西義輝の長男・内河陽一郎に向けられる「無責任」「非常識」「傲慢」の非難(1)

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平成22年2月初旬、西義輝が自殺したのではないかという連絡をA氏にしてきたのは西の長男、内河陽一郎だった(西が内河家に養子に入り陽一郎が生まれたので姓が内河となっている)。電話を架けて来た陽一郎の声は動揺して上ずっていた。全く要領を得なかったため、A氏が陽一郎に「君の話がよく分からないので、とにかく今から会社に来られないか」と言うと、陽一郎はすぐに向かうと言う。それから1時間も経たないうちに陽一郎が姿を見せた。

A氏が「落ち着いて、もう一度最初から話しなさい」と言って、陽一郎を促した。陽一郎が言うには、西の友人である鯉渕氏から西の妻松子に電話があり、「西さんから手紙が来たが、遺書としか思えないような内容になっている。西さんに何かあったのか」と言う。松子は、西が何日も自宅に戻っておらず、数日前にA氏からも約束の時刻に連絡が無いという問い合わせを受けていただけに不安を募らせていた。陽一郎は鯉渕氏を訪ね届いた手紙を見せてもらった。やはり鯉渕氏が言う通り、手紙は遺書そのものだったという。しかし、手紙を見ても西の所在が分からない。そこで、陽一郎はA氏に連絡をして相談することにした…、陽一郎は経緯をそのように話した。

陽一郎が来社して話を聞いたA氏は、自分の所にも西から手紙が送られているのではないかと思い、社員に確認させたところ、社員が届いていた手紙を持って来た。すると、A氏が手紙を開封する前に陽一郎が「私に見せて下さい」と言ったので、A氏が「これは私に来た手紙だから、ちょっと待ちなさい」と言っても陽一郎が「じゃあ、コピーを取って見せて下さい」と言い出す始末だった。A氏は止むを得ず社員に指示してコピーを取らせ、自分が見る前に陽一郎にも読ませることにしたが、陽一郎がA氏に送られてきた手紙をA氏よりも前に読みたいと急いだ態度が、あまりにも無神経すぎると近くにいた社員には感じられた。

A氏は、陽一郎に「奥さんや陽一郎君宛にも来ているに違いないから、それを見せて欲しい」と言い、陽一郎も「はい、分かりました」と言ったが、その後、陽一郎も妻松子もA氏に手紙を見せることは無かった。よほど見せられない内容だったのではないか、と思われるが、陽一郎のA氏への対応は誰が見ても無礼にしか映らない。しかし、陽一郎はそういうことをやっても平然としているのだ。

3年ほど前の平成18年10月初旬に、西が香港で何者かに薬物を飲まされ死にかけるという事件が起きた。香港警察に保護されて病院に担ぎ込まれた西はその後も数日間意識がない状態だったが、その時にも陽一郎はA氏に連絡を入れながら、A氏が事態を飲み込めるような説明もできず、ただうろたえているだけだった。香港に同行していたのは陽一郎一人だったから、西の身に何が起きたのか、なぜ起きたのかを明確に説明できるのは陽一郎しかいなかったにもかかわらず、全く要領を得なかった。幸いにも西は命を取り留め、その後回復に向かったということだったが、西は香港に向かう前にはA氏に声をかけていたため、A氏はパスポートを用意していたが、西が直前になって陽一郎と一緒に行くと言い出したため、結局A氏が同行することは無かったが、西の説明には鈴木のことは一言もなかったのに、陽一郎の説明では鈴木の名前や株取引の利益分配という言葉が出て、A氏は混乱した。陽一郎では要領を得なかったが、A氏に西の妻松子より電話があり事情を確かめたが、西が事件に巻き込まれた事情を理解することができなかったし、腑に落ちないことが多すぎた。

(写真:確約書 西義輝がA氏に負っている債務総額が323億円であることを承認し、妻松子が連帯保証をしている)

陽一郎は、西が鈴木に裏切られ追い詰められた状況にあることを数年前から承知していたようだが、よもや父が自殺するとは考えてもいなかったようだ。それだけに突然、父親の自殺という事態に何も対応できず冷静さを失ったままA氏に電話をしたのが実情だった。
陽一郎が非常に図々しく横着な性格をしていることは多くの関係者への取材で理解していた。自分では何もできないくせに、何か不測の事態が起きると、すぐに父親の陰に隠れて成り行きを窺うのがせいぜいだった。陽一郎の母親は自殺しているが、この母親は西の会社の社員からは評判が悪く、西のしでかした不始末を社員のせいにしてヒステリックに怒鳴りまくることが度々あったという。

陽一郎は父親の身に何か不測の事態が起きた時にはA氏が何とかしてくれる、という安直な認識しかなく、だからと言って陽一郎自身が自分から積極的に対応することは微塵もなかった。
鯉渕氏に送られた手紙が示す通り、西は妻松子の故郷の秋田県内に建てた別邸の浴槽内で自殺していた。ただ、その死を巡っては秋田県警が関係者に聞き取りをしたこともあって憶測も流れたが、事件として扱われることは無く、葬儀も別邸で執り行われた。関係者の中で葬儀に参列したのはA氏とN氏のみで、陽一郎は何故か他の人間には「来ないで欲しい」と言って断ったという。西が、ある時期から社員の水野に司法書士の資格を取らせるなど目をかけていたことが陽一郎には気に入らなかったのか、水野が新幹線で東京駅より角館に向かうという連絡を電話をすると、陽一郎から「来ないで欲しい」と言われ、水野が涙声でA氏に電話をしたという。陽一郎の無礼さがこれを見ても分かる。

すると、西の死を知った複数の債権者から松子と陽一郎に連絡があり、厳しい取り立てが始まったのだが、この時も、陽一郎は自分で何もすることが出来ず、ひたすらA氏に縋って、何とかして下さいという。債務の金額が多い人は数億円にもなっていたから、簡単に処理できる訳ではなかったが、それでも陽一郎には自分で問題を解決しようという意思が全く見られなかった。A氏は債権者とは面識があった関係から放置しておくわけにもいかず交渉に乗り出し、穏便に済ませた。ところが、事が収まっても、陽一郎はA氏に礼を述べることもなかった。まるで何事もなかったような態度を取ったのだ。
西も、A氏には兄のように甘えて、というより感じはいいが話の内容には嘘が多すぎて、A氏から資金を借り入れるために小狡く立ち回ることが多かったが、陽一郎は小狡いというよりは非常識で、しかも無責任だったというのはほぼ間違いないと関係者全員が言う。A氏が西に頼まれれば大抵のことは聞いてあげていたのを間近で見ていて、陽一郎はA氏が対応してくれるのは当たり前くらいに感じていたのではないかとさえ思われる。
西がA氏から東京オークションハウスでの事業資金やさまざまな投資資金を借り入れ、それが総額で116億円にも膨らみ、さらにA氏と西、鈴木の3人で開始された株取引でA氏が合意書に基づいて出した買い支え資金の総額が207億円に達しながら、鈴木が利益を独り占めにしたことでほぼ全額が補填されておらず、その分を加えると、西がA氏に負っている債務が323億円にものぼっている事実を、もちろん陽一郎は十分に承知していた(鈴木の債務約28億円に対して西が連帯保証している分は含まれていない)。それにもかかわらず、陽一郎はA氏に恩義を感じるような対応をしたことが一度もなかったのである。(以下次号)

2021.06.26
     

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