故にするために嘘をつき続け、その嘘がどんどん深刻になり、約束そのものを無かったことにする。このような鈴木を誰が許せるものか。世間の人も一人として許すはずはない。それに家族や身内への今後の悪影響を考えない鈴木義彦は単純な極悪人ではない。長谷川幸雄も同様である》

《日本は法治国家といいながら、法の番人のはずの裁判官が適格であるかどうかを計る基準も国民が審査する手段もない。裁判所は閉ざされた世界そのもので、外部には何の情報も提供されないいびつさが際立つ。一人の裁判官が受け持つ訴訟案件は年間で200件を超えるというが、これでは審理をまともに行えず、案件を処理する(早期に判決を出す)ことに気持ちが傾いてしまう。このような法曹界には再審は絶対に必要不可欠である。また、これでは裁判の本質から外れても戻しようがなく、多くの証言や証拠をよく見ないで簡単に処理するようでは問題が残るのは当然のことだ》

《鈴木と西が宝林株取引で約160億円もの利益を上げたという情報は、瞬く間に証券市場にも仕手戦を仕掛ける相場師たちにも広がったようで、A氏のところにも複数の連絡が入った。鈴木が大儲けをしたのでA氏も潤っているに違いないから、ぜひ自分のスポンサーになって欲しいという依頼が多かったようだが、そうした引き合いに戸惑ったのはA氏自身だった。しかし、A氏からの問い合わせを受けた西は、「そんな話はガセ(ウソ)ですよ。市場には根も葉もない噂が飛び交っているので、いちいち真に受けてはいられません」と平然とウソをついた。日々の株取引について具体的な報告を受けていなかったA氏は西の返答をそのまま聞くしかなかったが、鈴木と西は宝林株からエフアール、エルメなど旺盛に株取引を仕掛けていた。西は鈴木にコントロールされA氏に嘘ばかりを吹き込んでいたのだろうが、それが、まさに西が鈴木に支配されていることの証だった》

《西はクラブのホステスたちの気を引くために一晩で数百万円の大金を平気で使い、自分を大きく見せようとして仕事の話で大口をたたくことが多かったようだが、これもすべてA氏を騙した金である。そのような姿を鈴木はバカにしながら利用するにはもってこいの人間だと見ていたはずだ。合意書の破棄を実現させて、A氏から安定的に買い支え資金を出させ続けるためには西を最大限に利用することが第一と考え、鈴木自身はA氏と接触せず、西にA氏へのアプローチをさせ、株取引についてはウソばかりを言わせた。鈴木のずる賢い悪知恵だった》

《鈴木と西が知り合った当初、鈴木は秘書を通じて毎日、西に電話を入れ飲食等の招待をした。西は「彼からすれば私は伊藤忠商事を通じて経済界の名のある方を知っていたので、利用できる人間だと感じた」のではないかと言っていたが、その後の経過を見ると、鈴木は西の話が本物かどうかを確かめていたに過ぎなかった。当初は西に「会長」と呼称を付けていた鈴木が、西が志村化工株事件で逮捕起訴されると「西」と呼び捨てるようになり、平成18年10月16日の和解協議では西を罵り「おまえ」になっていた。鈴木が人を利用するだけ利用して、不要になれば切り捨てるという例の典型だった》

《西から鈴木を紹介されて以降、親和銀行事件表面化までに手形や借用書だけで約21億円を貸し付けた期間、宝林株の取得をきっかけに合意書を交わして株価の買い支え資金を出しながら、鈴木が西を裏切らせて嘘ばかりの報告をさせ続けた期間、さらに志村化工株の事件で西が逮捕起訴され有罪判決が出るや、西を切り捨てにかかった期間、それらのいずれをとっても鈴木はA氏を騙し続けた。平成18年10月16日の和解協議で鈴木は総額70億円の支払を約束したが、それも反故にして、後はウソを重ねるだけ重ねて金の支払を頑なに拒否し続けた。和解協議で「私の男気を信じてください」と何回もA氏に言ったのは真っ赤なウソで、これが鈴木の本性だったが、鈴木という人間には男らしいとか男気等という言葉は当てはまらない。恩にも感じない最悪の本性で生まれ持っての詐欺師だという人ばかりだ。関係者、取材班、読者の圧倒的な意見である》

《鈴木と西の株取引は金商法に触れるもので、西が志村化工株の相場操縦容疑で逮捕起訴されたのは必然の流れだったが、鈴木の命乞いで西が罪を被ったために鈴木は逃げ得となった。そうであれば、鈴木は西に約束した利益分配を実行するのが当然だったが、逆に切り捨てにかかるという残忍な選択をした揚げ句に西を自殺にまで追い込んだ。周囲の鈴木に協力した人間でさえ、用済みとなれば容赦なく排除する鈴木という人間は決して許されるべきではない。鈴木義彦本人と家族、身内も日本だけでなく世界中から最悪の一族と言われかねない。長谷川一族も同様だ》

《発行企業にユーロ債(CB)の発行や第三者割当を実行させ、取得株は海外のオフショアに拠点を持つ投資会社を装うペーパーカンパニーが受け、香港を中心にして日本の証券市場で取得株を売りにかける。上がった利益はそのまま投資会社の海外口座に送金されるというのが、鈴木と西が取り組んだ株取引の手口だったが、そもそもその手口で行けると踏んだのは、宝林株を取得するに際して作戦を練った西と証券会社課長の平池某だった。それを、鈴木はA氏へ送りつけた手紙の中で「一人で立案し稼いだ」と言い放ったが、鈴木がやったことは利益を海外に送金するための口座を開設し、さらに隠匿するためにプライベートバンクに金を移動させただけだった。人のフンドシで相撲を取って、白星は自分の手柄として利益を独り占めしている鈴木は、愚かにも自分のしでかした罪がどれほど重いものか、今後、必ず後悔する時が来る》

《西が書いた「鈴木義彦がユーロ債(CB)で得た利益について」というレポートには株取引の手口が生々しく描かれている。ヒラボウの株取引では、ユーロ債の発行手続きに関わった茂庭進が立ち合ってFEAM社に呼んだ金融ブローカー、ヒラボウの社員ほかに株券の受け渡しを行い、そのうえで社債を転換した後の新株の売却を実行させた。株を売るタイミングであらかじめ割当価格の1~2割程度の価格で譲渡を受けていた西田グループも動き、株価を高値に誘導した結果、鈴木は新株の大量売却に成功し利益を確保した。これらの手口は全てインサイダー取引や相場操縦を禁ずる金商法に触れるものだった》

《赤阪マリアクリニックの乗っ取り事件で、青田光市にかけられた嫌疑は威力業務妨害、窃盗、有印私文書偽造行使、詐欺、横領、強迫、公正証書原本不実記録など、まるで犯罪のデパートだったが、これが青田の常習的手段だった。懇意にしている暴力団の構成員たちを手足に使って相手を脅しにかけるのは日常茶飯事で、警察が何故摘発しなかったのか、不可解でならないが、青田の行為が常習的である限り必ず馬脚を現す。それが鈴木の致命傷となる可能性は高く、平林、杉原の各弁護士、弁護士登録を抹消した長谷川も悪事が露呈していくに違いない。青田の姉夫婦(杉本氏)も、弟の光市がここまで悪いことをしていると気づいていて何故諌めないのか。姉は裁判にも傍聴に来ていたようだが、このままでは姉や姉の娘2人にも影響が出る可能性もあると考えられる》

《裁判官は、鈴木の証言が二転三転したことを判決で言及しなかったが、それは何故だったのか。誤解を恐れずに言えば、故意に合意書を無効にするという発想が働いていたから、鈴木の証言に触れることは最小限に留めたのではないかと言わざるを得ない。合意書が無効とすれば、和解書も必然的に効力が薄まり、それを補強するためにありもしない脅迫や心裡留保を採用して鈴木がした署名指印を無力化した。また、公序良俗についても、手形を担保にしておいて金融機関に回さないで欲しいと懇願する鈴木の方がよほど公序良俗に反している。判決は全部がおかしすぎる。絶対に再審請求する事案であるという意見は圧倒的である。市民団体を始め各団体から多くの声が寄せられている》

《鈴木の強欲に巻き込まれて犠牲を強いられた多くの人たちの声が本誌に寄せられているが、鈴木を巡る事件情報は今後もますます拡散して、誰もが知るところとなる。裁判で鈴木に最大の恩恵をもたらした長谷川幸雄の罪は鈴木以上に重く、鈴木同様に裁かれなければならない。裁判に勝つことだけが弁護士の仕事ではないが、長谷川の思惑は裏で貰う高額報酬しかない。そうであれば、長谷川は人として最悪である。弁護士の登録を抹消しても、長谷川の悪事が風化することなどあり得ず、拡散していくばかりだ。一日も早く鈴木と長谷川は謝罪して、これ以上拡散しないように解決するべきだ》

《取材班はこれまでに長い年月をかけ、多くの関係者から話を聞いてきたことから、未だ記事掲載には至っていないものが多くあるが、平成9年秋に10日で1割以上の金利でも貸す人がいない中で倒産、自殺しか道が残されていなかった鈴木にとって、西の紹介で出会ったA氏のお陰で今や1000億円を超える隠匿資金を保有して、A氏に対しては約20年も大変辛い思いをさせてきたことが分からないのか。30年いたセンタービルを退去したのも鈴木に最大の原因がある。鈴木には全く反省が無い。有り得ない嘘を重ねながらも、和解後にA氏に送った2通の手紙で鈴木は「大変お世話になった」「男として一目も二目も置く」と書いていながら、このようなやり方はいったい何なのか。確かに誰に聞いても「あんな人はいない」と言うようにA氏を悪く言う人は一人もいない。鈴木はそろそろ目を覚まして謝罪しなければ、先々で身内にも相手にされなくなると思うほどだ。長谷川も同じである》(以下次号)

鈴木義彦、青田光市そして弁護士3人の素描

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(写真:鈴木義彦 鈴木は空港から数時間をかけて愛人と住むマンションに向かった。尾行を最大に警戒する様子が窺えた)

鈴木義彦。西義輝は平成7年に知り合って以降、鈴木の資金繰りを名目にした悪事の数々を目撃してきた。親和銀行不正融資、山内興産を騙した「タカラブネ株」の横領、エフアール社の株価維持をめぐる不正、市場流通を偽装した融通手形の振り出し等、悪事は枚挙にいとまない。それにもかかわらず西はA氏に鈴木を紹介。その時点で鈴木は借金が300億円あると西に語り、自己破産、自殺の道しか残っていなかった。鈴木は何から何までA氏に助けられたのに、結果的には恩を仇で返すように全てを裏切った。宝林株を手始めとした株取引の利益を独り占めして、1000億円以上とみられる金額を騙し取ったが、その渦中で関係者10人ほどが自殺や不審死を遂げている他、多くの詐欺の疑惑が持たれている。同姓同名の「鈴木義彦」氏が別にいることから、誤解を招いてはいけない、ということもあり再度写真を掲載する。以下の青田光市ほか弁護士3人の項でも示すとおり、青田光市ほか弁護士3人は金のためなら何でもするタイプで、鈴木の悪事や虚偽証言を増幅させただけでなく鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した疑いを持たれる中で「これ以上極悪な事件はない」と多くの関係者から非難を浴びている。さらにA氏が提起した訴訟の判決に至っては誰もが信ぴょう性を疑うもので、審理が十分に尽くされたものとは言えないために、100%近い人間が裏取引があったに違いないと結論づけている。鈴木や代理人に就いた弁護士たちが法曹界全体の信用を失墜させたことから、再審、弾劾裁判をしない限り名誉回復にはならないという意見に溢れ返っている。

(写真:青田光市。告発者から送られてきた写真。青田はタイで事業に躓くと、わざわざ日本から暴力団員を同行させて告発者ほか関係者を脅かした、という)

青田光市。青田を告発する読者から送られてきた写真であるが、青田は国内だけでなく海外でも事件を起こして逮捕され、すぐに保釈されたのは取り調べの担当官に賄賂を渡した疑いがあり、その直後に担当官が行方不明になった。鈴木が海外のペーパーカンパニー名義の口座から青田に送金した事実や不正に上げた利益を地下銀行を使って日本に送金した事実等が判明しているが、青田自身には他にも多くの脱税の疑いがあり、これには姉夫婦も絡んでいるとの指摘がある。鈴木が逮捕起訴され有罪判決を受けた親和銀行事件で、当時の頭取を美人局によりマッチポンプにかける現場を作り、不正融資を受けるきっかけを作った。また、赤坂マリアクリニックの院長が重病になったことをチャンスと見て赤坂の医療法人を乗っ取るなど、青田のやることには常に暴力装置として稲川会習志野一家のNo.2(楠野伸雄)が関与してきた。鈴木の代理人として平林と共にA氏に対応した際にも、全てが嘘の発言で交渉を混乱させた。稲川会習志野一家No.2の楠野伸雄とは約30年の付き合いで、青田は事あるごとに反社の人間を使ってやりたい放題のことをしていた。青田に対して被害者から数多くの情報が寄せられていることから、徹底的に調査するべきだが、姉や義兄(杉本富利 東洋大学学部長)、2人の姪にも影響が出るのは必至の状況にある。

 

(写真:長谷川幸雄。元弁護士。金のために最悪の弁護活動をした。鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した責任はあまりに大きい)

長谷川幸雄。元弁護士。鈴木とは100億円以上の不正融資が発覚した親和銀行事件で逮捕された当時、代理人に就いた関係にある。今回の裁判で鈴木が法廷に提出した物的証拠は「確認書」(平成11年9月30日付 ただしこれも同日の西のA氏宛の確認書や天野裕の証言で決算のために便宜上作成したものであることは明白である)だけで、長谷川は二転三転する鈴木の証言をカバーするために、弁護士としても人間としてもやってはいけないし許されない虚偽を構築した。それ故に、あらゆる証拠により誰の目から見ても誤審が連続した結果の判決であったことが証明されている。それを報道する多くの正確な記事が出たために自身が懲戒を受けることを恐れ、さらに再審や弾劾裁判が提起される可能性を考えて長谷川は弁護士登録を抹消した。しかし鈴木の犯罪疑惑を度の過ぎた虚偽の構築で隠蔽し、誤った判決を出させた責任はあまりにも深刻で、極悪非道な虚偽の構築に対する非難が国内外から寄せられている。死者の数、騙した金額から見ても戦後最大の事件であるだけに、鈴木はもちろん長谷川の名も未来永劫にわたって消えることはない。家族や身内にも、いつまでも悪い影響を与えるだけでは済まない。解決しない限り、いつでも世間に顔向けができない状況になることくらいの判断がつかないはずがない。長谷川はオウム事件で死刑囚となった早川紀代秀の代理人を務めたようだが、麻原の3人の娘たちがどんな人生を送っているか、いくら努力をしても普通の人間として世間は見ない。長谷川は、自分の子や孫が今後の人生に良いことは無いことくらい分からない訳はない。子供たちの将来を考え、一日も早く解決するべきではないのか。  出典:弁護士大観

 

 

平林英昭。弁護士。鈴木が和解書の支払約束を撤回した平成18年11月下旬に指名した交渉の代理人。しかし、平林の言動は鈴木の債務額や宝林株の買収資金ほかで二転三転することが多く、ウソにウソを重ねていると何度も指摘を受けた。A氏の代理人が襲撃された事件についても暴力団習志野一家(実行犯が所属)の総長と最低でも2回も面談している事実を指摘されても、平林は一切返答できなかった。平林はA氏との交渉に入る初対面の場で「50億円で手を打ってくれませんか。それならば鈴木がすぐに払うと言っている」と打診したが、A氏はその申し出を即座に断り、「買い支え分で207億円を出し、鈴木分だけでも58億円以上の損失が出ている。また和解書の支払約束は利益が60億円を前提にしていたが、その後に利益は470億円超であることが分かったので、申し出は受けられない」とA氏は答えた。すると平林はその後は全面否認に転じて、鈴木が自署した「和解書」を無効にするために、和解協議を「強迫」や「強要」の場にして鈴木を被害者に仕立て上げた。その行為は弁護士にあるまじきやり方で、脱税の疑いもあり懲戒請求を受けている。いつまでも無理をしても先々家族や身内には絶対に良い影響を与えない、どころか永久に不憫な思いをすることくらい分かっているはずだ 出典:弁護士大観

 

 

(写真:杉原正芳。弁護士。数多くのペーパーカンパニーの常任代理人を務めたが、鈴木の犯罪に加担した責任は大きい)

杉原正芳。弁護士。合意書に基づいた株取引で、鈴木は利益を海外に流出させ隠匿するために、タックスヘイブンに数多くのペーパーカンパニーを用意(取得)したが、杉原はそれらの会社の常任代理人を務め、ペーパーカンパニーを実体のある投資会社に装って大量保有報告書の作成、提出(有印私文書偽造行使)を担った。鈴木が用意した会社は100社以上に及ぶとみられ、杉原の関与は脱税に大きく加担していることから懲戒請求を受けている。杉原は、本当に弁護士としての善悪の勉強をしてきた人間なのかと思う。紀井氏の質問(抗議)に対しても悪事を働いて知らぬ振りを決め込んでいるようだが、この事件は、世界中を見ても、また過去を振り返ってみても例を見ない大きな規模の事件だということを分からないはずはない。今や、世界中が注目している。今後は家族や身内にどれくらいマイナスの人生を送らせることになるか、考えるべき時ではないのか。このままでは未来永劫にわたって悪事が不問になることは無い。  出典:弁護士大観  (つづく)

 

 

 

 

青田光市がタイで逮捕された欠陥プラント詐欺事件(1)

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この稿は青田を告発する関係者の一人から寄せられた告発情報をもとにしており、青田が10数年前からタイのバンコクを拠点にして働いた悪事の一部始終をまとめたものである。

最初に断っておくが、本サイトは読者、関係者から寄せられた様々な情報を精査して裏付けが取れ次第記事化していくことを旨としているが、債権回収のために協力する発想は一切ない。青田の悪事に係る情報を寄せてきた告発者も当初は、本サイトの取材チームに積極的に対応して具体的な内容を開示してくれたが、ある時期から連絡が疎遠となり、その後は一切反応しなくなった。恐らく、青田が国内だけでなく海外でも鈴木の金を使って悪事を働いているという情報が広まり始めたのを恐れて、告発者側と和解したのではないかと思う。もしそれが事実ならば、告発者は遠慮なく申し出てくれればいいはずで、それが無いまま、ただ梯子を外されたようなやり方は許容できない。取材チームは告発者の情報源としての立場を尊重し、鈴木や青田が敵対者に対して極めて粗暴な対応をする人間であることから告発者を擁護する姿勢を保ってきたが、その忖度はもはや無用と思われる。

〇青田は威圧的言動でチンピラ風情

「私と青田が初めて会ったのは約15年前(はっきり覚えていない)。当時青田はバンコクに新会社の設立準備を行っており、バンコク在住のある日本人から紹介を受けたことがきっかけで知り合いました。会社名はブルー・バンコク。ブルーは青田の『青』から取ったのでしょう。主な事業内容はIP電話の販売でした」

初めて青田に会った時から威圧的な言動やチンピラ然とした品のない身なりで印象が悪かったために、あまり付き合いたくはないと思ったという。紹介者からも「青田とは気をつけて付き合うように」とアドバイスがあったほどだった。

青田の事業の主な対象はバンコク在住の日本人。当時まだ国際電話料金が今よりもかなり高額だったため、インターネットの通信代とわずかな通話料だけで国際電話が利用できるサービスとして需要を見込んだと思われるが、「価格設定が悪かったのか、営業力不足からなのか、あまり業績は良くなかったと傍目には映りました」という。青田は1~2カ月に一度訪タイする程度で、実際に会社の切り盛り、営業活動など一切は駐在員が行っており、駐在員は元々青田が日本で経営している人材派遣会社に登録していた派遣社員だった。
「その後あるきっかけで、青田と私は疎遠になりました。駐在員が休みなく奮闘しているものの、一向に業績が上がらない(略)その後、ブルーバンコクはK氏の会社の代理店契約を締結。その後この契約の金銭のことでもめ、両社間でトラブルに発展。ここでは詳細は触れませんが、どちらにも非があったと思います。青田はトラブルについて、K氏を紹介し、契約時に立ち会っていることもあり、私に責任を取るように強く求めました。私は承服できないため、青田との一切の連絡を絶つと、青田は日本からヤクザ風情の人間を多数引き連れ私の会社に乗り込んできましたが、私が警察に被害届を出したことを知ると私への責任追及をやめ、その後は連絡がなくなりました」
青田に対する印象の通り、トラブルが起きると、必ずと言っていいほど青田は暴力団員を手足のように使って相手を脅すから始末に負えない。そして、被害届が出たというだけで尻尾を巻いてしまう。卑怯者の典型だ。ちなみに青田は告発者に対して鈴木のことを話しているが、青田が「兄い」と呼ぶ者からの送金内容について、次のように語っている。
「兄いという存在は、青田がよく口にしていた方のこと。一時はモナコでマリーナの見える部屋のバルコニーからF1モナコグランプリを観戦した話や、購入した大型クルーズ船を売却するという話、ある時は青田が所有するバンコク銀行の口座にお金が兄いから振り込まれたが、多額(金額は不明)であるため、バンクオフィサーから何のお金か説明を求められたので、銀行に同行し、貸した金を返却してもらったということで説明して欲しいと頼まれました。本名はもちろん、どんなビジネスをしている人なのかは話題に出なかったので、分かりません。サハダイヤモンドという社名が会話に出たこともあるのですが、関心はなかった」
青田が「兄い」と呼ぶ者が鈴木であることは間違いない。鈴木は青田のことを「口が軽い」と言っていたが、まさに青田は自分のことのように鈴木の話をしている。青田は今後もこのように口が軽くおしゃべりを繰り返すに違いない。

〇2500万円を地下銀行を使って送金

話を戻して、今から約7年前、青田から電話があり「あの時は悪かった。水に流して」「決して責めたりしない」「とりあえず会いたい」とのことだったので、会うことになったが、青田の新事業について説明があった。それが水と軽油を混合させるプラントの販売だったが、このプラントをめぐり後日、購入したタイの現地企業と青田の間で裁判に発展する。

青田の新事業は自身が役員を務める日本の会社の商品をタイで販売することだったが、青田はタイ現地法人を設立し、代表者にタイ人を据えて商品のタイ国販売代理店契約を現地企業と結んだ。同社の代表はエンジニアのタイ人女性だったが、契約前に青田が商品について、すでに日本で多くの販売実績があり、海外にも輸出していると虚偽(購入後しばらく後に独自に調査した結果、嘘であることを確認=弁護士を通じて取引先リストに問い合わせを行った結果、幾つかの企業より当該商品やそのような設備を購入していないとの返答がり、中には無回答の企業もあった)の説明を行っていたという。購入前に、女性代表者は日本への視察を希望したが、シンガポールに販売したものがあるため、そこに見に行ったという。そして、シンガポールでは確かにプラントがあったそうだが、稼働しているところは見せてもらえなかった。購入前に青田から見せられていた商品説明の資料には1時間あたり200リットルの燃料(水50%:軽油50%の割合)が製造でき、毎日10時間、20時間と連続して製造することで、大幅な燃料代の削減になると謳っていたが、実際に購入後に届いたプラントでは、資料にあった通りの製造ができないものだった。
「まだ、青田が私に気を許していた当時、青田は色々な説明を私にしています。例えば、シンガポールでプラントを購入した企業は設備のブラックボックス的な部分で、契約上開けてはならない箇所(水を改質するための鉱物が入っている部分)を開けてしまったため、サポートできなくなったと。今となっては確認できないですが、シンガポールを訪問した時、すでにこの企業が購入した設備は稼動できない状態にあったのかもしれません。稼動していない設備を見て、購入ムードが高まって購入を決めてしまった企業が慎重さに欠けるとは思いますが、責められることではありません」
告発者が初めてこの設備を見たのは、現地企業がプラントをタイに輸入してからしばらく経っており、まだその運用テストと現地企業のスタッフに操作方法をレクチャーしていた頃だった。青田側の都合で約半年ほどプラントの到着が遅れ、現地企業はその間の高額な空家賃を浪費させられた上、いざ運用指導が始まっても、運転が上手くいかないままに時間が過ぎたという。さらにその後、プラントは何度も移転を余儀なくされたという。

このプラントで使用する水の質は、ある一定の基準をクリアしていなければならない。また汚れた空気も水の改質に悪影響を与え、燃料製造の失敗につながるという。現地企業から再三にわたって、必要な水の基準を求めたそうで、それが分かれば必要な水を作るためのフィルターも用意できるが、最後まで燃料生産はできず、それがより良い環境を求めて度重なる移転につながったというのだ。当然計4度の移転には大きな経費負担もあると同時に、時間の浪費にもつながった。

現地企業の営業努力により、プラントを購入したいという客は既に何社か(大手船会社、鉄道、政府機関など)名乗り出ていたというが、この設備で生産した燃料は自社で使うことが前提で、作った燃料を販売することは不正軽油となるため、必ず使いたい会社は設備を購入し、自社生産が必要となる。現地企業の担当者が販売先のスタッフに作業方法を指導したりメンテナンスを行うという、プラントの販売だけでなく保守業務も見込んでいたようだが、遺失利益は莫大なものとなった。以下、主要な問題点を列挙する。

(1)現地企業が購入したプラントの価格は5000万円であったが、青田の節税を目的にした要望に従い2500万円の契約書を2通作成。現地企業は合計で5000万円を支払っているが、領収証がなく、送金時の書類等で確認できる銀行送金時の資料があるだけである。しかも、半分の2500万円は送金だが、半分はキャッシュで青田が受け取っている。領収証がない代わりに、渡す際にスマホで写真撮影をしようと言われ、撮影したが、それは青田側のスマホで、その後画像データは渡されることがなかった。そのため、5000万円を支払っているにもかかわらず、裏付けとなる証拠がない。裁判で青田は合計2500万円だったと主張し、例え何らかの補償をするとしても2500万円をベースにすべきと主張を続け、争点となっている。
青田が2500万円であると主張するだけでなく、プラントを開発した日本の会社の社長も2500万円と口を揃えるが、青田が総額で5000万円を受け取った事実を知らない様子だった。日本の開発会社には2500万円しか入金されておらず、青田が搾取していることになる。現金で直接払った分は、タイで有名なある両替商の地下銀行を使って日本へ送金しており、現地タイ人も立ち会っているため間違いない事実だが、証拠が残っていない。

(2)支払い条件は着手金、設備製作過程、納品後と3度に分ける契約であり、最後の支払いは納品後であるにもかかわらず、実際には青田が海上輸送の前に払わなければ輸出しないと言った。現地企業としては、契約に従って進めたかったが、輸出されなければそれまでに支払った分を失う恐れがあるために、従わざるを得なかった。外国企業との貿易では、互いのリスクを減らすためにLCでの取引が一般的であるが、青田はLCでの取引を拒否した。

(3)海上輸送費は現地企業が(実費)負担するという契約であったが、この解釈で食い違いがあり、青田がおかしな要求をした。現地企業の本業はロジスティック、運送業で当然、プラントのタイへの輸入にかかる作業は全て自社経由でハンドリングする考えであったが、青田は青田側で手配し、マークアップしてそこでも現地企業から利益を出した。輸出業務に慣れない青田側はプラント製造の遅れをシッピングの会社に通知せず、そのため仕上がっているはずの設備を工場に受け取りに行った、フォワーダーのトラックは荷物を受け取れなかった。そのため無駄な経費も発生したが、それも現地企業に負担させた。

(4)プラントが稼動せず、問題が長期化すると青田が設立した現地法人のタイ人代表者は、ますます青田から距離を置くことになった。そのため告発者が青田と現地企業の間に立つ連絡係のような役目を任され、色々な問題を見聞きすることになった。猜疑心の強い青田はタイ人代表者が裏切り現地企業側に付いたと考え、告発者にどういう状態にあるかを探るよう依頼があった。事実、販売をしたプラントがいつまでも稼働しない責任を感じていたタイ人代表者は、現地企業の立場に立ち、青田に意見をするなどしていたため、青田としてはタイ人代表者が邪魔な存在になった。すると代表者が不在のまま株主総会を開き、代表から外してしまった。タイ人代表者の署名も偽造し、書類を作成し登記の書き換えを行なってしまった。

(5)青田は現地企業のスタッフを怒鳴るなど、プレッシャーをかけたり、作業上の質問をすると威嚇するなどして、辞職者が相次いだ。その度にプラントの運用指導が振り出しに戻ってしまった。そもそも運用指導の前に、操作マニュアルや注意事項をまとめた資料を現地企業側に提出すべきだが、青田はそれをしなかった。再三の催促で提出してきたものは全く使えないもので、「詳細は日本の開発会社に問い合わせください」と書かれたものであった。

(6)青田はプラントを設置した工場内に現地企業代表者が近づくことを禁止した。禁止した理由について、青田は「設備の技術的な核心部分を調べてコピーする恐れがある」と言いがかりをつけて、監視カメラを取り付けるなどして代表者を排除した。そもそも秘密保持契約も結んでいるため、設備のさまざまな秘密をまず開示すべきだが、全くそれが行われなかった。

(7)現地企業が地元警察に被害届を出し、警察は詐欺の容疑で青田を逮捕したが、青田はすぐに保釈され日本へ帰国してしまった。青田の逮捕に関係したある警察官が行方不明になっている。この警察官は青田から多額な金を受け取ったとみられる。青田は裁判のために青田側の主張をまとめたかなり分厚いファイルを逮捕から2日後には警察に提出しており、いつか訴えられることを予期して準備していたとみられる。
告発者が言う。
「詐欺を立証するには幾つかの詐欺を構成する要素を全て満たさなければならないため、現地企業としても裁判は簡単なことではありませんでした。詐欺を確信するに至るだけのことがたくさん積み重なって、告訴に踏み切ったのですが、購入前に『すでに多くの販売実績がある』という嘘は、使えもしないプラントを購入するという誤った判断をさせたということで詐欺に当たります。唯一実際に販売していた会社は、水素水の販売ではマルチ商法で多くの被害者を出している企業で、青田も本当はあんな会社と付き合いたくない、と本音を私に伝えていました。
青田は現地企業が購入したプラントは試作機で、だから本来5000万円であるところ2500万円だったと理由付けしています。現地企業側の証人として、タイ鉄鋼協会のウィロート会長に出廷してもらい現地企業のプラントについて証言してもらっています。まず安全面での対策が不備で、爆発の危険性があること。長く日本の大手産業機器メーカーで勤めた経験のあるエンジニアにも調査してもらったが、まず物理的にも1時間200ℓは生産できず、また例えばもっと少なく100ℓが生産できたとしても連続して生産はできないという結果が出ています。同じ日本人としては、外国の地で不完全な製品を売りつけ積極的に悪事を働き、人に迷惑を掛けたことに憤りを禁じえません」
以上が告発者が明かした青田の悪事の経緯である。青田は、日本国内だけでなく、わざわざタイまで出かけて行って悪事を働き恥を晒しているのがよく分かる。

〇青田は暴力体質にまみれている

告発者の証言にあるとおり、青田は何かにつけて「ヤクザ風情の男たちを引き連れ」て相手を脅かし、恐れさせることを常習にしている。そのヤクザ風情の男たちは間違いなく青田が長年懇意にしている稲川会習志野一家の構成員ではなかったか。同一家のNo.2である楠野伸雄は青田とは30年来の付き合いがあり、青田から頼まれれば、それこそ配下の者に指示して暴行(殺人未遂)さえも厭わない。

平成20年6月11日、青田の教唆が強く疑われる事件が起きた。鈴木義彦がA氏との連絡を絶って所在を不明にした後、A氏は鈴木が指定して代理人に就いた青田光市と弁護士の平林英昭と交渉することになったが、A氏が代理人に指名した利岡正章が静岡県伊東市内のパチンコ店駐車場で暴漢2名に襲われるという事件が起きた。暴漢は金属バットのようなもので利岡を滅多打ちにし、利岡は全治3か月の重傷を負ったが、暴漢を逮捕した静岡県警の調べで、暴漢が習志野一家の構成員だった事実が判明。また事件の翌日、利岡が入院した病院に暴漢の親分に当たる渡辺某が現れ、事件の背景事情を明らかにすることを条件に利岡に示談を依頼した。利岡は渡辺某の依頼に乗ったが、しかし、渡辺は利岡の度重なる催促にもかかわらず、事件の真相を明かさなかったため、解明には至らなかったが、事もあろうに青田が楠野に対して、それまでの付き合いを「なかったことにして欲しい」と口止めし、また平林も同一家の木川孝始総長に最低でも2回以上面談を繰り返していた事実が判明するなど、事件の首謀者(教唆犯)が青田であり、鈴木であることが強く疑われた。

青田は、東京上野で鈴木の金を使って金融業を営み、同一家の多くの構成員から「上野の会長」と呼ばれていたという。そうした中で、青田は告発者も聞いているモナコのコンドミニアムの話や鈴木がF1チームのスポンサーになろうとしている話をしていた。利岡の襲撃事件の前後では同一家の幹部らに対し日常の飲食だけでなく、構成員を含め海外旅行に連れて行ったり、車をプレゼントするなど派手な饗応を繰り返していた事実も判明しているが、そうした事実と照らし合わせれば、タイでの青田の行動も腑に落ちる。

仮に告発者が青田と和解したとしても、青田の悪事が消えることは無い。それ故、改めて告発者からの情報を精査し、記事化することにしたが、読者には青田光市という男が許し難い粗暴犯であることがよくよく分かって戴けると思われる。(つづく)

「巨額隠匿資金1000億円をコロナ禍の支援金とする」を提案

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昨年12月、中国武漢市でコロナ禍が発生して以降、世界中がコロナ禍の猛威に晒され、日本でも3月以降にコロナウイルスの感染者数が急増した結果、政府が緊急事態宣言を発表したことから経済が大変な状況になり始めた。3密(密閉 密接 密集)を極力避けるために外出自粛要請や夜の街の営業自粛要請のほか勤務形態の変更(在宅勤務、テレワークほか)という急激な変化を余儀なくされた結果、日本だけを見ても、民間調査機関の調査ではすでに観光業界や飲食店業界、中小企業を中心に500件近い倒産が起きているだけでなく、倒産や廃業の予備軍は推計でも30万社に達しているというから、今後もこの数字は激増すると思われる。しかし、政府の緊急事態宣言解除後の政策が的を射ておらず、抜本的な対策が具体的に提示されているとは言えない状況だ。
そうした中で、政府の予算として1000億円規模の政策は決して大きなものとは言えないが、それでも全国民を対象としたセーフティネットを構築する一つのきっかけになるのではないか、という興味深い話をA氏の関係者がしている。

「鈴木義彦が海外に隠匿している金を始め、青田、長谷川、平林たちが鈴木から裏金で得た報酬等の金を全て国庫が没収して、コロナ禍で疲弊している国民が今大変な思いをしていることに使う。一人でも多くの国民を助けるために、意義のある使い方を考えるなら、それに越したことはない。実は、A氏にはそのような発想がもともとあって、A氏自身は自分が出した資金は一切気にしていないが知人から借り受けた資金さえ確保できれば、それ以外は例えば基金や財団を作って有意義な使い方をするための原資にしてはどうか、という考えを身近な関係者たちに話してきた。A氏の周囲への気配りには相当なものがあるが、コロナウイルスの感染が急増して経済全体に大きなダメージが出ている。公務員は別にしても、仕事を失ったりして、いつ出るとも知れないコロナ禍の収束宣言に怯えながら最低の生活すらできなくなっている人たちが無数にいることが現実で一部は報道されている通り、特に非正規社員の状況はひどくなるばかりで、今後、わずか数カ月で住む家さえ確保できなくなるという窮状を訴える声が日増しに増えていても、政府からは国民を安心させる具体的な対策が示されてはいない。それ故、そうした人たちの生活環境を改善する一助にするべく全国規模のセーフティネットとして救済基金(財団)を作ってはどうかという話をしている。こんな発想はなかなかできるものではなく、多くの関係者がさすがと思った」
1000億円という数字は個人には途方もない数字だが、国家的な政策という視点から見ればできる限り多くの協力が得られれば、それに越したことはないので、これを機会に、日本でも多くの企業や個人の資産家たちからも義援金を募り、全国規模のセーフティネット構築の手がかりになればいいという。社会福祉事業を軸としたインフラの整備は日本政府も予算を組んで取り組んできた。たとえば、平成31 年度の一般会計予算(101 兆4571 億円)における社会保障関係費は 34 兆593 億円で予算の33.6%を占めて過去最大となったが、予算の原資となる税収が伸び悩んでいる中で、国債の発行(国の借金)は増えるばかりで、今回のコロナ禍による補正予算約60兆円は全て国債の発行に依っている。それでもまだまだコロナ禍への経済対策は足りないとする声は高く、微力ながらも民間による支援プログラムの提案は歓迎されても反対する者は誰もいないだろう。

周知のとおり、鈴木が国内外に隠匿している資金は、合意書に基づいた株取引を旺盛に繰り返す中で得た利益を鈴木が密かに海外に流出させて隠匿した犯罪収益である。鈴木はまともに税金を払わず、利益だけを貪ろうと発想したもので、鈴木は株取引への自身の関与を徹底して消すことに腐心した。
鈴木と西による株取引が始まった当初は、鈴木から仕事場にあてがわれたマンションの一室に毎日のように利益金が証券担保金融業者から運び込まれ、1億円を1パックにして部屋の一部に山積みされていた、利益金が60億円位になると海外に送金した、と取得した株の売りに専従したK氏が生々しく証言している。それは宝林株の利益金のことだったが、株取引を開始した当時、鈴木は親和銀行不正融資事件の刑事被告人の身で、有罪判決が出るまでには1年以上もあった。さらに鈴木は判決で4年の執行猶予はついたものの自由に身動きができる状況にはなかった。そうした制約の中でも鈴木はせっせと利益金を香港を中心に流出させ、さらに香港からスイスを始めとしたプライベートバンクに送金を繰り返し隠匿を重ねていった。

鈴木は株取引の銘柄ごとに実体のないペーパーカンパニーを複数用意して、利益が溜まる度に海外の口座に送金を繰り返した。さらにスイスを中心としたプライベートバンクに預金し運用することで、年間で数十億円から100億円前後の利回りを確保した。
鈴木は裁判で「海外の投資会社のコンサルタントとして報酬を得ている」と証言していたが、A氏側の代理人からその詳細を尋ねられても証言を拒んでいたが、自分が用意(取得)したペーパーカンパニーの実態を語れるわけがない。それ故、実体のないペーパーカンパニーから報酬を得ているという鈴木の主張も虚偽であり、ペーパーカンパニーがプライベートバンクから受け取る利回りの一部を自身の報酬という名目にしているに過ぎない。仮に鈴木が自分の名義で株取引を行い、獲得した利益を申告していれば問題はないだろうが、実際に日本の証券市場で株取引を行ったのはペーパーカンパニーであり、ペーパーカンパニーが利益を出したことになっているから、鈴木にはペーパーカンパニーとの関係を説明する義務があったのだが、裁判では何も証言することはできなかった。
平成14年2月に西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕起訴された時、西が鈴木の関与を供述しなかったために、鈴木は首の皮一枚で逮捕を免れたが、そうした時機でも鈴木は東京麻布に超高額のマンション(ドムス南麻布)をペーパーカンパニー名義で購入し、自身が隠れ潜んで住むと同時に愛人(清水みのり)も住まわせていたのである。
A氏の関係者がこのマンションを突き止めたのは、ずっと後のことになるが、鈴木はバレたことを知ると、青田に指示して売却してしまった。鈴木には自分が所在を不明にすることに加えて、そのマンションの所有関係から鈴木自身との関係を国税や司法等の関係当局に察知されることを極端に恐れた。
青田光市が鈴木の隠匿している資金の一部について「鈴木はモナコに数十億円のコンドミニアムや豪華クルーザーを所有したり、F1のスポンサーになるという話があって、これには年間100億円はかかる」と周囲に話し、また前述の麻布のマンションについては興信所行動確認で発覚したので、鈴木が慌てて青田に処分させたようだが、それだけ神経質になって自身とペーパーカンパニーの関係を知られないように鈴木が努力をしても、いつかは必ず綻びが生じる。

K氏の証言によると、平成18年10月現在で鈴木が株取引により上げた利益の総額は470億円を超えていたという。それから10年以上を経た今、鈴木がスイスを中心としたプライベートバンクに預金し運用させてきた資金は単純に計算しても1000億円を超えて膨らみ続けているのは間違いない。そしてその原資から生まれる利回りは年間で100億円は下らないとみられ、鈴木はその資金を日常の生活資金や遊興費に充てて好き放題にやっている。
まともに税金も払わず、しかも元はと言えば他人の金で蓄えた犯罪収益である巨額の資金に何故メスが入れられないのか。あまりにも不合理であり、関係当局は何をしているのか、という憤りが関係者や読者から無数に寄せられている。
但し、鈴木が隠匿している巨額の資金についていえば、巨額の資金が動けば、それだけ周囲の目が集まることにもなろうし、その後の資金の流れにも監視の目が光る。
鈴木は今、巨額隠匿資金の利回りという、いわば表の金を使っていると考えているかもしれないが、全て犯罪収益金であるから、そんな理屈が通るはずがない。

鈴木には妻のほかに息子と娘がいて、他にサラという愛人との間にも20歳前後の娘がいるが、いずれ鈴木を始め3人の子供たちも海外にでも移住させ、鈴木と同様にペーパーカンパニーのコンサルタントを名乗るような将来設計を描くこと等を考えているかもしれないが、いずれにしても鈴木の隠匿資金(犯罪収益)から得られる利回りを享受することは有り得ない。もしそのスキームを現実のこととして考えた時、そんな行動を社会が許すはずがない。
すでに読者もご承知のように、鈴木を巡る犯罪疑惑は今や、日本だけでなく広く世界中に拡散し始めている。それは、鈴木が自由に動き回れる場所がドンドン狭まっていることを意味しているが、同時にそれは鈴木本人だけでなく家族や身内に対しても同様のことが言えるのだ。
株取引の利益を違法な手段で海外に流出させたという外為法の問題は、確かに時効の問題があるかもしれないが、所得税法や海外財産調書制度等、鈴木には刑事責任を問われる嫌疑が続出している。
先にも触れたが、鈴木は異常に神経をとがらせて、ペーパーカンパニーと自分との関係を察知されないようにしているようだが、そんな日常がいつまでも続くはずがない。
まして、青田光市や長谷川幸雄、平林英昭、杉原正芳など鈴木を知る当事者や関係者たちが、いつボロを出すか知れたものではないし、他にもプライベートバンクの日本人担当者、株取引に係るペーパーカンパニーを仲介斡旋したフュージョン社の人間、鈴木のパートナーの一人としてペーパーカンパニーの管理を行ってきた茂庭進など、叩けば誇りが出る者がたくさんいる。例えば、自殺者や不審死者、行方不明者が鈴木の周囲に10人前後もいるという問題一つとっても、こうした犠牲者の関係者たちがいつ、どんな形で動き出すか分からないし、人の恨みを買って自分だけが良い思いをしている鈴木は絶対に許されることは無いし、長谷川、青田も同様だ。

些細な躓きによっても奈落に転落する場にいて鈴木は全てを失ってしまうということを、鈴木はどこまで自覚しているのか。また、鈴木にしろ、青田、長谷川、平林、杉原等の当事者たちは、すでに大きな過ちを犯して鈴木の犯罪行為に加担していて、早く抜け出す機会を作らなければ本人のみならず家族や身内を巻き込む深刻な事態がやってくることを分かっているのか。法を破ってでも金を握ることに執着して社会性に無頓着になってしまった自身を顧みることもない、という状況に身を置いているのだと気づくべきではないのか。隠匿資金が巨額であればあるほど、鈴木は執着を膨らませるのかもしれないが、国庫に没収されてコロナ禍であえいでいる日本国民のための基金や財団の原資に使う日が一日も早く訪れることを多くの日本国民が賛同することは間違いない。それは、本誌に寄せられている数多くの読者からの投稿を見れば一目瞭然である。この事件は、過去に起きた府中3億円事件や豊田商事事件、オウム真理教事件等に比べても単独事件としては遥かに大規模で死者も10人出している最悪の事件として歴史に記録され、この事件は永遠に消えることは無い。(つづく)

株取引の真相と西義輝の死

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西義輝は平成22年2月初旬に自殺したが、その原因は鈴木が裏切って株取引の利益分配の約束を反故にしたことにあった。
しかし、元はと言えば株取引の最初の銘柄となった宝林株800万株を買い取る資金3億円、さらに株価の買い支え資金をA氏から出してもらうためにA氏と西、鈴木の3者で合意書を交わしながら、直後から鈴木と2人で利益を折半する密約を交わしてA氏を裏切ったことが、大きな躓きになった。

西は宝石商の紹介で35年ほど前にA氏に会ったが、関係者によればA氏は「西の笑顔が他の人には見られないほどいい印象だった」と西との初対面での印象を語っているという。西が初対面の翌日からA氏に見せたアプローチは相当なものだった。毎日夕刻になると、A氏に電話を入れ「お食事でもいかがでしょうか」とA氏の都合を尋ね、A氏に用事があれば「(A氏の会社が入る新宿センタービルの)地下の駐車場でお待ちします」と言う。A氏が「それは申し訳ないから、日を改めましょう」と言っても、西は平然と「いえ、私は大丈夫ですから、お待ちしています」と言うと、A氏の返事を待たずに電話を切ってしまう。そして、A氏が用事を済ませて会社に戻り、気になって駐車場に行ってみると、西が車の中で待っていた。西は時間を厭わず何時間でも待っていたのだ。そういう場面が何度も続く中で西はA氏との親交を深め、いつの頃からか、A氏は西の依頼に応えて株の投資資金(20億円以上)を出したり、西の経営する会社へ事業資金を支援をするようになった。バブル景気が崩壊した後の平成5,6年頃には西がスタートさせたオークション事業で、A氏は東京オークションハウスの筆頭株主にもなり、新宿センタービルの43階にある会社の一角をオークション会場に提供してあげるほど親密な関係が続いていた。西のオークション事業はA氏の潤沢な資金支援を受けて盛況を極め、一時は上場する話が証券会社から持ち込まれることもあった。

西の幼少期の話になるが、西は中学時代からアメリカで過ごした経験から、アメリカ国内に多くの人脈があり、その関係でブッシュ大統領とも面識があったようだが、伊藤忠アメリカの社長から伊藤忠商事社長に就いた室伏稔氏(故人)とも西は面識があったようで、ある時、A氏に室伏氏に紹介して、その後、A氏をアメリカに招待して室伏氏がA氏をもてなすということがあった。西が室伏氏をA氏に紹介したのには西成の目的があって、それは、室伏氏が伊藤忠商事の社長に就任するための支援だった。A氏は西に棚まれた約束を果たして資金支援を惜しまなかった。室伏氏は社長就任パーティにA氏と西を招待しただけではなく、パーティ終了後にA氏と西をヒルトンホテルでの夕食に招待した。室伏氏のA氏に対する感謝の一端であったが、A氏は室伏氏には一切見返りを求めなかった。それに引き換え西は要領よく室伏氏との面識を利用して不動産取引をいくつも持ち込んでいたようである。

そうしたA氏と西の関係が続く中で、西が鈴木をA氏に紹介する場面となったが、西はA氏から多額の資金支援を受けていても、A氏が督促をしないことをいいことにして、真面目に返済を重ねるという対応をしなかった。というよりも西にはA氏の金を使って事業や遊興に充てても、儲かったら返せばよいというような横着さがあった。しかも、「A氏に自分が頼んだら、何でも聞いてくれる」という甘えが生じ、大きな勘違いがあった。その甘えと勘違いが鈴木を紹介して以降、鈴木の本性を見抜けないままにA氏に金銭的に深刻な負担をかけさせることにつながった。

西がA氏の会社を訪ねる時には、決まって運転手を兼ねた秘書のような仕事を手伝っていた関係者を伴って来たが、ある時、西がその関係者に言ったことがある。「俺は世界一の仕事師になる」と。それを聞いた関係者が「A社長のことはどうするんですか?」と西に尋ねると、西は真顔になって「社長は俺が何をお願いしても聞いてくれる。しかも何の見返りも求めずにだ。これだけ良くしてもらって、裏切ることなんてできる訳がない。だから社長だけは例外だよ」と言っていたという。その言葉が果たして真実であったかどうか、今となっては不明だが、実際に西はA氏に金銭的な面で迷惑をかけるだけかけて、とうとう後始末をしないまま自殺してしまった。中でも最悪のものが、合意書を交わしながら利益を独り占めした鈴木であった。株取引の買い支え資金をA氏に依頼するという話は鈴木と西相談して決めたことだから、西には重大な責任があった。しかし西は、鈴木が合意書に基づいた株取引の資金支援を一人熱弁を振るってA氏に懇願して、A氏が承諾し、実際にも資金支援を行った事実をどれだけ真剣に受け止めていたのか。その後に西と鈴木の裏切りの実態が次第に明確になって行っても、西が自らの言葉で全容をA氏に語らなかったことを考えると、西はA氏に甘えていただけでなくあまりにも軽率だった。ちなみに、西は自分の周囲の人間がA社長と電話で話したり会うことを敢て禁止にしていたので、このような話がA氏の耳に入るようになったのは最近のことだった。

株取引の最初の銘柄だった宝林株で予想外の利益が出ると、西は鈴木の口車に乗せられ、簡単にA氏を裏切った。合意書に基づいた個別銘柄ごとの収支、利益分配等をA氏には報告することもなく、鈴木の指示があったにしろ2人は合意書の約束を無視して一方的に買い支え資金を名目にA氏から資金を引き出していたが、実際にはA氏からの資金の全てが買い支え資金に投じられたわけではなかった。平成18年10月16日の和解協議の後、鈴木はA氏に買い支え損失について尋ねたので、A氏が西と紀井氏に確認すると58億数千万円(鈴木からの依頼分の損失)という数字が返ってきた。A氏が西の要請で出した株価の買い支え資金は総額207億円に達していたから、差し引き約140億円は西の個人的な消費で消えていたことになる。西は鈴木とは別に株投資(デリバティブ取引ほか)をやり、陽一郎もそれに参加していたことを周囲に漏らしていた。関係者によると、西が個人的に消費した金は大半が女がらみで、妻の生家の近くに豪華な別荘をしつらえる建築資金や妻の出身地秋田県にちなんだ角館を店名にした店を銀座に出す資金、赤坂のクラブ歌手(愛人)にはソウルに8000万円の家を購入、銀座のホステスにはベンツのSLの新車を購入、あるいは向島の芸者遊びにふけるなどのほか、息子陽一郎とカジノでギャンブルにはまるなど好き放題に金を使っていたようだが、全てA氏には内緒でやっていたことだった。また、西がA氏に6億円の株購入資金の申し出をしたことがあったが、実際には赤坂の愛人に赤坂で一番の店をやらせる金であったことがA氏にバレてしまい、西も諦めたようだった。このように西が相当にいい加減な使い方をしていた事実が後日判明している。

西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された直後の平成14年6月20日、西と西の妻はA氏に債務の確認書を作成した。西の債務額は116億円だったが、西は特捜部に逮捕される直前に鈴木との間で英文の契約書を作成して株取引の利益分配を鈴木に約束させていたので、A氏に対してこれだけ巨額の債務承認書を作成しても目算が立つと踏んでいたのかもしれない。しかし、鈴木との約束は実現するどころか、分配金を受け取りに行ったはずの香港で殺されかける問う事件に巻き込まれた。さらに鈴木が和解協議で約束したA氏と西にそれぞれ25億円を支払い、A氏には別途20億円を支払うという和解書の履行を反故にして所在をくらませ、その後の交渉で代理人に就いた青田光市と平林英昭弁護士と向き合う中で、西は合意書を交わして以来の鈴木の行状を明らかにするレポートを作成して交渉に臨んでいた。しかし、その交渉もA氏側の代理人に就いた利岡正章が暴漢2名に襲撃されるなど不測の事態が起きて難航する中で、西は鈴木との密約で受け取る手はずとなっていた株取引の利益分配金(137億円)を債務返済のためにA氏に債権譲渡する書面を作成した。平成21年11月2日付で作成された際の債務の総額は323億円(116億円に株の買い支え資金207億円を加算)になり、利益分配金をA氏に譲渡する債権譲渡契約書も作成された。しかし、そうした場面を経過しても、西はA氏には株取引を巡る真相の一端しか語っていなかったのである。西の妻も本音の部分では強かで、西の債務の保証人になっているのに未だに秋田の別荘の名義変更をしていない。西の妻は「生活保護を受けている」と言っていたが、先に触れた秋田に別荘を所有している身分で生活保護を受けられないと思う。西の自殺後に息子の陽一郎はいろいろなことをA氏に頼んだりした。その中には、西が負っていた債務の処理ができずにA氏に泣きつき、A氏が強力な債権者との間で交渉し10億円以上を解決させた事案もあったが、それにもかかわらず、陽一郎はA氏にはお礼の言葉さえ言っていない。西は愛人の中田早苗と組んでA氏に新たな投資話を持ち込んで、A氏から資金を仰ぐという話もあってA氏は応諾して資金を出したが、その投資話も実態のない詐欺まがいのものだった。西と一緒に行動していた陽一郎は西が負ったA氏に対する債務が総額323億円とあまりにも巨額であることはあるにしても、A氏には知らぬ振りを決め込んでいた。西の妻は陽一郎を信用しているようだが、多くの関係者への取材によると肝心の陽一郎の対応には誠実さがまったく見られなかったのである。

西が自殺したことが判明した直後、陽一郎は、A氏に届いた西の遺書をA氏が見る前に見せてほしいと言うので、A氏は一旦は断った。しかし「コピーを取って見せてほしい」と言うのでその場でコピーを渡したが、陽一郎と西の妻にも西から遺書が届いたと言うので、コピーをくれるようにA氏が言うと、陽一郎は返事だけで一切見せようとはしなかった。これは関係者全員の意見だが、陽一郎は真面目に見えるがウソが多く、人間として父親よりも性格が悪いという。西の妻が知っていてA氏に話していないことが多すぎると最近は感じているようだ。「角館」という店を銀座に出していた件もその一つだし、妻自身が誤解している部分が陽一郎のせいであるようだが、秋田の別荘物件書類に関しても未だに約束が果たされていない理由を明らかにしていない。
陽一郎の母親(西の前妻)については、西の側近たちは全員が西のことで苦情ばかりぶつけられ、「あんな人は見たことが無い」と言っていたが、悪いことは全て西に原因があったようで、20年以上も前に自殺している。陽一郎の教育にも問題があったのか本当に自分勝手な人間だということで関係者は相手にしていない。それでも西自身には良い所があったが、陽一郎にはそれが全く感じられないというのが多くの関係者たちの共通した意見である。
陽一郎は今は内河姓を名乗っているが、東京オークションハウス時代の西に憧れた節があるようで関係者の前でもその当時を自慢していたが、今後、西が負ってきた債務の処理を含め、一半の責任をどのように自覚しているのか、これからが陽一郎にとっての正念場である。

平成14年2月に志村化工株の相場操縦容疑で東京地検に逮捕されるタイミングで、西は鈴木から利益の1/3の分配を受ける言質を鈴木から取って一人で罪を被ったが、結局は鈴木から切り捨てられる憂き目に遭うことになったことになった。西はデリバティブ取引のほかにもギャンブルに走り、息子の陽一郎と共にカジノに入り浸っていたこともあったようだが、逆にA氏に株取引の真相を話すタイミングをどんどん失っていき、平成18年10月16日の和解協議でも真相の一部しか明らかにできず、鈴木を徹底的に追及する機会を失った。
とはいえ、鈴木のA氏と西に対する裏切りと悪辣さは西の比ではなく、鈴木が和解書で認めた支払い約束を実行する潔さがあれば、西には自殺をする以外に選択肢が残されていたかもしれない。 (つづく)

 

最高裁長官に届くか「鈴木義彦の犯罪疑惑を闇に葬ってはいけない」の大合唱

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「はっきり言って、こんなでたらめな判決は有り得ない。刑事事件で言えば明らかな冤罪であって、裁判官もそれを承知していながら判決文を書いた疑いさえ強く持たれるほど事実認定の誤りを繰り返している」
鈴木に対する貸金返還請求訴訟を起こしたA氏の関係者が言うように、A氏側で提出した証拠の大半が退けられたことによって、鈴木が繰り返してきた外為法違反、金商法違反、税法違反ほか多くの犯罪までもが事実上隠ぺいされかけている。
このほど、A氏の多くの関係者が一丸となって最高裁長官を始め一審と二審を担当した品田幸男、野山宏の各裁判官に対して送った書面は、まさにその憤りを品田、野山の両裁判官に知らしめ、その判決を是正させる一環として弾劾裁判の設置と再審の扉を開くために鈴木並びに代理人弁護士3人に対する追及を一層強めることを宣言するものだった。
一審と控訴審の判決に対する関係者による抗議は、まさに品田、野山の両裁判長に対する反省だけでは済まされない責任の重さを痛感するべきで、選択によっては辞職することも当然であることを示唆している。同じく最高裁長官に対しても両裁判長の認定がどれほど事実と真実を歪曲しているかをしっかりと見極めなければ、日本の法曹界全体に深刻な悪影響を及ぼす懸念があることを強調したものとなっている。
最高裁長官宛の書面には次のような記述がある。
「特に三審制を取っている日本の裁判制度において、実際には控訴審、上告審での審理はほとんど行われず、手続き上の不備や新しい事実の提示が無ければ具体的な審理が行われないということになっている。三審制とは名ばかりというのが実態になっている。今回の事件のように、東京地裁における事実認定の誤りを正そうとしても、高裁が『審理は一審で尽くされている』」と判断すれば一審判決が覆ることはほとんど無い。『新しい事実』の摘示という要件は裁判所が裁判所の権威を保つために独自に作ったハードルで、裁判官の判断の誤謬を正すという作業を阻害している」
周知のとおり、控訴審での判決は、審理を短期間に圧縮して具体的な検証を行わず、単に一審の判決を丸呑みで支持していることから、明らかに誤判である。しかも判決文に記載された内容は、一審の判決文の誤字脱字、あるいは一審判決に不足しているとの名目で加筆されたものが大半を占めており、控訴審判決は一審判決をいわば「清書」したに過ぎず、一審における判決を左右するべき重要な事実認定について、控訴審として独自に検証を行った形跡はほとんど見られなかった。

過去に裁判官を経験した瀬木比呂志氏が数多く上梓した著書の中で次のような事実を明らかにしている。
「日本の裁判所には、戦前と何ら変わりのない上命下服、上意下達のピラミッド型ヒエラルキーが存在していて、何らかの意味で上層部の気に入らない判決あるいは論文を書いたからという理由で突然左遷される」
裁判官は準備書面を熟読して事実関係を整理し、理由と結論を書くのが当然の職責であるのにもかかわらず、瀬木氏によれば「きちんとした判決を書けない裁判官が、準備書面をコピー&ペーストして判決文にしてしまうのが横行している」という。これに当てはまるのではないかと思われるのが、本誌で問題にしてきた品田、野山の両裁判長による判決で、鈴木が株取引で得た利益を独り占めした事実関係について「合意書」の有効性や実行性に始まり、西のレポートや紀井氏の証言と陳述等についてもことごとく排除し、その根拠として鈴木側の主張を丸呑みすることを選択した。平林、長谷川の両弁護士が紀井氏のことを「ただの電話番に過ぎない」とした主張が、品田裁判長の判決でも同じ位置づけで認定されているのが典型の一つだろう。紀井氏は鈴木から取得株の売りの金額まで全て任され、利益を出したのは全て紀井氏の実績である。その紀井氏が電話番であれば、全ての売値を任せることは有り得ないことくらい判断できないはずがない。

(紀井義弘が株取引の利益明細を記した「確認書」。A氏が出した買い支え資金で高値売りに成功し利益を確保しながら、鈴木が密かに海外に流出させ隠匿した)

鈴木義彦という人間は、株取引の最初の銘柄であった宝林株で約160億円という巨額の利益を得たことに目がくらんでか、西を利益分配で取り込み、A氏を裏切らせた揚げ句に自身もA氏と西に対して徹底的に嘘を重ねてきた。自分自身の強欲を満たすことが最大の目的であり、事実、鈴木が国外に隠匿している資金(資産)が今や1000億円以上に及んでいることは本誌が繰り返し報道してきた。しかも鈴木は目的を達成するために外為法や金商法、税法など多くの法を犯す行為を繰り返してきたばかりか、周囲の側近や関係者たちを犠牲にして自殺に追い込んだり、あるいは不審な死を遂げたり行方不明になっている人間が10人前後も存在しているのだ。一審で判決を主導した品田裁判長は、審理から判決に至る期間が3年間もあったのに、鈴木という人間の本質に目線を凝らすことを一切せず、また鈴木の本質を見抜こうとする気持ちすらなかったのは明らかである。鈴木の行為が単なる悪事では収まらないほど悪質さの度が過ぎているにもかかわらず、鈴木義彦という人間を容認した品田、野山の両裁判長の責任は極めて重いと言わざるを得ない。

品田裁判長による誤った事実認定は数えきれないほどあるが、例えば「合意書」の銘柄欄が空白であったり、「合意書」に署名指印したA氏と鈴木、西の3名の役割が明確ではない、とあるが合意書作成の時点で宝林株だけが買い付けを終了していたので、株取引の最初の銘柄が宝林株であることは分かり切ったことであった。売買が頻繁になることが予想され、そのたびに書き換えるのは不可能に近く、また3人の分担はそれぞれ決まっていた。それに「今後の全ての株取引」と明記されていた。何故、品田裁判官のような判断になるのか。「合意書」に3人が直筆で署名指印している事実は重く、A氏に株の買い支え資金を出して欲しいと一人熱弁を振るったのは鈴木自身であるなど、「合意書」を作成するまでの経緯が有効性を十分に裏付けている。

(合意書 宝林株800万㈱取得を契機に西と鈴木が仕手戦を企図し、A氏に株価維持の資金支援を要請。鈴木が熱弁を振るってA氏を説得した)

品田裁判長宛の書面では「会社経営者とはいえ、法律知識に乏しい者が作成した書面に法律家が作成するような書面を求めること自体が非現実的と言わざるを得ない。本件『合意書』の記載に不足があるとしても、書面を作成している事実から当事者間の合理的意思解釈を行い、合意内容が何であったかを追求・検討すべきである。記載内容に不足があることから『当該合意がなかった』と判断することには合理性は認められない」としている。逆に合意がないにもかかわらず合意書を作成することなど通常は有り得ない。
しかも平成18年10月16日の和解協議の場で「合意書」に基づいた株取引の詳細について話し合われた中で、鈴木自身が宝林株の取得資金をA氏が出したことや宝林株取引が「合意書」に基づいて実行されたことだけでなく、平成14年6月27日にA氏への返済金の一部10億円を西に渡したという話が嘘で、実際には「合意書」破棄で西に渡した礼金(紀井氏より西の運転手の花館聰氏を経由して複数回で渡した)であったことを認め、宝林株取引で上がった利益が60億円(鈴木は当初から利益は50億円と言って誤魔化した)であったとして、A氏に25億円を、西に25億円を支払うと約したことを品田裁判長は無視して排除した。これらの事実からも「合意書」を無効にするために、疑義が生まれる鈴木の発言をしっかりと検証しなかったとしか考えようが無いのである。

鈴木による虚偽の証言や陳述の中でも、宝林株800万株の取得経緯の言動が鈴木の本質である強欲を端的に示している。
「合意書」に基づいた株取引が宝林株で開始されたのはA氏、鈴木、西の3人の間では周知のこと、というより鈴木と西が取り扱う銘柄はその時は宝林株しかなかった。宝林株800万株の売却話を証券会社の平池課長が西に持ち込み、西が買取の交渉を進めて、平成11年5月31日に契約が成立したが、宝林株の現株の受け皿(ペーパーカンパニー3社)を用意したのは鈴木であり、現株の受け取りもペーパーカンパニーを用意するために鈴木の依頼で動いたフュージョン社の町田修一と川端某であった。さらに翌6月1日付で金融庁に提出した大量保有報告書にも資金の出所で、鈴木は紀井義弘氏の名前を本人には無断で勝手に使い、実際に資金を出したA氏の名前を消してしまうという工作を受け皿となる3社の常任代理人に指名した杉原正芳弁護士に指示した。こうした宝林株取得の経緯について、鈴木は「合意書」締結の場で理由を含め宝林株以後多数の銘柄で実行する株取引に紀井氏を起用するという事実をA氏に報告しなければならなかったが、鈴木は故意に触れなかったのである。
西と鈴木は、親和銀行事件で被告の身となっている鈴木が宝林株売買に関わっていることが相手に知れると交渉が破談になることを恐れ、西が前面に出て交渉をやり遂げた。しかし、宝林株の受け渡しでフュージョン社の町田を立ち合わせて現株を手中に収め、受け皿となる外資系投資会社3社についても、西ではなく鈴木が全て主導する形を取り、さらに取得した宝林株の売りを鈴木が自らスカウトした紀井氏に任せるとなると、少なくとも上がった利益の金額と処理は鈴木が西やA氏には報告もしないで独り占めにすることが容易となる。そして、鈴木はその通りに実行することで利益を独り占めし続け、A氏は株取引の買い支え資金を出し続けたにもかかわらず、鈴木と西により株取引の経過を知らされないままカヤの外に置かれたのである。ちなみに合意書を作成した直後、鈴木はA氏に「西は口が軽いので、3人で合意書を交わしたことは絶対に秘密にするよう、社長からも強く言って下さい」と何回も頼んでおり、A氏はその約束を守り西には「合意書のことは絶対に他言するな」と言っていたという。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

また、和解協議の場で和解書に鈴木が署名指印したことを、品田裁判長は「心裡留保に当たる」とする鈴木側の主張をそのまま採用したが、その事実認定は明らかに誤りである。和解協議の模様を録音したテープ、和解後に鈴木が自らA氏に電話をして和解書に鈴木が自らの意思で記した支払約束を追認した事実、和解協議から1週間後の平成18年10月23日に鈴木が自らの意思でA氏に電話をしてA氏の会社を訪ね、和解協議でのやり取りを再確認した事実、さらにはその後に鈴木がA氏に送った2通の手紙に書かれた内容等いくつもの事実が裏付けとなっているのに、品田裁判長は判決文には一切反映させなかった。品田裁判長宛の書面には次のような記述がある。
「そもそも当事者間で協議し作成した書面を『心裡留保』として無効とし、さらに従前当該書面記載の義務を否定する主張をしていたことを以て相手方も当該意思表示が心裡留保であると知っていたと判断されるのであれば、協議の中で一方当事者を説得し、支払について確認する書面の全てが『心裡留保』となりかねない。このような法的安定性を欠く判断を安易に、十分な論証もなく行うことは裁判所の存在意義を失わせかねない行為である。一審裁判官が被告を勝たせるために考えた苦肉の策なのかもしれないが、『心裡留保』を持ち出し、事実を歪めなければ至れない結論にどれほどの正当性・合理性があるものなのか、甚だ疑問である」

平成14年6月27日付借用書。A氏は西の要請により40億円超の鈴木への債権を25億円にしたが、鈴木が「西に返済金10億を渡した」と発言したため、額面を15億円とした。確定日付がある)

裁判での平林、長谷川の両弁護士が取った方針は、鈴木の虚偽証言を正当化するための補強と同時にA氏を必要以上に誹謗中傷することで裁判官たちの心証を有利に運ぼうとしたことにある。
鈴木の裁判での虚偽証言は、平成18年10月16日の協議でいったんは認めた事実さえ覆してA氏側の請求を全て否定するものだったが、平林、長谷川の両弁護士の虚偽の主張(陳述)はそれに輪をかけてひどいものだった。
A氏による鈴木への貸付について、A氏を「プロの金融屋」と言及してA氏による鈴木への貸付方法や返済への便宜について「有り得ないこと」という言葉を連発する一方で、A氏が反社会的勢力と密接な関係にあるだけでなくその暴力団関係者を金主元として金融業を営んでいるという、根拠もなく事実に基づかない虚偽の主張を並べ立てた。
長谷川と鈴木の質疑応答をまとめた「質問と回答書」では、さらに踏み込んで、A氏が親密にしているという暴力団とそのトップを名指しまでした。しかし、もし反社会的勢力の資金を使っているとすれば、鈴木からは1円の返済もないのに追加で貸し付けることは有り得ないが、A氏は依頼のある度に融資をしており、そのたびに預かった手形が合計で13枚になり借用書が2枚あるほか、価値のない宝飾品を1億2550万円で、ピンクダイヤと絵画を3億円でいずれも言い値で買って上げてもいる。これらの金銭は鈴木が当時は10日で1割以上の金利でも借入ができない状況にあったことを受けてA氏が対応したものだった。前述の借用書の一つは平成9年10月15日に貸し付けた3億円であったが、鈴木は年36%の金利と年40%の遅延損害金を借入の条件として借用書に書き込み持参した。その条件を了解したA氏はその後、金利を年15%に引き下げた。こうしたA氏の対応については西が自殺する直前にA氏や鈴木ほかに送った遺書を見ても十分に分かることだ。また実際には面談の事実が無いのに「平成14年3月頃に(A氏に)呼び出され、完済したはずの債務の二重払いを迫られた」と言っているが、これが本当であればA氏には鈴木に聞かなければいけないことが沢山あったはずなのにそれらの記述が一つとしてないのが不自然であり、またA氏は鈴木の電話番号さえ知らず、もし知っていても西を飛び越えて電話をするようなことはしない(西は志村化工事件で逮捕され拘留中だった)。鈴木は平気で西を飛び越え自分の都合で西には秘密にして欲しいと言ったことが何回もある。また、債務の二重払いについても鈴木は「平成11年9月30日に完済した」と言っていたため二重払いというしかなかったと思われる。ただし、15億円は債務額の約半分で完済とならない。その後に鈴木が直筆で書いた15億円の借用書に偽の理由付けをしようと謀った。関係者によれば、A氏は過去40年以上にわたって、日々の予定や行動の記録を保存してきたという。鈴木が証言している「3月頃」などという曖昧な日時の設定は、その記録とすり合わせれば一目瞭然で嘘だということが判明する。さらに、鈴木は西が自殺して真実を語れないことを悪用して、A氏と反社会的勢力の密接関係を「西から聞いた」と言い、「原告(A氏)に逆らえば、どんな危害を加えられるか分からず恐怖を感じた」とまで前記「質問と回答書」に書き記したのである。

(写真:平成14年6月27日に西が作成した借用書。鈴木が「社長への返済金の一部10億円を西さんに渡した」と言い、西も認めたことから借用書の作成となったが、鈴木が言う10億円は合意書破棄の礼金として紀井氏から西の運転手の花館聰氏を経由して支払われたものだった事実が後に判明した)

品田裁判長が主導した判決は、以上のA氏側が主張する主な事実関係を、何ら正当な理由を付すことなく全てと言っても良いほど排斥してA氏の請求を退けてしまった。重要な事実認定をするに当たって、仮に的確にそれを立証する物的証拠が不足していたとしても、A氏の請求が正当であることを裏付ける多くの事実があり、それを証拠として提出したにもかかわらず、一審の品田裁判長はその検証すらも怠り、漫然と鈴木の主張を採用してしまった。そこには合理的な判断過程もなければ説得力のある論証もない。このように判決が余りに偏向しているために、品田裁判長の裁判官としての適性を疑うだけでなく、鈴木側から品田裁判長に対する何らかの裏工作があったとしか考えようが無い疑いさえ多くの関係者が持っているのだ。

A氏の多くの関係者が品田裁判長に対する弾劾裁判所の設置を実現するべく、政府及び与党自民党有力議員に対し陳情を行っているところという。
実際に、書面を受け取った最高裁の長官ほか当事者たる品田、野山の両裁判長は誤った判決の処理について、どこまでも真剣に見直しに取り組まなければならない。とはいえ、制度上では確定している判決を破棄するということはできないから、再審の場で改めて審理を行い「合意書」と「和解書」の無効という認定を一旦は取り消すしかないのだ。だが、再審が行われれば、「合意書」の有効性が判明して鈴木がA氏に返済金として渡したと主張している15億円と10億円が株取引の利益の分配であり、品田裁判長がそれらを返済金と認定したのが誤りであることもすぐに判明する。また鈴木が国外に隠匿している1000億円以上の資金(資産)についても、それが違法行為の繰り返しの中で蓄積されたもので、鈴木が証人尋問で証言したような外資系投資会社とのコンサル契約による報酬などでは100%有り得ないことも証明される。鈴木の裁判での虚偽証言は、鈴木が巨額資金を隠匿するために10人前後にも上る自殺者、不審死者、行方不明者等の犠牲者を出したそれぞれの事件についても全容が解明されるきっかけとなるに違いない。(つづく)

抗議も反論も一切なく沈黙する鈴木義彦に犯罪疑惑をさらに糾す

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「A氏が鈴木に貸し付けた総額約28億円(元金)だけでなく、合意書に始まる株取引とその利益の全てについて、さらに和解協議とその後の対応についても鈴木と長谷川、平林の2人の弁護士が裁判で多くの嘘をついたことは、すでに個々の出来事を詳しく精査することで明らかになった。そして長谷川と平林の両代理人が鈴木の嘘を補強するためにさらに虚偽の構築をした事実も判明したことで、東京地裁の一審判決がいかに誤っているかが明確に浮き彫りになったことは大きい」
とA氏の関係者たち全員が言うように、鈴木への貸金については、西が鈴木の代理をすることで逃げ口上(言い逃れ)ができるような場を作り、株取引でも西を矢面に立ててA氏に嘘の言い訳をさせていただけでなく、裏で西をたぶらかしてA氏を裏切らせた上に肝心の合意書を破棄させることに必死となり、そのために紀井氏から西の運転手の花館聰氏を経由して西に総額10億円という巨額の礼金が渡っていたことが裏付けられている。さらに、平成18年10月現在で株取引の純利益が470億円以上にのぼり、その大半(80%以上)を鈴木が違法に海外に流出させ複数のプライベートバンクに隠匿している事実を紀井氏が明かし、確認書にまとめた事実を受けてA氏、西、鈴木の三者による協議で、鈴木が宝林株のみではあったが、同株の取得資金3億円をA氏が出したことと同株の市場での取引が合意書に基づいて行われ、利益が出たことを鈴木が認めざるを得ず和解書を作成してA氏と西にそれぞれ25億円の支払を約束し、これとは別にA氏に20億円を支払う約束をしたことも間違いのない事実として裏付けられている。

(合意書 宝林株800万㈱取得を契機に西と鈴木が仕手戦を企図し、A氏に株価維持の資金支援を要請。鈴木が熱弁を振るってA氏を説得した)

これらの事実は、裁判でも証拠として提出され検証されたはずであったが、しかし品田裁判長ほか2人の裁判官は鈴木に対する債権債務(金利分が入っていないどころか元金にも満たない金額で計算)の問題のみに拘り、株取引に係る証拠を排除してしまった。それ故に平成11年7月30日に西が「株取引の利益」と言ってA氏の会社に持参した15億円と平成14年12月24日に鈴木が紀井氏を伴ってA氏の会社に持参した10億円を鈴木によるA氏への返済金に充当するという大きな誤りを犯してしまった。特に10億円については、その半年前の同年6月27日にA氏と西、鈴木が鈴木の債務を確認する手続きが行われ、本来であれば40億円以上(年利15%で計算。鈴木の借用書に基づいた遅延損害金年40%で計算すれば70億円以上)の債務を、「これからの株取引の利益が大きくなるので減額してください」と言う西の懇願を受け入れたA氏が鈴木の債務を25億円にしたところ、鈴木が「社長への返済金の一部10億円を西さんに渡している」と言い出し西もそれを認めたことから、さらに減額して15億円にするという経緯があった。そのうえで西と鈴木がその場で直筆の借用書を書いた後に、鈴木が「年末までに返済するので10億円にしてください」という要請をしてA氏が了承したことで12月24日の持参となった。そのため、この10億円をA氏も一旦は返済金として扱ったが、実際には鈴木と西が株取引の利益を偽ってA氏には隠し隠匿していたことに加え、A氏への返済金の一部として西に渡したという10億円が、実は合意書破棄の礼金として西に支払われていた事実が判明したことにより、返済金ではなく株取引の利益分配の一部という扱いに変えたものだった。品田裁判長以下3人の裁判官はこうした経緯について、前述したように何故か株取引に関わる判断(検証)を排除すると決めていたようで、検証を怠ったために判決には一切反映されなかった。A氏に渡った15億円(実際にはその中からA氏は西と鈴木にそれぞれ5000万円を心遣いで渡しているので14億円)と10億円という金銭の授受にのみに目が奪われ、合意書を交わして以降鈴木と西がどれほど株取引の実態を隠し続け、A氏を騙し続けてきたかに疑念すら持とうともしなかった。鈴木に対する債権債務と合意書に基づいた株取引および利益の分配が密接につながっているということを裁判官たちが検証放棄した事実が、これまでに触れた鈴木の嘘および長谷川と平林の両弁護士による虚偽の構築を精査することで明確になったのである。

(写真:(写真:平成14年6月27日に鈴木が直筆で書いた借用書。確定日付がある。直前に西が「これからの株取引で利益が大きくなるので」と言って鈴木の債務を減額を懇願し、A氏が了解したことで40億円超の債務(年利15%で計算)を25億円にしたが、鈴木が「社長への返済金の一部10億円を西さんに渡した」と言い出し西も認めたため、額面が15億円になった。しかし、株取引の利益を鈴木が独り占めしたため、減額の前提は崩れた))

しかも、品田裁判官が裁判長として下した判決文が全編にわたって誤っていることを、控訴審の野山宏裁判長以下2人の裁判官はまともに検証もせず、ただ判決文の誤字脱字の誤りを正したのみで、それ故、前述したような一審の裁判官たちが合意書に基づいた株取引と利益についてまともに検証していないことを控訴審が無視して丸ごと支持したが事実が明らかになったと同時に、誤字脱字の指摘や過不足の加筆によって一審の裁判官たちが判決文そのものを繰り返し読み直して、誤字脱字はもちろん判断に遺漏が無いかの検証さえ怠っていることも浮かび上がらせた。これほどの誤判がこれまでの裁判で明確に指摘されたことが果たしてあったのか、それは分からないが、少なくも判決が明らかに間違っているという事実が判明している限り、裁判所として是正する義務があるはずだ。A氏やA氏の関係者はもちろん、本誌もまた再審をするべきだと繰り返し報じてきている所以がそこにある。

本誌は、これまで鈴木義彦に対して抗議や反論があれば、いつでも直接申入れてほしいということを繰り返し報道してきた。ところが、本誌がスタートした令和元年11月1日以降、今日に至るも鈴木は一度として抗議も反論もしていない。それでいて、サーバー管理者と呼ばれる、本誌サイトのインターネット上での公開を取り次いでいる通信業者を相手にして何回となく記事削除を申立ててきた。記事削除申立の趣旨は「名誉権の侵害」で、A氏が提起した貸金返還請求訴訟の判決をその根拠としている。通信業者は何も事情を知らない。本誌が鈴木義彦という個人を極端に誹謗中傷している悪質な情報サイトだという鈴木の代理人、中沢佑一弁護士の申立を裁判所が精査もしないで認めて判決を出せば、それに従うという立場に過ぎない。鈴木の委任を受けた中沢弁護にとって申立の唯一の拠り所は判決しかないが、周知のとおり判決が明らかに間違っていることを鈴木も中沢弁護士も知りながらそれを無視して申立をしたのだから、申立自体が裁判所を騙し、申立を受けた通信業者には根拠もなく記事削除をゴリ押ししているのだ。

(西義輝が10億円の受領を認めて書いた借用書。確定日付がある)

鈴木が本誌を悪質な情報サイトであるというのであれば、本誌サイトに対して直接抗議や反論をするなり、訴訟をすればいいことである。しかし、それをしないのは何故か。わざわざ回りくどいことを鈴木が選んでやり続けてきた理由は、恐らく一つしかない。鈴木自身が本誌と直接向き合うことで自らの姿を公の場に見せなければならなくなるリスクを避けるためだ。そして、前述した訴訟判決が覆ってしまうというリスクによって、鈴木の犯罪疑惑を改めて表面化させるのは間違い無い。取材チームが鈴木に取材依頼をかけても、鈴木は一切応じず無視を続けているが、6年ほど前に西の自殺の現場について現在の1/100にも満たない記事の削除に鈴木は陳述書まで用意して必死になった人間が一切言えないのは、多くの証拠を出され、何も反論できなくなった以外に理由はない。それが関係者や取材関係者、そして読者の100%近い実感であり意見である。

周知のとおり、本誌が掲載してきた記事は、鈴木にかけられている犯罪疑惑、外為法や金商法ほか税法等にも違反して国外に流出させ隠匿している1000億円以上の資金の実態、さらには鈴木個人の人となりにも踏み込んで詳細を極めていると認識している。そして、その詳細な記事の内容を裏付ける証拠(当事者間の書証類)を添付しているので、もちろん記事内容に問題があろうはずはないと考える。それ故、鈴木は抗議も反論もできないのだ。抗議や反論をすれば、鈴木が身勝手に作り上げた虚偽の主張が虚偽だとすぐに判明するだけでなく、長谷川と平林が悪知恵を絞って鈴木の嘘を補強するためにさらに嘘を重ねた事実も判明してしまう。そうなれば、鈴木が今、公に対して拠り所にしている「判決」そのものに多大な影響が出ることも危惧せざるを得なくなる。

読者の方々も気づかれていようが、鈴木が記事の削除を申立てるに当たっては公開している記事の全てに対して削除の申立をしているわけではない。最初に申し立てた時には、読者投稿を除く40本を超える記事の中で24本の記事を選んでいたが、それぞれの記事をよく見ると、鈴木自身に係ることはもちろん長谷川幸雄元弁護士や品田裁判長に関する記事が多く対象になっているのが特徴に見えた(対象記事の中には証拠画像も多く掲載している)。その次には青田光市が自身の悪事を明らかにされた記事の削除を申立てたが、最初の申立の際には鈴木が単独で申し立てをしたために、青田が後から慌てて同調したことが窺えるが、既に「記事削除申立に対する本誌の見解」で詳報している通り、公開している記事の全てを対象にするのならともかく、それもできないという極めて中途半端なことになっている。
この申立に対して、本誌は通信業者に対して申立人が誰であるか、そして申立の訴状を開示するよう何度も要求したが、通信業者が素直に応じることは無く、止むを得ず本誌としての申立に対する反論と公開した証拠画像の全てを通信業者に預け、裁判に反映させるよう要請したが、それがどれほど検証されたのかは全く知らされないまま「記事削除命令の判決が出たから、当該記事を削除して欲しい」という連絡が入り、それに従わなければサイトそのものを閲覧できなくさせる、という恫喝そのものだった。当事者であるはずの本誌が外されたところで、裁判所が勝手に記事削除の命令を出すなど言語道断であるにもかかわらず、通信業者は「法律上の建前があるので、それに則るしかありません」というのみだった。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

鈴木には、こういう姑息で卑劣な方法しか取れないことが分かって戴けると思う。鈴木の委任を受けた中沢佑一という弁護士はIT業界でのトラブルを専門にしていると謳っており、鈴木の要請に基づいて本誌との直接の接触をせずに本誌サイトに危害(ダメージ)を加える方法を考え、通信業者(サーバー管理者)を相手に申し立てをすることにしたと思われるが、中沢弁護士は鈴木の要請に違和感を持たなかったのか、大いに疑問である。中沢弁護士も申立をするために記事の隅々まで読んでいるに違いないから、鈴木が根拠にしている「判決」がいかに事実認定で多くの誤りを犯した結果のものであるか、少なくとも疑念は持ったはずである。それにもかかわらず繰り返し申立をする鈴木と青田の委任を受け続けるというのは、果たして弁護士としての倫理規定に悖る行為ではないか、という疑念を中沢弁護士が持っていないのならば、中沢弁護士が鈴木や青田の委任を受ける目的は報酬以外には考えにくい。本誌が記事削除の申立に抗えば、それだけ鈴木と青田からの委任が繰り返される。しかし、それを魅力と考えて委任を受け続けているのであれば、中沢弁護士も平林、杉原の弁護士たちと同じく鈴木の犯罪疑惑を隠蔽、助長するために加担していると見るほかない。長谷川はすでに弁護士資格を返上しているが、鈴木の犯罪疑惑が表面化すれば、鈴木の最大の共謀者として世の非難を受けるだけでなく、鈴木から受け取っている多額の報酬についても平林や杉原と同様に今後も徹底した調査が行われるに違いない。

(紀井義弘氏が株取引の利益明細を記した「確認書」。A氏が出した買い支え資金で高値売りに成功し利益を確保しながら、鈴木が密かに海外に流出させ隠匿した)

改めて言うまでもなく、A氏が提起した訴訟は、鈴木に直接貸し付けた債権約28億円(元金)の返還および、鈴木と西がA氏を巻き込んで交わした「合意書」に基づいて始めた株取引で得た利益の分配を求めたものである。
本誌がスタート以来、鈴木を継続して取り上げているのは、誹謗中傷を目的とした個人攻撃では無い。
鈴木が違法行為を繰り返して、今や国外に1000億円以上の資金を隠匿している事実を究明し、併せて鈴木が自らの強欲を満たすために数多くの関係者を犠牲にしてきたことで自殺に追い込まれた者、不審な死を遂げたり行方知れずなっている者が現に存在していることの全容を解明することにある。

鈴木は今も住民登録地には居住しておらず、家族ともども住所不定を続けながら好き勝手放題の日常をしているようだが、そんな鈴木を社会が容認するはずがないという認識をどこまでも拡充させることが使命と考える。A氏とA氏の関係者の多くが連帯して最高裁長官および裁判の当事者である品田裁判長と野山裁判長に対して鈴木の犯罪疑惑究明を疎かにした事実を深刻に受け止め、改めて検証をする義務があることを書面で送付したという。品田裁判長と野山裁判長による深刻な誤判を、最高裁の大谷直人長官が裁判所組織全体の問題であると認識すべきであるのは当然として、どのように対応するか注目されるところである。(つづく)

長男にも嫌われる長谷川元弁護士の傲岸不遜が鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した

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昨年12月の中旬から下旬にかけて、A氏の関係者が長谷川幸雄元弁護士を訪ねた。長谷川は自宅にいたが、応対はインターフォン越しで一切姿を見せようとはしなかったという。関係者が玄関先のインターフォンを押すと、中から応答する返事があったが、関係者が来意を伝えると、長谷川は「面識のない人間に会うつもりはない。帰ってくれ」とぞんざいな応対を繰り返した。そこで関係者が玄関先に回り、玄関ドアをノックし続け、「長谷川さん、鈴木の弁護について話を聞きに来たんです。出てきて、話を聞かせてください。長谷川さん、出て来るまで帰りませんよ、長谷川さん」と呼びかけた。インターフォンを切り忘れたのか、長谷川が繰り返し電話をしている様子がインターフォン越しに聞こえてくる。しかし、長谷川が玄関に出てくる気配は全くない。そのため関係者がなおもドアをノックし続けていると、背後で車が停車する音が聞こえ、見るとパトカーだった。3人の警察官が下りてきて関係者に「大声を出してドアをたたくのは止めなさい。玄関前から離れて下さい」と関係者を制止した。1人が家の中に入り、長谷川から事情を聴いている。インターフォンから聞こえたのは長谷川が慌てて警察署に電話を入れたものだった。

(写真:長谷川幸雄。元弁護士。金のために最悪の弁護活動をした。鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した責任はあまりに大きい)

関係者が残っている警察官2人に「先ほどそちらにもお訪ねして、説明をしたでしょう。私は話をしに来ただけです」と言うと、警察官の一人が関係者に身分証明の提示を求め、改めて訪問の理由を聞いてきた。
関係者がまくしたてるように、鈴木の裁判の概略や長谷川が虚偽の構築で鈴木の弁護をした事実、数か月も前に長谷川宛てに手紙を出したが返事が無かったので来訪したことなどを伝え、長谷川と話ができるよう取り計らって欲しいと言ったが、警察官は「長谷川さんにも民事には介入できないと言ったのですが、とにかく来てくれの一点張りで、110番通報があれば現場確認をしなければなりません」と言いながらも、「事情は分かりましたが、本人が会わないと言っている限り、会わせる訳にはいきません。とにかく今日は帰りなさい。そして今後も訪問は控えてください」と言う。
関係者が「長谷川は何と言っているのですか?」と警察官に尋ねると、長谷川は「私にはもう関係が無い。裁判の決着はついている。弁護士も辞めているので一切関係ないんだ。手紙が3か月ほど前に来たが、知らない差出人だったので無視した」等の話を繰り返したという。
警察官とのやり取りは20分ほどだったが、警察官は「民事には介入できないが、これ以上やると貴方が不利になりますよ。他の方法を考えたらどうですか」と言われ、説得を受けるよりなかったという。

関係者による長谷川への訪問で、長谷川が「私にはもう関係が無い」と繰り返し言っていることが、何より長谷川の心情を映し出しているのかもしれない。とにかく鈴木のこと、裁判のことは忘れてしまいたいという。長谷川は警察官に裁判の決着はついていると強調したと言うが、何が決着しているというのか。関係者が長谷川に問い質そうとしたのは、まさにそこだ。鈴木の嘘を承知で、それを補強するためにさらに虚偽を構築して、A氏をありもしないことで誹謗中傷することさえ長谷川は厭わなかった。裁判が形式的には終了しているとしても、それで長谷川の責任が免れる訳はなかった。事は鈴木の犯罪疑惑を隠蔽しただけでなく社会に害悪を蔓延らせる可能性が高い人間を放置する手助けをしたという重大な責任を長谷川は全く自覚していないから、本誌の読者から長谷川への非難が殺到していて、それを順次公開していても、長谷川はまるでカメが甲羅の中に首をすくめるようにしてやり過ごそうとしている。委任を受けた弁護士としてという建前は会っても、報酬のために鈴木の悪事に加担している自覚を持ちながら、それを関係ないとは言わせないのは当然のことである。

関係者は警察官の話を受けて長谷川の自宅から離れたが、その後、長谷川の長男を訪ねたという。しかし長男は留守で2回は空振りに終わったが、3回目に訪ねると、長男が応対したという。だが、長男が関係者に話した内容は意外なものだった。
長男は、父親の長谷川とは半年に一度くらいしか会っていないと言い、その理由を「父親とは性格が全く合わないから」と言う。弁護士としての父親の仕事は詳しく知らないし聞くこともないそうで、関係者は長男の話を聞いて、長男ができれば父親には関わりたくないという印象を持ったという。長谷川が法廷で傍若無人に振舞っていることは本誌でも報じているが、誰に対しても横柄な態度を取っているに違いない長谷川の日常を長男が忌み嫌っているのが窺える。
鈴木の悪事を隠蔽するために、長谷川が裁判で果たした役割は極めて大きく、それが弁護士としてはもちろん人としても許される許容範囲を遥かに逸脱していることを本誌は繰り返し報じてきたが、長男は、事実かどうかは不明だが「ネット情報は見ていない」と言って、長谷川の悪行を詳しく知らないという。本誌としては残念な限りだが、ここまで鈴木に係る情報がインターネット上で拡散している状況がある中で、長男が子息として父親を庇っているようにも窺える。
長男は関係者に「父親のことで自分たち家族が世の中から非難を受けるのは避けたい」と強調していたというが、長谷川は、この長男の言葉をどこまで受け止めるか。長谷川にとっては、すでに首をすくめてやり過ごすような時期は終わり正念場を迎えているということを真剣に受け止めるべきではないか。

この事件は、問題が解決するまでは永久に続く。それを中断するようでは、今後の日本の法曹界が多くの国民の信頼を裏切ることにもなりかねず、この事件をきっかけにして法曹界全体の問題と捉えるべきではないか。いつまでも「日本の法曹界は馴れ合い」と言われるようでは、間違いなくリーダーたちの責任が問われる。(つづく)

最高裁大谷長官と品田裁判長そして野山裁判長宛に送られた「書面」を今、公開する(1)

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昨年12月19日付で債権被害者の会が最高裁の大谷直人長官宛に、貸金返還請求訴訟の判決がいかに多くの誤りに満ちて不当であるかを訴え、担当した東京地裁の品田幸男裁判長、東京高裁の野山宏裁判長に対する適切な対応を求める「書面」を送ったことをすでに報じているが、今回、その要旨を公開することにした。裁判所がすでに組織として健全に機能しているとは思えないという世論が圧倒的に多い中で、事件の内容の検証を判決に的確に反映しない裁判を見過ごしにしてはいけない。

最高裁大谷直人長官宛申入れの要旨

事件名
*東京地裁民事18部 貸金返還請求事件(平成27年7月8日提訴)判決言渡 平成30年6月11日
裁判長:品田幸男
*東京高裁民事11部 貸金返還請求事件(平成30年6月22日提訴)判決言渡 平成30年11月28日
裁判長:野山 宏

1.東京地裁での判決は、あらゆる事実について認定を誤った結果で下された誤判である。

2.東京高裁での判決は、審理を短期間に圧縮して具体的な検証を行わず、単に原審判決を丸呑みで支持しており、明らかに誤判である。特に判決文に記載された内容は、原審判決文の誤字脱字、あるいは原審判決に不足しているとの名目で加筆されたものが大半を占め、原審における判決を左右するべき重要な事実認定について、控訴審として独自に検証を行った形跡は見られない。

3.日本の裁判制度は三審制を取っているが、実際には控訴審、上告審での審理はほとんど行われず、手続き上の不備や新しい事実の提示が無ければ具体的な審理が行われないということになっている。三審制とは名ばかりというのが実態になっている。今回の事件のように、東京地裁における事実認定の誤りを正そうとしても、高裁が「審理は原審で尽くされている」と判断すれば原審判決が覆ることはほとんど無い。「新しい事実」の摘示という要件は裁判所が裁判所の権威を保つために独自に作ったハードルで、裁判官の判断の誤謬を正すという作業を阻害している。

4.原審裁判官による事実認定の誤り
(1)被告鈴木義彦の虚偽証言をつぶさに検証しないまま、原告の請求を全面的に退けた誤り。
被告鈴木義彦の虚偽証言は、全て「合意書」に基づいての株取引で得られた巨額の利益を独り占めにして海外で隠匿している事実を隠蔽するために行われたものである。同時に、原告が平成9年8月頃から平成10年5月28日までの期間に被告に貸し付けた約28億円(元金)の返済をいかに圧縮するかを目的に行われたものである。
*「合意書」の文面にある銘柄欄が空白であることや、「合意書」に署名指印した原告と被告鈴木義彦、西義輝3名の役割が明確ではないこと、株取引が実行される期間や銘柄等が無限定であること、また原告が株の買い支え資金を安定的に出すことが明記されていないこと(物証も乏しい)などを理由に原審裁判官は「合意書」の有効性を認めなかった。しかし、「合意書」の作成そのものがその場の成り行きから暫定的に作成されたものであったとしても、「合意書」に3人が直筆で署名指印している事実は重く、「合意書」を作成するまでの経緯がそれを裏付けている。口頭であっても契約が成立するという契約に係る法的な根拠が「合意書」の無効という判断で大きく損なわれている。
*「合意書」の締結は、株取引で確実に利益を出して等分に分配しつつ被告鈴木義彦と西義輝(故人)の原告に対する債務を円滑に返済するとの名目で行われたが、実際には鈴木と西が株取引を実行中に原告から買い支え資金を恒常的に引き出そうとしたことが目的であった。「合意書」の約定に反して実行した株取引の内容を一切原告に報告しなかったことがそれを裏付けている。
*原告が西義輝の要請に基づいて株取引の最初の銘柄である宝林株800万株の買取り資金3億円を出したこと、株取引を実行中に原告が買い支え資金を鈴木と西に言われるままに出したことで利益が確保できた事実は紛れもなく、それは西と紀井義弘が証言、陳述している。
*和解協議の場で「強迫があった」として和解書に被告鈴木義彦が署名指印したことが「心裡留保に当たる」とする被告側の主張をそのまま採用した裁判官の事実認定は誤りである。和解協議の模様を録音したテープ、和解後に鈴木が自ら原告に電話をして和解書に被告鈴木義彦が自らの意思で記した支払約束を追認した事実、和解協議から1週間後の平成18年10月23日に被告鈴木義彦が自らの意思で原告に電話をして原告の会社を訪ね、和解協議でのやり取りを再確認した事実、さらにはその後に被告鈴木義彦が原告に送った2通の手紙に書かれた内容等がそれを裏付けている。

(2)裁判官が鈴木の虚偽の言動を検証していないことの証明。
被告鈴木の原告に対する虚偽の言動は、西が被告鈴木を原告に紹介して融資を受けるようになった、その当初から始まっている。
*被告鈴木は原告から融資を受けるに当たって、重要な場面で西に代理人の役目を負わせていたが、それは原告と西の関係を悪用したもので、裁判では「西義輝に代理人を依頼したことは無い」と否定を繰り返した。
*原告による被告鈴木への貸付は終始個人的な対応で一貫していた。それまでに10年以上の交流があった西からの紹介であり、その時点で鈴木が創業したエフアールの経営危機から資金繰りに悩み、自己破産か自殺しか選択肢が残されていないという被告鈴木の窮地を聞かされ「助けてあげて下さい」と懇願されたことから協力したものである。原告は個人として金融業の免許は所持しているが、それを本業にしたことは一度もない。従って、被告鈴木に対する貸付も個人対個人の信用という枠から出ることは無く、担保を取らず約束の返済期日が遅れても特に原告から催促することも無かった。被告鈴木はそうした原告の対応を知って、極めて悪意に満ちた借り入れを実行したのであり、それを悟られないように常に西を前面に立てて原告に対応したのである。
*被告鈴木が融資を受ける際に担保として差入れたエフアールの手形について、西が原告に「返済期日の3日前までに現金を持参するので、手形を金融機関には回さないで欲しい」という要請をして「お願い」と題する書面を書いたので原告はそれを守ったが、被告鈴木は一度も返済約束を守らなかった。
*平成10年5月20日頃までに被告鈴木は原告にピンクダイヤと絵画の話を持ち込み、3億円の金額を提示して原告に買ってもらったが、絵画については後日持参すると言いながら一度も持参しなかった。後日判明したところでは、その絵画は他の債権者に担保として差し入れられ、原告に販売できる状況にはなかった。
*平成10年5月28日に被告鈴木が単独で原告の会社を訪ねた際に、前述のピンクダイヤと絵画の販売委託を受ける「念書」と8000万円の融資を受けるための借用書を用意していた。原告はその3日後に警視庁が親和銀行不正融資事件に着手し被告鈴木を逮捕するとの情報を得ており、それを伝えたが、被告鈴木はすでに自らが近々逮捕されることを察知しており、身の回りの物品を現金に換える目的で「念書」と「借用書」を用意して原告の会社を訪れたとみられる。
*「合意書」に基づいた株取引が宝林株で開始されたのは3人が周知のことだった。宝林株800万株の売却話を西が某証券会社の平池課長から持ち込まれ、西が買取の交渉を進めて、平成11年5月31日に契約が成立したが、宝林株の現株の受け皿(ペーパーカンパニー3社)を用意したのは鈴木であり、現株の受け取りもペーパーカンパニーの用意で作業したフュージョン社の人間(町田修一と川端某)が行い、さらに翌6月1日付で金融庁に提出した大量保有報告書にも資金の出所で、被告鈴木は紀井の名前を本人には無断で勝手に使い、実際に資金を出した原告の名前を消してしまうという工作を行っていた。本来であれば、「合意書」締結の場で、被告鈴木はその事実と理由及び宝林株ほか多数の銘柄で実行する株取引に紀井を起用するという事実を原告に報告しなければならなかったが、被告鈴木は故意に触れなかった。西がどこまで被告鈴木の真意を承知していたかはともかく、西もまた話題にもしなかった。
*「合意書」に基づいた株取引が実行され、鈴木と西は宝林株取引で約160億円という巨額の純利益を得たが、その渦中で被告鈴木が西に利益折半を材料にして合意書の破棄を持ちかけ、西が応じると、その後の株取引で得た利益の中から複数回で紀井から西の運転手の花館聰を経由して総額10億円を西に礼金として渡し、さらにその後も宝林株の利益の分配金として複数回で30億円を渡すとともに、西に対しては原告にさまざまな言い訳をさせて被告鈴木自身が故意に原告との接触を避ける行動を取った。
*平成14年2月27日に、西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕されたが、被告鈴木が西に罪を一人で被るよう土下座して頼み、西が応じたために被告鈴木は逮捕を免れた。その際に被告鈴木は西に利益分配の履行を約束したが、実際にはその約束を実行することは無く、結果的に西を自殺に追い詰める対応を取り続けた。
*平成14年6月27日、被告鈴木と西が被告鈴木の債務処理で原告の会社を訪ね、新たに借用書を作成することになった。従前に、原告から被告鈴木の債務について聞かれた西が「今後の株取引の利益が大きく膨らむので債務を圧縮して欲しい」という意向を原告に伝え、それまでに金利年15%で計算すると40億円超に、また遅延損害金年30%で計算すると60億円以上になっていた債務を25億円に減額することを了解していた原告がその旨を被告鈴木に伝えると、被告鈴木が「社長への返済金の一部として西さんに10億円を渡した」と言い出し、西もそれを渋々認めたため、被告鈴木が額面15億円、西が額面10億円の借用書をそれぞれ作成した。しかし、被告鈴木が返済金の一部とした10億円は前述した「合意書」破棄の礼金であったから全くの嘘で、この被告鈴木の対応からも西を用済みとして切り捨てる動きが始まっていたことが窺える。
*西は平成18年10月2日より長男の陽一郎と共に香港に出向いたが、その目的は利益の分配金を受け取ることにあった。西によると、前年に西が被告鈴木と面談し、西の執行猶予が明けた後に利益分配を受ける約束ができていたという。利益分配金は、銀行振り出しの預金小切手で約45億円分を用意し、残りについてはペーパーカンパニー名義の銀行口座を開設して振込するとの話が鈴木より香港に出向く直前に伝えられたという。しかし、西が香港に出向くと、被告鈴木より電話があり、香港には行けないので代理人のTamという男が対応すると言ってきた。そしてTamから預金小切手を受け取ったが、勧められたワインを飲んだ直後に意識がなくなり、翌朝、香港警察に発見されて病院に担ぎ込まれた後の数日間、生死をさまよった。西が受け取った預金小切手や関連書類ほか携帯電話も無くなっていた。
*西が香港で事件に巻き込まれたという連絡を受けた原告は、10月13日に紀井を経由して被告鈴木に連絡を取り、原告の会社で西が事件に巻き込まれた事実関係と「合意書」(株取引の実態を含む)について尋ねたが、被告鈴木はいずれも否定して、「合意書」についてはそれに基づいた株取引を実行しておらず、全て西の作り話だとまで言っていたが、平成11年7月30日に宝林株取引の利益の一部として15億円を5億円ずつ分配して、鈴木と西の取り分をそれぞれの返済金の一部に充てたうえで翌7月31日に2人が原告の会社に来て3人で15億円の処理について確認した。それにもかかわらず、ここまでのことがよく言えるものだった。しかし、西を交えて確認をしなければ結論は出ないということで、3日後の10月16日に再び面談することになった。
*10月16日の協議の場で話し合われたのは、「合意書」に基づいた株取引の詳細であるが、その中で被告鈴木は宝林株の取得資金を原告が出したこと、同じく宝林株取引が「合意書に基づいて実行されたこと、平成14年6月27日に原告への返済金の一部10億円を西に渡したという話が嘘で、実際には「合意書」破棄で西に渡した礼金であったことを認め、宝林株取引で上がった利益が60億円(最初は50億円と言って誤魔化した)であったとして、原告に25億円を、西に25億円を支払うと約した。しかし、その直前に西は紀井と面談し実際の利益が約470億円あった事実を聞き取っていたために抵抗したが、原告にたしなめられ最終的には被告鈴木の支払約束を呑むことになった。事前に西が用意した「和解書」の文面を被告鈴木は何度も読み直していたことから、原告が「必要なら文言を書き換えますよ」と言ったが、被告鈴木は「いえ、大丈夫です」と言って金額欄に金額を書き入れ署名指印したのである。その際に西が改めて署名に抵抗したが、被告鈴木が原告に対して「社長には大変お世話になっているので、2年以内に20億円を支払います。これは和解書には書きませんが、私を信じてください」ということで、和解協議は終了した。
こうした経緯から、被告鈴木が裁判で主張したような「強迫」があった事実はどこにもない。また、「心裡留保」についても、その後、被告鈴木が「和解書」の支払約束を撤回して新たな交渉をすると一方的な通告をした際に代理人に就いた青田光市と平林英昭弁護士が「(原告の)会社の出入りに使うエレベータを止められ監禁状態に置かれ」、「その場を切り抜けるためには和解書に署名するしかなかった」などと虚偽の主張を繰り返したことによるもので、裁判官が何の根拠もなく「心裡留保」を認めたことが異常である。青田は10月16日の協議で被告鈴木に同行しておらず、同席もしていない。青田は自身がビルの1階に待機していたと言っているが、1階のエレベータ前のスペースは2畳にも満たず、原告の会社の社員が何回もビルを出入りしており、青田を目撃した社員は一人もいなかった。

(3)裁判での平林英昭、長谷川幸雄の両弁護士が取った方針は、被告鈴木の虚偽証言を補強し、同時に原告を必要以上に誹謗中傷することで裁判官の心証を有利に運ぼうとしたことの証明。
被告鈴木の虚偽証言は、平成18年10月16日の協議でいったんは認めた事実さえ覆して原告の請求を全て否定するものだったが、平林、長谷川の両弁護人の主張(陳述)はそれに輪をかけてひどいものであった。
*前述した原告の被告鈴木への貸付について原告を「プロの金融屋」と規定して「有り得ないこと」という言葉を連発する一方で、原告が反社会的勢力と密接な関係にあるだけでなくその暴力団関係者を金主元として金融業を営んでいると有り得ない事実を並べ立てた。鈴木への貸付に対しては担保を取らず、年15%の金利を一度も払っていなくても催促もなかったことは暴力団関係者が絡む金融では有り得ないことで、それは誰にでも分かることだ。
*長谷川弁護士と被告鈴木の質疑応答をまとめた「質問と回答書」では、さらに踏み込んで、原告が親密にしているという暴力団とそのトップを名指しまでした。また実際には面談の事実が無いのに「平成14年3月頃に(原告に)呼び出され、完済したはずの債務の二重払いを迫られた」と言って、その後に被告鈴木が直筆で書いた15億円の借用書に偽の理由付けをしようと謀った。しかも、被告鈴木は西が自殺して真実を語れないことを悪用して、原告と反社会的勢力の密接関係を西から聞いたと言い、「原告に逆らえば、どんな危害を加えられるか分からず恐怖を感じた」とまで前記「質問と回答書」に書き記したのである。

品田裁判長が主導した判決は、以上の事実関係を悉く排斥して原告の請求を退けてしまった。重要な事実認定をするに当たって、仮に的確な物的証拠が不足していたとしても、原告の請求が正当であることを裏付ける多くの事実があり、それを証拠として提出したにもかかわらず、裁判官は検証を怠ったのである。判決が余りに偏向しているために、裁判官としての適性を疑うものである。
それ故、品田裁判官に対する弾劾を実現するべく、最高裁長官におかれては、改めて原審および控訴審判決をお読みいただき、品田裁判官と野山裁判官の誤判を正す適切な対応を取って戴きたい。(品田裁判官と野山裁判官への書面も次回に公開します)

最高裁大谷長官と品田裁判長そして野山裁判長宛に送られた「書面」を今、公開する(2)

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前号の最高裁大谷長官に送られた「書面」の公開に引き続き、品田幸男裁判長と野山宏裁判長宛に送られた「書面」を公開する。品田、野山の両裁判長宛の書面は大枠の部分で重複しているので、品田裁判長宛の「書面」を本文としつつ「貴職」に当たる部分に野山裁判長宛の部分を加筆した。大谷長官宛の「書面」でも分かる通り、一審の判決がいかに事実と真実を捻じ曲げ誤った判決を出しているかが理解いただけるものと思う。「今の裁判官には幼児に教えるように懇切丁寧に説明をしなければ理解してもらえず、誤判を招きかねない」と嘆く弁護士が数多くいると聞く。両裁判長宛に送られた「書面」もそれにならった流れになっているように見受けられるが、最高難度と言われる司法試験をパスして就いた裁判官に手取り足取り説明しなければいけないような複雑な話ではないはずだ。鈴木の犯罪を厭わない人間性と現に実行された株取引が合意書に基づいていた事実をしっかりと検証すれば、こんなひどい判決が出ることは無かったのである。

品田裁判長と野山裁判長宛「書面」の要旨

事件名
*東京地裁民事18部 貸金返還請求事件(平成27年7月8日提訴)判決言渡 平成30年6月11日
裁判長:品田幸男
*東京高裁民事11部 貸金返還請求事件(平成30年6月22日提訴)判決言渡 平成30年11月28日
裁判長:野山 宏

貴職が裁判長として関わり、判決を主導された上記事件は、以下に示す通り、客観的資料に基づかずに、あらゆる事実について認定を誤った結果で下された誤判であります。特に、当事者間の協議のうえで作成した書面について、書面を作成した事実を軽視し、他方で被告の供述を極端に重視し採用することにより、当該書面(和解書)による合意を心裡留保により無効であると解釈していますが、書面により確認される作成当時の当事者の意思を、裁判時点での被告の供述によって覆すに足りる十分な説示はない上、被告の心裡留保を原告が認識していたことの事実認定についても判断過程が全く不明であります。
また、控訴審での判決は、審理を短期間に圧縮して具体的な検証を行わず、単に原審判決を丸呑みで支持していることから、明らかに誤判であります。特に判決文に記載された内容は、原審判決文の誤字脱字が大半を占めており、控訴審判決は原審判決をいわば「清書」したに過ぎず、原審における判決を左右するべき重要な事実認定について、控訴審として独自に検証を行った形跡はほとんど見られませんでした。

日本の裁判制度は三審制を取っていますが、実際には控訴審、上告審での審理はほとんど行われず、手続き上の不備や新しい事実の提示が無ければ具体的な審理が行われないということになっています。三審制とは名ばかりというのが実態であり、それ故に原審の審理並びに判決を担われた貴職の責任は極めて重要になるのは言うまでもありません。今回の事件のように、東京地裁における事実認定の誤りを正そうとしても、東京高裁が「審理は原審で尽くされている」と判断すれば原審判決が覆ることはほとんどありません。「新しい事実」の摘示という要件は、裁判官の判断の誤謬を正すという作業を著しく阻害し排斥さえしております。

原審裁判長として貴職(品田裁判長)が主導された事実認定の主要な誤りにつき真実の経緯を以下に列挙致します。
(1)被告鈴木義彦の虚偽証言をつぶさに検証しないまま、原告の請求を全面的に退けた誤り。
被告鈴木義彦の虚偽証言は、全て「合意書」に基づいた株取引で得られた巨額の利益を独り占めにして海外で隠匿している事実を隠蔽するために行われたものであります。同時に、原告が平成9年8月頃から平成10年5月28日までの期間に被告に貸し付けた約28億円(元金)の返済をいかに圧縮するかを目的に行われたものであります。金銭の支払いを求められた鈴木が、これを免れるために虚偽の証言を行うことは経験則上明らかなことであり、まして金額が本件のように数十億円となる場合にはその傾向は顕著となりましょう。しかし原審においてはそのような経験則を無視し、鈴木の虚偽証言を信用してしまっています。

*「合意書」の文面にある銘柄欄が空白であることや、「合意書」に署名指印した原告と鈴木義彦、西義輝(故人)3名の役割が明確ではないこと、株取引が実行される期間とその間に取り扱われた銘柄等が無限定であること、また原告が株の買い支え資金を安定的に出すことが明記されていないこと(物証も乏しい)などを理由に貴職らは「合意書」の有効性を認めませんでした。しかし、「合意書」の作成そのものがその場の成り行きから暫定的に作成されたものであったとしても、「合意書」に3人が直筆で署名指印している事実は重く、原告に株の買い支え資金を出して欲しいと熱弁を振るったのは鈴木自身である等の「合意書」を作成するまでの経緯がそれを裏付けております。会社経営者とはいえ、法律知識に乏しい者が作成した書面に法律家が作成するような書面を求めること自体が非現実的と言わざるを得ません。本件「合意書」の記載に不足があるとしても、書面を作成している事実から当事者間の合理的意思解釈を行い、合意内容が何であったかを追求・検討すべきであります。記載内容に不足があることから「当該合意がなかった」と判断することには合理性は認められません。合意がないにもかかわらず合意書を作成することなど通常はあり得ないことであるからです。

*「合意書」の締結は、株取引で確実に利益を出して等分に分配しつつ鈴木と西の原告に対する債務を円滑に返済するとの名目で行われましたが、実際には鈴木と西が株取引を実行中に原告から買い支え資金を恒常的に引き出そうとしたことが目的でありました。鈴木と西は「合意書」の約定に反して実行した株取引の内容を一切原告に報告しなかったことがそれを裏付けています。

*原告が西の要請に基づいて株取引の最初の銘柄である宝林株800万株の買取り資金3億円を出したこと、株取引を実行中に原告が買い支え資金を鈴木と西に言われるままに出したことで利益が確保できた事実は紛れもなく、それは鈴木側の人間である西と紀井義弘がそれぞれ証言、陳述しております。当時の関係者でこれと異なる証言をしているのは鈴木のみです。

*和解協議の場で和解書に鈴木が署名指印したことが「心裡留保に当たる」とする被告側の主張をそのまま採用した貴職らの事実認定は誤りであります。和解協議の模様を録音したテープ、和解後に鈴木が自ら原告に電話をして和解書に鈴木が自らの意思で記した支払約束を追認した事実、和解協議から1週間後の平成18年10月23日に鈴木が自らの意思で原告に電話をして原告の会社を訪ね、和解協議でのやり取りを再確認した事実、さらにはその後に鈴木が原告に送った2通の手紙に書かれた内容等がそれを裏付けているではありませんか。
そもそも当事者間で協議し作成した書面を「心裡留保」として無効とし、さらに従前当該書面記載の義務を否定する主張をしていたことを以て相手方も当該意思表示が心裡留保であると知っていたと判断されるのであれば、協議の中で一方当事者を説得し、支払について確認する書面の全てが「心裡留保」となりかねません。このような法的安定性を欠く判断を安易に、十分な論証もなく行うことは裁判所の存在意義を失わせかねない行為であります。貴職らが被告を勝たせるために考えた苦肉の策なのかもしれませんが、「心裡留保」を持ち出し、事実を歪めなければ至れない結論にどれほどの正当性・合理性があるものなのか、甚だ疑問であります。

(2)貴職(原審裁判長)が鈴木の虚偽の言動を検証していないことの証明。
鈴木義彦の原告に対する虚偽の言動は、西が鈴木を原告に紹介して融資を受けるようになった、その当初から始まっています。

*鈴木義彦は原告から融資を受けるにあたって、重要な場面で西義輝に代理人の役目を負わせていましたが、それは原告と西の関係を悪用したもので、裁判では「西義輝に代理人を依頼したことは無い」と否定を繰り返しました。

*原告による鈴木義彦への貸付は終始個人的な対応で一貫していました。それまでに10年以上の交流があった西からの紹介であり、その時点で鈴木が創業したエフアールの経営危機から資金繰りに悩み、自己破産か自殺しか選択肢が残されていないという鈴木の窮地を聞かされ「助けてあげて下さい」と懇願されたことから、協力したものであります。原告は個人として金融業の免許は所持していますが、それを本業にしたことは一度もありません。従って、鈴木に対する貸付も個人対個人の信用という枠から出ることは無く、担保を取らず約束の返済期日が遅れても特に原告から催促することもありませんでした。鈴木はそうした原告の対応を知って、原告の厚意を逆手に取り、極めて悪意に満ちた借り入れを実行したのであり、それを悟られないように常に西を前面に立てて原告に対応したのです。

*鈴木が融資を受ける際に担保として差し入れたエフアールの手形について、西が原告に「返済期日の3日前までに現金を持参するので、手形を金融機関には回さないで欲しい」という要請をして「お願い」と題する書面を書いたので、原告はそれを守りましたが、これに対して鈴木は一度も返済約束を守りませんでした。上記「お願い」と題する書面の存在及び返済がなされていない事実はいずれも争いのない事実であります。

*平成10年5月20日頃までに鈴木は原告にピンクダイヤと絵画の話を持ち込み、3億円の金額を提示して原告は鈴木の言い値で買ってあげましたが、絵画については後日持参すると言いながら、一度も持参しておりませんでした。後日判明したところでは、その絵画は他の債権者に担保として差し入れられ、原告に販売できる状況にはなかったのです。

*平成10年5月28日に鈴木は単独で原告の会社を訪ねた際に、前述のピンクダイヤと絵画の販売委託を受ける「念書」と8000万円の融資を受けるための借用書を用意していました。原告はその3日後に警視庁が親和銀行不正融資事件に着手し鈴木を逮捕するとの情報を得ており、それを伝えましたが、鈴木はすでに自らが近々逮捕されることを察知しており、身の回りの物品を現金に換える目的で「念書」と「借用書」を用意して原告の会社を訪れたとみられます。なお、貴職らはピンクダイヤと絵画並びに高級時計(13本)の販売委託に係る責任はエフアールにあるとして、準消費貸借の債権7億4000万円は鈴木が責任を負うものでは無いという判決を下しましたが、前述したとおり、原告は鈴木に対して個人対個人で対応しており、原告が鈴木に親和銀行事件で逮捕されることを知らせた当日に持ち込んできた「念書」で販売委託をする者は一人もいないと断言できるもので、鈴木はピンクダイヤと絵画並びに高級時計の現品を原告に返還せず、代金も支払わないという事実上の犯罪(詐欺横領)行為を犯していながら、原告は刑事事件にもせずに準消費貸借という穏便な対応をしました。そのような事実関係を貴職らは全く検証することなく表面的なことしか判断材料にしておりません。

*「合意書」に基づいた株取引が宝林株で開始されたのは、3人の間では周知のことでした。宝林株800万株の売却話が証券会社の平池課長から西に持ち込まれ、西が買取の交渉を進めて、平成11年5月31日に契約が成立しました。この宝林株の取得が無ければ、その後の「合意書」の作成も、また「合意書」に基づいた株取引も実行されることは無かったのは言うまでもありません。宝林株の現株の受け皿(ペーパーカンパニー3社)を用意したのは鈴木であり、現株の受け取りもペーパーカンパニーの調達で作業したフュージョン社の人間(町田修一と川端某)が行い、さらに翌6月1日付で金融庁に提出した大量保有報告書にも資金の出所で、鈴木は紀井義弘の名前を本人には無断で勝手に使い、実際に資金を出した原告の名前を消してしまうという工作を行っており、本来であれば、「合意書」締結の場で、鈴木はその事実と理由及び宝林株ほか多数の銘柄で実行する株取引に紀井を起用するという事実を原告に報告しなければなりませんでしたが、鈴木は故意に触れませんでした。西がどこまで鈴木の真意を承知していたかはともかく、西もまた話題にもしませんでした。そのために原告は株取引の原資を供給していたにもかかわらず、鈴木により株取引の話から一人外される形となってしまったのです。

*「合意書」に基づいた株取引が実行され、鈴木と西は宝林株取引で約160億円という巨額の純利益を得ましたが、その渦中で鈴木が西に利益折半を材料にして合意書の破棄を持ちかけ、西がこれに応じると、鈴木はその後の株取引で得た利益の中から複数回で紀井から西の運転手の花館聰を経由して総額10億円を西に礼金として渡し、さらに宝林株の利益の分配金として複数回で30億円を渡すとともに、西に対しては原告にさまざまな言い訳をさせて鈴木自身が故意に原告との接触を避ける行動を取ったのです。

*平成14年2月27日に、西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。この件には、鈴木も深く関わっており、本来であれば鈴木も逮捕されるべき立場にありましたが、鈴木が西に罪を一人で被るよう土下座して頼み、西が応じたために鈴木は逮捕を免れました。その際に鈴木は西に利益分配の履行を約束しましたが、実際にはその約束を実行することは無く、結果的に西を自殺に追い詰める対応を取り続けたのです。

*平成14年6月27日、鈴木と西が鈴木の債務処理で原告の会社を訪ね、新たに借用書を作成することになりました。これに先立ち、原告から鈴木の債務の返済方法について聞かれた西は、今後の株取引の利益が大きく膨らむので債務を圧縮して欲しいという意向を原告に伝えていました。これを受けて原告と西との協議の結果、それまでに金利年15%で計算すると40億円超になっていた債務(ただし遅延損害金年30%で計算すれば60億円以上)を25億円に減額することとしていました。しかし、当日、原告がその旨を鈴木に伝えると、鈴木が「社長への返済金の一部として西さんに10億円を渡した」と言い出し、西もそれを渋々認めたため、鈴木が額面15億円、西が額面10億円の借用書をそれぞれ作成することになりました。しかし、鈴木が言った10億円を返済したというのは前述した「合意書」破棄の礼金であったから全くの嘘で、この鈴木の対応からも西を用済みとして切り捨てる動きが始まっていたことが窺えます。

*西は平成18年10月2日より長男の陽一郎と共に香港に出向きましたが、その目的は鈴木から利益の分配金を受け取ることにありました。西によると、前年に西が鈴木と面談し、西の執行猶予が明けた後に利益分配を受ける約束ができていたといいます。利益分配金は、銀行振り出しの預金小切手で約45億円分を用意し、残りについてはペーパーカンパニー名義の銀行口座を開設して振込みするとの話が鈴木より香港に出向く直前に伝えられたといいます。しかし、西が香港に出向くと、鈴木より電話があり、香港には行けないので代理人のTamという男が対応すると言ってきたといい、西は、Tamから預金小切手を受け取ったが、その時勧められたワインを飲んだ直後に意識がなくなり、翌朝、香港警察に発見されて病院に担ぎ込まれ、その後数日間、生死をさまよう事態となりました。このとき、西が受け取った預金小切手や関連書類ほか携帯電話も無くなっていました。

*西が香港で事件に巻き込まれたという連絡を受けた原告は、10月13日に紀井を経由して鈴木に連絡を取り、原告の会社で西が事件に巻き込まれた事実関係と「合意書」(株取引の実態を含む)について尋ねましたが、鈴木はいずれも否定して、「合意書」についてはそれに基づいた株取引を実行しておらず、全て西の作り話だとまで言っていましたが、平成11年7月30日に宝林株取引の利益の一部として15億円を5億円ずつ分配して、鈴木と西の取り分をそれぞれの返済金の一部に充てたうえで翌7月31日に2人が原告の会社に来て3人で15億円の処理について確認したものです。それにもかかわらず、ここまでのことがよく言えるものでした。そのため西を交えて確認をしなければ事実関係の確認と結論は出ないということで、3日後の10月16日に再び面談することになりました。

*10月16日の協議の場で話し合われたのは、「合意書」に基づいた株取引の詳細でありますが、その中で鈴木は宝林株の取得資金を原告が出したこと、同じく宝林株取引が「合意書」に基づいて実行されたこと、平成14年6月27日に原告への返済金の一部10億円を西に渡したという話が嘘で、実際には「合意書」破棄で西に渡した礼金であったことを認め、宝林株取引で上がった利益が60億円(最初は50億円と言って誤魔化した)であったとして、原告に25億円を、西に25億円を支払うと約しました。しかし、その直前に西は紀井と面談し実際の利益が約470億円であった事実を聞き取っていたために、西はこの鈴木の提案に抵抗しましたが、原告にたしなめられ最終的には鈴木の支払約束を呑むことになりました。事前に西が用意した「和解書」の文面を鈴木は何度も読み直しており、原告が「必要なら文言を書き換えますよ」と言いましたが、鈴木は「いえ、大丈夫です」と言って金額欄に金額を書き入れ署名指印したのです。その際に西が改めて署名に抵抗しましたが、鈴木が原告に対して「社長には大変お世話になっているので、これとは別に2年以内に20億円を支払います。これは和解書には書きませんが、私を信じてください」ということで、原告も了解し和解協議は終了しました。

*上記経緯のように、鈴木が裁判で主張したような「強迫」があった事実はどこにもありません。また、「心裡留保」についても、その後、鈴木が「和解書」の支払約束を撤回して新たな交渉をすると一方的な通告をした際に、代理人に就いた青田光市と平林英昭弁護士が「(原告の)会社の出入りに使うエレベータを止められ監禁状態に置かれ」、「その場を切り抜けるためには和解書に署名するしかなかった」などと虚偽の主張を繰り返したことによるもので、貴職らが何の根拠もなく「心裡留保」を認めたことが異常であります。青田は10月16日の協議で鈴木に同行しておらず、同席もしておりません。青田は自身がビルの1階に待機していたと言っていますが、1階のエレベータ前のスペースは2畳にも満たず、原告の会社の社員が何回もビルを出入りしており、青田を目撃した社員は一人もいませんでした。鈴木自身も協議の場で西に対して「お前、この場で死ねるのか」などと発言しておりますが、強迫されたと言っている鈴木が強迫したという西と原告に吐く言動ではないことは明らかであり、こうした虚偽の主張に基づいた「強迫」や「心裡留保」を安易に根拠として「和解書」を無効とした貴職らは「和解書」作成の経緯、事実関係について何ら検証していない事は明白であります。

(3)裁判での平林英昭、長谷川幸雄の両弁護士が取った方針は、鈴木の虚偽証言を補強し、同時に原告を必要以上に誹謗中傷することで貴職らの心証を有利に運ぼうとしたことの証明。
鈴木義彦の虚偽証言は、平成18年10月16日の協議でいったんは認めた事実さえ覆して原告の請求を全て否定するものでしたが、平林英昭、長谷川幸雄の両弁護人の主張(陳述)はそれに輪をかけてひどいものでした。

*前述した原告の鈴木への貸付について原告を「プロの金融屋」と規定して「有り得ないこと」という言葉を連発する一方で、原告が反社会的勢力と密接な関係にあるだけでなくその暴力団関係者を金主元として金融業を営んでいると根拠なく事実に基づかない主張を並べ立てました。しかし、鈴木への貸付に対しては担保を取らず(手形は鈴木と西が持ってきたもので原告が要求したものではない)、年15%の金利を一度も払っていなくても催促もなかったことは暴力団関係者が絡む金融では有り得ないことで、それは誰にでも分かることです。

*長谷川幸雄弁護士と鈴木の質疑応答をまとめた「質問と回答書」では、さらに踏み込んで、原告が親密にしているという暴力団とそのトップを名指しまでしたうえ、実際には面談の事実が無いのに「平成14年3月頃に(原告に)呼び出され、完済したはずの債務の二重払いを迫られた」と言って、その後に鈴木が直筆で書いた15億円の借用書に偽の理由付けをしようと謀ったのです。しかも、鈴木は西が自殺して法廷で真実を語れないことを悪用して、原告と反社会的勢力の密接関係を西から聞いたと言い、「原告に逆らえば、どんな危害を加えられるか分からず恐怖を感じた」とまで前記「質問と回答書」に書き記したのです。

貴職が裁判長として主導した判決は、以上の事実関係を、何ら理由を付すことなく悉く排斥して原告の請求を退けてしまいました。重要な事実認定をするに当たって、仮に直接それを立証する物的証拠が不足していたとしても、原告の請求が正当であることを裏付ける多くの事実があり、それを証拠として提出したにもかかわらず、貴職らはその検証すらも怠り、漫然と鈴木の主張を採用したのです。そこには合理的な判断過程もなければ説得的な論証もありません。このように判決が余りに偏向しているために、裁判官としての適性を疑うものであります。そして、貴職らが下した判決によって、鈴木の犯罪が隠蔽されたばかりか、正当に税を徴収するきっかけを失したことで日本国に多大な損害を与えたと言っても過言ではありません。
それ故、貴職らに対する弾劾を実現するべく、然るべき対策を講じておりますが、貴職におかれては、改めて自ら主導された審理に提出した原告と被告双方の主張と証拠を検証するとともに判決をお読みいただき、明らかとなった誤判を正す適切な対応を取って戴きたい。(つづく)

西義輝の長男・内河陽一郎に向けられる「無責任」「非常識」「傲慢」の非難(1)

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平成22年2月初旬、西義輝が自殺したのではないかという連絡をA氏にしてきたのは西の長男、内河陽一郎だった(西が内河家に養子に入り陽一郎が生まれたので姓が内河となっている)。電話を架けて来た陽一郎の声は動揺して上ずっていた。全く要領を得なかったため、A氏が陽一郎に「君の話がよく分からないので、とにかく今から会社に来られないか」と言うと、陽一郎はすぐに向かうと言う。それから1時間も経たないうちに陽一郎が姿を見せた。

A氏が「落ち着いて、もう一度最初から話しなさい」と言って、陽一郎を促した。陽一郎が言うには、西の友人である鯉渕氏から西の妻松子に電話があり、「西さんから手紙が来たが、遺書としか思えないような内容になっている。西さんに何かあったのか」と言う。松子は、西が何日も自宅に戻っておらず、数日前にA氏からも約束の時刻に連絡が無いという問い合わせを受けていただけに不安を募らせていた。陽一郎は鯉渕氏を訪ね届いた手紙を見せてもらった。やはり鯉渕氏が言う通り、手紙は遺書そのものだったという。しかし、手紙を見ても西の所在が分からない。そこで、陽一郎はA氏に連絡をして相談することにした…、陽一郎は経緯をそのように話した。

陽一郎が来社して話を聞いたA氏は、自分の所にも西から手紙が送られているのではないかと思い、社員に確認させたところ、社員が届いていた手紙を持って来た。すると、A氏が手紙を開封する前に陽一郎が「私に見せて下さい」と言ったので、A氏が「これは私に来た手紙だから、ちょっと待ちなさい」と言っても陽一郎が「じゃあ、コピーを取って見せて下さい」と言い出す始末だった。A氏は止むを得ず社員に指示してコピーを取らせ、自分が見る前に陽一郎にも読ませることにしたが、陽一郎がA氏に送られてきた手紙をA氏よりも前に読みたいと急いだ態度が、あまりにも無神経すぎると近くにいた社員には感じられた。

A氏は、陽一郎に「奥さんや陽一郎君宛にも来ているに違いないから、それを見せて欲しい」と言い、陽一郎も「はい、分かりました」と言ったが、その後、陽一郎も妻松子もA氏に手紙を見せることは無かった。よほど見せられない内容だったのではないか、と思われるが、陽一郎のA氏への対応は誰が見ても無礼にしか映らない。しかし、陽一郎はそういうことをやっても平然としているのだ。

3年ほど前の平成18年10月初旬に、西が香港で何者かに薬物を飲まされ死にかけるという事件が起きた。香港警察に保護されて病院に担ぎ込まれた西はその後も数日間意識がない状態だったが、その時にも陽一郎はA氏に連絡を入れながら、A氏が事態を飲み込めるような説明もできず、ただうろたえているだけだった。香港に同行していたのは陽一郎一人だったから、西の身に何が起きたのか、なぜ起きたのかを明確に説明できるのは陽一郎しかいなかったにもかかわらず、全く要領を得なかった。幸いにも西は命を取り留め、その後回復に向かったということだったが、西は香港に向かう前にはA氏に声をかけていたため、A氏はパスポートを用意していたが、西が直前になって陽一郎と一緒に行くと言い出したため、結局A氏が同行することは無かったが、西の説明には鈴木のことは一言もなかったのに、陽一郎の説明では鈴木の名前や株取引の利益分配という言葉が出て、A氏は混乱した。陽一郎では要領を得なかったが、A氏に西の妻松子より電話があり事情を確かめたが、西が事件に巻き込まれた事情を理解することができなかったし、腑に落ちないことが多すぎた。

(写真:確約書 西義輝がA氏に負っている債務総額が323億円であることを承認し、妻松子が連帯保証をしている)

陽一郎は、西が鈴木に裏切られ追い詰められた状況にあることを数年前から承知していたようだが、よもや父が自殺するとは考えてもいなかったようだ。それだけに突然、父親の自殺という事態に何も対応できず冷静さを失ったままA氏に電話をしたのが実情だった。
陽一郎が非常に図々しく横着な性格をしていることは多くの関係者への取材で理解していた。自分では何もできないくせに、何か不測の事態が起きると、すぐに父親の陰に隠れて成り行きを窺うのがせいぜいだった。陽一郎の母親は自殺しているが、この母親は西の会社の社員からは評判が悪く、西のしでかした不始末を社員のせいにしてヒステリックに怒鳴りまくることが度々あったという。

陽一郎は父親の身に何か不測の事態が起きた時にはA氏が何とかしてくれる、という安直な認識しかなく、だからと言って陽一郎自身が自分から積極的に対応することは微塵もなかった。
鯉渕氏に送られた手紙が示す通り、西は妻松子の故郷の秋田県内に建てた別邸の浴槽内で自殺していた。ただ、その死を巡っては秋田県警が関係者に聞き取りをしたこともあって憶測も流れたが、事件として扱われることは無く、葬儀も別邸で執り行われた。関係者の中で葬儀に参列したのはA氏とN氏のみで、陽一郎は何故か他の人間には「来ないで欲しい」と言って断ったという。西が、ある時期から社員の水野に司法書士の資格を取らせるなど目をかけていたことが陽一郎には気に入らなかったのか、水野が新幹線で東京駅より角館に向かうという連絡を電話をすると、陽一郎から「来ないで欲しい」と言われ、水野が涙声でA氏に電話をしたという。陽一郎の無礼さがこれを見ても分かる。

すると、西の死を知った複数の債権者から松子と陽一郎に連絡があり、厳しい取り立てが始まったのだが、この時も、陽一郎は自分で何もすることが出来ず、ひたすらA氏に縋って、何とかして下さいという。債務の金額が多い人は数億円にもなっていたから、簡単に処理できる訳ではなかったが、それでも陽一郎には自分で問題を解決しようという意思が全く見られなかった。A氏は債権者とは面識があった関係から放置しておくわけにもいかず交渉に乗り出し、穏便に済ませた。ところが、事が収まっても、陽一郎はA氏に礼を述べることもなかった。まるで何事もなかったような態度を取ったのだ。
西も、A氏には兄のように甘えて、というより感じはいいが話の内容には嘘が多すぎて、A氏から資金を借り入れるために小狡く立ち回ることが多かったが、陽一郎は小狡いというよりは非常識で、しかも無責任だったというのはほぼ間違いないと関係者全員が言う。A氏が西に頼まれれば大抵のことは聞いてあげていたのを間近で見ていて、陽一郎はA氏が対応してくれるのは当たり前くらいに感じていたのではないかとさえ思われる。
西がA氏から東京オークションハウスでの事業資金やさまざまな投資資金を借り入れ、それが総額で116億円にも膨らみ、さらにA氏と西、鈴木の3人で開始された株取引でA氏が合意書に基づいて出した買い支え資金の総額が207億円に達しながら、鈴木が利益を独り占めにしたことでほぼ全額が補填されておらず、その分を加えると、西がA氏に負っている債務が323億円にものぼっている事実を、もちろん陽一郎は十分に承知していた(鈴木の債務約28億円に対して西が連帯保証している分は含まれていない)。それにもかかわらず、陽一郎はA氏に恩義を感じるような対応をしたことが一度もなかったのである。(以下次号)

長谷川幸雄弁護士が仕掛けて下された品田幸男裁判長による誤った判決を控訴審で丸呑みした野山宏裁判長

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品田幸男裁判長は、何故、合意書と和解書を無効にしたのか。A氏側が提出した多くの証拠類が、鈴木と西が合意書に基いて株取引を実行していた事実を裏付けていたことは明らかだった。しかし、品田は株取引に係る証拠類を排除、もしくは軽視した。それは判決に反映されていなかったことですぐにも分かることだった。品田が証拠類を排除したのは、強引に合意書を無効にするために故意にやったことではないか、という疑問が湧くのは当然だった。

(写真:長谷川幸雄。元弁護士。金のために最悪の弁護活動をした。鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した責任はあまりに大きい)

株取引が実行された事実を明示する重要な証拠として挙げられる合意書と和解書について触れる。
品田裁判長は判決で「合意書」に基づいて鈴木と西が株取引を実行した痕跡がみられず、何よりも平成18年に「和解書」が作成されるまでの7年間に株取引に係る三者の協議が行われたという具体的な証拠も提出されていない、と言って「合意書」の有効性や実行性を否定した。しかし、法廷に提出された多くの証拠書類を精査すれば、鈴木が故意にA氏に会おうとせずに西をうまく利用して逃げ回っていたことがすぐにも判明したはずだ。それで、裁判官が鈴木の主張の全てが虚偽ではないか、という疑念を持たない方がおかしい。西がA氏に鈴木の消息を聞かれても「今は日本にいません」とか「鈴木は1DKのマンションで頑張っているので、長い目で見て下さい」と言って誤魔化し、あるいは事務所で紀井がかかって来た電話を取り、鈴木の所在を問われ、鈴木が傍にいたとしても、不在であるとか「今は海外に行っていて連絡がつかない」と言い、絶対に鈴木の所在を明らかにしない工作を周囲に徹底していた。その陳述書が証拠として提出されていた。品田裁判長は、証拠を精査しておらず、最初から排除しようとした可能性が高い。

鈴木は平成10年5月31日に親和銀行から100億円以上の融資を不正に引き出した特別背任の容疑で警視庁に逮捕され、その後起訴されたが、保釈中だった身で株取引を西と共に実行し、インサイダー取引や金商法違反、外為法違反、脱税などの違法行為を繰り返した。そして株取引の利益を独占するために10人前後にも及ぶ周辺関係者を犠牲にした結果、自殺に追い込んだり生死不明の行方知れずにした。
こうした犯罪疑惑にまみれた鈴木の本性に品田裁判長が何ひとつ疑念を持たなかったことは有り得なかったはずだが、判決には一切反映されていない。それが、品田裁判長の故意性を疑う重大なポイントになっていることから、改めて品田裁判長が排除し看過した鈴木の本性や証拠類の信憑性を検証することで判決がいかに過っているかを指摘する。

鈴木が主導した株取引の実態を知るには、西が記録した「鈴木義彦がユーロ債(CB)で得た利益について」と題するレポートがあり、また同じく西が作成した「鈴木義彦との出会いから現在」が明らかにしている。それだけではない。株取引の実行を裏付ける証拠は他にもいくつも法廷に提出されていて、鈴木が取得した株の売り抜けをほぼ全て任されていた紀井氏が、各銘柄の株取引で得た利益とその総額を「確認書」という書面にまとめ、さらに鈴木が利益のほとんどを海外に流出させ密かにプライベートバンクに隠匿している事実を法廷で証言した。また、「合意書」が交わされた直後の平成11年7月30日に西が「株取引の利益」と言って、A氏の会社に15億円を持参した。この時点で、宝林株取引で得られた利益は50億円だったが、鈴木がA氏に渡す分配金を10億円としようとしたのに対し、西が反発して15億円にした。ただ、合意書に基けば、鈴木と西は株取引の収支をA氏に報告し、一旦は50億円をそっくりA氏に渡さなければいけなかったが、鈴木と西は自分たちの都合で15億円を持参することを決め、正確な収支の報告をしなかった。A氏はその15億円を「合意書」に基づいて5億円ずつ分配すると考えたが、西と鈴木が取り分をA氏への借金の返済の一部に充てると言ったことから全額を受け取り、そのうち1億円を心遣いで「鈴木さんと分けなさい」と言って西に渡した。そして翌7月31日、西と鈴木がA氏の会社を訪ね、15億円の処理を確認した。その際に、西と鈴木が5000万円ずつを受け取ったことに礼を述べた。
その後、鈴木と西は株取引の利益を2人で分配する密約を交わし、A氏には具体的な報告も利益金を持参することもしなかった。その後、和解協議が行われるまで、A氏は完全にカヤの外に置かれたのだった。
平成18年10月16日の和解協議で、鈴木が西に「合意書」の破棄を執拗に迫り、その報酬として10億円を複数回に分けて紀井氏から西の運転手をしていた花舘聰氏を経由して西に渡したことを認めた。そして、その場で「和解書」が作成されたが、その後の約1週間の間に鈴木が何度もA氏に電話で連絡を取り、「和解書」で約束した支払約束を追認するとともに、株取引の買い支えで蒙った損失を「合意書」に基づいて補填しなければいけないと発言していた。さらに和解協議から1週間後の10月23日に鈴木が単独でA氏の会社を訪ね、支払を約束した70億円の支払方法を具体的に語っていた。しかも、宝林株について言えば、宝林株で約160億円という巨額の利益を獲得したことで、鈴木が西を巻き込んで「合意書」を反故にすることを企んだのは間違いなく、「利益を二人で折半しよう」と西に持ち掛けた。すると、西はその誘いに目がくらんで鈴木と密約を交わし、その後はA氏に対して、はぐらかしの対応ばかりをするようになり、A氏は株取引の実態が掴めなかったのが真相であった。

こうした合意書に基いた株取引が実行されていた事実経緯と証拠類は挙げればいくつも出てくるのだが、品田裁判長はそうした事実関係の検証を完全に怠り判決に反映させなかったのである。
鈴木の主張が嘘だらけであった事実は、個々に挙げればキリがないが、法廷での主張や証言が二転三転すれば、裁判官は不信を抱き証拠として採用しない、というのが通例であるにもかかわらず、判決を見ると真逆の結果となった。それは、いったい何故なのか? 裁判官が正当な判断能力を行使せずに、何らかの思惑で判決を導くことはあるのか? A氏の提起した貸金返還請求訴訟で最大、深刻な疑問は、まさにそこにあった。鈴木の証言が嘘だらけで、しかも二転三転させても平然としている、その典型的な例が宝林株取得の資金3億円を提供したのが誰だったのか? という点である。

ロレンツィ社が保有していた宝林株800万株の買取りについて、鈴木は「買取りではなく、海外の投資会社がイスラエルの大株主ロレンツィ社から、800万株を1株20.925円でバルサン(バオサンが正確な表記)に300万株、トップファンに250万株、シルバートップに250万株が譲渡された」と主張した。併せて、その購入代金をA氏が出したという事実も否認した。しかし、西が株式買取りの作業を全面的に行った事実を指摘したことから鈴木の主張が二転三転した。また、株式の購入資金についても「株式の買取り企業が直接出した」という主張が途中から「自分の金を出した」とすり替わり、さらにその調達先も「ワシントングループの河野博昌」からと言い換えられ、全く辻褄が合わなくなっていった。前記の外資3社は鈴木がフュージョン社を介して用意(取得)した、実体のないペーパーカンパニーであり、紀井氏がその事実を明確に証言している。前記の外資3社が大量保有報告書を金融庁に提出するに当たっては、買取資金の出所で「紀井義弘からの借入」という虚偽の記載を行って、常任代理人の杉原正芳弁護士は当の紀井氏から抗議を受けたが、杉原からの回答は一切無かった。

さらに、和解書について、長谷川がこれを無効にしようとして強調したのが「公序良俗違反」「強迫」そして「心裡留保」であった。それを裏付けるためにA氏が反社会的勢力と極めて親密な関係にあるという虚偽の事実を強調して、鈴木が和解時には一旦は「合意書」の有効性を認めて自署し指印までした「和解書」までも無効にしようとした。そもそも「合意書」の作成では西も同席する中、鈴木が一人熱弁を振るって懇願した。それで実行された株取引を認めたからこそ和解協議があり、鈴木自身が株取引を一部にしろ認めたことから和解書が作成された。ところが品田裁判長はそうした経緯を全面的に無視したのだ。和解書が作成された当日、鈴木は、西が香港で殺されかけた事件で鈴木が犯人に仕立てられそうになり極度の心身耗弱に陥ったという主張に始まり、A氏の会社が入るビルのエレベータが故意に止められ、鈴木が事実上の監禁状態に置かれ恐怖心を持ったとか、A氏の背後に暴力団が控えていて、逆らえば命の危険さえ感じたという虚偽の陳述を平然と法廷で並べ立てたが、それが虚偽であることは、和解書作成後に鈴木がA氏に送った2通の手紙の内容が全てを物語っている。手紙にはA氏に対して「大変世話になった」とか「男として一目も二目も置く人間にこれまで会ったことは無かった」と書いてあるが、強迫されたという人間が書く文言ではない。そして、鈴木と株取引の実態を知る西義輝が自殺してしまったために法廷で証言できないことを悪用して、合意書を無効にしようとしただけでなく、A氏と暴力団との親密関係を「西から聞いていた」と言って裏づけにしたのである。これらの言動はA氏の名誉を著しく棄損する行為だ。鈴木が法廷偽証に問われる可能性が少ないからと言って、鈴木の嘘を増長させた長谷川の行為は弁護士に課せられる「信義誠実の義務」(弁護士職務基本規程)に大きく違反するものだ。

これは、鈴木に請われるままにA氏が鈴木の言い値の3億円で買って上げたピンクダイヤとボナールの絵画(鈴木は絵画を一度も持参しなかった。他に担保に入っていた)を「売らせて欲しい」と言って平成10年5月28日に持ち出しながら、売却代金の支払も現品の返却もしなかった鈴木の詐欺横領に係る事件だが、鈴木はそれを正当化するために、現品を持ち出す半年以上も前に作成された同額の「金銭借用証書」をもって処理されていると主張した。しかし、時期が全く違っているだけでなく、借用書の但し書きには「日本アジア投資の証券1億円を担保にする」ことが書かれており、ピンクダイヤと絵画のことは何も書かれていない。鈴木がピンクダイヤを持ち出す際にA氏に差し出した「念書」にも「預かった」という文言が明記されており、前記の「金銭借用証書」に係る記述は一切なかった。鈴木の主張は過度の虚偽主張と立証に当たるが、品田裁判長はそうした事実関係の一切を無視して、この販売委託の責任は鈴木ではなくFR社にあるとして、問題をすり替えてしまったのである。

これまで見てきたように、鈴木の主張が嘘だらけで矛盾に満ちていることから、長谷川はそれを糊塗して正当化させるために「質問と回答書」(乙59号証)という、内容の全てが長谷川の創作・捏造による陳述書を作成し、証拠として提出した。
この陳述書はそれまでの審理で鈴木が主張した内容で露呈した矛盾や変転を糊塗するために作成されたもので、陳述書の内容はA氏への誹謗中傷に満ち、完済した債務の二重払いを強要されたとまで言及した。A氏への債務を完済したと鈴木が言うのは平成11年9月30日のことだが、平成14年6月27日に鈴木が15億円、西が10億円の借用書を作成し、鈴木は同年の12月24日に10億円をA氏の所に持参した。債務を完済したという鈴木が何故新な借用書を書き、10億円を返済したのか。この陳述書では10億円を「手切れ金だった」と言い、また別の審理では贈与とも言ったが、10億円という金額を見れば、そのような矛盾が解消されるものではない。
鈴木は「平成14年3月頃に呼び出された」というが、A氏は鈴木の電話番号を知らず、かけようが無かった。鈴木を紹介した西を差し置いて鈴木に直接連絡することは過去にも一度もなく、A氏には絶対に有り得ない事であり、その時期、西は志村化工株事件で東京地検特捜部に逮捕された事情もあったから、なおさらだった。また陳述書の内容は鈴木の一方的な話ばかりで、もしA氏が呼び出したというなら、A氏には鈴木に尋ねなければならないことが山ほどあったにもかかわらず、それが全く記述されていなかった。この陳述書がA氏を誹謗中傷することを目的に創作、捏造したものであることが容易に分かる。

品田裁判長による判決が重大な過ちを犯していたことから、A氏は控訴した。しかし、その控訴審でも、野山宏裁判長はA氏側が主張した一審判決の誤りを正す審議の要請には応じようとせず、審理の期間を数か月で終了させ、平成30年11月28日に控訴棄却の判決を下した。野山裁判長が地裁の判決を丸呑みする格好で支持したために、A氏の主張は東京高裁でも通らなかった。いくつもの重大な疑問に対する真実を見極めなければいけないはずなのに、野山裁判長は「一審で審理は尽くされた」として何も審理しなかったのである。これでは高裁(控訴審)としての役割を放棄したに等しく、品田が多くの証拠類を排除して真実から目をそらした結果の判決を不服として控訴したA氏側の申立理由を全く無視したことになる。訴訟に係る高額な印紙代を搾取したと言っても過言ではないほどで、三審制を標榜する意味すら見いだせない。野山裁判長は判決後にさいたま地方裁判所の所長に転任し、令和4年1月に何事もなかったように定年を迎え退官したが、仮に裁判所の上層部からの早期終結という指示があったとしても、疑念に満ちた品田判決を強引に丸呑みして支持する判決を下したことに後ろめたさは無かたのか。
地裁と高裁での判決はA氏の請求を棄却するもので、鈴木に対する疑念には故意に触れないという体裁になっていたから、鈴木の主張が全面的に認められたと同様で、結果的にはA氏の主張を退けるために鈴木の虚偽主張を前提にしたに等しい。
その後、A氏は上告を断念したために、判決は確定したが、このまま品田裁判長が下した判決が事実、真実であってはならないのは当然であり、再審により是正されなければならない。同時に品田裁判長も、令和3年4月に昇格して担当する民事18部の総括という重責を担っているようだが、正当な信賞必罰が見られない裁判所にあっても、品田が単に勤務経験の長さによりところてん式に総括に就いたとは思えず、品田のような出世欲にかられた人間が自らの過ちを何一つ正さずに裁判所内で昇格するのは、まさに組織の腐敗を象徴している。品田が率いている民事18部には4人の裁判官が所属していて、合議裁判では品田が裁判長として指揮を執っているというが、裁判官として正常、公正な判断能力を持たず、身勝手な思い込みや偏向した考えで暴走するのではないかという危惧を、4人の裁判官たちは抱いているのではないか。すでに品田がひどく誤った判決を下した事実が広く知れ渡っている今、品田が部下たる4人の裁判官たちからどれほどの信頼を得ているのか、極めて疑わしい限りだ。
品田が裁判で下した判決のひどさは、裁判所の上層部、ひいては最高裁の戸倉三郎長官にも責任が及ぶほど尋常ではないのである。その事実は、本誌を含むインターネット上の複数の情報サイトやYouTubeの動画を閲覧している、日本を含む世界中の多くの読者、視聴者から際限がないほど多くの非難が寄せられていることでも十分に証明されている。本来なら、品田自身が自らの過ちを認め、裁判官の職を辞するのが筋というものであるはずだが、それをしないというのであれば、裁判所の外からの際限のない非難や糾弾を品田だけでなく裁判所組織全体が受けることになるだけでなく、その汚名は品田が定年で退官しようとも永久に消えるものではないことを知るべきだ。裁判所組織も同様であろう。

長谷川は、鈴木が代理人に委任した平林、杉原の両弁護士とともにA氏から懲戒請求を受けると知るや、あっという間に辞職した。しかし、それでは責任を取ったことにはならない。それどころか、ただ敵前逃亡を企てたに過ぎない。長谷川の行為は弁護活動の許容範囲をはるかに逸脱しているから、償いをするのは当然なのに、今もなお何一つ反省の態度を見せていないのは、卑怯極まりない。
長谷川には鈴木から提示された高額な報酬を得るために、何が何でも鈴木を勝たせるとして取り組んだ作戦でしかなかった。しかし、度を越したやり方は自身が咎めを受けることを知るべきで、長谷川は鈴木の犯罪疑惑の共犯者として、鈴木と共に罪を償う立場にあることは、当然、未来永劫にわたって残り続け、家族や身内にも永久に影響することを認識するべきなのだ。

A氏が提起した訴訟で最も重要だったことは、全く返済されていなかった鈴木義彦はA氏から借り入れた約28億円(元金)を全く返済していなかった。その返済を主な目的にすることでA氏が了承して開始された株取引が密接に関係していた点にあった。それにもかかわらず、東京地裁の品田裁判長は故意に株取引に関わるA氏側の主張や多くの証拠類を全面的に排除して認めなかった、という重大な過ちを犯した。それを誘発したのは鈴木の代理人を務めた長谷川幸雄弁護士で、長谷川が徹底して行ったA氏に対する誹謗中傷を品田裁判長が採用して、株取引の事実を排除する根拠にしたのは判決からも明らかだった。(つづく)

西義輝の長男・内河陽一郎に向けられる「無責任」「非常識」「傲慢」の非難(2)

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西義輝が生前にどれほどA氏に世話になり、どれほど迷惑をかけたか、息子の内河陽一郎は全てを承知しているだけでなく、西がA氏に宛てた遺書をA氏に強引にコピーをさせて読んでいるから、西のA氏への思いも十分に分かっていた。それにもかかわらず、関係者へのこの対応である。誰が見ても、陽一郎の言動に大きな違和感を持つとともに、陽一郎の非常識さには本当に呆れてしまう。

陽一郎が、西の死後、A氏の関係者に対して非常に不可解な言動を繰り返しているために、関係者の一人が陽一郎に手紙を送り、西が自殺する際に西の妻松子と陽一郎に宛てた手紙(遺書)を見せると約束しながら未だに知らぬ振りをしているのは言語道断だという事に加え、今だA氏に言っていないことが多くあるようだから、いい加減に本当の話をするべきだという注意喚起をしたところ、あろうことか、陽一郎は弁護士を立てて、「この問題は自分とA氏の事なので一切立ち入らないで欲しい」という趣旨の通知を送らせていたという。いったい、陽一郎は何を考えているのか、理解に苦しむが、弁護士を立ててまで関係者からの忠告を拒否する対応は尋常ではない。しかも、陽一郎がA氏に連絡を取り、西が遺した遺書の開示や自分の意思を直接伝えるかと言えば、そうではなく、A氏に対しても依頼した弁護士を窓口にして陽一郎とは直接連絡を取らないで欲しい旨の記述が送られたという。

西の死から約4か月後の平成22年6月15日、西の妻松子と陽一郎がA氏の会社を訪ね、一通の書面が作成された。

「合意書」と題するその書面には、第一に西が生前にA 氏に譲渡した全ての債権及びA氏の債権回収について、A氏が依頼した場合には妻松子と陽一郎は全面的に協力する、という約定が謳ってある。

言うまでもなく、西がA氏に譲渡した債権及びA氏の債権回収とは、もちろんA氏が鈴木義彦に貸し付けた資金約28億円と「合意書」に基づいた株取引の利益分配金を、また譲渡債権とは、鈴木と西がA氏を外して利益の山分けをするとして交わした密約で、西が鈴木から受け取ることになっていた137億円を指している。

鈴木と西は、宝林株800万株の取得に始まる株取引で、A氏、西と3人で合意書を交わしたにもかかわらず、鈴木がそこに明記された約定を一切無視して利益を独り占めにしたが、それは合意書に基づいた株取引が始まって間もなく、最初の銘柄となった宝林株で160億円という西にも鈴木にも想定外の純利益が出たことで鈴木と西は目がくらみ、2人で利益を山分けしようという密約を交わすまでになった。しかし、鈴木はA氏に対する債務の調整だけでなく株取引でも西を利用するだけ利用した揚げ句に密約を反故にして、西に渡すと約束した利益分配金約137億円を払わなかった。西はそれをA氏への債務返済の一部として譲渡していたのである。

ところが、陽一郎はA氏に対して全く反対の態度を取り続けてきた。妻松子宛の分を含め西の遺書を見せると約束しながら今に至るも見せようとせず、鈴木に対する貸金返還請求の訴訟でも、実名の陳述書の提出を拒んだり、別の訴訟提起にも鈴木の報復が怖いとか就業先のコンプライアンス問題等を出して協力できないと言い出すなど、全く理解できない対応を取ったのだ。A氏の関係者達は誰もが陽一郎の無責任さに憤り、「父親の無念さを思えば、鈴木に対してあらゆる手段を講じてでも対抗するのが息子の役目ではないのか」と詰ったが、陽一郎は聞く耳さえ持たなかった。

鈴木と西の株取引は宝林に始まり、次いで鈴木の創業したエフアールほか次々に実行されて行ったが、A氏は西に乞われれば合意書での約束を守り株価の買い支え資金を出し続けた。その際にA氏の所に出向くのは西と運転手の花館聰氏の2人で、金額が数千万円単位の時は水野という社員が一人で取りに来ていた。鈴木はほとんど姿を見せなくなった。A氏が鈴木の様子を西に聞いても、西ははぐらかして「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っているので、長い目で見守って下さい」とか「今は日本ではなく海外にいて、帰ってくる予定が決まっていません」などと言って煙に巻いてしまうことが頻繁にあった。

西は鈴木の指示で仕掛けた銘柄の株価を高値に誘導するために、大量に買いを入れていたが、鈴木はその間隙を縫って取得株を売り抜け、それぞれの銘柄で10億円単位の利益を出したうえに海外に流出させていった。西が負った損失を鈴木が補填することはなく、また利益の分配もしなかったから、当然、損失分はA氏が被ったに等しい。ただし、西は鈴木の唆しに乗って、合意書を破棄する約束をして10億円を報酬として受け取り、また宝林株の利益分配として30億円を鈴木から受け取っていた。

ところが、西はA氏から出してもらった買い支え資金を流用して合意書に基づいた株取引とは別の投資に使ったり、東京オークションハウスの店舗を新規に銀座に2店舗と日本橋にも出店したり、西の妻松子には銀座に「角館」という名前の店を出させたり、あるいはカジノや料亭遊びなどの遊興に散財した事実が後日判明したが、そこには陽一郎の姿があることも多かったのを関係者が目撃している。陽一郎は株取引の現場を見ていながら、西に言葉を一度もかけたようには思えないほど西の浪費に加担していたのだ。

それだけではない。西は愛人の中田早苗と組んでA氏に新たな投資話を持ち込んで、A氏から資金を仰ぐという話もあってA氏は応諾して資金を出したが、その投資に冠したシャピーロという人物は西と韓国系アメリカ人マイケル・パク、そして西の愛人だった中田早苗が作り上げた架空の人物で、西の友人が4~5億円、知り合いの医師も4億円ほか多くの経営者を含めると被害の総額は100億円以上に及び、A氏だけでも70億円に及ぶとみられる。A氏が出した投資資金の一部1億4000万円が中田早苗の個人名義の4つの口座に入金されていることが発覚したことで、その投資話も実態のない詐欺まがいであることを中田自身が認め、事件化はしなかったものの、西と一緒に行動していた陽一郎は、最後まで自身の関与についてA氏には知らぬ振りを決め込んでいたが、先に触れた株取引で西が受け取った分配金と同様に陽一郎もまた懐にしていることは間違いなく、関係者の間では明らかに共犯だという声が圧倒している。

鈴木が株取引の利益を独り占めにして海外のプライベートバンクに隠匿している事実、そして利益総額が約470億円にものぼっている事実が判明したことで、A氏と西、鈴木の3人が和解協議の場を持って合意書の約束履行を鈴木に迫った。しかし、鈴木は頑なに合意書を否定して「西に協力して合意書に署名指印したもので、実際に株取引を実行したことは無いし、A氏と株のことで話したこともない」と言い張り、西が言っていることは全て西の作り話だとまで言った。

しかし、紀井氏が利益が巨額に上がっている事実を明らかにしたため、鈴木は最初の宝林株取引だけは認め、A氏と西にそれぞれ25億円ずつを支払うと約束して和解書が作成され、その後、A氏には別途20億円を支払うことも約束した。ところが、鈴木はそれからわずか1か月ほどの後、その約束を反故にして交渉を継続するという内容の手紙を一方的にA氏に送り付け姿をくらませた。

鈴木の報復を恐れるという陽一郎の言葉の裏には、西が株取引のさ中でA氏を裏切る密約を交わしたり、合意書破棄で10億円と宝林株の利益分配として30億円の報酬を受け取ったり、さらにはA氏から出してもらった買い支え資金を流用していた等の事実を突きつけられ、鈴木から恫喝された現場を陽一郎も目撃した経緯があったのではないかとさえ思われる。そうであれば、陽一郎も西と一緒に散財に耽った事実はA氏には知られたくないという思惑が働いても当然だろう。しかし、A氏の関係者が自分の身の危険を顧みず鈴木を追い詰めようとしている中で、A氏の資金を流用していた事もある陽一郎が自分の身だけを案じてA氏側に協力をしないという事は明らかな裏切り行為であって、誰が聞いても納得するはずがない。

まして、鈴木が西を2度も3度も死に追いやるようなことをしでかし、遂には自殺に追い込んだという事実は西の長男である陽一郎が重く受け止めるのが当然のことであり、さらにA氏に対して金銭問題をもちろん多大な迷惑を蒙らせてきた事実を考えれば、陽一郎の釈明は、まるで他人事のように受け止めているとしか見えず、自分には関係ないという口ぶりにしか聞こえない。陽一郎にとっては鈴木が西の命まで狙ってきた仇敵ともいうべき男であることをどこまで真剣に受け止めているのか。陽一郎にはA氏への感謝の気持ちが微塵も感じられず、誠実さや謙虚さが全くない自分勝手な人間としか言いようがないのだ。これには、双方の多くの関係者全員が同様の考えを示している。

陽一郎が悪質なのは、西の死後、他の債権者から4億円もの債務返済を迫られた際に債権者に泣きついて仲裁を頼み、債権者が動いたことで債務返済を免れることができたのに、その好意に甘えるだけで謝意も示さず何一つ報いていないことに加えて、西の妻松子や身内が西の死後に相続放棄をしたことを知っていながら、A氏に報告も相談もしていなかったことで、これは人として許されないことなのだ。陽一郎は西がA氏に宛てた遺書のコピーを持っているはずだから、もう一度読み返すべきだ。西がどんな思いでそれを書いたか、どれほど言葉を尽くしてA氏に詫びているか、さらに鈴木から裏切られたという強い怨み等を実感して、過去の様々な現場を思い出すべきだ。そして、A氏に見せようとしなかった妻松子と陽一郎宛の遺書を今こそA氏に全て見せるのは当然のことだ。

陽一郎は、西がA氏に内緒で妻松子の生家の近くに建てた別邸の処理に当たって「自分が買ってもいいですよ」とA氏や関係者の前で言ったこともあったようだが、それも一つの意思表示になるはずだ。というより、そのくらいやって当然である。冒頭にも挙げたような、わざわざ弁護士まで立ててA氏の関係者に「A氏と自分の問題に立ち入るな」と通告させたり、さらにA氏にまで弁護士を通せと言って、自分との間を強引に遮断しようとする言動がどういうことであるか、陽一郎は、本当に分かっているのか。(つづく)

鈴木義彦、青田光市そして弁護士3人の素描

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(写真:鈴木義彦 鈴木は空港から数時間をかけて愛人と住むマンションに到着した。尾行を最大に警戒した)

西義輝は、平成7年に鈴木と知り合って以降、鈴木の資金繰りを名目にした悪事の数々を目撃してきた。親和銀行不正融資、山内興産を騙した「タカラブネ株」の横領、エフアール社の株価維持をめぐる不正、市場流通を偽装した融通手形の振り出し等、悪事は枚挙にいとまない。それにもかかわらず西はそれを隠してA氏に鈴木を紹介した。その当時、鈴木は借金が300億円あると西に語り、自己破産、自殺の道しか残っていなかった。その窮地を救ったのがA氏であったが、鈴木は何から何までA氏に助けられたのに、結果的には恩を仇で返すように全てを裏切った。宝林株を手始めとした株取引の利益約470億円を独り占めして海外に流出させて隠匿し、プライベートバンクでの運用等で隠匿資金は1000億円を優に超えるとみられているが、その渦中で鈴木に関わった関係者10人ほどが自殺や不審死を遂げている他、多くの詐欺の疑惑が持たれている。後述の青田光市ほか弁護士3人の項でも示すとおり、青田光市ほか弁護士3人は金のためなら何でもするタイプで、鈴木の悪事や虚偽証言を増幅させただけでなく鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した疑いを持たれる中で「これ以上極悪な事件はない」と多くの関係者から非難を浴びている。さらにA氏が提起した訴訟の判決に至っては誰もが信ぴょう性を疑うもので、審理が十分に尽くされたものとは言えないために、鈴木側と裁判官の間に裏取引があったに違いないと結論づけるほどだ。この判決によって、鈴木や代理人に就いた弁護士たちが法曹界全体の信用を失墜させたことから、再審、弾劾裁判をしない限り名誉回復にはならないという意見に溢れ返っている。
以下に挙げる事例は全て事実であり、鈴木がその場その場をやり過ごすために言いつくろった虚偽の証言が多く確認されている。

(1)鈴木が記事削除申立の際に提出した「陳述書」は、勝訴を前提にしているとはいえ、まさに度が過ぎるほどに事実を歪曲しており、裁判におけるいくつもの虚偽証言が明確になっているだけでなく、裁判に未提出の証拠類(10本以上の録音テープ、多くの書類等)も沢山ある中で、それらが次第にマスコミにおいても共有されつつある。
(2)鈴木が平成10年5月31日に親和銀行不正融資(商法違反)事件で逮捕される直前の半年ほどの間で、鈴木がA氏から受けた約28億円(詐欺横領に係る分を含む)という巨額の融資を仲介して西が保証人となり、鈴木の窮地を救った関係にあった。そして、鈴木が弁護士費用や生活費等を名目に借り入れを依頼した際に西の妻が1800万円を貸し、また、これとは別に西個人でも鈴木の愛人宅に毎月50万円を届けるような支援をした経緯があった。さらに西が鈴木に頼まれ、会社で鈴木の父徳太郎と鈴木の愛人(サラ)を雇用して、それぞれ60万円と50万円の給与を支払っていた。そうした事実を無視して、西を足蹴にする言動を平気でする鈴木は決して許されるものではない。
(3)鈴木はエフアール社の経営危機で、10日で1割以上の金利を伴う借入れでも資金繰りが追いつかず、自己破産はもちろん、自殺という選択肢すら鈴木の脳裏に浮かんでいたような状況にあったが、それを救ったのはA氏であり、それもA氏以外にはいなかった。A氏は鈴木からの返済が一切なかったにも拘らず、鈴木が逮捕される直前にも8000万円を貸しているが、A氏のような人間は他にはおらず、それはA氏はもちろん、鈴木周辺の関係者全員が認めていることで、鈴木自身も十分に分かっているはずである。
(4)鈴木は手形以外にいくつも物品を持ち込み、A氏はそのたびに言い値で買ってあげていた。ピンクダイヤモンドとボナールの絵画も言い値の3億円でA氏に買ってもらっていた。但し絵画は一度も持参しなかった(他の債権者の担保に入っていたことが後日判明)。ところが、鈴木は平成9年10月15日にエフアール社を債務者としてA氏が3億円を貸し付けた際の借用書と合致させて「3億円は借りておらず、ピンクダイヤモンドと絵画の代金3億円の借用書を書いた」と主張した。期日を確認すれば明らかな通り、3億円の貸付は平成9年10月15日で、ピンクダイヤモンドの持ち出しよりも7ヶ月も前のことだった。さらに平成10年5月28日付でピンクダイヤと絵画を販売委託で預かる「念書」まで作成し差し入れているのだから、支離滅裂としか言えない。しかも、鈴木はA氏には販売委託の代金を1円も支払わず現品も返却しなかった。
また、親和銀行不正融資事件で逮捕された半年後に鈴木が保釈された際に、西がA氏から4億円の販売委託で超高級時計(合計13本 時価40億円以上)を預かったが、鈴木はそのうちのペアウォッチ3セットを知人のところに持ち込み6億円を借り、その後、知人を騙してその3セットを取り戻したうえ質店に持ち込んで5000万円で質入れしたという。こうした経緯を鈴木はA氏には一切報告をせず、代金も払っていなかった。質入れした3セットについては、その後、事情を聴いたA氏が質店から買い戻した、というから、鈴木のやることはどこまでも悪質で犯罪そのものだった。関係者によると、「鈴木は後日トラブルになることを想定して、証拠の残らない方法でA氏から融資を受けていた。エフアール社の帳簿に記載したり銀行口座を介して金を動かしていれば、もっと早い時期に鈴木の嘘は発覚していた」と言う。
(5)西と鈴木は平成11年5月末に買い取った宝林株(800万株)で仕手戦を開始して一攫千金を狙ったが、利益を確保することができず、株価を高値に誘導し維持するために、A氏に資金支援を頼み協力を仰いだ。その際に交わしたのが「合意書」(平成11年7月8日作成)だったが、鈴木は株取引の全てで合意書の約束を反故にしてA氏を騙し、A氏に巨額の損失を負わせ利益を独り占めにした。この「合意書」は銘柄欄が空白で、ただ「本株」とだけ書かれていたが、「本株」が宝林株式であることに疑いはない。また「今後本株以外の一切の株取扱についても、本合意書に基づく責任をそれぞれに負う」と明記しており、西と鈴木が継続的に株取引を実行する意思表示がなされていた。
平成11年7月30日、西が「株取引の利益です」と言って15億円をA氏の会社に持参した。A氏は「合意書」に基づいて3等分するものと考えたが、西が「私と鈴木の取り分は返済金の一部に充てる」という約束を口にしたことで、A氏は全額を受け取った。そして、そのうち1億円を心遣いとして「鈴木さんと分けなさい」と言って西に渡した。翌7月31日、鈴木と西がA氏の会社を訪ねた際に、A氏が利益金の処理を確認したところ、二人とも了解し、併せてA氏から5000万円ずつを受け取ったことに礼を述べた。
(6)ところが、実際に鈴木は西と組んで仕掛けた仕手戦で巨額の利益を出しながら、A氏には全うな報告もせず、西を窓口にして「都内のマンションの1DKで頑張っているから長い目で見て欲しい」などといった言い訳ばかりをA氏の耳に入れさせていた。西と鈴木が仕掛けた「宝林」株の仕手戦で、西がA氏に15億円を持参した際にはまだ仕手戦は終結しておらず、最終的な利益総額は約160億円にも上っていたが、鈴木と西はそれをA氏には報告せず、密かに海外に流出させていた。
(7)鈴木は宝林株を取得した当初から周到な計画を立て、利益の独り占めを企み、そのために海外に流出させた利益金の額や隠匿方法等の詳細を西にも語らず、独り占めを図った。そして、宝林株以後に相次いで仕掛けた銘柄のうち志村化工株の取引で、平成14年2月27日に東京地検特捜部が西ほかを相場操縦の容疑で逮捕するや、鈴木は西と距離を置くようになった。特捜部は事件の本命を鈴木と睨んでいた。しかし、西は後に「逮捕直前に鈴木が土下座をして、『私の名前は絶対に出さないで欲しい。そうしてくれたら、西会長が出た後には言うことは何でも聞くから』と懇願した」と証言したが、取調べで西が鈴木の関与を否認したために鈴木の逮捕が見送られたと思われる。西の保釈後、しばらくの間は西に相応の金銭を渡していたようだが、西に懲役3年(執行猶予つき)の判決が出ると、鈴木は掌を返すように西との距離を置き始めた。このことだけでも鈴木の人間性が分かる。
(8)なお、平成11年9月30日付でA氏は鈴木(エフアール社)に対して「債権債務はない」とする「確認書」を交付した。鈴木はA氏から融資を受ける際に手形か借用書を預けていたが、そもそも手形の振出しが簿外だったために決算対策上は処理しておかねばならず、前年の平成10年9月にA氏は手形の原本を西経由で同社の天野氏に渡して、監査法人の監査終了後に問題なく戻ってきたため、同様に協力したものだった。「確認書」は、この時に西から頼まれ便宜的に作成したに過ぎなかった。西が「確認書」は便宜的に作成されたもので、当日に現金授受はないという「確認書」を別途に作成し、また手形の額面総額の借用書をA氏に差し入れていたことからも、それは明白だった。
(9)西が保釈された直後の平成14年6月、A氏が西と貸金と株取引の話をしたところ、「株取引の利益がこれから大きくなるので(鈴木の債務を)圧縮して頂けませんか」と西がA氏に話したため、A氏は了解し、鈴木への40億円超(金利年15%で計算)の貸付金を25億円に減額したうえで、同月27日に新たに借用書を作成した。その際、鈴木が「社長への返済金10億円を西に渡しています」と言い出したため、A氏が西に確認したところ、西が金の受け取りを渋々認めたため、鈴木が15億円、西が10億円の借用書を作成し署名した。この二人の借用書には確定日付(6月27日付け)がある。
(10)しかし、西が受け取ったと認めた10億円は、実はA氏への返済金ではなく、鈴木が「合意書」の破棄を西に執拗に迫り、それを西に実行させるための「報酬」として複数回にわたり紀井氏から西の運転手である花館聡を経由して手交されたものであったことが後日判明した。平成18年10月16日にA氏と西、鈴木の3者で協議が持たれた際に、鈴木は西に「これくらいは認めろ」と言われ、鈴木もそれを認めていた。
(11)なお、鈴木は西との仕手戦で獲得した利益の中から親和銀行に対して損害補填による示談を申し入れ、約17億円を支払うことで示談を成立させた(平成12年1月19日付け)。鈴木は判決で有罪判決を受けたが、もし損害補填がなければ、執行猶予とならず実刑だったに違いないが、「合意書」に基づけば、鈴木は利益金を流用した事実をA氏には一切告げていなかったから、明らかに横領を働いたことになる。鈴木がエフアール社や個人の借金(負債)の清算に充てるという、こうした例は他にタカラブネ株の返還訴訟で山内興産に約4億円を支払って和解した事実もある。
鈴木義彦への疑惑の核心は、鈴木がA氏から受けた巨額の融資を「確認書」を悪用して債務は完済したという虚偽の主張を繰り返したことに加え、西と鈴木が「合意書」に基づいて株取引を実行し、巨額の利益を獲得したにもかかわらず、鈴木と西が密約を交わしてA氏を外しにかかり、さらに鈴木は西をも排除して利益の独り占めを謀ったという点にある。西が鈴木の裏切りによって、次第にA氏に真相を明らかにするようになり、また鈴木の側近で、鈴木の指示で取得株式の売りを全て任されていた紀井氏も重い口を開いたことから、ようやく株取引の実態を理解したA氏が平成18年10月16日の協議で、鈴木に質した。
(12)その協議で鈴木は「宝林株」の取引すら「合意書」とは関係ないと言い張り、「合意書」は交わしたが、「何一つ履行した事実がなかったので忘れていた」などと言って、完全に否定した。しかし最後には宝林株の取得でA氏が3億円を出したこと、また株取引については宝林株のみを認め、「分配金はすでに渡し終わっている」と言った。「合意書」が関係ないと言うなら、何故、宝林株を売ることができたのか。また、「合意書」には「今後一切の株取引」と明記されている。仮に鈴木が単独で株取引を実行したとしても、「合意書」を前提にA氏や西に報告をして、協議しなければならなかった。
(13)西は平成18年10月2日に香港に向かったが、その目的は鈴木と交わした利益分配の密約の履行で、利益の分配金の授受で鈴木が指定したのが香港だった。その際、西は妻に「置手紙」を残していたが、その中に「(鈴木と)二人の約束は、今後宝林だけでなく、あらゆる第三者割当増資(ユーロ債)から得られる利益を、経費を除き折半する約束」「平成11年から平成14年までは、彼は私との約束を守り、30億のお金を払ってくれ……」と注目すべき部分がある。鈴木が西に30億円を渡した事実が明らかになったことから、鈴木の主張が嘘であることが明白だが、「分配金は渡している」との証言に基づけば、鈴木はA氏にはいつ、いくらを支払った、というのか。
(14)株取引の利益は最終的に60億円という鈴木の発言を基にしつつ、「合意書に関する問題を解決するために50億円(A氏と西にそれぞれ25億円)を支払う」と鈴木が言ったことから、西が予め用意していた「和解書」に鈴木は金額を書き入れ、署名指印した。この「和解書」の文面について、鈴木は何度も読み返し、A氏が「必要であれば、文面を修正しますよ」と言うと、「これで大丈夫です」と言った。ただし、利益が60億円であるという鈴木に西が反発して、「それでは社長が他から借りて出している資金を処理することもできない」と抗議すると、鈴木は「社長には大変世話になったので、2年以内にあと20億円払います」とまで言いつつ、「西の言い方が気に入らないから」として、20億円の支払は「和解書」に書かなかった。しかし、裁判官は判決では鈴木が「和解書」に署名指印したことをA氏と西による脅迫に伴う心裡留保と決めつけたが、和解後に鈴木がA氏にかけた電話や単独でA氏の会社を訪ねてまで支払約束の履行を追認したことや、A氏に送った2通の手紙の中にも「(A氏を)男として一目も二目も置く」とか「大変世話になった」と直筆で書いており、裁判官の裁定には根拠がないことは明白だった。
(15)その後、鈴木は何度となくA氏に電話を入れて支払の確認をする時に、「西が買い支え損は約70億と言っていたが、正確にはいくらか?」と尋ね、それをA氏が西と紀井氏に確認し「58億数千万円」と回答すると、鈴木は「全体の利益より引いて3等分しないといけませんね」と言い、そこまで追認していた。1週間後の10月23日にも単独でA氏の会社を訪ね、そのときにも支払約束の方法等についての確認をしていた。
(16)しかし、約1ヵ月後の11月末に「50億円の支払を一旦留保する」旨の鈴木からの手紙がA氏の元に届いた。A氏は翻意を促す手紙を書いたが、内容がほとんど同じ2通めの手紙が再び届き、以降、鈴木は所在を不明にし、青田光市と弁護士の平林英昭が「代理人」として窓口に立った。途中で代理人を立てるくらいなら、何故、最初から弁護士を入れなかったのか。
(17)青田と平林の両人は、しかし問題を解決するどころか逆に紛糾させるだけだった。青田は代理人に就いた当初は、紀井氏に会って、「(A氏に)土下座してお詫びをしたうえで話をさせてもらいたい」などと言っていたが、実際には「(A氏の)会社の入るビルのエレベータを止められ、鈴木は事実上の監禁状態に置かれた」としつつ「鈴木はA氏と西に脅かされて怖くなり、和解書に署名しなければ、その場を切り抜けることができなかった」と言い出し、また平林は鈴木の債務総額について、交渉のたびにコロコロと変わるほど主張を変転させた。さらに「和解書」についても「強迫」とか「心裡留保」というありもしない状況を根拠に無効を主張した。それが本当ならば、A氏と初対面の際に「社長さん、50億円で何とか手を打って頂けませんか? 50億円なら、鈴木もすぐに支払うと言っているんで……」と平林は言ったが、そのような言葉を口にするはずはなかった。それ故に「強迫」だの「心裡留保」など有り得ない。
(18)青田は三者の話し合いには一度も立ち会っておらず、その場の雰囲気すら分かっていないのに、前述のとおり「エレベータを止められ監禁状態に置かれた」とか「ビルの下で待機していた」、あるいは西が香港で事件に巻き込まれたことについても「西は香港へは行っていない」など、都合によって口からでまかせの発言をする人物という評価が関係者全員の一致した印象だった。しかも、「和解書」の作成後に鈴木からA氏に送られた2通の手紙には強迫や心裡留保に当たる文言は一切なく、支払の撤回は西と紀井氏の情報漏えいを理由にしていた。したがって、平林弁護士が鈴木の依頼に応え苦肉の策で作り出した強迫や心裡留保は後付けに過ぎなかった。
(19)平成9年9月~平成10年5月までにA氏が融資した金額が約28億円に上ったが、鈴木は前述の「確認書」を盾に「平成11年9月30日に15億円を支払い完済した」と主張した。鈴木の言う15億円は西が同年の7月30日に持参した15億円を指していたが、9月30日に金銭の授受はなかった。手形の原本は確かに鈴木の手許に戻ったが、借用書や預かり書など全ての原本はそのままA氏の手許にあり、「確認書」が債務完済の根拠になどならないのは明白だった。また、貸付金約28億円は元本であったから、15億円では完済とならない。エフアールの常務(後に代表者)だった天野氏は、「前年の平成10年9月にも決算対策のために西さん経由で手形を預けて頂き、再びA氏に返した。お陰で、取締役会で議題にもならなかった。従って平成11年当時の確認書も便宜上のものと認識している」と鈴木の主張を完全に否定した。
(20)天野氏は平成23年8月3日に急逝したが、生前に偶然、赤坂の高級クラブでA氏とも会ったことが数回あった。「天野会長は社長(A氏)と会う度に社長の席に挨拶に行っていた。その際には、『鈴木が大変お世話になっています』と挨拶をし、一緒に来ていた3~4人の取り巻きにも『鈴木が今あるのは、全てこちらの社長(A氏)に数百億円の資金をお世話になっているお陰です』と言っていた」と某クラブの店長が言う。ほかにも何人もの同様の証言がある。
(21)ある時期に鈴木が巨額の資金を有している事実を天野氏が質すと、鈴木が「A社長の資金だ」と答えたというが、その後、A氏との対立が深刻になると、鈴木は天野氏に「A氏とは絶対に会うな」と命令したにも拘らず、前述したよう天野氏が鈴木には内緒でA氏と会ったために、鈴木からひどく咎められ、以来、二人の関係は険悪になったという。ちなみに、天野氏の急逝について、クロニクル(=旧エフアール)は「自宅で病死」と発表したが、一部には都心の京王プラザホテルの客室で首を吊って状態で発見され、それには「鈴木が関係している」と言う関係者も少なくない。また、天野氏が鈴木の保釈後「A氏には感謝しなければいけない」といった趣旨の話をしていたというが、それについて鈴木は「和解書」作成時にA氏に感謝の言葉を伝えていた。

(写真:青田光市。告発者から送られてきた写真。青田はタイで事業に躓くと、わざわざ日本から暴力団員を同行させて告発者ほか関係者を脅かした、という)

青田光市
青田を告発する読者から送られてきた写真があるが、青田は国内だけでなく海外でも事件を起こして逮捕され、すぐに保釈されたのは取り調べの担当官に賄賂を渡した疑いがあり、その直後に担当官が行方不明になった。鈴木が海外のペーパーカンパニー名義の口座から青田に送金した事実や不正に上げた利益を地下銀行を使って日本に送金した事実等が判明しているが、青田自身には他にも多くの脱税の疑いがあり、これには姉夫婦も絡んでいるとの指摘がある。鈴木が逮捕起訴され有罪判決を受けた親和銀行事件で、当時の頭取を美人局によりマッチポンプにかける現場を作り、不正融資を受けるきっかけを作った。また、赤坂マリアクリニックの院長が重病になったことをチャンスと見て赤坂の医療法人を乗っ取るなど、青田のやることには常に暴力装置として広域指定暴力団の系列組織のNo.2が関与してきた。和解協議後の交渉で鈴木の代理人として平林と共にA氏に対応した際にも、全てが嘘の発言で交渉を混乱させた。前述のNo.2とは約30年の付き合いで、青田は事あるごとに反社の人間を使ってやりたい放題のことをしていた。青田に対して被害者から数多くの情報が寄せられていることから、徹底的に調査するべきだが、姉や義兄、2人の姪にも影響が出るのは必至の状況にある。

(写真:長谷川幸雄。元弁護士。金のために最悪の弁護活動をした。鈴木の犯罪疑惑を隠蔽した責任はあまりに大きい)

長谷川幸雄
元弁護士。鈴木とは100億円以上の不正融資が発覚した親和銀行事件で逮捕された当時、代理人に就いた関係にある。今回の裁判で鈴木が法廷に提出した物的証拠は「確認書」(平成11年9月30日付。ただしこれも同日の西のA氏宛の確認書や天野氏の証言で決算のために便宜上作成したものであることは明白である)だけで、長谷川は二転三転する鈴木の証言をカバーするために、弁護士としても人間としてもやってはいけないし許されない虚偽を「質問と回答書」(乙59号証)等で構築した。それ故に、あらゆる証拠により誰の目から見ても誤審が連続した結果の誤判であったことが証明されている。それを報道する多くの正確な記事が出たために自身が懲戒請求を受けることを恐れ、さらに再審や弾劾裁判が提起される可能性を考えて長谷川は弁護士登録を抹消した。しかし鈴木の犯罪疑惑を度の過ぎた虚偽の構築で隠蔽し、誤った判決を誘発させた責任はあまりにも深刻で、極悪非道な虚偽の構築に対する非難が国内外から寄せられている。死者の数、騙した金額から見ても戦後最大の事件であるだけに、鈴木はもちろん長谷川の名も未来永劫にわたって消えることはない。家族や身内にも、いつまでも悪い影響を与えるだけでは済まない。長谷川が鈴木に解決を強く促さない限り、いつでも世間に顔向けができない状況になることくらいの判断がつかないはずがない。長谷川はオウム事件で死刑囚となった早川紀代秀の代理人を務めたようだが、麻原の3人の娘たちがどんな人生を送っているか、いくら努力をしても普通の人間として世間は見ない。長谷川は、自分の子や孫が今後の人生に良いことは無いことくらい分からない訳はない。子供たちの将来を考え、一日も早く解決するべきではないのか。

(写真:平林英昭。鈴木が交渉で指名した代理人。鈴木の嘘の証言を補完するためとはいえ、平林の言動も二転三転した)

平林英昭
弁護士。鈴木が和解書の支払約束を撤回した平成18年11月下旬に指名した交渉の代理人。しかし、平林の言動は鈴木の債務額や宝林株の買収資金ほかで二転三転してばかりで、ウソにウソを重ねていると何度も指摘を受けた。A氏の代理人が襲撃された事件についても暴力団習志野一家(実行犯が所属)の総長と最低でも2回も面談している事実を指摘されても、平林は一切返答できなかった(A氏側の指摘にも故意に無視した)。平林はA氏との交渉に入る初対面の場で「50億円で手を打ってくれませんか。それならば鈴木がすぐに払うと言っているので…」と打診したが、A氏はその申し出を即座に断り、「あなたは詳細をご存じなのか」と尋ねると、平林は「おおよそは」と言葉を濁した。A氏が「株取引の買い支え分で207億円を出し、鈴木分だけでも58億円以上の損失が出ている。また和解書の支払約束は利益が60億円を前提にしていたが、その後に利益は470億円超であることが分かったので、申し出は受けられない」とA氏は答えた。すると平林は面談を打ち切り、その後は全面否認に転じて、鈴木が自署した「和解書」を無効にするために、和解協議を「強迫」や「強要」の場にして鈴木を被害者に仕立て上げた。裁判でも、平林は交渉時の打診についてA氏側から何度も指摘を受けたが、一切無視し続けた。その行為は弁護士にあるまじきやり方で、脱税の疑いもある中で懲戒請求を受けている。いつまでも無理をしても先々家族や身内には絶対に良い影響を与えない、どころか永久に不憫な思いをすることくらい分かっているはずだ。

(写真:杉原正芳。弁護士。数多くのペーパーカンパニーの常任代理人を務めたが、鈴木の犯罪に加担した責任は大きい)

杉原正芳
弁護士。合意書に基づいた株取引で、鈴木は利益を海外に流出させ隠匿するために、タックスヘイヴンに数多くのペーパーカンパニーを用意(取得)したが、杉原はそれらの会社の常任代理人を務め、ペーパーカンパニーを実体のある投資会社に装って大量保有報告書の作成、提出(虚偽作成および行使)を担った。鈴木が用意した会社は100社以上に及ぶとみられ、杉原の関与は脱税に大きく加担していることから懲戒請求を受けている。杉原は、本当に弁護士としての善悪の勉強をしてきた人間なのかと疑問を持たざるを得ない。大量報告書への名義の無断記載で紀井氏から質問(抗議)を受けた点に対しても一切返答せず、悪事を働いておいて知らぬ振りを決め込んでいるようだが、この事件は、世界中を見ても、また過去を振り返ってみても例を見ない大きな規模の事件だということを杉原も分からないはずはない。今や、世界中が鈴木の悪事に注目している。今後は家族や身内にどれくらいマイナスの人生を送らせることになるか、考えるべき時ではないのか。このままでは未来永劫にわたって悪事が風化したり不問になることなど決して無いことを自覚するべきだ。 (つづく)

鈴木義彦による横領事件 28億円以上の被害事実を放置してはならない

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(写真:鈴木義彦)

A氏から受けた融資と株取引支援の渦中で、鈴木義彦は横領を始めとする犯罪行為を繰り返し実行した。エフアール社の経営が危急存亡の危機にあった平成9年から同10年にかけて、わずか数か月の間に総額で約28億円もの資金援助をしたA氏に対して、鈴木はA氏から金銭を騙し取っていたのである。約28億円の貸金の中で明確な横領金額は7億円以上で、例えば、一旦はA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤと絵画を3億4000万円の販売委託で預かったにもかかわらず、代金を支払わず現品の返還もしなかった事件や、バセロンほか有名ブランドの超高級時計13本(上代価格で40億円超)を同じく販売委託で預かりながら、約束した代金4億円を支払わず現品の返還をしなかった事件等がそれに当たる。
鈴木の悪性は平成10年5月末に表面化した親和銀行不正融資事件で存分に証明された。鈴木は当時の同行頭取、辻田徹氏にハニートラップを仕掛けさせて同行から不正融資を引き出すきっかけを作る重要な役割を果たし、総会屋や暴力団組長等と組んで100億円以上を不正に融資させたことで、鈴木は主犯格として部下の大石高広専務とともに警視庁に逮捕され、その後に起訴された。そして、公判の過程で代理人に就いた長谷川幸雄弁護士とともに同行に和解工作を進めた結果、約17億円を支払うことで和解が成立したことから、平成12年9月に下された鈴木に対する判決は懲役3年執行猶予4年という、巨額の不正融資事件に比べ軽微なものとなった。もし、親和銀行との和解が成立しなければ、執行猶予がつくことなど有り得なかったが、実は鈴木が和解金として同行に支払った約17億円もまた、A氏と西、鈴木の3者で交わした「合意書」に基づいて開始された宝林ほかの株取引の利益の一部で、鈴木は株取引の詳細をA氏には報告せずに利益の独り占めを謀っていたのである。この株取引利益の横領について、鈴木が福岡に本社を置く山内興産(末吉社長)から高値での売却を名目に20億円相当の「タカラブネ」株券を騙し取り、勝手に売り払ってエフアール社と自身の資金繰りに流用した事件があったが、その後の平成15年に山内興産が株式の返還と損害賠償を求める訴訟を起こした際に、同様に隠匿していた株取引の利益のうち約4億円を流用して、山内興産に和解金として支払っていた。
こうした経緯から、鈴木がA氏に損害を被らせて横領した金額は目先で言えば合計で28億円以上になるが、鈴木が西とタッグを組んで実行した株取引で上げた利益は平成18年10月の時点で総額470億円という巨額に上っており、鈴木はほぼ全額を横領して海外に流出させつつ、プライベートバンクに預け、年間で100億円と推計される巨額の運用利益を受け取っている、という疑いがある。しかも、この隠匿資金はそもそも申告していないから決して表には出せないもので、日本のみならず海外諸国の税務当局が追及すれば全て没収の対象となる汚れた裏金だ。

鈴木による横領に実態について触れる。鈴木が西義輝の紹介でA氏と会ったのは、平成9年8月頃のことだった。西は「鈴木はエフアールという上場会社の社長で、エフアールは経営状態が悪く、どうしようもありませんが、鈴木は有能な人間なので助けてやって戴けませんか」と言って、鈴木への金銭支援を求めた。紹介を受けてから数回程度、飲食を共にしたところでの支援依頼にA氏は快く応じ、その後、西が同行する中で鈴木が持参したエフアール社が振り出した約束手形を借用書代わりにA氏は手形の額面と同額を貸し付けた。鈴木への融資が始まってすぐに、鈴木の連帯保証をしていた西が「お願い」と題する書面をA氏に差し入れた。その文面には、手形の期日が来ても金融機関機取り立てをしないでほしい、期日の3日前までに現金を持参して返済すると明記してあったが、鈴木がその約束を守ったことは一度もなく、次から次へと手形を持ち込んでは期日を先延べにし、新規の借入を受けた。それでもA氏は約束を守り、手形の取り立てをすることがなかった。こうした経緯を見るにつけ、鈴木は借金を返済する気など毛頭なかったことが分かる。
鈴木が振り出した手形は合計で13枚、額面総額で約19億6000万円に上っていた。また、こうした中で鈴木が単独でA氏を訪ね、その際に持参した借用書で3億円の融資を受けたり、冒頭に触れたようにピンクダイヤと絵画を言い値の3億円で買ってもらうほか、宝石類を1億円以上で買ってもらうなどしていたのである。ただし、絵画については「後日持参します」と言ったきりで持参してはいなかった。また、3億円の借用書についても、主債務者がエフアール社で鈴木は連帯保証人となっていたため、A氏がそれを確認すると、鈴木は慌てて「書き換えましょうか」と言ったが、A氏は「いや、私と鈴木さんとの信用を前提にしているから、このままでいいでしょう」と応えた。しかし、鈴木が、それまでに別の債権者との間で同様のやり方で借金をしながら、トラブルになった際に責任を会社に押し付け、「会社に請求をすればいい」と言い逃れて、問題をこじらせたことが何回かあったことが後日判明したが、鈴木が借金を踏み倒す常套手段をA氏に対しても使ったことは明らかだった。

(平成10年5月28日、鈴木がA氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出す際に持参した「念書」)

そして、平成10年5月28日、鈴木が単独でA氏の会社に訪ねてきた。この時、A氏は知人から鈴木が数日以内に警視庁に逮捕されるという情報を聞いており、それを鈴木に伝えた。鈴木は表情を変え「本当ですか」と言ったが、鈴木自身がすでに取り調べを受けるなどして逮捕日が近いことを承知していたのは間違いない。鈴木は当日も額面8000万円の借用書と、ピンクダイヤと絵画の販売委託を受けるための「念書」を持参しており、A氏から逮捕情報を聞いた直後に、いきなり土下座をしつつ額を床に押し付けるようにして涙を流しながら融資を懇願した。そして、A氏が「鈴木さん、そんなことはしないで、椅子に座りなさい」と言っても、しばらくは頭を床に押し付けたままだった。A氏が堪りかねて融資を承諾すると、鈴木は感謝しつつ「このご恩は一生忘れません」と言って、ようやく椅子に座りなおした。A氏が借用書を見ると、返済日が1週間後の6月3日になっていたが、鈴木は逮捕情報を聞いてもそれを変更しますとは一言も言わなかった。A氏も敢えて聞かなかったが、もし書き換えさせるようにA氏がしていれば、そもそも手形を13枚も預かるまで貸し付けを重ねることはしなかっただろうし、他の融資にしても担保を強く求めるなどしたに違いない。鈴木はA氏のそうした性格を逆手にとって返済もせずA氏を騙し続けたのだ。
そして、鈴木が持参した「念書」もまた、エフアール社がピンクダイヤと絵画を預かり、会社が責任を持って3億4000万円で販売すると書いており、文末に常務の天野裕の自書もあったが、これも後日、天野氏が「鈴木が白紙のレターヘッドに署名するよう指示され、内容も目的も分からないまま署名した」と語っていたように、エフアール社が全く関与していないところで、一旦はA氏に買ってもらったピンクダイヤと絵画を騙しで取り返したのが実態だった。鈴木はこれらの販売委託についてA氏には詳細の報告を一切していないし、返還もしなかった。

超高級時計13本については、鈴木が逮捕されて半年後に保釈された平成10年12月に西が「鈴木の更生を図るために」と言ってA氏に金銭支援を懇願した際に、A氏から4億円の販売委託で預かったものだった。西は「預かり書」をA氏に差し入れており、「鈴木義彦代理」と書き署名していた。そして、鈴木が13本の時計の中からバセロンのペアウォッチ3セット(1セット10億円相当)を
持って知人を訪ね、それを担保に6億円を借り入れした。しかし、鈴木も西もそれをA氏には報告せず、代金も支払わなかった。その後、鈴木は知人にさまざまな名目をつけて担保で預けた3セットを引き出し、質店に質入れして放置したという話を西がA氏に報告したことで、A氏が西の案内で質店に金を払って取り戻したという。
本来であれば、この時点でA氏はピンクダイヤと絵画の分も併せて鈴木を横領の容疑で刑事事件にすべきだったのかもしれないが、折から鈴木と西が株取引を継続させていたこともあり、また西が「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っているので、長い目で見てやってください」などと、およそ事実とはかけ離れた言い訳をして鈴木を庇っていたために、A氏も静観することにしたようだが、西も鈴木に操られて加担させられていたことを踏まえれば、鈴木が自分の強欲でA氏を騙し裏切ったことに他ならなかった。

鈴木が西と実行した株取引は、宝林株800万株の売却話を西が得て、A氏が買い取り資金3億円を出して始まっているが、鈴木はその当初からA氏を外しにかかり、利益を独り占めにする悪だくみを計画していた。鈴木が杉原正芳弁護士を常任代理人にして、金融庁に提出させた大量保有報告書の「資金の出所」という項目には、当然、A氏の名前を記すべきだったが、鈴木は株式の売りを一任した紀井義弘氏の名前を紀井氏には了解も取らず無断で書くよう杉原に指示していた。また、宝林株800万株を3つに分散して外国の投資会社を装うペーパーカンパニー3社を調達し、それらの名義で株式を売ることで、鈴木の名前が一切表に出ないように仕組んだのも、上がった利益を海外に流出させることを念頭に置いた仕掛けだった。
宝林株を取得したのちの約1か月間、鈴木と西は証券市場で同株の高値誘導を図ったようだが、結果的に売り抜けることができなかったためにA氏に泣きついた。そして、鈴木が一人熱弁を振るってA氏に株価の買い支え資金を安定的に支援してほしいと懇願し、A氏の承諾を取ったところで交わされたのが「合意書」だった。
そして開始された宝林株取引では、予想外の利益が出て、株取引の開始から約3週間後の7月30日に西が「株取引の利益」と言って15億円をA氏の会社に持参した。A氏は15億円を3等分し、自分の受け取り分は5億円と考えたが、西が「自分と鈴木の分は社長への返済金の一部としてください」と言ったことから、A氏が全額を受け取り、うち1億円を「鈴木さんと分けなさい」と言って西に渡した。翌31日に西と鈴木がA氏を訪ね、15億円の処理を確認するとともにそれぞれ5000万円を受け取ったことに礼を述べた。
しかし、この時、鈴木も西も株取引の詳細を一切報告しておらず、宝林株の取り引きもまだ終了していなかった。この時点での利益は約50億円にもなっていて、A氏は一切知らなかったのである。そして最終的に利益総額は160億円前後にも上り、鈴木が調達したぺーパーカンパニー名義でまずは香港に流出させたうえで、その後はプライベートバンクに預けて隠匿する作業を鈴木だけの作業で密かに行われた。
その過程で、鈴木は合意書を破棄させようと必死に西を口説き、西も目がくらんだのか、鈴木の説得に応じたことで、何回かに分けて総額10億円を報酬として受け取り、また鈴木と西が別に利益を折半する密約を交わしたことで、西は鈴木から30億円を利益分配の一部として受け取っている。
こうした金銭欲に憑りつかれた鈴木と西の、A氏に対する騙し取裏切りが繰り返され、その後の約7年の間に20以上の銘柄で仕手戦が実行され、鈴木が隠匿した利益の総額が、前述したとおり470億円前後に上ったのだ。本来ならば、それを、経費を除いて3等分することが合意書には明記されており、それに違反した者は受け取る権利を失うとまで明記されていたが、鈴木と西が完全にA氏を騙していたことから、利益の全額をA氏が受け取るのが筋だった。しかし、鈴木はそれを認めようとせず、利益を隠匿し続けている。
株取引の利益を踏まえつつ、目先で鈴木が横領したピンクダイヤと絵画、そして超高級時計の販売委託に関わる7億4000万円に加え、親和銀行と山内興産に支払った和解金の合計約21億円の合計約28億円については、鈴木を詐欺横領の容疑で刑事事件にすべきだ。もちろん、事件発生からの時効があるが、鈴木は株取引の利益を流出させるために頻繁に海外渡航しているだけに、それを考慮に入れれば、時効が中断される可能性は十分にあると思われる。そのうえで株取引の利益隠匿に係る疑惑の追及も当然、視野に入ってくるはずである。(つづく)

宝石 絵画 超高級時計など「鈴木義彦」が繰り返した詐欺横領の手口

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(写真:鈴木義彦 鈴木は空港から数時間をかけて愛人と住むマンションに到着した。尾行を最大に警戒した)

なぜ、これほど犯罪疑惑にまみれた鈴木義彦は、捜査当局から何の咎めも受けず、また社会的に葬られることもなく、のうのうと生きていられるのか。鈴木が犯したとみられる違法疑惑は、遡って判明しているだけでも特別背任(親和銀行不正融資事件)、詐欺・横領(山内興産からの株券詐取)、金商法違反(合意書に基づく一連の株取引)と外為法違反(株取引の利益の無申告による海外流出および隠匿)、所得税法違反(株取引利益の隠匿による脱税)等の重大な事件があるが、その他の事件を巡っても、エフアール社に係る有価証券報告書虚偽記載(決算粉飾)、簿外の約束手形振出、融資に伴う担保物件の偽造など枚挙に遑がない。
これらの疑惑は、事件の発生から25年前後も経過していることから、過去の事件として括られてしまうが、中には海外のプライベートバンクでの株取引利益の隠匿のように、鈴木が申告しない限り、いつでも国税当局から厳しく違法を問われる事件も存在する。鈴木が平成11年から開始した株取引で得た利益は、平成18年当時で総額470億円超だった、という紀井氏の証言があるが、鈴木はオフショア地域に拠点を持つペーパーカンパニー名義で利益を一旦香港に流出させた後にスイスを始めとするプライベートバンクに預けて運用してきたとみられる。鈴木はA氏が提起した訴訟で、自身の身分を「外資系投資会社のコンサルタント」と名乗り、受け取る手数料は30~40億円と証言したが、その外資系投資会社とは、株取引で鈴木が銘柄ごとに用意したペーパーカンパニーとみられ。また手数料もプライベートバンクから支払われた利回りの一部とみられる。果たして、これだけの材料が判明している中で、金融庁や国税当局が放置しておくはずがない、と思われる。
平成9年8月頃に西義輝が鈴木をA氏に紹介して以降、鈴木はエフアールの約束手形でA氏から融資を受けた。鈴木がA氏に持ち込んだ手形は13枚で総額19億円を優に超えた。さらに、鈴木が持参した借用書での借入3億円と8000万円や、宝石と絵画を持ち込み、鈴木の言い値の3億円でA氏に買ってもらった後に「販売委託」の名目で持ち出しながら、代金の支払いも現品の返還もない分等を加えると、鈴木のA氏からの借入総額は28億円を超える金額に上った。
A氏からの借入が返済もなく一方的に膨らむ中で起きたのが親和銀行事件である。平成10年5月31日に警視庁が親和銀行の不正融資事件に着手し、鈴木とエフアール専務の大石高広を逮捕した。同行の辻田徹頭取と東京支店長が2日ほど前の同月29日に逮捕されていたので、鈴木はすでに自身にも捜査の手が伸びることを察知していたはずだが、逮捕の3日前に鈴木はA氏の会社を訪ね、その際にA氏から逮捕情報を聞きながら、8000万円の借入と、A氏に買ってもらっていたピンクダイヤと絵画の販売委託を申し出て、ピンクダイヤを預かる形で持ち出すという、まさに火事場泥棒にも等しいことを行った。約束手形や他の借用書での借入で返済に滞りがなければ、A氏への借入の申し出も急場のことになったかも知れないが、返済を全くしていないところで、借入を口にするのは、鈴木には返済する意思が全くなかったとみて間違いはなかったろう。
現に、鈴木は逮捕から約半年後に保釈されたが、A氏に電話で連絡することもなければ挨拶もしなかった。当然債務処理の話をすることもなかった。西がA氏に話をしたところによれば、鈴木は保釈後は自宅には帰らずに愛人の住む都心のマンションに転がり込み、朝から酒を飲むような自暴自棄状態にあったという。しかし、仮にそうではあっても、鈴木がA氏に連絡をして挨拶をするのは最低の礼儀だったはずだ。まして資金繰りで困窮を極めていた時に快く融資を継続したA氏は、鈴木にとって特別な存在だったはずだ。

ここで、A氏からの約28億円にも上る貸金の中で鈴木が犯した犯罪、特に鈴木による横領が明確になっているのは、金額にすると7億円以上で、例えば、一旦はA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤと絵画を3億4000万円の販売委託で預かったにもかかわらず、代金を支払わず現品の返還もしなかった事件、バセロンほか有名ブランドの超高級時計13本(上代価格で40億円超)を同じく販売委託で預かりながら、約束した代金4億円を支払わず現品の返還をしなかった事件等がそれに当たる。
親和銀行不正融資事件について具体的に触れると、鈴木は当時の同行頭取、辻田徹氏にハニートラップを仕掛けて同行から不正融資を引き出すきっかけを作る重要な役割を果たし、総会屋や暴力団組長等と組んで100億円以上を不正に融資させたことで、鈴木は主犯格として部下の大石高広専務とともに警視庁に逮捕され、その後に起訴された。そして、公判の過程で代理人に就いた長谷川幸雄弁護士とともに同行に和解工作を進めた結果、約17億円を支払うことで和解が成立したことから、平成12年9月に下された鈴木に対する判決は懲役3年執行猶予4年という、巨額の不正融資事件に比べ軽微なものとなった。もし、親和銀行との和解が成立しなければ、執行猶予がつくことなど有り得なかったが、実は鈴木が和解金として同行に支払った約17億円もまた、A氏と西、鈴木の3者で交わした「合意書」に基づいて開始された宝林ほか20を超える銘柄の株取引で得た利益の一部で、鈴木は株取引の詳細をA氏には報告せずに利益の独り占めを謀っていたのである。鈴木が福岡に本社を置く山内興産(末吉社長)から高値での売却を名目に20億円相当の「タカラブネ」株券を騙し取り、勝手に売り払ってエフアール社と自身の資金繰りに流用した事件があったが、その後の平成15年に山内興産が株式の返還と損害賠償を求める訴訟を起こした際に、同様に隠匿していた株取引の利益のうち約4億円を流用して、山内興産に和解金として支払っていた。
こうした経緯から、鈴木がA氏に損害を被らせて横領した金額は目先で言えば合計で28億円以上になるが、鈴木が西とタッグを組んで実行した株取引で上げた利益は平成18年10月の時点で総額470億円という巨額に上っており、鈴木はほぼ全額を横領して海外に流出させつつ、プライベートバンクに預け、年間で100億円と推計される巨額の運用利益を受け取っている、という疑いがある。しかも、この隠匿資金はそもそも申告していないから決して表には出せないもので、日本のみならず海外諸国の税務当局が追及すれば全て没収の対象となる汚れた裏金だ。
鈴木が西義輝の紹介でA氏と会ったのは、前述したように平成9年8月頃のことだった。西は「鈴木はエフアールという上場会社の社長で、エフアールは経営状態が悪く、どうしようもありませんが、鈴木は有能な人間なので助けてやって戴けませんか」と言って、鈴木への金銭支援を求めた。紹介を受けてから数回程度、飲食を共にしたところでの支援依頼にA氏は快く応じ、その後、西が同行する中で鈴木が持参したエフアール社が振り出した約束手形を借用書代わりにA氏は手形の額面と同額を貸し付けた。鈴木への融資が始まってすぐに、鈴木の連帯保証をしていた西が「お願い」と題する書面をA氏に差し入れた。その文面には、手形の期日が来ても金融機関機取り立てをしないでほしい、期日の3日前までに現金を持参して返済すると明記してあったが、鈴木がその約束を守ったことは一度もなく、次から次へと手形を持ち込んでは期日を先延べにし、新規の借入を受けた。それでもA氏は約束を守り、手形の取り立てをすることがなかった。こうした経緯を見るにつけ、鈴木は借金を返済する気など毛頭なかったことが分かる。
鈴木が振り出した手形は合計で13枚、額面総額で約19億6000万円に上っていた。また、こうした中で鈴木が単独でA氏を訪ね、その際に持参した借用書で3億円の融資を受けたり、冒頭に触れたようにピンクダイヤと絵画を言い値の3億円で買ってもらうほか、宝石類を1億円以上で買ってもらうなどしていたのである。ただし、絵画については「後日持参します」と言ったきりで持参してはいなかった。また、3億円の借用書についても、主債務者がエフアール社で鈴木は連帯保証人となっていたため、A氏がそれを確認すると、鈴木は慌てて「書き換えましょうか」と言ったが、A氏は「いや、私と鈴木さんとの信用を前提にしているから、このままでいいでしょう」と応えた。しかし、鈴木が、それまでに別の債権者との間で同様のやり方で借金をしながら、トラブルになった際に責任を会社に押し付け、「会社に請求をすればいい」と言い逃れて、問題をこじらせたことが何回かあったことが後日判明したが、鈴木が借金を踏み倒す常套手段をA氏に対しても使ったことは明らかだった。
そして、平成10年5月28日、鈴木が単独でA氏の会社に訪ねてきた。この時、A氏は知人から鈴木が数日以内に警視庁に逮捕されるという情報を聞いており、それを鈴木に伝えた。鈴木は表情を変え「本当ですか」と言ったが、鈴木自身がすでに取り調べを受けるなどして逮捕日が近いことを承知していたのは間違いない。鈴木は当日も額面8000万円の借用書と、ピンクダイヤと絵画の販売委託を受けるための「念書」を持参しており、A氏から逮捕情報を聞いた直後に、いきなり土下座をしつつ額を床に押し付けるようにして涙を流しながら融資を懇願した。そして、A氏が「鈴木さん、そんなことはしないで、椅子に座りなさい」と言っても、しばらくは頭を床に押し付けたままだった。A氏が堪りかねて融資を承諾すると、鈴木は感謝しつつ「このご恩は一生忘れません」と言って、ようやく椅子に座りなおした。A氏が借用書を見ると、返済日が1週間後の6月3日になっていたが、鈴木は逮捕情報を聞いてもそれを変更しますとは一言も言わなかった。A氏も敢えて聞かなかったが、もし書き換えさせるようにA氏がしていれば、そもそも手形を13枚も預かるまで貸し付けを重ねることはしなかっただろうし、他の融資にしても担保を強く求めるなどしたに違いない。鈴木はA氏のそうした性格を逆手にとって返済もせずA氏を騙し続けたのだ。
そして、鈴木が持参した「念書」もまた、エフアール社がピンクダイヤと絵画を預かり、会社が責任を持って3億4000万円で販売すると書いており、文末に常務の天野裕の自書もあったが、これも後日、天野氏が「鈴木が白紙のレターヘッドに署名するよう指示され、内容も目的も分からないまま署名した」と語っていたように、エフアール社が全く関与していないところで、一旦はA氏に買ってもらったピンクダイヤと絵画を騙しで取り返したのが実態だった。鈴木はこれらの販売委託についてA氏には詳細の報告を一切していないし、返還もしなかった。
超高級時計13本については、鈴木が逮捕されて半年後に保釈された平成10年12月に西が「鈴木の更生を図るために」と言ってA氏に金銭支援を懇願した際に、A氏から4億円の販売委託で預かったものだった。西は「預かり書」をA氏に差し入れており、「鈴木義彦代理」と書き署名していた。そして、鈴木が13本の時計の中からバセロンのペアウォッチ3セット(1セット10億円相当)を
持って知人を訪ね、それを担保に6億円を借り入れした。しかし、鈴木も西もそれをA氏には報告せず、代金も支払わなかった。その後、鈴木は知人にさまざまな名目をつけて担保で預けた3セットを引き出し、質店に質入れして放置したという話を西がA氏に報告したことで、A氏が西の案内で質店に金を払って取り戻したという。
本来であれば、この時点でA氏はピンクダイヤと絵画の分も併せて鈴木を横領の容疑で刑事事件にすべきだったのかもしれないが、折から鈴木と西が株取引を継続させていたこともあり、また西が「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っているので、長い目で見てやってください」などと、およそ事実とはかけ離れた言い訳をして鈴木を庇っていたために、A氏も静観することにしたようだが、西も鈴木に操られて加担させられていたことを踏まえれば、鈴木が自分の強欲でA氏を騙し裏切ったことに他ならなかった。
鈴木が西と実行した株取引は、宝林株800万株の売却話を西が得て、A氏が買い取り資金3億円を出して始まっているが、鈴木はその当初からA氏を外しにかかり、利益を独り占めにする悪だくみを計画していた。鈴木が杉原正芳弁護士を常任代理人にして、金融庁に提出させた大量保有報告書の「資金の出所」という項目には、当然、A氏の名前を記すべきだったが、鈴木は株式の売りを一任した紀井義弘氏の名前を紀井氏には了解も取らず無断で書くよう杉原に指示していた。また、宝林株800万株を3つに分散して外国の投資会社を装うペーパーカンパニー3社を調達し、それらの名義で株式を売ることで、鈴木の名前が一切表に出ないように仕組んだのも、上がった利益を海外に流出させることを念頭に置いた仕掛けだった。
宝林株を取得したのちの約1か月間、鈴木と西は証券市場で同株の高値誘導を図ったようだが、結果的に売り抜けることができなかったためにA氏に泣きついた。そして、鈴木が一人熱弁を振るってA氏に株価の買い支え資金を安定的に支援してほしいと懇願し、A氏の承諾を取ったところで交わされたのが「合意書」だった。
そして開始された宝林株取引では、予想外の利益が出て、株取引の開始から約3週間後の7月30日に西が「株取引の利益」と言って15億円をA氏の会社に持参した。A氏は15億円を3等分し、自分の受け取り分は5億円と考えたが、西が「自分と鈴木の分は社長への返済金の一部としてください」と言ったことから、A氏が全額を受け取り、うち1億円を「鈴木さんと分けなさい」と言って西に渡した。翌31日に西と鈴木がA氏を訪ね、15億円の処理を確認するとともにそれぞれ5000万円を受け取ったことに礼を述べた。
しかし、この時、鈴木も西も株取引の詳細を一切報告しておらず、宝林株の取り引きもまだ終了していなかった。この時点での利益は約50億円にもなっていて、A氏は一切知らなかったのである。そして最終的に利益総額は160億円前後にも上り、鈴木が調達したぺーパーカンパニー名義でまずは香港に流出させたうえで、その後はプライベートバンクに預けて隠匿する作業を鈴木だけの作業で密かに行われた。
その過程で、鈴木は合意書を破棄させようと必死に西を口説き、西も目がくらんだのか、鈴木の説得に応じたことで、何回かに分けて総額10億円を報酬として受け取り、また鈴木と西が別に利益を折半する密約を交わしたことで、西は鈴木から30億円を利益分配の一部として受け取っている。
こうした金銭欲に憑りつかれた鈴木と西の、A氏に対する騙し取裏切りが繰り返され、その後の約7年の間に20以上の銘柄で仕手戦が実行され、鈴木が隠匿した利益の総額が、前述したとおり470億円前後に上ったのだ。本来ならば、それを、経費を除いて3等分することが合意書には明記されており、それに違反した者は受け取る権利を失うとまで明記されていたが、鈴木と西が完全にA氏を騙していたことから、利益の全額をA氏が受け取るのが筋だった。しかし、鈴木はそれを認めようとせず、利益を隠匿し続けている。
株取引の利益を踏まえつつ、目先で鈴木が横領したピンクダイヤと絵画、そして超高級時計の販売委託に関わる7億4000万円に加え、親和銀行と山内興産に支払った和解金の合計約21億円の合計約28億円については、鈴木を詐欺横領の容疑で刑事事件にすべきだ。もちろん、事件発生からの時効があるが、鈴木は株取引の利益を流出させるために頻繁に海外渡航しているだけに、それを考慮に入れれば、時効が中断される可能性は十分にあると思われる。そのうえで株取引の利益隠匿に係る疑惑の追及も当然、視野に入ってくるはずである。(つづく)

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