海外流出資金470億円は今や1000億円超(2)

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〔「和解書」に50億円を自書〕
西は平成18年10月2日、香港に向かった。「鈴木から利益金の分配金を受け取るため」だったという。「日本国内では色々まずい面もあるので、香港で受け渡しをしたい、と言う鈴木の意向に応じたものだった。もちろん社長には秘密であった」。
ところが、西はTamと称する鈴木の代理人と会った直後に事件に巻き込まれ、殺されかけた。西が宝林の2回目の第三者割当増資の際にTamに会っていることは紀井も承知していた。

西は香港から帰国後、ようやくA氏に香港に行った理由も含め、これまでの経緯の真相を語り始めた。A氏は鈴木が株取引で獲得した利益を独り占めにして、海外に隠匿している事実を初めて知った。
「合意書」に基づいて、平成11年7月から約7年間、株取引はずっと継続しており、しかも莫大な利益を上げるための原資は全てA氏が負ってきたので、何らかの入金があった時には、一旦全ての金をA氏に入金することになっており、鈴木が利益を3等分するのは当然のことだった。

平成18年10月16日にA氏と西、鈴木の三者協議が持たれた。その場でA氏は、西と鈴木に真実に沿ってしかるべき対応をするべきだと強く主張した。しかし、鈴木は頑として「合意書」に基づいた株取引を行った事実を認めなかった。

だが、紀井が宝林以外の銘柄でもそれぞれ10億円単位の利益を出した事実について、西に説明している録音テープを聞かされたことで、鈴木は最後には宝林株取得の資金はA氏が出したことを認め、宝林株の取引が「合意書」に基づいたものであったことも認めた。最後には「社長には、これまで大変お世話になったので、西の話は受け入れられないが、この問題を解決するために50億円を払います」と述べた。

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西があらかじめ用意していた「和解書」を鈴木の前に提示すると、鈴木は文言を何度も読み返し、真っ先に自筆で空欄となっていた金額欄に50億円(A氏と西それぞれに25億円)と書き、併せて住所と氏名を書き記し指印した。書面には「最近の経緯から乙(西)丙(鈴木)は本合意書に反したことは明白である」との表記があり、合意書どおりならば2人には利益の取り分は無く、鈴木と西がそれを認めた事実は重い。これを裁判官は無視できなかったはずだが、判決を見る限り一切考慮していない点は批判されるべき汚点である。

〔株資金を懇願し続けた鈴木と西〕
それから約1ヵ月後の11月末、鈴木はA氏宛に手紙を郵送し、「和解書」について「どうにも納得ができない」として「もう少し考えさせてほしい」という文言を書き連ねていた。そして、鈴木自身はA氏との直接の交渉に応じず、代理人として弁護士の平林英昭と友人の青田光市の二人を立てるので、代理人と交渉をして欲しい、という極めて無責任なものだった。

この手紙が郵送されて以降、鈴木は所在を完全に不明にして、交渉の窓口に立った弁護士の平林英昭と友人の青田光市は問題を解決するどころか逆に紛糾させるだけだった。(以下次号)

2020.09.08
     

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