キズナ控訴審 高橋譲裁判長は庄子剛の偽証を何故検証しないのか

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去る6月10日、東京高裁でキズナ(庄子剛)の控訴審判決が言い渡された。昨年10月28日の一審判決で、担当した白崎里奈裁判官が、正規な契約をしているにもかかわらず「鍵が正式に渡された事実が認められない」などという非常識極まりない理由から契約の不成立を言い渡していた。その判決は何としても是正させなければならなかったが、控訴審を担当した高橋譲裁判長は一審判決を支持して債権者の請求を棄却してしまったのである。

高橋裁判長は白崎裁判官の判決を本心から支持して判決したのか。単に手続き上や判決文の不備のみを確認したうえで、それには問題がないとして後は機械的に処理したのではないかとしか思われない。
誰が見ても一審判決には重大な問題がある。それは、会社役員の所有するビル1階の飲食店街の全てのブースを借りたいと言ったキズナ(庄子剛)が正式に結んだ賃貸契約を一方で認めながら、鍵の引き渡しが正式にできていないから契約は無効だなどという、あまりにも乱暴すぎる判決がどうして出せるのかという問題だ。会社役員が、契約を仲介した倉持茂や、ビル内の防水工事を担当していた倉持の知人を介して、内装を決めたいという庄子の要請に応えて契約の1か月ほど前から鍵を渡していた事実、飲食店街のブースを借りたいという希望者の一覧表を欲しいと庄子が言うので渡した事実、さらに契約時点では倉持が連帯保証人となっていたが、庄子が実弟を同行してきて、連帯保証人を変えるという話までしている事実がありながら、白崎裁判官は契約後に鍵の引き渡しを証する「預かり証がない」という理由を持ち出して頑なに否定したのである。

控訴審の高橋裁判長がこれほど非常識な判決に何も疑問を持たずに支持したのは何故か。一審での審理で、被告のキズナがいかに積極的に賃貸を希望したかについて、原告が主張した内容や提出した証拠類をどれだけ再検証したのか。庄子は契約後2カ月ほどして解約の意志を会社役員に通知しているが、契約が正規に成立しているからこそ庄子は解約通知を出したのであり、しかも、一審の判決が言うように、もし庄子に鍵が引き渡されていないとすれば、その間に庄子から鍵の引き渡しを要請する連絡が無ければならないが、そんな連絡など一切なかった等について、どれほど再検証をしたのか。キズナの代表者である庄子剛の人間性について、例えば証人尋問での庄子の証言の支離滅裂さをどれだけ再検証したのか。というより何も疑問を持たなかったのか。

会社役員は所有するビルを過去20年前後テナントに賃貸してきたが、鍵の預かり書がないから契約が成立しない、などということは一度もなかったし、契約をすれば鍵を渡すのは当然のことであって、その際に預かり書を交付したこともなかった。庄子は契約をして手付金まで払っているのである。それで鍵を受け取っていないという話は有り得ない。鍵を受け取っていなければ内覧もできず、約1カ月間、社員や内装のデザイナー等を何回も連れて内覧している。その際には、ビルの設備関係の管理者と何回も会っている。それにもかかわらず、庄子は契約から2カ月もたって解約の通知をしているが、これは明らかに庄子側の一方的な事情によるものであって、契約が不成立になる根拠になるはずがない。

契約の際に庄子が「キズナ」と「キズナホールディングス」という2つの会社の称号と印鑑を使い分けたのは明らかに詐欺行為であったし、また前述したように倉持の陳述書の内容が真反対の2通の陳述書を提出したが、こういうやり方を倉持は過去に福島(金澤)明彦の裁判でも同様のやり方をしているが、審理を混乱させた極めて悪質なことで犯罪にも等しい。さらに契約後も、庄子は倉持に同行するなどして、ビルの1階奥の事務所スペースを追加で貸して欲しいという希望を会社役員に願い出て、会社役員も応諾しているが、こうした一審判決に対する疑問は上げればキリがないほど溢れ出るが、高橋裁判長の判決には再検証を行った形跡はなく、ただ一審の判決に至る事実認定を引用するとしか記していない。つまり、何も再検証していないことを自白しているようなものだ。明らかに庄子の言動を全く無視して下された一審判決を、控訴審の高橋裁判長は全く無視したのである。それでも上級審の法廷を司る裁判長なのか、という疑念が大きく膨らむのだ。

高等裁判所は全国に8カ所あり、例えば東京高裁は1都10県にある22の地方裁判所と家庭裁判所を、大阪高裁は2府4県にある12の地方裁判所と家庭裁判所を、福岡高裁は8県にある16の地方裁判所と家庭裁判所をそれぞれ管轄しており、所属する裁判官が担当する件数が多いから審理の長期化を避けるという裁判所全体の意向はあるとしても、だからと言って審理をいい加減にするのは明らかに本末転倒だ。

先に、本誌の読者投稿欄に寄せられた投稿に興味深いものがあった。それは大阪高裁の福崎伸一郎裁判長(64)について、同氏が、通常の控訴審では審議をろくにせずに一審判決をそのまま採用する手抜き裁判が常態化していることに反発して、裁判官としての信念を貫く姿勢を取り続けている、という内容だった。一審判決がどうであろうと意にも介さず、審理に審理を重ねて一審判決を破棄することは平気だという。それゆえに大阪高裁関係者の間では「福崎さんは本当に仕事に厳しく熱心」と高い評価があるという。そして、当の福崎裁判長は「一審判決が公正であるか徹底して証拠を吟味しないといけない」という姿勢を貫いているという。投稿ではその一つの例として、一審裁判所の書記官の法廷記録が捏造された疑惑があった件を挙げ、職権で書記官を法廷に呼び、異例の尋問を行うほどの厳格さを見せた。また、刑事裁判においても伝説化されている裁判官がいる。日本では起訴された被告の有罪率は99.9%という異常な高率を示している中で過去に検察の起訴事件を徹底的に検証して約30件の無罪判決を言い渡し、一度も覆されたことが無いという経歴を持った木谷明(83)という裁判官がいた。福崎氏や木谷氏のように、仮に裁判所の上層部から白眼視されようと、機械的、流れ作業的な審理を嫌い、原審判決を徹底的に再検証して誤りがないかどうか、自身が持った疑念をトコトン解決しなければ判決を言い渡さないという姿勢こそ裁判官としてあるべき姿ではないか。

高橋裁判長は福崎裁判長や木谷氏の姿勢を見習うべきではないのか。一審判決は賃貸契約を認めているにもかかわらず、鍵の引き渡しを証する「預かり証がない」という、それだけの理由で契約を不成立とする重大な誤りを犯した。そのことに高橋裁判長が一つも疑念を持たなかったというのは、恐らくなかったはずだ。しかし、それでも一審判決を支持したのは明らかに怠慢と言わざるを得ず、さらに単に一人高橋裁判長の責任だけで済まされることではないのである。(つづく)

2021.06.26
     

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