〔40億円超の貸付金を25億円に圧縮〕
鈴木は平成14年6月27日付でA氏に対して新たな「借用書」を作成していた。この「借用書」は、その4ヶ月ほど前に西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された後に保釈となり、A氏と西の間で鈴木の債務処理について話し合いが持たれたことから「借用書」の作成となったのだが、その際、西が「今後、株取引の利益が大きく出るので、鈴木の債務を圧縮していただけませんか」とA氏に依頼した。鈴木が負う債務は、その時点で返済が一切無く、元本約28億円に対する金利(年15%)が4年分加算され40億円を超える金額になっていたが、A氏は西の依頼に応じて鈴木の債務を25億円とした。
ここで問題になるのは、鈴木が平成11年9月30日付の「確認書」を悪用して「債務は完済されている」という主張を交渉や裁判の場で展開したが、この「借用書」によってその主張が虚偽であることが明らかになったという点である。さらに、鈴木が西にA氏への返済金10億円を渡したと唐突に言い出し、西がそれを認めたことから鈴木の債務は15億円となったが、実はこの10億円は、平成11年7月8日付けで作成された「合意書」の存在をひどく疎ましく思った鈴木が、西に破棄させようとして何度も要請し、西がそれに応じたかのような対応をしたために、その“報酬”として複数回にわたって西が受け取ったものだった事実が後日判明した。したがって、鈴木の債務は圧縮後でも15億円ではなく25億円であった。
また、鈴木は債務15億円について、「年内に支払うので、10億円にしてくれませんか?」とA氏に依頼し、A氏は鈴木が実行するかどうか不明だったが、それに応じた。すると、同年の12月24日、鈴木がA氏の会社を訪ね10億円の現金を持参した。
A氏はこの10億円について鈴木との話し合いの通り債務の返済金として扱っていたが、その後、鈴木と西が「合意書」に違反して巨額の利益を上げながら、それをA氏に報告をしないどころか、利益を二人で折半する密約を交わして隠匿してきた事実が判明したために、返済金の扱いを白紙に戻した。そして、貸金返還請求訴訟においては、この10億円は株取引の利益分配金の一部であるとした。
〔裁判官は認めなかった207億円〕
鈴木と西が平成12年頃から仕掛けていた志村化工(現エス・サイエンス)株の仕手戦で、証券取引等監視委員会(SEC)が悪質な相場操縦であるとして東京地検に告発。西は平成14年2月27日、オフショアカンパニーの代表者であった武内一美、さらに川崎定徳(川崎財閥の資産管理会社)の桑原芳樹と共に逮捕されるという事態が起きた。
武内が代表だったジャパンクリサリスファンドは英領ヴァージン諸島に本拠を置いていたが、武内自身はエフアールの元役員だった。鈴木が仕手戦を仕掛けるために手配した会社であることは明らかで、武内を代表者に仕立てた疑いが強く持たれた。
西が保釈されて間もなく、西が市場で仕掛けた銘柄の株価を高値で維持するためにA氏が協力をした資金の処理についても話し合われ、同年6月20日、西は「平成11年7月8日、私とA氏、鈴木義彦氏の三者間で作成した合意書に基づき、貴殿が本業務遂行の為に本日迄に207億円を出資している事を確認致します」と記した「念書」を作成しA氏に手交した。
しかし、貸金返還請求訴訟において、裁判官は「原告が株取扱に関して被告及び西に対して提供した金額は207億円に上っていたというのであるところ、仮にそれが真実であるとすれば、株取扱合意に基づく分配対象利益の分配が上記7年以上の間に上記の2回しか行われず、その額も上記の2回程度しかなかったにもかかわらず、平成18年10月16日の三者協議に至るまでの間に、株取扱合意の履行が適正に行われているかについて三者間で協議が持たれなかったというのであるから、一層不自然というほかない。これらのことは、株取扱合意が三者間で継続的に効力を生じていたとの原告の主張に対し、根本的な疑義を抱かせる事情といえる」として排斥した。(以下次号)