海外流出資金470億円は今や1000億円超

海外流出資金470億円は今や1000億円超(1)

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〔鈴木義彦の巨額利益独占〕
平成11年2月、東京オークションハウス(以下「TAH」という)の経営者である西義輝に、宝林(現サハダイヤモンド)株800万株の売却情報が持ち込まれ、西は調査の結果、スポンサーであるA氏に宝林株800万株の買取り資金3億円の相談をした。A氏は資金3億円の用意を約束し、買取り決済日(5月末)までに資金を西に預けた。

宝林株800万株を取得後、西と鈴木義彦は株価維持の資金に不安を覚えA氏に今後の資金協力を要請した。

二人は、宝林株だけでなく他の銘柄でも証券市場で高値で売り抜け利益を出すという計画を話し、鈴木が一人熱弁を振るってA氏を説得にかかった。そして鈴木は「これが成功しないと、二人(鈴木と西)ともA氏に今までの借金の返済ができない」とも告げ、A氏は鈴木と西の説得に応じた。そこで西が「合意書」の作成を提案し、その場で簡単ではあるが最低限の要件を整えた書面が作成されることになった。

「合意書」は、A氏、西、そして鈴木が株式の売買、売買代行、仲介斡旋、その他株取引に関することはあらゆる方法で利益を上げる業務を行うことを第1の約定とした。株式の銘柄欄は空白で、ただ「本株」とだけ書かれていたが、それが宝林株であることには疑いがなかった。また、「今後本株以外の一切の株取扱についても、本合意書に基づく責任をそれぞれに負う」ことや「合意書」に違反した行為が判明したときは「利益の取り分はない」と明記して、西と鈴木が継続的に株取引を実行する意思表示がなされた。

株価維持のための資金協力をA氏に仰いで巨額の利益が生み出されたにも拘らず、鈴木と西はA氏を裏切り、利益を折半する密約を交わしてA氏には株取引の情報を伝えなかった。

鈴木に指示されて取得株式の売りを全て任されていた紀井義弘は後日、「平成18年までの約7年間で得た利益の総額は少なくとも470億円以上」として書面にしたが、鈴木はA氏に相談することなく勝手にそのほとんどを外資(ペーパーカンパニー)名義で海外に流出させ、さらにスイスのプライベートバンクに集約させていた。  (以下次号)

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〔「和解書」に50億円を自書〕
西は平成18年10月2日、香港に向かった。「鈴木から利益金の分配金を受け取るため」だったという。「日本国内では色々まずい面もあるので、香港で受け渡しをしたい、と言う鈴木の意向に応じたものだった。もちろん社長には秘密であった」。
ところが、西はTamと称する鈴木の代理人と会った直後に事件に巻き込まれ、殺されかけた。西が宝林の2回目の第三者割当増資の際にTamに会っていることは紀井も承知していた。

西は香港から帰国後、ようやくA氏に香港に行った理由も含め、これまでの経緯の真相を語り始めた。A氏は鈴木が株取引で獲得した利益を独り占めにして、海外に隠匿している事実を初めて知った。
「合意書」に基づいて、平成11年7月から約7年間、株取引はずっと継続しており、しかも莫大な利益を上げるための原資は全てA氏が負ってきたので、何らかの入金があった時には、一旦全ての金をA氏に入金することになっており、鈴木が利益を3等分するのは当然のことだった。

平成18年10月16日にA氏と西、鈴木の三者協議が持たれた。その場でA氏は、西と鈴木に真実に沿ってしかるべき対応をするべきだと強く主張した。しかし、鈴木は頑として「合意書」に基づいた株取引を行った事実を認めなかった。

だが、紀井が宝林以外の銘柄でもそれぞれ10億円単位の利益を出した事実について、西に説明している録音テープを聞かされたことで、鈴木は最後には宝林株取得の資金はA氏が出したことを認め、宝林株の取引が「合意書」に基づいたものであったことも認めた。最後には「社長には、これまで大変お世話になったので、西の話は受け入れられないが、この問題を解決するために50億円を払います」と述べた。

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西があらかじめ用意していた「和解書」を鈴木の前に提示すると、鈴木は文言を何度も読み返し、真っ先に自筆で空欄となっていた金額欄に50億円(A氏と西それぞれに25億円)と書き、併せて住所と氏名を書き記し指印した。書面には「最近の経緯から乙(西)丙(鈴木)は本合意書に反したことは明白である」との表記があり、合意書どおりならば2人には利益の取り分は無く、鈴木と西がそれを認めた事実は重い。これを裁判官は無視できなかったはずだが、判決を見る限り一切考慮していない点は批判されるべき汚点である。

〔株資金を懇願し続けた鈴木と西〕
それから約1ヵ月後の11月末、鈴木はA氏宛に手紙を郵送し、「和解書」について「どうにも納得ができない」として「もう少し考えさせてほしい」という文言を書き連ねていた。そして、鈴木自身はA氏との直接の交渉に応じず、代理人として弁護士の平林英昭と友人の青田光市の二人を立てるので、代理人と交渉をして欲しい、という極めて無責任なものだった。

この手紙が郵送されて以降、鈴木は所在を完全に不明にして、交渉の窓口に立った弁護士の平林英昭と友人の青田光市は問題を解決するどころか逆に紛糾させるだけだった。(以下次号)

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〔高裁判決は地裁判決の誤字脱字を修正のみ〕

貸金返還請求訴訟において、鈴木は平成9年9月から同10年5月28日までの期間で発生した債務約28億円(ダイヤモンド、絵画、時計等の詐欺、横領分を含む)について、平成11年9月30日付でA氏が鈴木に対して交付した「確認書」をもって「債務は完済された」と主張した。

(写真下:ピンクダイヤモンドと絵画の販売受託を示す念書)

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手形原本をエフアールに預けるのは2度目であったので、A氏は問題はなかろうと了解したが、さらに債権債務は無いとする「確認書」も欲しいという鈴木からの依頼があった。この手形の預け依頼は、2度ともA氏と天野、鈴木の間に入った西が行っており、特に「確認書」の交付についてA氏は西に「大丈夫なのか?」と確認し、西が問題はないことを証するため「手形原本の預けと『確認書』交付はエフアールの決算対策のために鈴木の要請によるもので、債務は返済されていない」旨を記した「確認書」を別に作成して当日A氏に渡していた。

A氏は同じ趣旨の「確認書」を西の会社(東京オークションハウス)にも交付したことがあったために躊躇はしたが「確認書」の交付に応じた。西が手形原本と「確認書」をA氏から預かり鈴木に渡した後、鈴木からA氏宛に「無理なお願いをして申し訳ありません。本当に有難うございました」と礼を述べる電話があった。

そうした経緯がありながら、株取引の利益分配でA氏と西、鈴木の関係に溝ができ深刻な対立が起きると、鈴木は一切返済していない債務約28億円を反故にする為に「確認書」を持ち出した。鈴木が裁判で証拠として提出したのが唯一この「確認書」で、このことだけでも鈴木の言動が嘘であることが明確に分かる。

また、「合意書」に基づいた株取引を行った事実も認めず、「和解書」についても交渉で平林が主張した“強迫”と“心裡留保”を根拠にして、それを裏付けるような虚偽の出来事を陳述したのであったが、虚偽であることを裏付ける証拠も多く見つかっている。

貸金返還請求訴訟で裁判官は「合意書」については、鈴木が宝林株での株取引があったと認めたにもかかわらず、それに基づいた株取引が実行された証拠がないとして認めず、したがって「和解書」も無効だとする判決を下した。鈴木が認めた部分さえ証拠と捉えず、納得のいく説明がないまま終了した。

A氏は、当然ながらそれを不服として控訴した。しかし、控訴審の裁判官は審理もろくに行わず、誤字脱字の修正のみで地裁判決を丸ごと支持する形でA氏の主張を退けた。

地裁判決によると、「株取扱合意において定義されるべき分配対象利益の内容及び範囲は、余りに無限定というべきもの」であり、「被告に対して法律上の具体的な義務を負わせる上で最低限必要な程度の特定すらされていないものといわざるを得ない」という判断をした。
裁判官が、「合意書」の体裁や文言の定義づけに拘るのは仕方が無いとしても、鈴木の証言や主張は場面が変わるに従って、どんどんひどく変転した。A氏、西との対応や発言、鈴木が所在不明となって以後の平林と青田の支離滅裂で不当な主張、そしてそれを裁判ではさらに増幅させた。裁判官は、そうした鈴木の主張や証言の変転に何ら目を向けなかったのは何故か。

平成18年10月16日に和解書を作成した三者協議の後、鈴木は頻繁にA氏に電話を架け、「西の買い支え損は約70億と言っていたが、正確にはいくらか?」と尋ね、それを確認して「全体の利益より引いて3等分しないといけませんね」と鈴木はそこまで「合意書」の有効性を追認した。また1週間後の10月23日、鈴木が三たびA氏の事務所を訪れた。これほど立て続けに鈴木が姿を見せるのは珍しかったが、「和解書」で約束したA氏と西それぞれに25億円を支払うことと、その後2年以内にA氏に20億円を支払うことについて、より具体的な説明をした。鈴木は、少なくとも「不正があれば利益の分配は受けられない」ことが「合意書」に明記されていたからこそ「和解書」でも不正を認め、金額50億円の支払を提示したことが容易に推察される。それ故に“強迫”や“心裡留保”など根拠になりようがないのに裁判官はあっさりと採用してしまったのである。

鈴木のように二転三転するような証言を裁判官が証拠として採用することはない、というのが裁判官による認定の通例であるにもかかわらず、ほとんどが虚偽の証言を裁判官は「合意書」と「和解書」の無効を理由にして、「(鈴木が)明確に意思表示した事実は認められない」と判断する一方で、西が「株取引の利益」と言って持参した15億円、鈴木が持参した10億円をA氏への返済金と断定してしまったのは、あまりに不可解で、誤審といわざるを得ず、判決は誰が見ても誤りとしか言いようが無い。

原告の主張を裏付けるべき証言が必須だったはずの西義輝が平成22年2月に自殺し、「合意書」に基づいた株取引の実態を、説得力をもって裁判官に訴えることができなかった点は大きかった。

西はA氏に決定的な裏切りを働き、鈴木に言われるままA氏と鈴木の間の距離を意図的に作り出し、平成11年7月30日に15億円の利益金をA氏に納めて期待をさせながら、それ以後の株取引で利益が出ているのにもかかわらず、西は具体的な報告も実情も語らないままA氏から株価の買い支え資金を引き出し続けたのである。それ故、A氏が当事者として「合意書」や「和解書」の作成経緯を法廷で正当性を訴えても、裁判官の思い込みを排除することは叶わなかった。(以下次号)

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〔捻じ曲げられた信義〕
交渉の場や裁判で変転している鈴木義彦の主張、証言を以下に挙げる。
(1)平成11年9月30日付で、A氏がエフアール宛に出した「確認書」は、鈴木が融資を受けるためにA氏に振り出した手形(13枚)を、同社の監査の都合上、どうしても一旦お借りしたいという鈴木の依頼に応え、A氏の温情で手形の原本と共に渡したものだった。もちろん、それまでに貸付金の返済は一切ない。ところが、鈴木はこの「確認書」を悪用して、「A氏に対する債務は完済された」という主張を当事者間の交渉だけでなく、法廷の場にも持ち込んだ上に、「債務者はエフアールで、被告は関知しない」とまで主張したが、そうであるならエフアールも鈴木も関係ないことになる。

しかし、手形の原本と「確認書」をA氏から預かるに当たって、当時、西はA氏に「借用書」と「確認書」を作成して渡していた。そして何より、当時のエフアールは、経営が危機的状況にあり、手形を持ち出した経緯から見ても、鈴木個人の責任は大きすぎた。A氏が貸したのは鈴木個人であって、会社であれば実務の全てを仕切っていた天野が対応しなければならなかったが、A氏は当時、天野とは面識すらなかった。そもそも9月30日に金銭の授受は一切なく、その後の天野との面談でも天野は「会社に債務を返済する資力は無く、『確認書』は便宜的なものだった」と認めていた。なお、鈴木はA氏の手元にある「借用書」や「預かり書」等の多くの書類の全ての原本を「回収漏れ」と言ったが、鈴木を知る誰もが「鈴木は返済済みであれば、相手方にある書類の一切を回収することに執着する男で、回収漏れなど絶対にあり得ない」と言う。

(2)鈴木が資金繰りのためにA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤモンドとボナールの絵画について、平成10年5月28日にA氏の会社を訪れ、「売らせてほしい」と言って「念書」まで渡しピンクダイヤモンドを持ち出した(絵画は別の債権者に担保として入れていた)。しかしその後、売却代金も払わず現品も返却しなかった件について、鈴木は、それ以前に融資を受ける際にA氏に渡した借用書で「原告より買ったものだ」と主張した。ピンクダイヤモンドをA氏から預かる半年以上も前のことである。まったく支離滅裂な主張でしかなかった。

(3)前記(2)に関連して、5月28日に鈴木がA氏の会社を訪れた目的は、借金の申し込みとピンクダイヤモンドを「売らせて欲しい」と言って持ち出すことにあった。鈴木は、「私から手形を受け取っているにもかかわらず、当時のエフアールの常務の天野に絵画やダイヤの念書を連名で書かせろとA氏が念書を要求した」と主張した。しかし、A氏は金融業の免許は所持しているが、本業としているわけではなく、鈴木が予め念書を用意して持参したので預かったまでのことであった。A氏は鈴木の逮捕情報(親和銀行商法違反事件)を伝えた時、鈴木の依頼に応えて8000万円を貸し付けた。近日中に逮捕される人間に金銭を貸し付ける金融業者などいるはずがない。
鈴木側代理人は裁判の場でA氏を「金融のプロ」と呼称して、A氏の心証を悪くさせようと躍起になっていたと思われるが、しかし事実は全く逆である。(以下次号)

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〔A氏は蚊帳の外に置かれた〕
(1)平成11年7月8日にA氏、西、鈴木の三者で交わした「合意書」について、鈴木は「原告から資金提供を受けるために必要だという西に協力して、書面に署名したに過ぎず、それを実行するという認識はなかった。事実、その後、原告とは株の話は一切していない」と主張した。しかし、「株の資金を出してもらわないと、西会長も私も社長への返済ができない」と言ったのは鈴木自身であった。鈴木の主張が事実ならば、何故、紀井に指示して宝林株を売らせることができたのか。西がA氏から宝林株800万株の取得資金3億円を借り受け、その直後からの株取引で株価を高値誘導するための買い支え資金もA氏から支援を受け、実際に鈴木の指示する銘柄の株価を高値誘導し、そのタイミングで鈴木の側近であった紀井が売り抜けた事実は、紀井の証言からも揺るがないのだ。西が鈴木に言われるままにA氏に株取引の情報を入れず、またA氏と鈴木の関係を故意に希薄にするような対応をしたために、A氏は蚊帳の外のような状況に置かれたが、そのことで『合意書』に基づいた株取引は無かったという鈴木の主張は正当化などできるはずは無かった。

何より、西が志村化工の相場操縦容疑で東京地検に逮捕された際、鈴木の側近であった武内一美も逮捕され、鈴木の関係先が家宅捜索されていた。取り調べで、検事が執拗に鈴木の関与を追及しても、後日、利益分配を受けるために西が頑なに否認し続けたからこそ、鈴木は首の皮一枚で助かったようなものだった。

(2)前記「合意書」に基づいて、平成11年7月30日に西がA氏に納めた利益の分配金15億円について、鈴木はA氏に対する債務の返済金であると言って(1)に挙げた「確認書」との整合性を取るために支払日を無理やり9月30日と主張した。しかし、西が15億円をA氏の会社に納めたとき、A氏は「合意書」に基づいて、自分の取り分を5億円とし、残る10億円は西と鈴木のA氏に対する債務の返済金の一部に充てるという手続きをした。また、二人への心遣いとして「鈴木さんと分けなさい」と言って西に1億円を渡した。その翌日、A氏の会社に西と鈴木が訪れた際、15億円の処理と1億円を西に渡した件をA氏が鈴木に確認すると、鈴木は「有難うございました」とA氏に礼を述べた。15億円が鈴木の言うように返済金であるとしたら、西と鈴木にそれぞれ5000万円を渡すようなことは無かったはずだ。

(3)ロレンツィ社が保有していた宝林株式800万株の買取りについて、鈴木は「買取りではなく、海外の投資会社がイスラエルの大株主ロレンツィ社から、800万株を1株(20,925円)でバルサン300万株、トップファン250万株、シルバートップ250万株と3社に譲渡された」と主張した。併せて、その購入代金をA氏が拠出したという事実も否認。しかし、西が株式買取りの作業を全面的に行ったことから主張を維持できず、また、株式の購入資金についても「株式の買取り企業が直接出した」という主張が途中から「自分の金であった」とすり替わり、さらにその調達先を「ワシントングループの河野博昌」からと言い換えたり、全く辻褄が合わなくなっていた。

前記の外資3社は鈴木がフュージョン社を介して用意(取得)した、実体のないペーパーカンパニーであり、紀井がその事実を明確に証言している。
また、前記の外資3社が大量保有報告書を金融庁に提出するに当たって、「紀井義弘」からの借入と虚偽の記載を行って、代理人の弁護士、杉原正芳は当の紀井から抗議を受けたが、杉原から紀井への返答はなかった。(以下次号)

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〔借用書には確定日付〕
(1)平成14年6月27日、A氏が鈴木に対する貸付金の整理をするために西と鈴木を会社に呼び確認をした際、鈴木が「社長への返済で西に10億円を渡した」と主張した。驚いたA氏が同席していた西に確かめたところ、西が曖昧ではあったが授受を渋々認めたために、鈴木への債権25億円から10億円を差し引いて15億円とし、西も10億円の借用書を書いた。A氏は鈴木に対し「私に対する返済金であれば、なぜ直接来て話をしなったのか。もしそれができないときでも、なぜ私への返済金の一部として西に渡したということを、最低でも電話で何故言わなかったのか」と言うと、鈴木は「済みませんでした」と言って謝罪し俯いた。

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ところが、西が鈴木から受け取った10億円はA氏への返済金などではなく、「合意書」の破棄を西に執拗に迫り、その結果、複数回にわたって西と鈴木の間で報酬名目の金銭の授受が発生したものであった。平成18年10月16日の三者協議の折に、西が鈴木に「これくらいは認めろ」と言うと、鈴木は渋々認めた。

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(2)前記(1)に関連して、鈴木はその後、法廷に提出した証拠資料(「乙59号証」)の中で、「6月27日に、原告(A氏)との間で債務合計金25億円とする準消費貸借契約の合意をしたことがあるか」という被告側弁護士の質問に「全くない」と言い、続けて「西に対して『原告に支払うべき25億円のうち10億円は西に預けている旨を述べたことはあるか」という質問にも「ない」と答え、A氏からの借入金を25億円に減額する旨の協議など6月27日には無く、A氏への返済金10億円を西に渡したことさえも否定した。当日の二人の借用書には確定日付がある。

しかし、これまで触れている通り、A氏が「今後は株で大きく利益が出るから、鈴木への貸付金を25億円にして欲しい」という西の依頼を了承して6月27日の面談協議になった経緯があり、その場で鈴木が「西に10億円を渡した」という発言がなければ、さらに減額した15億円の借用書を作成することなどなかったし、西もまた10億円の借用書を作成してA氏に渡すことなどなかった。同日の借用書の存在は、年利15%で計算しても(遅延損害金は30%)40億円を優に超えていたから、鈴木が平成11年9月30日付の「確認書」を悪用して「A氏への借入は完済した」と強弁していることにも明らかに矛盾している。

何より「完済した」という債務が9月30日当時、鈴木はいくらあったという認識だったのか。仮に百歩譲って、15億円が返済金であったとしても、A氏が有していた鈴木への債権は元本だけでも約28億円あったのだから、「完済された」などと言えるはずはなかった。

(3)平成18年10月16日に作成された「和解書」について、鈴木は「西が香港で殺されかけたという事件の容疑者にされる、という不安と恐怖感、そして側近の紀井に裏切られたという衝撃から、書面に署名指印してしまった」と主張して、あたかもA氏と西に脅かされたからということを強調した。さらに、A氏の会社はビルの8階にあるが、そのフロアーに上がるエレベーターを止められ、監禁状態に置かれたとか、A氏と反社会的勢力の大物とのツーショットも見せられた、と言い、脅迫を受けたかのごとき主張をした。

しかし、当日の面談は録取されており、A氏や西が鈴木を脅かした事実など無いことは明白で、前記(4)にもある通り、紀井が鈴木の指示で取得株式を売り抜け、巨額の利益金を確保している事実を突きつけられたため、弁明が通らないと覚悟して、それでも隠匿資金の流出を最小限に食い止めるために、さっさと「和解書」に署名、指印したことが推察される。なお、鈴木は「和解書」を2度3度と注意深く読んでおり、「文言に不備があれば修正する」というA氏の言葉にもかかわらず署名指印したのである。(以下次号)

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〔逮捕寸前に鈴木が土下座して懇願〕
鈴木義彦は、自らの資金繰りで手形と借用書以外にも物品を持ち込み、言い値でA氏に買ってもらっていた。特に平成10年5月頃、ピンクダイヤモンド(1億3000万円)とボナールの絵画(1億7000万円)を一旦はA氏に言い値で買わせておきながらボナールの絵画は「近々持参する」と言って一度も持参しなかった。その後、「ピンクダイヤと絵画を3億4000万円で売らせてほしい」と言って5月28日にピンクダイヤモンドを持ち出したほか、A氏が保有していた高級腕時計、バセロンの時計4セット(1セットの参考上代価格が10億円相当 世界一流図鑑参照)に加え、上代が1億円前後の時計5本(パティックやピアジェ)なども「売らせて下さい」と言って平成9年10月頃から平成10年4月頃にかけて、A氏から複数回に分けて預かったまま返却もしなかった。それらの総額は、鈴木が最低売却代金として提示した金額で言えば7億4000万円に上る(バセロンの時計3セットを担保に6億円を借り入れした、との鈴木の側近の証言がある)。貸金返還請求訴訟では、代金合計7億4000万円を損害賠償債務として請求した。

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ところが、鈴木は「ピンクダイヤモンドと絵画は合計3億円にて買受けることに」した上で、平成9年10月15日付で借受けた3億円を「売買代金を原債務として準消費貸借により貸金」とした。したがって、「原告からエフアールに対して金3億円は交付されていない」などと、支離滅裂な主張を法廷で展開した。

鈴木の主張にある嘘は、そもそもピンクダイヤモンドと絵画は、鈴木が資金繰りのためにA氏に持ち込んだものであり、しかも言い値の3億円でA氏が買い受けたという事実を隠して、鈴木が「買受けることにした」という点である。

A氏がピンクダイヤモンドと絵画を買受けたのは平成10年5月頃のことだったが、鈴木はさらに約7ヶ月も前の平成9年10月15日にA氏が3億円を貸し付けた際の借用書を持ち出し、この3億円がピンクダイヤモンドと絵画の売買代金であり、その支払は約7カ月前に準消費貸借による貸金として金銭消費貸借借用証書が作成された、という。誰が見ても、そんな言い訳が通らないことはすぐに分かる。

ところが、裁判官は鈴木とA氏の主張でどちらが正しいのか、虚偽かを認定せず、鈴木が「売らせて欲しい」と言って持ち出したという手続の正当性や可否だけを論じて、7億4000万円の債務を負うべきはエフアールで鈴木ではないと結論付けたのだ。

判決によると、「原告によれば、合計45億円相当の価値を有するという本件腕時計を合計4億円で販売することを委託するというのは、そもそも経済的に極めて不合理な行為というほかない」としつつ「販売価格の決定過程に関する客観的かつ合理的な説明はされていない」とした。またピンクダイヤモンドと絵画についても「原告から本件絵画等の販売委託を受けたのはエフアールであり、被告個人ではないというべきである」としたが、A氏と西が天野と面談した際に、天野が「(エフアールが責任を持つことなど)有り得ない」と述べており、「白紙の下部に常務取締役天野裕と書くよう鈴木に指示されサインした」とも述べた。ちなみに、天野が言う「有り得ない」とは、鈴木がA氏に提示した念書はエフアールの取締役会の決議を経ていなかったという事実に基づいていた。ちなみに平成11年9月30日付の「確認書」も同様である。
「被告が本件腕時計本件絵画等の販売委託契約の債務不履行に基づく損害賠償債務を原告に対して負うことなく、同債務を旧債務とする準消費貸借契約が原告と被告との間で成立する余地もない」と裁判官が下した判決は明らかな誤りである。

ダイヤモンドや腕時計等の上代価格と卸値に差が生じる点については「業者間では、決算対策等で差が生じるのはむしろ業界の商慣習であって、全く無いことではない」と業界関係者も言うように、そもそも論述の前提になりようがなく、それよりも問題は、鈴木が約7ヶ月も前に作成された3億円の借用書をピンクダイヤモンドと絵画の売買代金である、とした主張がどれほど荒唐無稽であるかだ。

「金銭消費貸借借用証書」はA氏が鈴木に3億円を貸し付けた際に作成されたものだが、この証書の「特約事項」には「JAIC・日本アジア(エ1)号投資事業組合加入確認書による金1億円、日本アジア投資株式会社の発行する証書を担保とする」という担保明細が明記されており、これをピンクダイヤモンドと絵画の売買代金とするなら、その旨が明記されなければならなかったはずだ。

また、同じく「念書」は、鈴木が平成10年5月28日にピンクダイヤモンドを「売らせて欲しい」と言って持ち出した際に、鈴木自ら手書きしてA氏に手交した書面だが、文面の冒頭に「販売目的で貴殿からお預かりしました」と明記している。鈴木の主張通りならば、「預かった」という言葉ではなく、売買代金はすでに「支払済み」と書かれたはずだ。そして、「売却できない場合、貴殿のご指示により速やかに返却することを確約いたします」とも書いていたが、前述したように「バセロンの時計3セットを担保に6億円を借入した」との鈴木の側近の証言があり、鈴木が詐欺横領に等しい行為を働いたのは明白だった。

なお、この5月28日という日は、親和銀行不正融資事件で鈴木が逮捕されるという情報をA氏が鈴木に伝えた当日であった。鈴木は驚愕して涙を流しつつ、その場で土下座までしてA氏から現金8000万円を借りた時、鈴木は「このご恩は一生忘れません」とまで言っていたのだが、A氏に鈴木の逮捕情報が入っているということは、すでに鈴木は警視庁から事情聴取を受けていたに違いない。それ故、A氏の所からピンクダイヤモンドを持ち出したのも同日だったことを考えると、鈴木にはそもそも売却代金を支払う気などない、計画的な行動だったのではないかという疑念が強く残る。(以下次号)

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〔40億円超の貸付金を25億円に圧縮〕
鈴木は平成14年6月27日付でA氏に対して新たな「借用書」を作成していた。この「借用書」は、その4ヶ月ほど前に西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された後に保釈となり、A氏と西の間で鈴木の債務処理について話し合いが持たれたことから「借用書」の作成となったのだが、その際、西が「今後、株取引の利益が大きく出るので、鈴木の債務を圧縮していただけませんか」とA氏に依頼した。鈴木が負う債務は、その時点で返済が一切無く、元本約28億円に対する金利(年15%)が4年分加算され40億円を超える金額になっていたが、A氏は西の依頼に応じて鈴木の債務を25億円とした。

ここで問題になるのは、鈴木が平成11年9月30日付の「確認書」を悪用して「債務は完済されている」という主張を交渉や裁判の場で展開したが、この「借用書」によってその主張が虚偽であることが明らかになったという点である。さらに、鈴木が西にA氏への返済金10億円を渡したと唐突に言い出し、西がそれを認めたことから鈴木の債務は15億円となったが、実はこの10億円は、平成11年7月8日付けで作成された「合意書」の存在をひどく疎ましく思った鈴木が、西に破棄させようとして何度も要請し、西がそれに応じたかのような対応をしたために、その“報酬”として複数回にわたって西が受け取ったものだった事実が後日判明した。したがって、鈴木の債務は圧縮後でも15億円ではなく25億円であった。

また、鈴木は債務15億円について、「年内に支払うので、10億円にしてくれませんか?」とA氏に依頼し、A氏は鈴木が実行するかどうか不明だったが、それに応じた。すると、同年の12月24日、鈴木がA氏の会社を訪ね10億円の現金を持参した。

A氏はこの10億円について鈴木との話し合いの通り債務の返済金として扱っていたが、その後、鈴木と西が「合意書」に違反して巨額の利益を上げながら、それをA氏に報告をしないどころか、利益を二人で折半する密約を交わして隠匿してきた事実が判明したために、返済金の扱いを白紙に戻した。そして、貸金返還請求訴訟においては、この10億円は株取引の利益分配金の一部であるとした。

〔裁判官は認めなかった207億円〕
鈴木と西が平成12年頃から仕掛けていた志村化工(現エス・サイエンス)株の仕手戦で、証券取引等監視委員会(SEC)が悪質な相場操縦であるとして東京地検に告発。西は平成14年2月27日、オフショアカンパニーの代表者であった武内一美、さらに川崎定徳(川崎財閥の資産管理会社)の桑原芳樹と共に逮捕されるという事態が起きた。

武内が代表だったジャパンクリサリスファンドは英領ヴァージン諸島に本拠を置いていたが、武内自身はエフアールの元役員だった。鈴木が仕手戦を仕掛けるために手配した会社であることは明らかで、武内を代表者に仕立てた疑いが強く持たれた。

西が保釈されて間もなく、西が市場で仕掛けた銘柄の株価を高値で維持するためにA氏が協力をした資金の処理についても話し合われ、同年6月20日、西は「平成11年7月8日、私とA氏、鈴木義彦氏の三者間で作成した合意書に基づき、貴殿が本業務遂行の為に本日迄に207億円を出資している事を確認致します」と記した「念書」を作成しA氏に手交した。

しかし、貸金返還請求訴訟において、裁判官は「原告が株取扱に関して被告及び西に対して提供した金額は207億円に上っていたというのであるところ、仮にそれが真実であるとすれば、株取扱合意に基づく分配対象利益の分配が上記7年以上の間に上記の2回しか行われず、その額も上記の2回程度しかなかったにもかかわらず、平成18年10月16日の三者協議に至るまでの間に、株取扱合意の履行が適正に行われているかについて三者間で協議が持たれなかったというのであるから、一層不自然というほかない。これらのことは、株取扱合意が三者間で継続的に効力を生じていたとの原告の主張に対し、根本的な疑義を抱かせる事情といえる」として排斥した。(以下次号)

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〔紀井の証言は何故軽視されたのか〕
「合意書」に基づいた鈴木と西による株取引は、平成11年7月から平成18年10月までの間に宝林株に始まり、エフアール、アイビーダイワ、昭和ゴム、ヒラボウ、住倉工業など判明している分で11銘柄に加え、銘柄を明らかにしていない分が20銘柄あったとした上で、鈴木が得た純利益は「合計約470億5000万円であることに相違ありません」と、取得株式の売り抜けを任されていた紀井が証言していた。
ところが、裁判官は「そもそも、紀井は、被告の指示に基づいて株式を売り、売買代金を保管するという立場に過ぎず、株取扱に必要な資金を誰から取得し、どのようなスキームでこれを運用し、株取扱により得た利益を誰にどのように分配すべきかといった、株取扱による利殖活動の全体像を把握できる立場にはなかった」と断じて、紀井の存在を軽んじただけでなく証言や陳述を当然のように退けたのであるが、真実を全く理解していなかった。

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鈴木と西が仕掛けた株取引で、鈴木は徹底して自分の存在を消しにかかった。自らの名前を表に出さず、ユーロ円建転換社債(CB)や第三者割当増資による株式の取得はペーパーカンパニーの外資名義で行い、市場で西が株価を高値誘導すると、タイミングを捉えた紀井が投資会社や証券担保金融業者を経由させて売り抜ける。これら一連の取引に鈴木は名前を出さないだけでなく直接介在することもなかった。それ故、西が志村化工株の相場操縦容疑で逮捕された時にも、西や武内が鈴木の関与を白状しなかったために鈴木は逮捕を免れた。
そうした“密室”のような状態の中で、限られた人間によって株取引が行われた実態を裁判官は何ら検証せず、「合意書」と「和解書」は無効という“結論ありき”を導くために障害となる証言はことごとく排除したのではないか、という疑いを強く持たざるを得ない。

なお西は、同じ平成14年6月20日付で「確約書」を作成し、この書面もA氏に手交したが、これは、西が経営していた東京オークションハウスの資金調達でA氏が協力したことから、約116億円の債務を負っていたことに加えて、前述の株取引に係る207億円を合計した323億円が西の債務総額であることを確認したものである。また、鈴木が所在を不明にして姿を現さず、交渉の窓口になった平林、青田との交渉も不調の状況が続く中で、西は改めて323億円の債務を承認する「承諾書」を作成し、A氏に手交した。鈴木との密約に基づいて西が鈴木から受け取ることになっていた137億5000万円をA氏への返済に充当するとあった。

西が自殺する直前の平成22年2月9日付で鈴木に送った手紙(遺書)には次のような件がある。
「貴殿は逮捕される3日前にも私に内緒で8000万円のお金を土下座までして借りている。社長は逮捕される事を分かっていたが、貴殿の置かれている立場を理解した上で、土下座してまで必要なお金であればと思い、出してくれたのだと思う。きっと、この8000万円のお金は、この時の貴殿にとっては10億円にも匹敵するお金であったはずだ。他に誰も貸してくれる人はいなかった。この時だって、社長の性格や人間性を分かった上で利用しただけじゃないか。宝林株の成功がなかったら、貴殿の人生は今の私より大変な状況であったことは確かだ」(以下次号)

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