今から数十年前になるが、T氏と渡辺新領は東京・神田にある「東京ブックス」という百科事典を販売する会社で知り合った。その後、T氏が飲食関係の仕事で名古屋で支社長をしていた頃に渡辺と電話で話す機会があり、その時に渡辺は中央線の三鷹に一軒家の豪邸を建て年収も4000万円以上はあると言い、さらに「金を使いきれないから、金を使うことを手伝ってくれないか」というくらいの自慢話をして、「上京した時には一度寄ってよ」と言うので、東京本社での会議で上京した際に明治通り沿いの花園神社の隣のオミビルで書籍販売会社の支店長をしている渡辺を訪ねると、秘書を2人置いて見るからに成功しているようだった。その後、T氏は東京本社への転勤を機に転職することになり、以前の東京ブックスで再度仕事をすることになったが、平凡社の世界大百科事典の販売で日本全国のコンテストでT氏は全国一位となったことから、日本図書という大手の販売会社から声がかかり、それを機に独立した。
東京・駒込で会社を興してわずかの間で社員が増え、間もなく新宿に移転することになったが、会社は社員も50人ほどになり思いのほか順調に売り上げが伸びていた。移転先の新宿のビルは階は違うが以前に渡辺の会社が入っていたビルだった。すると、しばらくして渡辺が「あなたの所で働かせてくれないか」というので、T氏は迷ったが、渡辺が何度も頼むので雇うことにしたが、渡辺の態度は真摯にお願いするという姿勢ではなく、待遇面で「給料は毎月70万円は欲しい」とか「あなた(T氏)と毎日顔を合わせながらでは仕事がやりづらいので、別会社として事務所を借りてほしい」「前の会社の後輩2人を連れてきてチームでやるから、全てを任せてほしい」などと要求してきたが、全て聞いてあげた。
T氏は渡辺の注文に応えて、70万円の給料を出し、近くのビルに事務所を借り、別会社は東京象牙貿易と名付け、渡辺が連れてきた後輩2人分の給料も保証したが、さらに渡辺は秘書が必要と言って、本社の女子社員の中からベテラン一人を選び、渡辺の新しい事務所に勤務させたのである。後日判明したことだが、これにはある理由があった。本社の社長や会社全体の主要な状況を把握するために、この女性と関係を持って内情を聞き出したようだ。まさに2人の後輩が言うように、スキがあれば会社を乗っ取ろうと計画したことは間違いないと思われた。T氏の人の好さを利用した企みで、渡辺は人として本当に最悪だと関係者は口を揃える。
渡辺は、T氏がそこまで希望通りの体制を作って上げたにもかかわらず、1年も経たないうちに新会社を破綻させてしまった。売り上げも上がらず、営業体制が軌道に乗る気配が見えない中で、渡辺が連れてきた2人の後輩が渡辺に愛想をつかして辞めると言い出し、便せん20枚以上に実情を訴えてきたのだ。T氏がそれを読むと、渡辺は1週間にわずか1、2度しか出社せず、顔を出してもいつの間にかいなくなってしまうという状況だった。本社での月に一回のミーティングでも一切話をしなかった2人に、どんなことでも良いから意見を出して欲しいと言うと、2人がようやく重い口を開いた。それまでは「社長から何を聞かれてもイエスかノー以外には答えるな」と渡辺にきつく命じられていたようだが、2人の話から渡辺自身は仕事は一切しておらず、会社を乗っ取ることしか考えていない人間と分かり、そこで事務所を閉めることにしたが、T氏にとっては会社を立ち上げたばかりの時で資金がいる時に大きなマイナスとなり、非常に大きなダメージを受けた。後輩2人は「渡辺とは前の会社から一緒だったが、あんな最悪の人間は初めてだ」と言っていた。
渡辺は「社長には本当に迷惑をかけました」と人が変わったような態度で退社したが、その後、何の用もないのに会社に顔を見せながら実際には金に困った時だけ相談に来たが、返済はその後何年もの間で一度もなかった。そこでT氏の知人が渡辺の自宅を訪ねると、応対した渡辺が「今はタクシーの運転手をしていて、社長の会社近くをよく通るので何回も挨拶でお邪魔しようと思ったが、敷居が高く行けませんでした。明日には伺います」と言って、翌日、本当に顔を出した。そしてその場で本人自ら進んで借用書を書き、「2~3日以内に女房を連れてきて、保証人にします」と言って反省した様子で帰ったが、数日後にタクシー会社の顧問弁護士より書面が届き、渡辺が自己破産をするということで関連の書類が同封されていた。渡辺はその数年前にも同様のことをしていて、T氏の知人が渡辺の所在を突き止め、勤務していたタクシー会社の寮に行くと、渡辺は翌日夜逃げをしたのだった。
T氏が許せなかったのは、渡辺が困って何回も金を貸してほしいと言うたびに助けてあげたり、飲食もどれだけ連れて行ったか分からないほどだった(渡辺は自身の全盛期でもT氏に御馳走したことは一度もなく、口先だけだった)のに、さらに、渡辺が自分から借用書を書くと言い、奥さんを保証人にすると言い出したのに、その約束を破り、しかも書面の中で弁護士が、渡辺が「(社長に)何回も架空の領収書を切らされた」とかありもしない虚偽の理由を並べたてていたことから、T氏は金額面では無く絶対に許すことができないと思うようになった。
その後、T氏も日常の仕事にかまけて時間が過ぎてしまったが、関係者が「このまま済ますことは渡辺本人の今後のためにも良くない」と言って、渡辺の新しい住所に行くと、たまたまエレベータで一緒になったのが渡辺の同居人の女性で話を聞くことになったが、「態度がとても悪くて、(渡辺は)ほとんど帰ってきませんとか、何を聞いても知りませんと言うので、連絡先の電話番号を書いて渡したら、警察からすぐに電話が入ったので、私は『刑事さんが中に入ってくれるなら有難いので是非お願いします』と言うと、民事には関われないので、言い分があるなら話し合いをしてください。私どもは関知しませんと言われた」という報告がT氏にあった。T氏にとっては債権の回収はもちろんだが、それ以上に渡辺自身が謝罪しなければ、いつまでも気が収まらないと思われる。今後も渡辺が逃げ隠れを続けるのであれば、関係者たちは本気で渡辺に対応する構えを見せているようだ。渡辺はT氏以外にも多くの人間に迷惑をかけてきたに違いないが、本誌ではまだまだ明らかにすべきことが多々あるのと、渡辺の言動等についても次号より詳細を明らかにする予定である。(以下次号)