中古車ブローカー「倉持茂」が会社役員を襲わせた動機(1)

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[凶器はスタンガンとナイフ]
数年前より北関東地域から盛んに情報が寄せられている中に、過去数年間、インターネット上で連日のように「詐欺師」呼ばわりされてきた男がいるという記事があった。この男がネット上で数千件以上に及んで“標的”にされるのは、本当に詐欺を疑われる行為を繰り返し、数百万円単位から時には1000万円以上の被害を受けた人たちが数多く続出しているという情報が投稿者たちより無数に寄せられているからだ。しかも、この男、金澤(福島)明彦は、過去に広域指定暴力団の準構成員の男の配下として活動していた経歴から、被害者を軒並み脅かして警察への被害届けを封じ込め、泣き寝入りさせたことで、金澤を前面に立てながら数人の暴力団関係者(S、Rなど 後述)が関与している情報を群馬県警では掴んでいるが、ギリギリで逮捕を免れてきた模様だ。ネット上ですっかり有名になったからか、金澤は数年前より夫人(4~5人目)の姓である「福島」に変えて同様の詐欺行為を働き続けているという。

さて、今回取り上げる人物は、金澤(福島)とは30年来の付き合いがあり、今は共に地元の不良たちとつるんでいる倉持茂という男である。もちろん金澤とともに群馬県警にもマークされているが、それに加えて昨年12月に3人の不良を使って。都内の会社役員を襲撃する強盗傷害、実際には殺人未遂事件を引き起こして、警視庁もマークしている状況にある。

昨年12月11日の午前10時過ぎ、会社役員が出勤するためにマンションを出てすぐの路上で、突然、背後から首筋にスタンガンを当てられ、会社役員は一瞬意識を失いかけ転倒したが、このままでは殺されるという咄嗟の判断から起き上がって、怯んだ実行犯を捕らえようとしたところ、3人の実行犯のうち2人が前後から向かってきたが、会社役員は実行犯の1人が持っていたスタンガンを奪い取って車道に投げた。すると今度はナイフを取り出して再び襲ってきたので、それも取り上げようとしたが2人同時だったために何か所も革ジャンの上から切りつけられた。それでも会社役員が怯まなかったため、実行犯の1人が「早くやっちまえ!!」と言ったが、抵抗が強かったことから「こいつヤバイ、早く逃げよう!!」と残る2人に声をかけ、待機させていた車に急いで乗り込んだ。会社役員が車の左ドアに手をかけてドアを開け、取られた大事な書類の入った袋を右手で取り返そうとしたが2人の力には勝てず、その状態で車が急発進したため会社役員は再び路上に投げ出され左足首を後輪に轢かれてしまった。直後に救急車で搬送された病院での診断ではナイフで革ジャンの上から切られた傷が数か所、肋骨も4本折れていて全治3ヶ月ということだったが、後日の検査で左足首骨折が分かり、10ヶ月経っても未だに完治していない模様だ。

会社役員を襲った実行犯の男たちは、その後、新宿署に逮捕されたり自ら出頭したが、「倉持から頼まれて会社役員を襲った」と警察に捕まる前に自分たちの友人等に話していたため、今のところは強盗傷害(会社役員が襲われた際に書類の入った袋や財布、金庫の鍵等を盗まれた)の容疑に留まっているが、実行犯の中にナイフを所持している者がいた(会社役員は何か所も切られた)ことに加え、近づくこともできず遠巻きに見ていた人たちも「暴漢たちが会社役員を殺そうとしていたように見えた」と証言していることから、倉持が逮捕されれば容疑が殺人教唆に切り替わる可能性は高いとされる。
倉持の関与については、襲撃事件が起きたことを誰も知らない時に、倉持が当時は一番の友人に電話をかけてきて「社長の会社に電話したら、社長が事件にあったと部長から聞いた」と言ったという。また、事情を知る関係者によると、倉持は以前より懇意にしていた元暴力団組長のU氏にも事件当日に会っていて、事件の話をしていたという。しかしこの時はまだ事件が起きたことさえ誰にも知らされておらず、それにもかかわらず倉持は知っていたことになる。また、会社役員は自宅を引っ越して間もなくのことで、住所変更の手続きもしていなかったから、そのことも倉持とその関係者の2~3人以外は知らなかった。
事件後、関係者が新宿警察署の捜査員から聞いて驚いたのは、倉持が上京のたびに「飲みに行きたい」という飲食店(クラブ)に会社役員が何回も連れて行ったが、そのクラブの近くに襲撃の際に使われた車が何度も停車していたのが防犯カメラに写っていたことだった。この車両は、実は倉持がオークションで落札したものだった。そうであれば、犯行が計画的だったこと、しかも倉持が深刻に関与していたことを強く窺わせる。
ちなみに実行犯は会社役員を襲った際に金品よりも書類袋を狙っていた。書類袋の中に倉持の関係書類が入っていると踏んでのことではなかったかと関係者は言う。倉持の関係書類とは、倉持が会社役員から借り入れした金銭の借用書などの書類で、事件の直前で言えば倉持は11月末の支払予定を先送りしていた返済金の一部を12月7日に持参すると言いながら、さまざまに理由をつけてさらに先延ばししていたのだ。しかも事件後は一切倉持から連絡がなかった。そのことからも、倉持の関与がなおさら濃厚となっている。

倉持は埼玉県内で中古車販売を手がけ店舗は4~5店舗を県内に展開していたが、経営は鳴かず飛ばずで、事情を知る関係者によると、この頃にも3人で組んで刑事事件を起こしていたが、ディーラーの担当者が一人で罪をかぶったために倉持には及ばなかったという。その後、倉持は何とか商売に弾みをつけたいという希望から、会社役員の保有するスーパースポーツカーを店舗に展示してカーマニアの呼び込みを図ろうと計画し、それを会社役員に持ちかけた。
会社役員も倉持の話に快く応じ、20台以上を無償で貸したことから、倉持の店舗は一時は車専門の雑誌で大きく取り上げられて一気に日本中で有名となり店舗も繁盛したという。

「1台数千万円とか億円単位のスーパースポーツカーを無償で20台以上も貸し出すというのは、本来なら信じがたい話だから、その会社役員という人は太っ腹としか言いようがない。相手を信用したとしても1台だって貸す人はいないので、中々できることではない」とスーパーカーの業界関係者は言うが、ほとんど全ての頼み事を聞いてきた。

そうした中で、「どうしても買い取りたい車があるので、買取資金を貸していただけませんか」という話が持ち込まれるようになり、会社役員から1000万円単位の貸付が何度かあったが、これは返済されたものの、それとは別にFX取引などで借金がかさんだ揚げ句、会社役員に何回も懇願して肩代わりしてもらい、平成27年現在での借財がFX取引だけでも約19億円にも上っており、倉持自身には返済のめどを立てることが相当に困難になっていった模様だ。中には母親を保証人にした借入金もあった。

「20年以上もの長い間、何から何まで面倒を見てもらったにもかかわらず、金澤の関係で暴力団と知り合ったからと言って、倉持は車関係の仲間等には『自分には大きなバック(暴力団)がついたので何も怖くないし問題はない』と豪語していたようだ」という話が聞こえている一方で、金澤同様、最後は自己破産すれば返済を免れると考えていたようだが、詐欺や横領の疑いがいくつもあるため免責にはならない。(以下次号)

2019.11.16
     

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