〔会社役員襲撃の従犯に懲役7年の実刑〕
倉持茂-金澤(福島)明彦-Rという三者の関係は常に自己の利害が優先して、くっついたり離れたりを繰り返しているので、傍から見ると不可解としか言いようがない。会社役員と金澤をめぐる訴訟、そして金澤が紹介した後にトラブルが深刻化した会社役員とRをめぐる訴訟にそれが端的に現れていた。
会社役員が金澤に対して起こした訴訟で、倉持が提出した「陳述書」を先ずは以下に列記する。
「最初に言いたいことは、私は金澤(福島)に会社役員を紹介して欲しいと何回も頼まれたが断り続けた。その理由は無責任で約束を守らない事と、金澤の事で警察が何回も私の会社に来ていたので、紹介する気は一切なかったが、あるタイミングでつい紹介してしまい今でも本当に後悔している。(略)今現在も私同様何人もが刑事告訴をする予定でいる。今までの裁判でも『書面を自分で書くか、弁護士に書いてもらいなさい』と裁判長より注意されているにもかかわらず、今回も、あれだけ最悪な人間と言っていたRを使っていることに関係者全員が呆れている。金澤はRという人間がどんな人間か一番良く知っている筈だ。Rは住吉会のNo.2とかNo.3とか言って、その一番下に金澤がいたようだが、金澤はRの悪事を100項目くらい色々な人に話していて、現に前橋警察のマル暴担当捜査員より金澤の経営する喫茶店にRを出入りさせるなと言われている、と大勢の人たちに言っていたではないか」
これを見れば分かるように、「陳述書」の冒頭からして倉持は金澤を会社役員に紹介したことを後悔して、刑事告訴まで考えていると述べていたにもかかわらず、その倉持自身が今や会社役員との関係が悪化すると、会社役員に何から何まで世話になったことも忘れて掌を返したように金澤に近づいた。地元では「金澤の背後にいる暴力団を頼りにしつつ実行犯3人に会社役員を襲わせた」との声が根強く、本誌にも多く寄せられている。
(写真下:倉持茂の陳述書)
そして、金澤自身もまたRがどういう男かについてよく知っていて、Rが会社役員を相手に起こした訴訟では、会社役員が頼みもしないのに「陳述書を裁判所に提出して下さい」と言って持ち込んできた。その書面には以下のような記述がある。ちなみにRにはそもそも会社役員から提訴されることはあっても提訴することなどはなく、自分の立場を有利にしようとするための苦肉の策でしかなかったから、会社役員やその関係者が毎日のように金澤に嫌がらせの手紙を送っているのを見かねた、というこじつけが欲しかっただけだった。
「Rは頭が良いというのではなく、ただ悪賢いだけで情も何もない男のようだ。身近な人間が自殺した際に『全ては問題を早期に解決できなかった自分の責任だ』と言いながら涙を流して遺族に謝罪していたのに、時間が経つと『あれはジェスチャーだった』と平気で言ってのけた」と自殺した関係者の遺族は「Rの顔など二度と見たくない」
「Rは、『私(金澤)が会社役員の関係者から1日数十回も電話され脅されている。それでこの訴訟を起こさなければ会社役員の行動を止められないので本訴に及んだ』と主張しているが、会社役員が電話するのは1日に2回以上はなく、まして会社役員の関係者から電話することは有り得ず、それは誰もが承知していた」
金澤は会社役員に何回も謝罪してこの陳述書(平成24年7月25日付)を作成して持参したが(この時、金澤は「Rが私に嘘の陳述書を書いてくれと言って来るのは間違いないので、その前に出しておきます」と言ったので、会社役員は必要無いと言ったが、金澤は「裁判に是非出して下さい」と言って置いて行った)、それから2ヶ月後の9月24日付で金澤は会社役員と対立するR側に立った陳述書を作成して、「Rさんは平成23年1月末に顧問を退任するまでの間、私の知っているだけでも多くの問題を会社役員のために解決してあげて、その間何回も会社役員から『本当に良い人を紹介してくれて有難う』と感謝された」と、全く逆の内容を書き連ねたのだ。Rの指示があったという話ではあったが、一人の人間が僅か2ヶ月ほどでこれほどまでに豹変した書面を作成するのは異常と言わざるを得ないが、Rとは長い付き合いで、まさにそれが金澤という男なのだ。
ちなみに、この訴訟が起きた時期に前後して金澤はRに対して大きな不満を抱いていたようで、周囲にもその不満を振り撒いていたが、その際に金澤が語っていた内容が以下の通りで、それを見聞きしていた金澤の兄貴分である坂本寿人が陳述書の中で具体的に明らかにした。坂本は、金澤がRに縁を切りたいと言うと、Rに手切れ金35万円を払えと言われたという話も金澤本人から聞いていた。
「金澤に『Rは伊東のマンションから引っ越したみたいだけど、群馬に行ってないかい?』と尋ねると、金澤は『冗談でしょう。群馬に来ても僕は絶対に相手にしませんよ。回りの人たちにも絶対協力するなと言っておきますから』と答えた」
Rは伊東を離れざるを得ないような事情があった模様で、群馬にいる金澤以外に頼る者がいなかったというのが実情だった。そして前述のように金澤は坂本には強気の発言をしていたが、実際にRが現れると、あっさりと迎え入れてしまったようだ。坂本の陳述書にも明らかなように、本音では最悪の評価しかなかったRを、金澤はよくもぬけぬけと会社役員に売り込んだものだ。坂本の陳述書を続ける。
「私(金澤)の母親が知人にお金を貸したが返してくれないのでRに回収を頼んだ。Rは貸金を回収したにも拘らず、母親には『回収に相当な時間がかかる』と報告したが、当の借主から母親に電話がありRの嘘がばれた」
金澤は兄貴分の坂本に「伊東はどういう状況ですか?」と尋ねた後、「こっち(群馬)では、もう誰もRを相手にしない。私が全部本当のことをばらしたから」「Rさんは嘘やハッタリばかりで、自慢話ばかりするから女房もウンザリしている」「会社役員から貰ったロレックスの時計を見せびらかして、『3000万円で買った』なんて言っていたが、奥さんの分までプレゼントしてもらっていた」
「Rは本当に住吉会の人間なのか? 名刺は見たことがあるが、1枚しか持っていない。住吉の大幹部と言って脅すのが得意だが、何回も捕まっている。詐欺みたいな事件で、大幹部がそんな微罪で捕まるのか。最近では行政書士の名刺を使っているらしいが、頭がおかしくなったんじゃないか」
「家内の店に来る客でRを知っている人間は、もうRを信じていない。(略)みんな詐欺師とかゴミだとか言って笑い者にしている」
「私や高橋さんに仕事を見つけさせて、成功報酬は折半と言っておきながら理由をつけて全部持っていく。群馬のアイデアビルの件も、900万円の報酬で『お前には貸しがあったから』と言って私の取り分はゼロだった。貸付の利息は群馬では月2割だが、集金してきても一銭もくれない。全くケチにも程がある」(注:高橋重雄は伊東でのRや金澤たちの知り合い)
「Rを群馬の人に紹介して信用を無くした。今になって後悔しているし、早く縁を切りたい。前橋のマル暴からも目をつけられた」
「Rは、他人に会社役員からの電話は取るなと言っておいて、その人間と連絡がつかないで会社役員が困っていると、自分の力で連絡が取れたようにするのが得意だ」
「Rには色々勉強させられたが、嘘、ハッタリばかりでこんなに金に汚い人は見たことがない。結果的に伊東や群馬ではRの本性の大半がバレたので、付き合っている人は本当に少ないだろう」
「Rは韓国クラブで歌いたいだけで、そんな場所では相手方と大事な打ち合わせが出来る訳はなく、Rは完全にダンベ扱いされているだけだから、そんな経費を会社役員は2~3回で200万円以上も出す必要はなかった」
以上が、会社役員、坂本そして関崎の3人が金澤から聞いた話の一部だった。金澤は平成19年に「弁護士に頼んでも解決できない難しい問題がある。誰か解決してくれる人がいたら紹介して欲しい」という会社役員からの依頼に応えてRを紹介したと陳述書で述べたが、倉持の陳述書を見ると、「金澤は言葉巧みに会社役員に取り入ったと思う。Rを紹介するに当たっては、今まで頼まれた案件は全て片をつけた、裁判は全て勝っている、前橋の何人かの裁判長からRが着いたら絶対に勝ちますよと言われた、などと熱心に売り込んだので、会社役員はRを半年の予定であったが、平成19年1月から約4年間「顧問」として使った。しかし金澤の目的は会社役員に取り入ることで、色々な形で金を得ることができると思ったのではないか」と綴っている。(以下次号)