読者投稿「鈴木義彦」 ④(57)

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《裁判では裁判長が交代して、品田裁判長は3人めだったというが、途中で裁判長が交代すると事実認定が曖昧になってしまうのではないか。審理に3年もかける必要はなかったと思うが、特にこの事件は金額面や背景が通常ではあり得ない事が多く、前任の裁判官からの引継ぎだけでは誤った解釈をされるリスクが生じる。心証の部分では特に前例や一般社会に倣った判断がされる危険もある。担当した裁判官によって結果が違うのでは本末転倒であるから、全ての裁判官が基本に忠実に公平公正な審議を目指さなければならないが、現実は程遠いというのは重大問題である》

《「死人に口なし」という、余り聞きたくない言葉がある。自分の利益のために、この言葉を使うのは卑怯極まりない事だ。その故人と生前に深い付き合いがあって、例え怨讐があったとしても、亡くなった限りはその故人の冥福を祈るのが人間としてなすべきことではないのか。鈴木は、西や天野氏に感謝の言葉を述べたことは無い。A氏との裁判で、自分の悪行の秘密を守る為に、代理人の長谷川弁護士と共謀してこの2人の死を最大限に悪用した。これは人間として絶対にやってはいけない事だ。そんな輩の虚言と捏造を支持した品田裁判長はどの様な神経の持主なのか。裁判官としても、人間としても失格だし、それだけで済まされる話ではない。歴史にも永久に残る最大最悪の事件だ》(関係者より)

《鈴木側が法廷に提出した全ての書面は「質問と回答書」(乙59号証)に代表されるように後付けの嘘だらけであるのは容易に想像がつく。質問と回答書では、特に西が言ったとして書かれた内容が余りにも酷い捏造であり、これを否定、反論できるのは西しかいないのを分かっての手口である。しかしそれが不可能なことを逆手に取って、もっともらしくいかにも事実であったと裁判官が錯覚するような表現をしている。虚偽であるとの証明の仕様がなければ取下げもされず、印象だけが裁判官の頭に残る。これはあまりにも悪質であるが、長谷川と鈴木はこれで完璧だと考えたと思うが、日付を特定せず「平成14年3月頃にA氏に呼び出された」と言うが、そうであれば、陳述書のボリュームある文章中にA氏からの話は一切なく、これに気付かない被告関係者や被告弁護士には何も弁解の余地はない。A氏は鈴木の携帯電話の番号を知らず、また西を飛び越えて鈴木に会うことは一切することは無かったが、鈴木が突然に来社することはあったようだ。A氏代理人の中本弁護士にもっと力量があれば、当然強い反論や虚偽の追及をしていたに違いない》(取材関係者より)

《鈴木は、現在自分があるのは全て自分の力だと思っているのか。A氏の援助がなく、西の協力が無かったらお前とお前の親族はまともに生きていられなかった筈だ。親和銀行事件も株の利益金が無かったら和解金も払えず、恐らく、執行猶予の付かないもっと重い刑が科せられていたと思う。A氏には感謝しきれないほどの恩を受けながら裏切り続けている鈴木は万死に値する》(関係者より)

《鈴木は、人生最大の危機を迎えて追い詰められている時に、A氏に助けられた。その際に鈴木は「この御恩は一生忘れません」と土下座して涙ながらに感謝の意を表した。人は追い詰められた時に本性を表すというが、この言葉は鈴木の本性ではなかったのか。鈴木が裁判で主張したことをどこまでも真実だと言い張るのなら、鈴木は誰もが持つ良心の呵責を持ち合わせない鬼畜のような奴だ。こんな奴を放置しておくと、世の中に悪党を蔓延らせることになる。品田裁判長は多いに反省し、責任を取らなくてはならない》

《鈴木の事件ほど大きな裁判は前代未聞ではないか。インターネットでは、情報サイトやYouTube動画の配信によりその全貌が世に知られるようになり、多大な反響を呼んでいる。裁判では担当裁判官の不当な判断で、追及を逃れた鈴木が騙し取った株取引による470億円(今や1000億円を優に超えるとみられる)という巨額資金に注目が集まっている。鈴木にとっては一番嫌な国税局も注目しているはずだ》(取材関係者より)

《鈴木は、紀井氏が自分の周囲の人間に「鈴木は、殺人を犯すような人間だと吹聴していて、日本での仕事がやりにくくなった」と言い、「西が以前から国税や証券取引等監視委員会に投書していたと聞いていた」と言っているが、自分が被害者の様に言うのが常套手段なのだ。自分がこれまで犯して来た罪を顧みれば他人に非難されても仕方のない事だ。都合が悪くなると弱者のふりをして事実から逃げようとするのはいい加減にやめるべきだ。その内に非難されるだけでは済まなくなる》

《医師や立派な学者を「先生」と呼ぶことに抵抗はないが、政治家や弁護士を「先生」と呼ぶことには違和感がある。まして、政治家や弁護士同志が互いに先生と呼び合っているのが気に喰わない。自分が偉そうな地位にある事を誇示し確認し合っているように思う事がよくある。これは、能力の無い者同士が偉そうにするために利用している呼び方だと思う。政治家は国民のしもべであり、弁護士は金で雇った代弁者であって「先生」と呼ばれるほど尊敬できる人間はごく少数だと思う》(以下次号)

2023.07.21
     
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