小野敏雄による虚偽と誹謗中傷の主張を認めた裁判官たちの資質は最悪(1)

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(写真:小野敏雄 記事を掲載以降、小野の悪事を告発する情報が数多く寄せられている)

小野敏雄が債権者に負う債務の返済を逃れるために「債務不存在」という不当提訴を行い、東京地裁と同高裁の裁判官たちがそれに疑問を挟まないどころか、さらに具体的な検証を怠ったために、虚偽に満ちた小野の主張をほぼ全面的に認めるという異常な判決(控訴審は債権者の請求を棄却)を下した。いったいなぜ、そのような判決に至ったのか、法曹界に籍を置く専門家が、裁判官たちの誤った裁定に鋭く切り込み、問題点を浮き彫りにする。

1 小野敏雄による「債務不存在」の不当提訴
平成元年ころに知人を通じて知り合った債権者と小野敏雄との間の貸金について、小野は虚偽の理由を述べて返済を先延ばしにしただけでなく、長年債権者に対して追加の借入を繰り返した。そして、小野は、令和2年7月以降には、実際には存命である妻の眞理の父が亡くなり、その相続財産から返済を行う等と述べるようになったが、小野は自分が指定した返済日の当日に突如債権者との連絡を絶った。その後、債務不存在を主張する訴訟を提起したが、訴状では存在しない債権債務及び弁済を主張し、さらに小野がこれまで債権者に種々虚偽の弁明をしてきたことが判明する中で、債権者の名誉を毀損する主張を何らの根拠も必要性もなく主張書面で繰り返したのである。
小野は本件訴訟において、債権者による貸金や返済に係る証拠を一切提出していない。わずかに債権者に虚偽の説明を縷々していたことを認めた程度だった。それとは逆に債権者は借用書や債務承認書などの多数の証拠を提出したほかに多くの証人もいた。客観的な証拠や第三者証人の存在からすれば、債権者と小野のどちらが真実を述べているのかは明らかであったはずであるが、それにもかかわらず、裁判官たちは小野の言い分を認める判決を下してしまった。
小野側が証拠を提出できないから当然ではあるが、この判決は客観的な証拠に基づいた事実認定をしておらず、誤った推論にさらに誤った推論を重ねたような、何一つ事実に基づかないものであった。
債権者は過去に30件ほどの貸金返還請求訴訟を起こし、ほぼ全てで勝訴してきている。それらの訴訟の中では、本件訴訟と同様に債権者を根拠なく誹謗中傷して債権者の人格や経歴に関わる社会的信用を損なわせ、自らを正当化しようとした主張も多くみられたが、担当した裁判官はそのような主張に惑わされることなく、客観的な証拠に基づいた公正な判断の結果、債権者勝訴の判決を下してきた。本件訴訟における小野側の誹謗中傷はあまりに度が過ぎているものであるが、このような誹謗中傷が裁判官の心証に不当に影響したとの疑いをぬぐい切れないところである。

2 平成2年貸付について
(1) 債権者と小野は、債権者の知人である西義輝を介して30年以上前の平成元年頃に知り合った。当時、小野が金に困っている様子を債権者には見せていなかったものの、西からは「小野には金を貸さないように」と言われていた。もっとも、小野が、西が言うような信用のおけない人物とは思われず、非常にまじめな人間であるという印象を債権者は持っていた。
(2) 平成2年9月ころ、小野から、自身が経営する「日本キャドシステム」の取引先である「一建」からの入金が遅れており、資金繰りのためのつなぎ資金を貸してもらいたい、すぐに現金が必要であり債権者しか頼る人がいない、一建からの入金があればすぐに返済する等と依頼され、「月に1割の利息でいいから貸してくれませんか」と切羽詰まった表情で懇願されたため、小野に対して貸し付けることにした。なお、日本キャドシステムについては小野が経営する会社であり、当時既に債権者は同会社に内装等を依頼しており、その発注書や領収書等には「株式会社日本キャドシステム 代表取締役小野敏雄」との記載があった。
債権者は手元現金から平成2年9月頃に4000万円を、利息年15%として小野に貸し付けた。返済期限は定めなかった。また同様に、同年12月頃にもさらに4000万円を同条件にて小野に貸し付けた。
(3) その後、小野は返済原資を作ることができず、返済はほとんど進まなかった。しかし、債権者としては小野が状況を改善した段階で返済してもらえればよいと考え、特段の督促をせずに小野の任意の支払いを待っていた。
(4) 小野は平成8年11月まで債権者への返済ができないままであった。債権者と小野は、借入期間が相当長期に及んでいることから、平成8年11月29日に、今後の支払方法等について協議したところ、小野としては直ちには返済できないものの、支払う意向であることを示した上で、これまで長期に亘り返済を待ってもらっていることも加味して、それまでの元金利息の概ねの合計額である1億5000万円を元金とし、弁済期を平成18年11月末日、利息15%、遅延損害金30%とする準消費貸借契約を締結した。そして、債権者と小野とは、平成10年11月26日にこの契約に基づいた公正証書を作成した。
また、小野の妻である小野眞理はこの公正証書にて、小野の債権者に対する債務について連帯して保証した。このとき、債権者は、貸付から長期間が経過するにもかかわらず、一向に返済が実施されないことから、公正証書という正式な書面を作成するにあたっては、連帯保証人を設定してもらいたいと依頼したところ、小野が眞理から委任状を取得してきたものである。
(5) 上記債務について、小野は、令和2年7月4日、当該債務を負担していることを書面にて承認した。この書面の作成の際には、小野も手元のメモで計算をした上で金額に誤りがない旨を確認していた。先の準消費貸借契約に基づいて計算すると、元金1億5000万円に対して、平成8年11月30日から平成18年11月30日までの10年間、年15%の利息(2億2512万3287円)が発生しており、さらに、平成18年12月1日から平成30年12月31日まで年30%の遅延損害金(5億4369万8630円)が発生しているため、平成30年12月31日時点では元金と利息及び遅延損害金の合計額としては9億1882万1917円となる。これは債務を承認する書面記載の9億1875万円と何ら矛盾はない金額であり、当時の計算が正しかったことが分かる。
これについて小野は審理では、債権者から「月1割で計算したら、複利になるから、もう100億円以上になっているんだよ」等と言われて計算が分からなくなった等と趣旨不明の陳述をしているが、この発言は債務承認の書面に記載された金額とは全く異なるものであり、そのような発言が債権者からあったとは考えられない。また、小野は平成2年当時から「小野マネージメント」なる会社を経営していたと述べ、また日本キャドシステムについても、平成5年以降に知り合いの会社を譲り受けて経営していたと主張した。小野は従前に関与していない会社について、知り合いから突然「経営してみれば」と誘われて代表取締役に就任したというが、登記上では平成5年ではなく平成3年に就任しており、小野のこの点に関する供述は客観的資料と合致していない。しかも、自身の債務に関しては、債権者とのやり取りの中で返済すべき金額が分からなくなっていると主張したにもかかわらず、借入額や返済額についてメモすら作成せず、金額が大きくなっていることを認識してはいても弁護士などに相談することもなく、漫然と貸し借りを続けていたと主張したのである。このような態度は一般的な社会人としても常識的に有り得ないし、会社経営者が、ましてコンサルティングを行っているような者が、このようなずさんな管理をすることは有り得ないところである。
(6) 合計8000万円の債権について、判決は、上記平成2年貸付を裏付ける証拠がなく、同貸付は存在しないと裁定してしまっている。これは、債権者の手元にある公正証書では、平成8年に貸し付けたかのような記載になっており、平成2年に貸し付けたとの債権者の主張と食い違うという判断に基づいている。
しかし、平成2年貸付の際には、債権者と小野との間で借用書または消費貸借契約書を作成していた。ただし、小野との間ではその後にさらに公正証書等を作成しているが、債権者は、当時、新しい書面を作成したら古いものは債務者に返さないといけないと考えていたため、いずれも書面作成時点でこれらの書面は小野に交付してしまっており、手元には残っていなかった。債権者の手元に現在あるのは平成10年11月26日付公正証書及び令和2年7月4日付書面のみであるが、平成2年の貸付以降、公正証書記載の平成8年11月29日の書面や平成10年の公正証書の他にも、令和2年までの間に適宜債務承認書等を作成し、作成のたびに古い書面は小野に返還していたのである。小野はこれらの書面は「交付されていない」と主張するが、公正証書などは作成しており、実際に借入がなければそのような書面を作成するはずがない。まして小野は長年会社の役員を務め、また経営コンサルティング等を生業とする者であって、債権債務が存在しない借用書を作成するような経歴でもなければ能力の低い人間でもない。そうであれば、小野は手元にある借用書を隠して不当に借入金の返済を免れようとしたとみるのが至当である。小野は自身が債務を免れるために多数の嘘をついていたことを証人尋問で認めており、そのような態度が訴訟でも表れている。
(7) この点、小野側は「実際に8000万円を借りたのは平成2年よりもっと後で(さらに金額も債権者の主張とは異なる)、暴利によって平成8年11月29日時点で1億5000万円となった」と主張していたが、それを裏付ける根拠も示さない全く意味不明な主張であった。法律専門家を介さない当事者間の債務承認等の意味合いで作成される文書において、実質は準消費貸借契約でありながら消費貸借契約の形を取ることはしばしば見られるものであり、平成10年の公正証書には何一つ不自然なところはない。
そもそも、準消費貸借契約における旧債務の不存在の主張立証責任は、債務者、すなわち小野にあるものであり、小野側において平成2年における貸付が存在しなかったことを証明すべき立場にある。そして、これについて小野側の主張立証は、小野が日本キャドシステムの代表になったのは平成3年11月1日であるということのみだった。小野側の主張によれば、小野はキャド社の前代表者とは旧知の中であるようだが、関わってすぐに代表取締役に就任したという不自然な経緯をたどっている。また、小野は、自身が代表取締役に就任したのは平成5年と述べる一方で、登記自体は平成3年であり、そもそも就任登記がなされた時期の正確性には疑問がある。平成2年の時点で債権者が小野からキャド社の代表取締役の名刺を受け取ったことは間違いなく、事実としては、小野は当時すでに事実上キャド社の代表取締役に就任しており、登記手続きはそれに遅れて平成3年11月になされたものと考えるのが自然だ。そのため、登記記載の代表取締役就任の時期が、小野がキャド社において実質的な経営者として動いていた時期を正確に反映するものではなく、小野側の主張は的を射ない、立証責任を果たしていないものである。
また、小野は債務については都度メモに金額などを記載、計算しており、確認をした上で署名押印等を行っていた。小野は、平成2年当時からマネージメント業などを行っていたと述べており、そのような会社代表者が理由不明の、かつ、極めて高額の借り入れを認めるような書面を作成し、かつ、25年以上に亘り何らの対処もせず放置するということは俄かに考え難いことである。公正証書等は、小野が間違いなく借入を行っているからこそ作成されたものであり、当然、その書面自体から旧債務の存在も推認されるべきものである。
いずれにせよ小野側は旧債務の不存在を何ら合理的に説明できておらず、準消費貸借契約の成立が否定されるような事情は一切存在しない。
(8) また、判決は、小野が債務の担保として生命保険に加入していることが不穏当であるとして、小野が債権者に対して著しく劣位な立場に置かれていたとして「恐怖心が相俟って」作成に応じてしまったと主張した。
しかし、仮に生命保険への加入が上記債務への担保なのであれば、加入から日を置かずに質権設定を行っているべきであるところ、そこから生命保険金への質権設定まで2年もの期間を置いていることに合理的な説明がつかない。本生命保険はもともと小野が任意に、しかも債権者に伝えず加入したものであり、債権者がこの保険の存在を知ったのは平成12年の質権設定の直前に、小野からの申し出があったからである。そのため、当該生命保険の保険金が平成10年公正証書記載の「担保」とみなす合理的な理由にはなり得ない。この点、確かに債務額と保険金額が一致しているが、これは小野が自身に何かあった場合に債権者に対する債務を返済できるよう手当したに過ぎず、金額の一致のみで生命保険への加入について債権者の関与があったとする裁判官の裁定は論理の飛躍が過ぎる。
また、判決は小野が生命保険に加入したこと自体を不穏当と評価しているが、生命保険の受取人は債権者ではなく妻の眞理であり、さらに平成10年の公正証書作成当時には質権も設定されていない。そのため生命保険の加入自体が小野に対して何かしらの恐怖心を煽るものではなかったことは明らかであり、保険加入の事実を不穏当と評価することも、そのことから小野が債権者に対して著しく劣位な立場に置かれていたと推認することも誤りである。
(9) また、妻の眞理による連帯保証についても、判決は、夫婦であっても高額の金員についての連帯保証を安易にするとは考え難いと指摘するが、返済期限を既に相当期間にわたって徒過している借入を小野個人でしている以上、その支払を求められたら家族の生活に支障が出る状況にあったのであるから、支払期限を先延ばしにするために妻の眞理が連帯保証を承諾することは十分に有り得るものであった。
ただし、小野は、公正証書作成に当たって作成した委任状は小野により偽造したものであり、当時連帯保証に関する代理権を有していなかったと主張している。しかし、小野のものとは異なる筆跡で「小野眞理」の名前が署名された委任状を、印鑑証明書を添付して持参し、「妻の同意は得ている」と小野が請け合っていたものであり、小野が当時代理権を有していたことは明らかであった。また、債権者は小野に対してたびたび「奥さんと話をさせてほしい」「電話でも構わない」といった打診をしていたが、小野はこれに対しては態度を明らかにせず、債権者と眞理との直接のやりとりを妨げていた。本訴訟でも小野側が認める通り、小野側は債務を免れるためには虚言を厭わないようであり、眞理の代理権を有していなかったとする小野側の主張も到底信用できるものではない。

3 平成29年の貸付について
(1)小野は、上記とは別に平成29年ころから、自身では業者から借入ができないと言って債権者に再三に亘り借入を依頼してきた。債権者が手元に現金がないことを理由にこれを断ると、小野は月1割の利息でいいので貸してくれる人を紹介してほしいとさらに依頼をした。そこで、債権者は、知人に小野に対する貸付をしてもらうよう依頼したところ、知人からは「債権者に対してならば貸せるが、その条件では他の人には貸せない」とのことであった。債権者がその旨を小野に伝えると、小野は、自身の名義では消費者金融も含めてどこからも借りられないので、債権者名義にて当該知人から借りてもらい、それをさらに自身に貸してもらいたいと言って、債権者が、知人から月1割の利息で借入を行うことを依頼してきた。債権者は小野の返済計画の話を信じて、小野が返済のために種々努力しているようだと思っていたため、小野の依頼に応えることとした。なお、債権者が知人から月1割の利息で借入を行うことから、債権者から小野に対する貸付における利息も月1割とした。
(2) その後も小野は同じ手続きで債権者から複数回に及び借入を行ったものの、その返済を一切行わなかった。なお、これらの貸付に当たっては、債権者は都度書面を作成していたが、新たな貸付の際には書面を小野に交付しており、またこの書面についても小野が開示しないため、個々の貸付については現状債権者においては特定ができない状態である。
(3) 債権者及び小野側は令和元年6月25日、それまでの元金と利息の合計額から一部減額した金額である金3000万円を元金とし、弁済期を令和元年8月末日、利息は付さないとする内容の準消費貸借契約を締結した。また、その際、妻の眞理が小野の債務について連帯保証する旨を書面にて約した。
この連帯保証に関しては、小野が眞理に署名押印をもらってきたものであり、小野は「妻に連帯保証の話をして、署名と押印をもらってきました」と言っていた。債権者からは、平成10年の公正証書の際と同様に、念のため、眞理に確認したいと依頼したところ、小野が自身の携帯電話から眞理に電話すると、眞理がすぐに応答したので、小野から債権者に電話を替わった。債権者からは、電話口の相手が小野眞理本人であることを確認した上で、「今、ご主人が会社に来ていて、以前の公正証書とは別にご主人に貸している3000万円について借用書を持ってきてくれていて、連帯保証人としてあなたの署名押印があるのだけれど、間違いないですか」と聞いたところ、眞理は、「間違いありません」と回答した。このとき、債権者は平成10年の公正証書についても言及したが、眞理からは何の質問もなかった。また、「連帯保証は初めてではないから、分かっていると思いますが、ご主人が支払できない場合、あなたも3000万円について支払う義務を負うことになりますから、よろしくお願いいたします」と言ったところ、眞理は「連帯保証については分かっております。よろしくお願いします」と回答していた。そのため眞理が間違いなく連帯保証の意思を明らかにした事実を、債権者本人が直接確認しているものである。
なお、この電話は債権者の会社応接スペースで行われたものであり、当時会社に出入りしていた債権者の知人が近くにおり、少なくとも債権者の発言を聞いていた。
(4) その後、小野はさらに借入を繰り返し、令和2年7月1日時点でその債務が元利金合計で2億円となることを自認し、書面を作成している。この書面の作成の際にも、小野は手帳を見た上で計算し、元利合計で2億円を超える金額になっていることを確認した上で、端数を切って債務額が2億円であることを確認したものである。
なお、この貸金の原資は前に触れた通り、債権者は小野の求めに応じて、自身が月1割の利息で第三者から借り、その借受金を同じ利息で小野に貸し付けていたものである。小野は、その後もいくつかの事業による報酬で返済するという話を債権者にしていたが、その話の多くが返済を先延ばしにするための虚偽の話であったことを小野自身が証人尋問の場で認めている。その結果、債権者自身が月1割の利息での借入を継続する形になってしまい、令和2年7月1日時点で2億円を超える債務となっていた。債権者は、小野がいつまでも返済を行わない状況に危機感を覚え、小野の返済を待たずに、令和2年12月末ころに、債権者の知人に上代価格1億円の高級時計2本を代物弁済し、数カ月分の利息を免除してもらうことで清算を行った。(以下次号)

2024.03.18
     

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