読者投稿 「鈴木義彦」 ②(30)

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《長谷川は一般的には立派に見える弁護士という肩書きを持ちながら、法の知識を悪用して裁判に勝つ事しか考えない、絵に描いたような悪徳弁護士だ。過去の裁判で長谷川に泣かされた者も多数存在するのではないか。真実を明らかにする裁判で上手く偽証した鈴木側が勝つ事などあってはならない。今回の裁判では司法の崩壊が証明されたようなものだ。法の悪用と堕落を放置すれば国家の基盤が脅かされる事になるのは当然だ》

《鈴木は今までに心から「お陰様で」という言葉を言った事があるのだろうか。人は誰でも大なり小なり人の世話になり助けてもらって生きていると思う。そしてその恩を殆どの人は忘れずに生きているのではないか。どんなに些細な事でも、してあげた方が忘れているような事でも感謝を忘れずにいる人は多い。鈴木は人生のどん底で救いの手を差し伸べてもらったA氏に対して、頼む時だけ誠心誠意の姿を見せて、喉元過ぎれば何も感じず「お陰様で」という感情は皆無だ。しかも恩を忘れるばかりでなく、今もその恩人を苦しめ続けているという非情さは人間ではない。西に対しても志村化工の事件で庇ってもらいながら、保釈後に態度が一変し、その後も裏切るなどの仕打ちをしている。人に対して心から感謝出来ない人間には恩を受ける資格はない》

《鈴木は、宝石輸入の偽インボイス、偽造宝石、価値のない不動産等で数々の詐欺行為をして来たが、その度に示談して罪には問われなかったようだが、兎に角悪の限りを尽くして来た。親和銀行事件でも「裏工作をして軽い刑で済ませた」との噂が流れ、A氏との裁判でも長谷川弁護士に卑怯な手段を使わせて裁判官を篭絡したと思われる。そして、今や1000億円以上という資産を持つ。鈴木は日本国に税金を払った事があるのか。もし国税が調査に入ってバレそうになったら「この資産は、A氏からの預かりものです」と平気で言いそうなろくでなし》

《鈴木や長谷川には良心の呵責等は微塵も感じられず、金の為なら手段を選ばず何でもありで、その為に人が死のうが全く痛みも感じない冷酷な人間だ。鈴木の場合は邪魔になった親近者を殺した疑いさえ持たれている。こんな悪党を裁判で裁けないとは、担当した品田は究極の無能な裁判官だ。司法の体たらくが鈴木の様な法の網をかいくぐる卑劣な犯罪疑惑者を生み出していると言っても過言ではない》

《鈴木は紀井氏に株取引の売りを全て任せて、利益金の管理については茂庭氏に担当させていたらしい。そしてこの2人が関わる事が出来ない環境を作って、情報が洩れないようにしていた。また自分は西を間に立たせてA氏との接触を極力避けていた。側近の天野氏に「A氏に会うな」と言ってみたり、異常なくらいの警戒心は自分の悪行がいつどこからバレるかを恐れての対応だったのだろう。そして自分が危険に晒されると感じた人物を排除するという、現実とは思えない事を平気でやってきた人物である。これ以上の恐ろしい人間は世界中探してもいないのではないか》

《裁判で裁判官が作成する書類には「定型」があるそうだ。老獪な弁護士はこの定型に合わせて準備書面を書いて提出すると言われている。多くの裁判を抱えている裁判官達にとっては非常に助かるらしい。何故かと言うと、コピーや丸写しが出来るからだ。裁判官の中には真面(まとも)な判決文を書けない人間もいるらしい。こんなことが日本の民事裁判で半日常的に行われているらしい。こんな裁判官に公平な裁きが出来る筈がない。裁判所は腐りきっている》

《裁判での長谷川の弁護戦略はA氏の人物像を反社会的勢力と密接な関係にある悪徳金融屋に仕立て上げ、裁判官に悪印象を与える事から始まり自殺した西まで利用して徹底的にA氏を悪者とする虚偽のストーリーを創り出したものであった。長谷川が今までの弁護士人生で培ったやり方だろう。今までは長谷川の汚い手段も表面化する事なく来れたが、今回の裁判を切っ掛けにまた通信技術の進化も相まって世界中に知れ渡る事になった。悪徳弁護士としての汚名は未来永劫にわたって消える事は無い》

《鈴木は証言を二転三転させて、心裡留保や強迫を主張し、故人を利用して相手に責任転嫁をした。裁判官はそんな鈴木と長谷川の法廷戦術に苦言を呈すどころか、ほとんどを受け入れてしまうという歪んだ現実がこの裁判から見えてくる。日本の司法はどうかしている。最高裁判所の判事に地方裁判所の判事が最敬礼をする光景は日本だけだそうだ。アメリカは法曹一元と言って裁判官に上下関係はなく、その代わり出世もないという。日本も見習うべきではないか》

《頭脳が明晰でなければ司法試験に合格できるはずがない。大学に在学中に合格する優秀な人もいる。合格すれば一定の研修を受けて裁判官や検事、弁護士等の希望の職に登録手続きを済ませれば資格を取得出来る。弁護士は会計士や司法書士、宅建取引士等の資格も付与されると聞いている。胸に付けるバッジは様々だが、「正義と平等」を本分として職務に励まなければならないのは当然の事だ。果たして「正義と平等」が厳守されているとはとても思えない。品田裁判長は法と正義という言葉を自分勝手に解釈して、ご都合主義的な判決を大量生産しているのではないか。自分の独りよがりな判断や思い込みで暴走したら、その先にあるのは破滅だ》(以下次号)

2021.07.11
     
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