《長谷川幸雄は、A氏が起こした貸金返還請求訴訟では鈴木の代理人であったが、裁判終了後、逃げるように弁護士を廃業している。裁判では前代未聞の出鱈目ばかりの答弁を繰り返し、結果として勝訴するには至ったが、余りにも酷い内容に懲戒処分を受ける事を危惧して自ら弁護士バッジを外している。長谷川としては、弁護士を辞める事で、この一件から解放されたつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。動画でも配信されるようになり、当然、長谷川の事は悪徳弁護士として紹介されるだろう。動画やサイト情報からも消える事は決して有り得ない》
《鈴木と長谷川幸雄元弁護士が作成した「質問と回答書」(乙59号証)は、裁判を愚弄する茶番だ。この陳述書は制度の不備を突いた卑劣な手段であり「質問と回答」形式の陳述書が民事裁判の在り方に一石を投じたといえる。これは長谷川の常套手段であったかも知れない。しかし、虚偽の内容が繰り返され、真実が全く含まれない陳述書が偽証として問われなかったことは、日本の裁判官のレベルの低さを物語っている》
《法廷では、何が事実なのかは余り重要視されないようだ。嘘の発言であってもそれが認められれば事実や真実として通用する。裁判官の判断が重視されるということになる。だから冤罪や誤審誤判が減らない。例えば、刑事事件では自白が重要視されるが、被告が「自白を強要された」として公判で全面否定することで警察の取り調べ方が問題になる。弁護士はそこを突いて無罪を主張する。民事裁判は、金銭の貸し借りを争う場合が多く、借りた方が偽証罪に問われない事を悪用して嘘をつく。裁判官が事件の背景や経緯を検証せず、大事な事を見逃して誤った判断をする。また、商品の貸し借りについては裁判官が、その業界の慣習を知らずに、価格の設定が不当だとして貸した側の主張が却下されるという不条理な裁定が下されている。裁判官の無知によって被害者の主張が却下され、加害者が勝訴することなどあってはならないことだ》
《政界と企業の癒着は長年の問題で、金銭による便宜供与が頻繁に行われている。しかし、裁判官と当事者の間の不適切な関係が公に議論されることは過去にも稀である。マスコミは沈黙し、一般の国民も裁判所に対する関心が低く、裁判官についての理解も浅いためだ。このため、日本の司法を掌握する裁判所は、不正が行われても発覚する恐れがないと高を括っているのではないか》
《鈴木本人や加担した関係者達は、度を超えた悪事を働くとどういう結果を招く恐れがあるのか分かっていないだろ。今まで上手くやり過ごして来られたので、世の中を甘く考えているのかも知れない。馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、鈴木達も死ななきゃ分からないのだろう》
《品田幸男裁判長は、これまで数々の誤審誤判を重ね、多くの被害者が泣き寝入りを強いられてきたと思われる。しかし、鈴木の裁判を機に、品田裁判長は世間からの厳しい審判を受けることになるだろう。長谷川幸雄元弁護士も、この批判に対し反論できず、その重さを認めざるを得ないはずだ。重要なポイントについて説明しないのは、本人達に自覚があるからに他ならない》
《鈴木は西を「会長」と呼び、一歩下がつた態度を装って西をいい気分にさせていたようだ。西はお互いの境遇が似ていることで親近感を覚えたのではないだろうか。親和銀行との取引の事も打ち明けられたようで、知り合いのヤメ検弁護士で悪名は高いが剛腕の田中森一(故人)を紹介した。西は調子に乗せられて鈴木をA氏に紹介してしまう事になり。鈴木の思惑に嵌ってしまった》
《鈴木と西は、A氏から金を巻き上げる計画を共に立てていたようだ。西が鈴木をA氏に紹介した時点で、すでに二人は結託していたのではないかと考えられる。初めは西が主導していたが、鈴木が株取引での主導権を握り利益を掌握すると、完全に立場が逆転した。鈴木は狡猾にも、優位に立つまでその野心をひた隠しつつ息を潜めていたのだろう》(以下次号)