鈴木義彦による横領事件 28億円以上の被害事実を放置してはならない

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(写真:鈴木義彦)

A氏から受けた融資と株取引支援の渦中で、鈴木義彦は横領を始めとする犯罪行為を繰り返し実行した。エフアール社の経営が危急存亡の危機にあった平成9年から同10年にかけて、わずか数か月の間に総額で約28億円もの資金援助をしたA氏に対して、鈴木はA氏から金銭を騙し取っていたのである。約28億円の貸金の中で明確な横領金額は7億円以上で、例えば、一旦はA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤと絵画を3億4000万円の販売委託で預かったにもかかわらず、代金を支払わず現品の返還もしなかった事件や、バセロンほか有名ブランドの超高級時計13本(上代価格で40億円超)を同じく販売委託で預かりながら、約束した代金4億円を支払わず現品の返還をしなかった事件等がそれに当たる。
鈴木の悪性は平成10年5月末に表面化した親和銀行不正融資事件で存分に証明された。鈴木は当時の同行頭取、辻田徹氏にハニートラップを仕掛けさせて同行から不正融資を引き出すきっかけを作る重要な役割を果たし、総会屋や暴力団組長等と組んで100億円以上を不正に融資させたことで、鈴木は主犯格として部下の大石高広専務とともに警視庁に逮捕され、その後に起訴された。そして、公判の過程で代理人に就いた長谷川幸雄弁護士とともに同行に和解工作を進めた結果、約17億円を支払うことで和解が成立したことから、平成12年9月に下された鈴木に対する判決は懲役3年執行猶予4年という、巨額の不正融資事件に比べ軽微なものとなった。もし、親和銀行との和解が成立しなければ、執行猶予がつくことなど有り得なかったが、実は鈴木が和解金として同行に支払った約17億円もまた、A氏と西、鈴木の3者で交わした「合意書」に基づいて開始された宝林ほかの株取引の利益の一部で、鈴木は株取引の詳細をA氏には報告せずに利益の独り占めを謀っていたのである。この株取引利益の横領について、鈴木が福岡に本社を置く山内興産(末吉社長)から高値での売却を名目に20億円相当の「タカラブネ」株券を騙し取り、勝手に売り払ってエフアール社と自身の資金繰りに流用した事件があったが、その後の平成15年に山内興産が株式の返還と損害賠償を求める訴訟を起こした際に、同様に隠匿していた株取引の利益のうち約4億円を流用して、山内興産に和解金として支払っていた。
こうした経緯から、鈴木がA氏に損害を被らせて横領した金額は目先で言えば合計で28億円以上になるが、鈴木が西とタッグを組んで実行した株取引で上げた利益は平成18年10月の時点で総額470億円という巨額に上っており、鈴木はほぼ全額を横領して海外に流出させつつ、プライベートバンクに預け、年間で100億円と推計される巨額の運用利益を受け取っている、という疑いがある。しかも、この隠匿資金はそもそも申告していないから決して表には出せないもので、日本のみならず海外諸国の税務当局が追及すれば全て没収の対象となる汚れた裏金だ。

鈴木による横領に実態について触れる。鈴木が西義輝の紹介でA氏と会ったのは、平成9年8月頃のことだった。西は「鈴木はエフアールという上場会社の社長で、エフアールは経営状態が悪く、どうしようもありませんが、鈴木は有能な人間なので助けてやって戴けませんか」と言って、鈴木への金銭支援を求めた。紹介を受けてから数回程度、飲食を共にしたところでの支援依頼にA氏は快く応じ、その後、西が同行する中で鈴木が持参したエフアール社が振り出した約束手形を借用書代わりにA氏は手形の額面と同額を貸し付けた。鈴木への融資が始まってすぐに、鈴木の連帯保証をしていた西が「お願い」と題する書面をA氏に差し入れた。その文面には、手形の期日が来ても金融機関機取り立てをしないでほしい、期日の3日前までに現金を持参して返済すると明記してあったが、鈴木がその約束を守ったことは一度もなく、次から次へと手形を持ち込んでは期日を先延べにし、新規の借入を受けた。それでもA氏は約束を守り、手形の取り立てをすることがなかった。こうした経緯を見るにつけ、鈴木は借金を返済する気など毛頭なかったことが分かる。
鈴木が振り出した手形は合計で13枚、額面総額で約19億6000万円に上っていた。また、こうした中で鈴木が単独でA氏を訪ね、その際に持参した借用書で3億円の融資を受けたり、冒頭に触れたようにピンクダイヤと絵画を言い値の3億円で買ってもらうほか、宝石類を1億円以上で買ってもらうなどしていたのである。ただし、絵画については「後日持参します」と言ったきりで持参してはいなかった。また、3億円の借用書についても、主債務者がエフアール社で鈴木は連帯保証人となっていたため、A氏がそれを確認すると、鈴木は慌てて「書き換えましょうか」と言ったが、A氏は「いや、私と鈴木さんとの信用を前提にしているから、このままでいいでしょう」と応えた。しかし、鈴木が、それまでに別の債権者との間で同様のやり方で借金をしながら、トラブルになった際に責任を会社に押し付け、「会社に請求をすればいい」と言い逃れて、問題をこじらせたことが何回かあったことが後日判明したが、鈴木が借金を踏み倒す常套手段をA氏に対しても使ったことは明らかだった。

(平成10年5月28日、鈴木がA氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出す際に持参した「念書」)

そして、平成10年5月28日、鈴木が単独でA氏の会社に訪ねてきた。この時、A氏は知人から鈴木が数日以内に警視庁に逮捕されるという情報を聞いており、それを鈴木に伝えた。鈴木は表情を変え「本当ですか」と言ったが、鈴木自身がすでに取り調べを受けるなどして逮捕日が近いことを承知していたのは間違いない。鈴木は当日も額面8000万円の借用書と、ピンクダイヤと絵画の販売委託を受けるための「念書」を持参しており、A氏から逮捕情報を聞いた直後に、いきなり土下座をしつつ額を床に押し付けるようにして涙を流しながら融資を懇願した。そして、A氏が「鈴木さん、そんなことはしないで、椅子に座りなさい」と言っても、しばらくは頭を床に押し付けたままだった。A氏が堪りかねて融資を承諾すると、鈴木は感謝しつつ「このご恩は一生忘れません」と言って、ようやく椅子に座りなおした。A氏が借用書を見ると、返済日が1週間後の6月3日になっていたが、鈴木は逮捕情報を聞いてもそれを変更しますとは一言も言わなかった。A氏も敢えて聞かなかったが、もし書き換えさせるようにA氏がしていれば、そもそも手形を13枚も預かるまで貸し付けを重ねることはしなかっただろうし、他の融資にしても担保を強く求めるなどしたに違いない。鈴木はA氏のそうした性格を逆手にとって返済もせずA氏を騙し続けたのだ。
そして、鈴木が持参した「念書」もまた、エフアール社がピンクダイヤと絵画を預かり、会社が責任を持って3億4000万円で販売すると書いており、文末に常務の天野裕の自書もあったが、これも後日、天野氏が「鈴木が白紙のレターヘッドに署名するよう指示され、内容も目的も分からないまま署名した」と語っていたように、エフアール社が全く関与していないところで、一旦はA氏に買ってもらったピンクダイヤと絵画を騙しで取り返したのが実態だった。鈴木はこれらの販売委託についてA氏には詳細の報告を一切していないし、返還もしなかった。

超高級時計13本については、鈴木が逮捕されて半年後に保釈された平成10年12月に西が「鈴木の更生を図るために」と言ってA氏に金銭支援を懇願した際に、A氏から4億円の販売委託で預かったものだった。西は「預かり書」をA氏に差し入れており、「鈴木義彦代理」と書き署名していた。そして、鈴木が13本の時計の中からバセロンのペアウォッチ3セット(1セット10億円相当)を
持って知人を訪ね、それを担保に6億円を借り入れした。しかし、鈴木も西もそれをA氏には報告せず、代金も支払わなかった。その後、鈴木は知人にさまざまな名目をつけて担保で預けた3セットを引き出し、質店に質入れして放置したという話を西がA氏に報告したことで、A氏が西の案内で質店に金を払って取り戻したという。
本来であれば、この時点でA氏はピンクダイヤと絵画の分も併せて鈴木を横領の容疑で刑事事件にすべきだったのかもしれないが、折から鈴木と西が株取引を継続させていたこともあり、また西が「鈴木は都心のマンションの1DKで頑張っているので、長い目で見てやってください」などと、およそ事実とはかけ離れた言い訳をして鈴木を庇っていたために、A氏も静観することにしたようだが、西も鈴木に操られて加担させられていたことを踏まえれば、鈴木が自分の強欲でA氏を騙し裏切ったことに他ならなかった。

鈴木が西と実行した株取引は、宝林株800万株の売却話を西が得て、A氏が買い取り資金3億円を出して始まっているが、鈴木はその当初からA氏を外しにかかり、利益を独り占めにする悪だくみを計画していた。鈴木が杉原正芳弁護士を常任代理人にして、金融庁に提出させた大量保有報告書の「資金の出所」という項目には、当然、A氏の名前を記すべきだったが、鈴木は株式の売りを一任した紀井義弘氏の名前を紀井氏には了解も取らず無断で書くよう杉原に指示していた。また、宝林株800万株を3つに分散して外国の投資会社を装うペーパーカンパニー3社を調達し、それらの名義で株式を売ることで、鈴木の名前が一切表に出ないように仕組んだのも、上がった利益を海外に流出させることを念頭に置いた仕掛けだった。
宝林株を取得したのちの約1か月間、鈴木と西は証券市場で同株の高値誘導を図ったようだが、結果的に売り抜けることができなかったためにA氏に泣きついた。そして、鈴木が一人熱弁を振るってA氏に株価の買い支え資金を安定的に支援してほしいと懇願し、A氏の承諾を取ったところで交わされたのが「合意書」だった。
そして開始された宝林株取引では、予想外の利益が出て、株取引の開始から約3週間後の7月30日に西が「株取引の利益」と言って15億円をA氏の会社に持参した。A氏は15億円を3等分し、自分の受け取り分は5億円と考えたが、西が「自分と鈴木の分は社長への返済金の一部としてください」と言ったことから、A氏が全額を受け取り、うち1億円を「鈴木さんと分けなさい」と言って西に渡した。翌31日に西と鈴木がA氏を訪ね、15億円の処理を確認するとともにそれぞれ5000万円を受け取ったことに礼を述べた。
しかし、この時、鈴木も西も株取引の詳細を一切報告しておらず、宝林株の取り引きもまだ終了していなかった。この時点での利益は約50億円にもなっていて、A氏は一切知らなかったのである。そして最終的に利益総額は160億円前後にも上り、鈴木が調達したぺーパーカンパニー名義でまずは香港に流出させたうえで、その後はプライベートバンクに預けて隠匿する作業を鈴木だけの作業で密かに行われた。
その過程で、鈴木は合意書を破棄させようと必死に西を口説き、西も目がくらんだのか、鈴木の説得に応じたことで、何回かに分けて総額10億円を報酬として受け取り、また鈴木と西が別に利益を折半する密約を交わしたことで、西は鈴木から30億円を利益分配の一部として受け取っている。
こうした金銭欲に憑りつかれた鈴木と西の、A氏に対する騙し取裏切りが繰り返され、その後の約7年の間に20以上の銘柄で仕手戦が実行され、鈴木が隠匿した利益の総額が、前述したとおり470億円前後に上ったのだ。本来ならば、それを、経費を除いて3等分することが合意書には明記されており、それに違反した者は受け取る権利を失うとまで明記されていたが、鈴木と西が完全にA氏を騙していたことから、利益の全額をA氏が受け取るのが筋だった。しかし、鈴木はそれを認めようとせず、利益を隠匿し続けている。
株取引の利益を踏まえつつ、目先で鈴木が横領したピンクダイヤと絵画、そして超高級時計の販売委託に関わる7億4000万円に加え、親和銀行と山内興産に支払った和解金の合計約21億円の合計約28億円については、鈴木を詐欺横領の容疑で刑事事件にすべきだ。もちろん、事件発生からの時効があるが、鈴木は株取引の利益を流出させるために頻繁に海外渡航しているだけに、それを考慮に入れれば、時効が中断される可能性は十分にあると思われる。そのうえで株取引の利益隠匿に係る疑惑の追及も当然、視野に入ってくるはずである。(つづく)

2024.01.25
     

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