弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(1)

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〔西義輝が「A氏には逆らえない」と言ったという嘘〕
鈴木義彦関連の膨大な資料の中に「質問と回答書」(乙59号証)という表題の文書がある。鈴木が貸金返還請求訴訟で提出した証拠の中で物的証拠と呼べるものは唯一「確認書」しかなく、その他の証拠はA氏側が出した証拠や陳述への反論でしかなかったが、この乙59号証も鈴木が反論の一つとして提出したものであった。しかし関係者によれば、この書面に書かれた内容は明らかにA氏の名誉、社会的信用を著しく毀損したものであるだけでなく裁判官の事実認定をも大きく狂わせ判決にも深刻な影響を及ぼした可能性が高いとして、関係者は鈴木と弁護士に対して法的措置を取っているという。(注:平成10年、11年の2年度にわたって、エフアールの決算対策のため鈴木がA氏から融資を受ける際に担保に供していた手形を監査終了まで一時的に預けたが、11年度には鈴木の要請に基づいて「債権債務は存在しないとする」書面(確認書)も交付した)

(貸金返還請求訴訟に出された「質問と回答書」 鈴木が架空の面談を基に構築した虚偽の陳述 A氏の名誉を著しく毀損している)

乙59号証の文書は21ページからなり、代理人弁護士の長谷川幸雄が質問し鈴木が答えるという体裁になっている。内容の多くはA氏が「貸金と合意書、和解書に基づいた約束を果たすこと」を求める訴訟まで起こした債権の存在を否定するという主張を繰り返し述べているが、鈴木が主張を裏付けるためにありもしない嘘を並べ立て、それを長谷川が巧妙に脚色するという手法が一貫して取られていた。また、この「質問と回答書」とは別に鈴木が反論として提出した書面(乙58号証)があり、それには表題は無いが、「平成18年10月13日(金)と10月16日(月)の話し合いの件」と「平成18年10月16日(月)以降」という見出しをつけて「和解書」を作成した前後の鈴木の言動をまとめたものとなっているが、これも鈴木が自分に都合よく好き勝手な嘘で固めた陳述書であった。ところが、この書面と「質問と回答書」に書かれた鈴木の陳述の中には度を越してA氏を誹謗中傷している部分が多くあり、決して許されるものではないと多くの関係者が言う。
乙58号証の書面で、鈴木は、その直前に西が香港で殺人未遂事件に巻き込まれた出来事を前提に、西が同事件で鈴木の名前を出さなかったにもかかわらず、鈴木自身がA氏と西によって容疑者に仕立て上げられそうになり、また側近の紀井義弘が裏切ったと決めつけて、その不安と恐怖の中で用意された「和解書」に署名指印せざるを得なかった、と主張した。「和解書」は西の顧問だった警視庁のキャリアOBが作成したもので、鈴木が時間をかけて何度も読み返していたので、A氏が「気になるところがあれば、文言を書き換えますよ」と言ったが、鈴木は「問題ありません」と言って署名指印したものだ。そうした経緯を否定して「和解書」無効の主張を正当化するために過度の言い訳を並べ立てたのが乙58号証の書面だった。それは鈴木が、一連の株取引が「合意書」に基づいて行われたという事実を認めたが、しかし「和解書」が作成されたという当然の成り行きをどうしても否定しなければいけない、という思惑から構成されたもので、平林英昭弁護士が悪知恵を絞って作成したと思われるが、和解協議を録取した音源に残された鈴木の発言と矛盾して整合性のないものであった。何よりも、鈴木の言動が書面に書かれた内容と違っている事実を鈴木自身が一番よく分かっているはずで、何から何まで無理を聞いてもらったにもかかわらず、このようなやり方は人として許されることではない。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

平成18年10月16日の和解協議の場では、鈴木が株取引の利益を50億円とした発言に西は噛みつき、「そんな少ない金額ではない」「鈴木さんの側近から聞いている」と言うと、鈴木が「誰が言っているんだ!?」と強い口調で西に詰め寄るという場面があった。西は紀井や茂庭から利益金の明細を聞いていたが、具体的な名前を出さずにいると、鈴木が激しく詰め寄ったために西も紀井の名前を出さざるを得なかった。紀井が真相を語っていることが明らかになったことで、鈴木はA氏と西にそれぞれ25億円ずつを支払うと約束して「和解書」が作成されたが、最終的にA氏には別途20億円を支払うとも言った。ただし20億円については、鈴木が「西の言い方が気に入らないので、和解書には書かないが、間違いなく約束は守ります」とA氏に断言した(音源が残されている)。

鈴木と西は「和解書」で「合意書」に違反した事実を認めて謝罪をするとともに、前述の通り鈴木が支払いを約束したが、その後、しばらくしてA氏に手紙を送り付け、約束した株取引に係る利益分配金の支払いを留保して、その後の交渉の代理人として青田光市と弁護士の平林英昭を指名すると一方的に通告してきた。しかも、青田と平林による対応は交渉どころか、「和解書」を無効にするための言いがかりであり、A氏に対する誹謗中傷であった。「質問と回答書」の文面は、まさにその延長で仕立てられたもので、鈴木の嘘が増幅したものだった。

青田と平林は「和解書」を反故にするために好き勝手放題の嘘を並べ立てた。
青田は「和解書」作成の場に立ち会っていないにもかかわらず、「A氏と西に強迫され、また出入りができないようにするためにエレベーターを止められて事実上の監禁状態に置かれたため、その場を切り抜けるためには署名押印するしかなかった」というありもしない作り話を平然と言ってのけた。「和解書」は正常な協議の下に作成したにもかかわらず、青田の作り話によって交渉は混乱を招いただけでなく、強迫という文言を乱用することでA氏の名誉と社会的信用を著しく毀損したものだった。A氏が初めて平林と会った際にも、平林から「社長さん、50億円で手を打ってくれませんか。そうしてくれれば、鈴木がすぐに支払うと言っているんで……」と打診してきた事実が、何よりも「和解書」が正当に作成されたことを物語っていたが、A氏がその申し出を断ったことから、青田と平林による誹謗中傷がひどくなったのは明白だった。ちなみにA氏は青田の嘘を証明するためにエレベーター会社から「エレベーターは止められない」という証明書を出してもらった。青田はビルの1階で待機していたと言って前述のような好き勝手放題の嘘を吐いたが、実際にはビルの1階にはおらず、同行していたら当然のように協議に同席したはずで、A氏が鈴木を車(来社した時に乗ってきたマイバッハ)まで見送った際に運転手しか乗っていなかったのを何人もの社員が見ていた。

青田による悪質な妨害行為は目に余った。A氏が鈴木の要請に基づいて止むを得ず立てた代理人(利岡正章)が、平成20年6月11日、静岡県伊東市内のパチンコ店駐車場内で暴漢2名に襲われるという傷害事件が起きた。暴漢はそれぞれ金属バットのようなもので利岡を滅多打ちにしたため、利岡は殺されると実感したという。利岡は両腕で頭部を庇っていなければ間違いなく命に係わる重傷を負ったことから、暴漢には殺意があったのは間違いなかったという。暴漢2名を逮捕した静岡県警は暴漢が広域指定暴力団稲川会習志野一家の構成員であると発表した。
伊東市立病院に入院した利岡を翌日に見舞った暴漢の親分に当たる渡辺某組長が利岡に示談を申し入れ、利岡が自分を襲った理由と指示者(教唆者)の名前を教えるよう条件を出すと、渡辺がそれに応じたため利岡は示談に応じた。
しかし、退院後に利岡が渡辺組長に連絡を入れ、襲撃事件の動機と教唆犯の開示を要請したが、渡辺組長は態度を曖昧にしたまま回答を先送りにした揚げ句、別の事件の容疑で逮捕される事態となり、以降で渡辺組長が約束を果たすことはなかった。

(平成20年6月11日、利岡正章が暴漢に襲われたことを報じた伊豆新聞の記事。犯人は青田光市が昵懇の関係にある暴力団構成員だった)

襲撃事件については渡辺組長から真相を聞き出すことはできなかったものの、利岡及び関係者が聞き取り調査を重ねた結果、稲川会系の別の組幹部複数人の証言によると、青田が前記習志野一家NO.2の楠野伸雄とは20年来の昵懇であること、青田が事務所を置く東京上野の周辺の警察署では青田が習志野一家を含む暴力団関係者より「上野の会長」と呼ばれている事実を承知していること、利岡襲撃事件に前後して青田が習志野一家構成員らを海外旅行に招待したり車を買い与えたり、さらには飲食も常態化していたことなどが判明するとともに、青田が「鈴木はモナコに数十億円もするコンドミニアムを所有し、F1のスポンサー(100億円規模)をする予定である」といった話も周囲にしていたことも分かった。また、鈴木が密かに愛人(10人いると自慢する中の一人である清水みのり)と住むための住居としていた超高級マンション(ドムス南麻布)は、鈴木がオフショアに用意したペーパーカンパニーが所有していたが、そこに居住してるのが発覚すると間もなくして青田が処分した。なお、襲撃事件の直後には青田自らが楠野との関係を隠すために「関係は一切なかったことにしてほしい」と口止めしていただけでなく、鈴木の代理人弁護士の平林英昭もまた稲川会習志野一家総長の木川孝始に最低でも2回以上も面会していた事実が判明した。それ故、利岡襲撃事件は青田(鈴木)の依頼(教唆)に基づいて実行された疑いが強く持たれている。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(2)

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〔鈴木はA氏との架空の面談を創作した〕
「質問と回答書」や乙58号証の書面での鈴木の陳述は、当然、青田と平林が交渉の場で作り上げたストーリーに乗った形で行われていたが、それらが全て鈴木の演出によるものとは考えにくく、青田と平林の発想や思惑も加わってあまりにも多くの嘘を構築して極端に増幅させた。

(確認書 平成11年9月30日、エフアールの決算対策のためと言う鈴木の要請に基づきA氏が便宜的に作成し、西経由で交付した。鈴木が電話でA氏に礼を述べた)

「質問と回答書」には、鈴木がA氏から借り受けた債務はすでに完済されているのに、何故、まだ清算されていないと言うのか分からなかったとして、西に確認を求めたという件がある。以下、具体的に触れるが、個々に〔注〕を入れて事実を記しておく。質疑応答は大きく4つに分類され、(1)はA氏と鈴木の債権債務の存否に係るやり取り、(2)は宝林株取得に係るやりとり、(3)は平成14年6月27日に鈴木が作成した借用書に係るやり取り、そして(4)は(3)の借用書に基づいた支払いに係るやり取りとなっている。(2)については宝林株の取得に係る資金や受け皿となった海外の投資会社についての主張となっているので、これまでに触れてきた記事を参照してもらい、また(4)については多くが(3)の質疑応答と重複するため、必要な部分のみを取り上げる。

平成14年6月27日付借用書。A氏は西の要請により40億円超の鈴木への債権を25億円にしたが、鈴木が「西に返済金10億を渡した」と発言したため、額面を15億円とした。確定日付がある)

(1)債権債務の存否に係るやり取り
1(長谷川) 甲4(平成14年6月27日付で鈴木が作成した15億円の借用書)の作成経緯についてお尋ねします。(略)あなたの主張は、平成11年9月30日に、原告に対し15億円を返済し、それで従前の全ての債務を完済した、それで原告作成の、原告とエフアールおよび被告間には何らの債権債務も存在しない旨の同日付確認書(乙41)の交付をうけたというものですね。
(鈴木)その通りです。
〔注〕鈴木は借金を全額返済した際には、関連書類を残さず引き上げるという。それ故、鈴木の主張が事実であれば、手形以外の書証類も受け取っていたはずだ。そもそも、鈴木の債務は元本だけでも28億1600万円(詐欺横領分7億4000万円を含む)あったのに、何故15億円で完済などと言えるのか。平成11年9月30日当日、A氏の会社に来たのは西一人だった。前年にもエフアールの天野裕常務(当時)の依頼を受けた西が「決算対策のために手形を一時預かりたい。会計監査が終了次第お返しする」とA氏に依頼し、A氏が応じた経緯があり、この時はA氏の下に手形が戻った。A氏はその経験があったので手形の預けに応じたが、西が「確認書も書いて戴けませんか」と言ったので、A氏は危惧して「大丈夫なのか?」と尋ねると、西が「別途に社長宛に私の確認書を差し入れます」と言ったことから、A氏も応じた。西が手形の原本と確認書を持ち帰った後にA氏に電話を架けてきて、鈴木が代わり「無理なお願いを聞いて戴き有難うございました」と礼を述べた。
2(長谷川)平成11年9月30日にすべての債務を完済し、乙41の交付もうけているのに、平成14年6月27日付の甲4を作成したのか、誰もが疑問を持つところなので、お聞きします。甲4を作成した契機、切っ掛けはどういうことですか。
(鈴木)平成14年3月頃、原告から私に、「どうしても話をしたいから事務所に来て欲しい旨の連絡がありました。
3(長谷川)どんな用件でありましたか。
(鈴木)何を話しするのか分かりませんでした。
4(長谷川)平成14年3月頃というのは、西が証券取引法の相場操縦で逮捕・勾留されていたころですか。
(鈴木)そうです。西が同年2月末頃に、志村化工事件で逮捕されて、数日後に原告から連絡があったと記憶しています。
5(長谷川)原告経営の会社(注:原文実名)の事務所に行ったのですか。
(鈴木)はい。社長室に行きました。
6(長谷川)あなた一人で行ったのですか。
(鈴木)はい。そのとおりです。
7(長谷川)西は志村化工事件で逮捕・勾留中だったのですか。
(鈴木)そうです。
8(長谷川)原告はどんな話をしてきたのですか。
(鈴木)1つは、エフアール振出の手形などに関する債務は弁済されていない、どのように返済するのかということ。
9(長谷川)あなたは、それに対し、どう言ったのですか。
(鈴木)まず、平成11年9月30日に、西を通じて現金で金15億円を支払い、全て完済していること、したがって、原告作成、立会人西のA氏とエフアールおよび鈴木間には何らの債権債務も存在していない旨の確認書の交付をうけていると反論しました。
10(長谷川)それに対して、原告はどう言いましたか。
(鈴木)西に言われて書いただけだと言いました。
11(長谷川)あなたは、どう言ったのですか。
(鈴木)債務の弁済もないのに、債権債務は存在しないことを確認する書面を作成して債務者に渡すということは世の中で有り得ないという反論をしました。
12(長谷川) 原告は、確認書(乙41)を作成し、債務者に渡したことにつき、さらに説明をしましたか。
(鈴木)いいえ。西に言われて書いただけということを繰り返すだけです。
13(長谷川)何故、西が、そういうことを言ったのかについては説明がありましたか。例えば、エフアールの決算のために必要であるとか。
(鈴木)そういう説明もありません。

(西はA氏から確認書をもらうに当たって「エフアールの決算対策のために手形を預かる」とする確認書を別途にA氏に差し入れた)

〔注〕2~13について。平成14年3月にA氏が鈴木に架電して会社に呼び出した事実はない。A氏は鈴木の電話番号さえ知らなかった。従って、鈴木が主張するような債権債務の存否に係るA氏と鈴木の協議などなく、全くの作り話である。A氏が鈴木と2人だけで会ったのは、鈴木が逮捕される3日前の平成10年5月28日、和解協議前後の平成18年10月13日と10月23日の3回しかない。志村化工事件で西は逮捕されたが、東京地検特捜部が本命視していたのは鈴木であった。西は検事の取り調べで鈴木の関与を頑なに否認した。それは、鈴木が逮捕前の西に縋り、「西会長が出所したら何でも言うことを聞きます。私は今、執行猶予の身なので、絶対に私の名前を出さないでください」とまで言って土下座して懇願したからだったが、西は株取引の利益分配に目がくらんだのか、鈴木には利益分配を実行する保証はないという冷静な判断が西にあったならば、事態がどう転んだか分からなかったという点を鈴木は自覚するべきではないか。「確認書」を裏付けとする債務の完済というが、「確認書」は天野も認めたように決算対策上で便宜的に作成されたものであり、天野は「前年も手形13枚を預けて戴いた。会社には社長(A氏)へ返済する資金は用意できるはずはなかった」と証言していた。なお、平林弁護士は交渉の過程で、A氏の鈴木への貸し付けに「世の中では有り得ないこと」と言う言葉を頻繁に使ってA氏の主張を否定したが、この「質問と回答書」でも同じ言葉を連発している。しかし事実は事実であり、鈴木が和解後にA氏に送った手紙に「社長には過去大変にお世話になった」とか「男としても一目も二目もおいていた」と書いていたのは、世の中で有り得ないようなことをA氏が何回もしてくれたと鈴木が実感していたからである。(注:平成10年5月28日に鈴木が初めて単独でA氏の会社を訪ねたが、それは鈴木から言い値で買ってあげていたピンクダイヤを「売らせてほしい」と言う名目をつけて持ち出すことにあり「念書」を用意していた。その時、鈴木が「近々、親和銀行での不正融資事件が表面化すると思うのですが……」と言うので、A氏は「実は、鈴木さんが3日後に逮捕されるという情報が入っている」と伝えた。すると鈴木は驚き、その情報が間違いないと実感すると、別に8000万円をA氏から借り受けるために土下座して涙を流して懇願した。また平成18年10月13日はA氏から初めて鈴木に電話したが、この時は西から紀井の電話番号を聞き、紀井から鈴木に連絡を取ってもらった。さらに和解協議後の10月23日は鈴木から電話がありA氏の会社を訪ねて来た。ところで、前記にあるとおり平林弁護士が「有り得ないこと」という点で特にこだわったのは、鈴木に対する40億円超の貸付金を25億円に減額したことだったが、A氏は債務者に催促をしたこともないし金利をゼロにした人(借主)が十数人いたことが取材で判明している。加えて、西が「今後、株取引の利益が大きくなるので、25億円に減額してあげてくれませんか」という依頼をしたのでA氏は了解をした)

14(長谷川)次に、あなたが、平成11年9月30日に西を通じて原告に交付した金15億円については、どう言っていましたか。
(鈴木)西の自分に対する借金の返済に充てた。また、一部は株取引の配分金と言うことを言いました。
15(長谷川)それに対し、あなたはどのように反論しましたか。まず西の債務返済に充てたということについて。
(鈴木)そんなことは通用しない、エフアールと私の債務返済として金15億円を渡したのであり、したがって、確認書を作成したのでしょうと言いました。
16(長谷川)原告はどう言いましたか。
(鈴木)鈴木さんと西は一蓮托生みたいなものだから、西の債務に充てたと世間では通用しない理屈を言っていました。
17(長谷川)株取引の利益分配金ということについては、あなたはどう言いましたか。
(鈴木)原告と株の話をしたこともなく、株取引をしたこともないのではないかと反論しました。
18(長谷川)原告は株取引の利益分配金は甲5にもとづくものであると主張したのですか。
(鈴木)いいえ。甲5については何の話もありませんでした。私も甲5については忘れてしまっていました。
19(長谷川)原告が甲5にもとづく株取引の利益分配金と言うことを主張してきたのは、何時ですか。
(鈴木)甲6作成直前の平成18年10月13日です。この時、初めて、これを忘れてはいないかと甲5を見せたものです。
20(長谷川)原告は、甲5の話もしなかったということですが、宝林株800万株の利益分配金という主張はしたのですか。
(鈴木)具体的な銘柄についても話はありませんでした。

(合意書 宝林株800万㈱取得を契機に西と鈴木が仕手戦を企図し、A氏に株価維持の資金支援を要請。鈴木が熱弁を振るってA氏を説得した)

〔注〕14~20について。15億円の授受は平成11年7月30日であり9月30日ではない。しかもその15億円は「(宝林株取引の)利益」であるとの説明を受けたA氏は、持参した西が「合意書」に基づいて3等分すると思ったが、西が「自分と鈴木の取り分は返済金の一部に充てます」と言うのでA氏は15億円を受け取り、そのうち1億円を西に渡し「鈴木さんと分けなさい」という心遣いをした。そして翌7月31日午後4時に西と鈴木がA氏の会社を訪ねた際に15億円の処理を三者で後日のために確認し、鈴木は5000万円の礼を述べた。
鈴木は15億円の授受の日時を変えただけでなく、「西の債務支払いと株取引の利益分配金に充てた」などと都合よくすり替えているが、7月31日午後4時に3人が会ったのは15億円の処理を再確認するためのことだけだった。
なお、鈴木は平成10年5月31日に親和銀行事件で逮捕起訴された後の同年12月に保釈された当時、東京・三田の愛人(サラと鈴木の子供)のマンションに身を寄せる中で朝から酒に溺れ自暴自棄になっていた。それを見かねた西が鈴木に再起を促すために日参し、折から宝林株800万株の売却話が持ち込まれた話をして、これをきっかけに株取引を進める話をした。それがA氏との「合意書」の作成につながったのである。A氏を巻き込むにあたっては、鈴木が一人熱弁を振るってA氏を説得し資金支援を取り付けた。こうした経緯がこの「質問と回答書」には何一つ触れられていない。鈴木は「3~4年で20億円以上の授業料を払った(株で損をした)ので絶対の自信があります。それに、これをやらせて戴けないと、私も西会長も借金を返す目途が立ちません」とまで言って懇願したので西の提案で「合意書」が作成された。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(3)

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〔「A氏とは二度と会うな」と天野を叱責した鈴木の真意は〕
前号で触れたように(2)の1~11については宝林株の取得に係る「合意書」との関連性のやり取りとなっているので、ここでは省略するが、宝林株の取得資金3億円を西の要請に基づいて出したのがA氏であったことを誤魔化すために鈴木は多くのウソを重ねている。西が宝林の株800万株取得で動いた平成11年の2月から5月当時、鈴木は刑事被告人の身であって、大っぴらに動くことができなかった。しかも、宝林は宝石の販売を業とする会社だから、鈴木が株式の取得に関わっていることが分かれば、すぐにも話は潰れていたはずだ。鈴木はそうした立場を弁えてものを言っているのか? という疑念を誰もが持つに違いない。また、受け皿となった投資会社が金融庁に大量保有報告書を出すにあたって、常任代理人となった杉原正芳弁護士は資金の出所を「紀井義弘」と虚偽の記述をした。紀井には無断であったために後日、紀井から抗議を受けたが、杉原は一切返答しなかった。鈴木は「杉原を知らない」と言っているが、それならば誰が紀井の名義を使えと指示できたのか。鈴木以外には有り得
ないのだ。

(写真:杉原弁護士は宝林株の取得に際し、金融庁宛の報告書に資金の出所を「紀井義弘」と虚偽記載をした。紀井の抗議に杉原弁護士は一切返答しなかった)

次に(3)の借用書の作成に係るやり取りについて触れる。
質疑応答の(1)~(20)については、平成14年3月頃に鈴木がA氏と面談した時のやり取りを再現しているが、長谷川も鈴木もいろいろな辻褄を合わせるために、よほど鈴木とA氏が面談したという架空の話を作るしかなかったに違いない。そのために同じ状況の説明が、多少は文言を変えて繰り返されているので、これらの質疑応答は省略する。
21(長谷川)原告及び西は、エフアールの決算に必要なので、手形の原本を、平成10年11月26日に天野に返還し、平成11年9月30日にあなたに返還するために西が預かったと主張していますが、事実ですか。
(鈴木)事実ではありません。
〔注〕西が手形と確認書を持ち帰った後にA氏に電話を架けてきて、鈴木が代わり、「無理なお願いを聞いて戴いて有難うございました」と礼を述べていた。
22(長谷川)それでは、これら(甲56(手形コピー)~甲57(手形の預けに係る西の借用書)を示す)の内容は虚偽ということですか。
(鈴木)ウソです。
23(長谷川)甲56は、何故、ウソということになるのですか。
(鈴木)平成11年(平成10年の間違い?)11月26日というと、私が親和銀行事件で拘留中でしたが、保釈後、天野から決算のために手形13枚の原本が返還されたことは一切聞いておりません。したがって、決算終了後に原告に返還したということを聞いたこともありません。
〔注〕A氏と天野、西が面談した際に天野は認めている。なお、天野は鈴木には言わずにA氏と会い多くの真実の証言をしたが、その後、面談での多くの事実が鈴木に発覚し、天野は鈴木から「A氏とはもう二度と会うな」と厳しく叱責された。そのために鈴木と天野の間に深刻なしこりが残った。
24(長谷川)そもそも、天野は、エフアールが甲1の手形を振り出し、原告に交付したことを知っていたのですか。
(鈴木)天野は、当時、営業担当の常務取締役であり、甲2の金3億円の件やピンクダイヤモンドなどの件は承知していたと思いますが、甲1の手形については、私以外知らなかったものです。
〔注〕鈴木の話で明らかだが、エフアールではなく鈴木個人が勝手にエフアールの手形を使用した。鈴木は親和銀行事件で逮捕される直前に、西に何度も連絡する中で「エフアールを存続させるために、何とか協力して下さい」と懇願していた。それ故、西は同社の債権者に天野と共に折衝を重ねた経緯があったから、手形についても天野が知らないはずはなかった。平成10年の決算対策でA氏から手形を預かったのはその一環である。和解協議の際に、鈴木が「保釈後に天野から『社長には大変お世話になったので、お礼を言って下さい』と聞いています」と言っていたことを忘れたわけではあるまい。なお、「ピンクダイヤモンドなどの件」とあるのは、鈴木が持ち込んできた「念書」に天野が連署していたから、そう言ったのだろうが、天野によれば、「白紙の状態で署名を指示された」という事情があったためにそのような表現となったのではないか。
25(長谷川)甲57はどうですか。

(平成10年5月28日、鈴木がA氏に言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出す際に持参した「念書」)

(鈴木)私は平成11年9月30日に、西を通じて、エフアールの決算に必要であるから、手形の原本を返還して欲しいなどと依頼したことなどありません。同日、金15億円を返済し、債務を完済したので、甲1の手形13通の原本などの返還をうけたものです。
〔注〕15億円では債務の完済とはならないどころか、元金の約半分にしかならない。
26(長谷川)甲87では、エフアールの決算終了後、手形の原本を原告に返還するとありますが、手形の原本を決算終了後に原告に返還したことはありますか。
(鈴木)ありません。
〔注〕鈴木はA氏に「公正証書を作ります」と言っていたが、親和銀行事件で曖昧になっていたが、当時のやり取りで鈴木は公正証書を作ったものと勘違いしていたくらいであった。
27(長谷川)原告から、もしくは西を通じて、手形13通の原本を返還するように請求されたことはありますか。
(鈴木)一度もありません。
〔注〕前述のとおり、貸金返済の催促をしたことがないのと同様で、鈴木は公正証書も作ると言っていたので、その言葉を信用してあえて返却の催促をしなかった。
28(長谷川)西は、鈴木義彦代理人として署名押印していますが、あなたは、西に代理権を授与したのですか。
(鈴木)全くそんな事実はありません。西と原告が結託して作り上げたとしか考えられません。
〔注〕結託したのは鈴木と西である。鈴木が同行する時と鈴木が一人で来社した時以外は、西が全てを代理する形で対応していた。株取引の利益15億円の授受、手形の原本と「確認書」の預かり等の大事な用件も西が単独でA氏に対応したのではないか。いずれの場合も西と鈴木は電話にて対応すのが基本だった。今から考えれば、鈴木のやり方は後々、言い訳ができるように考えていたからではないのか。
29(長谷川)経験則上、論理則上、債権者、それも無登録の高金利(月利10~13%)を取る貸金業者が、返済もうけていないのに、債権の存在を証する手形の原本や担保物である金1億円の証書を債務者に変換するということは考えられないのですが。
(鈴木)その通りです。金15億円で債務を完済したのでこれらの返還を受けたものです。
〔注〕30~38については、手形の返還がエフアールにとって、どのような意味を持っていたかについてのやり取りとなっているが、鈴木はA氏から手形を担保に融資を受けるにあたって、A氏が個々に借用書や金銭消費貸借借用証書を取らなかったことを悪用して、借主が鈴木個人というよりもエフアールであったという認識を強く打ち出そうと謀った。しかし、そもそも西からA氏を紹介された当時、鈴木もエフアールも破産するギリギリの状況にあった事実を思い出すべきだ。A氏はあくまで鈴木の窮状に手を貸すということで、わずか数か月で手形のみで約17億円を貸し付けた(A氏に自己資金がないときは友人知人から借り受け、金利面でも鈴木が「年36%でお願いします」というのを年15%にした)。手形はA氏が要求したものではなく鈴木が持ち込んだもので、どの金融機関でも担保価値はなかったから、A氏が鈴木に乞われるままに貸し付けをしたことははっきりしている。鈴木はA氏と会う以前から融資を受ける際にこの手法を用いて、全ての責任を法人であるエフアールに押し付け、自身は連帯保証人で名を連ねていても、「責任はエフアールが負うべきもの」と言って債権者から逃れてきた事実がある。

(平成10年11月26日、決算対策でエフアールに一時預ける際に、西が手形(一部)のコピーに添え書きした)

39(長谷川)あなたと西の面談の話に戻ります。話はどうなったのですか。
(鈴木)西は、乙41(A氏とエフアールには債権債務はないとする確認書)の内容はその通りと言い、原告が、債務が返済されていないと主張する理由については黙ってしまうということが続き堂々めぐりのようなことになりました。
〔注〕鈴木への「確認書」交付の際には、西が別に「エフアールの決算対策のために便宜的に作成したものであることを確認する」旨を記した「確認書」をA氏に交付していた。「確認書」は2件とも9月30日付で、鈴木はその後にA氏に架電して「無理なお願いにもかかわらず、本当にありがとうございました」と礼を述べていた。それ故に西が確認書の内容を事実と認める発言をしたということは有り得ない。
40(長谷川)その後、どうなったのですか。
(鈴木)この場は印象的で良く覚えていますが、突然、西の顔が引きつって、泣き出すような表情になり、「鈴木さん、俺の命を救ってくれ」と懇願してきました。私は、何を言っているのか分からなかったので、「どういうことか」と聞きました。
41(長谷川)そうすると、西はなんと説明したのですか。
(鈴木)原告の要求に従って金を払わないと、原告に殺される、鈴木さんも鈴木さんの身内も殺されると泣きそうな顔で言いました。
〔注〕このような事実があれば、平成18年10月13日、そして10月16日の和解協議の際にも、さらにその1週間後の10月23日に鈴木が一人で来社した時にも当然議題になっていたはずだが、そうした事実は一切なかった。全て鈴木による後付けの作り話である。仮に西がA氏には逆らえないという話が事実とすれば、「合意書」を交わした後に西は何故A氏を裏切って鈴木と利益折半の密約を交わすことができたのか。西はA氏への「遺書」の中で、裏切りを最大限に詫びていたが、鈴木が西をも裏切ったからこそ自ら命を絶たざるを得なかったことが遺書からも明白である。さらに天野裕の自殺を始め、鈴木の周辺関係者たちが不審な死を遂げ、あるいは行方不明になっている疑いがある中で、逆に鈴木の身内や家族に危害が及ぶような事実があったのかを問いたい。さらにこれが公になったとき、全く関係のない濡れ衣を着せられた事実は深刻過ぎて、何事もなく収まるのかと心配するほど大胆なウソである。
42(長谷川)あなたはどう思いましたか。
(鈴木)にわかには信じることができませんでした。
43(長谷川)西は何か言いましたか。
(鈴木)鈴木さんも分かっていると思うけれど、A氏のバックは山口組の弘道会。自分も平成7年3月に金銭トラブルで弘道会の組員にピストル2発を腹に撃たれたことがあり、弘道会の凶暴性をよく知っているなどと言いました。
〔注〕A氏、西、鈴木の3人での面談や飲食等で暴力団に関わるような話が話題になったことは一度もなかった。西がトラブルに巻き込まれて暴力団員に狙撃されたのは事実であっても、そのこととA氏は何の関係も無く、鈴木が勝手にこじつけた創作であった。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(4)

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〔暴力団をバックに貸金業という嘘〕
前号に引き続いて鈴木が証拠として提出した「質問と回答書」の後半部分を取り上げる。A氏に対する債務は完済されたという主張を正当化するために、そして「合意書」に基づいた株取引はなく、したがって「和解書」で約束した支払いはA氏と西に「強迫」されたことにより「心裡留保」の状況下で署名指印したものだから無効だという主張を正当化するために、鈴木はありとあらゆる嘘を吐いたが、この「質問と回答書」はその最たるものだった。以下、具体的に触れる。

45(長谷川)あなたも、原告が弘道会と関係があるのではないかと感じていましたか。
(鈴木)はい。原告が、弘道会の構成員もしくは準構成員なのかどうかは知りません。しかし、A氏の会社で、原告から数回、原告と司忍が談笑している写真などを見せられたことがありましたので、原告は暴力団の弘道会の力をバックにして貸金業をやっているのではないかと思っていました。
〔注〕新宿センタービルの43階にA氏の本社があった当時、A氏が社長室に飾っていた写真は、A氏と室伏稔氏(当時は伊藤忠商事アメリカ社長、後に本社社長)のツーショットと、西とブッシュ大統領のツーショット写真以外になく、鈴木の言うような事実があれば、A氏は新宿センタービルに30年以上も本社を置くことはできなかった(入居の選考では120社以上の中から選ばれ、家賃の滞納も一度もなかった)。
46(長谷川)西は、その他にどういうことを言っていましたか。
(鈴木)西は、「原告の金主元はほとんど知っている。多くは弘道会絡みである。弘道会を甘く見たら駄目であり、原告も弘道会と関係があり、原告を甘く見たら大変なことになる」などと言っていました。原告のために命を捨ててもよいと思っている人間は一人や二人ではないとも言っていました。
〔注〕A氏は金銭問題では大勢の旧知の知人たちを助けてきたことが数十人に上る関係者への取材で判明しているが、貸金業を本業にしてはいないので借り手は知人友人であり、さらにその先の知り合いも数人いたが、A氏から催促された人は一人もいなかったこと、また、生活資金に困っている人には金利をゼロにして貸していたことは正直驚かされる話だ。そして、その知人友人の中には事業に成功した者が何人もいる中でA氏の投資に参画した者がいる。西はそうしたA氏の人脈をよく承知しており、暴力団が絡むような金主など一切ないことを熟知していたから、仮にも鈴木が言う様な話を西が発言すること自体あり得ない。また、もし西が同様の話をしたとしても、それはA氏を畏敬する関係者たちの中に鈴木の嘘や余りに身勝手な言動を許さないという者が多くいたことも事実で、そうした趣旨に沿ったもので暴力団とは何の関係もない。そもそも鈴木に貸付けを始めた当初から元金はおろか金利の返済もないままに金銭を貸し続け、しかも催促もしないことはプロの金融業者には絶対に有り得ないことだ。鈴木も、一度も催促されたことはないはずだ。会社が経営危機に陥り、暴力団絡みの闇金融業者から融資を受けたことがある経営者によると、「金利は10日で2割3割がざらで、1カ月で返済は倍近くになった。しかも取立が厳しく、少しでも遅れると毎日、会社や自宅に電話が何回もかかって来るだけでなく、業者がやって来て仕事どころではなかった」と言う。A氏は鈴木に頼まれるままにわずか数カ月の間に簿外の融通手形13通を担保に約17億円を貸したが、その間、金利の返済すら猶予したうえ別に借用書一枚で3億円や8000万円を貸してもいた。また、鈴木が持ち込んできたピンクダイヤモンドと絵画(2点で3億円)のほか数多くの貴金属を言い値で買ってあげていた。それはA氏がプロの貸金業者ではなかったからで、金主元が反社会的勢力であれば決してできない金銭の貸し方だったのである。しかも、鈴木が西の紹介でなければ、A氏と言えども融資を断るほどで、鈴木の融資依頼は上場企業代表者としてエフアールが経営破たんしている事実を自ら明らかにしていた(A氏は西からもエフアールの実情を聞いていた)。もし、鈴木が当時から前述のような話をしていたら、特にピンクダイヤモンドと絵画については「売らせてほしい」と言ってピンクダイヤモンドを持ち出しながら、現品の返却も販売代金の支払いもなく、絵画は「近々持参します」と言っておきながら一度もA氏には渡していなかったが、もともと別の債権者に担保に入れていた事実が後日判明して確実に事件になっていたはずである。鈴木は、それまでにA氏に対していくつも刑事事件になることをしていた。

(3億円の借用書。鈴木はピンクダイヤと絵画の買受代金で金銭貸借はないと主張したが、時期に7カ月のずれがあるうえ、担保明細にそのような記載はない)

47(長谷川)あなたは、西の話を聞いて、どう思いましたか。
(鈴木)西のいろんな話を聞いているうちに、原告の言うことを聞かなければ危害を加えられるのではないかと不安になり、恐怖に思いました。
〔注〕鈴木が本当にそのように思っていたなら、裁判ではここまでウソで固めることはしなかったのではないか。本当であれば、あまりに危険すぎると思わなかったのか。
48(長谷川)西は、その他にはどんなことを言いましたか。
(鈴木)鈴木さんも、原告に金を借りてエフアールの資金繰りをつけたことがあったのも事実であり、恩義を受けたのも事実であると強調していました。

 

(額面8000万円の借用書。鈴木は、3日後に逮捕されるという情報をA氏から聞き、土下座して涙ながらに借用した。訴訟ではさすがに鈴木も問題にはできなかった)

49(長谷川)結局、西は、どう言ってきたのですか。
(鈴木)まず、鈴木さんが支払った金15億円は、殆んどが金主元の弘道会関係に流れ、自分の取り分が殆んどなかったので、原告は債務の返済がないと言っているのではないかと言っておりました。次に、殺されてしまっては、幾ら金があっても意味がない。鈴木さんも恩義をうけたのも事実であり、手切金と思って金を出してほしい、旨を述べました。
〔注〕A氏と鈴木に宛てた西に「遺書」を見れば分かるが、西は悔しくて何回も「鈴木や青田を絶対に許せない」とA氏に訴えており、A氏に「馬鹿な真似は絶対にするな」と止められた。それは鈴木も十分に理解しているはずだ。平成9年9月頃より手形を担保に鈴木に貸し付けが発生して以来、平成14年6月まで返済はなかったし、A氏は一度も催促をしていなかった(ただし、平成11年7月30日に西が「宝林株取引の利益」と言って15億円を持参した際に、A氏は「合意書」に基づいて15億円を3等分したが、西と鈴木の意思により2人の取り分5億円ずつをA氏への返済金の一部として処理した。A氏は西に心遣いで「鈴木さんと分けなさい」と言って1億円を渡した。翌7月31日午後4時に西と鈴木がA氏の会社を訪ね、15億円の処理の確認をした後で鈴木は5000万円を受け取ったことに礼を述べた経緯があった。平成14年6月当時、鈴木への貸付金は元本に金利を入れて40億円を超えていた(年15%の金利。本来は遅延損害金年30%で計算すると60億円を超えていた)が、折から西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検に逮捕起訴された後に保釈されたのをきっかけにA氏が鈴木に対する債権について尋ねると、西は「今後、株取引の利益が大きく膨らむので、鈴木の債務を25億円まで減額して戴けませんか」と言ったことからA氏は了解し、改めて借用書を作成することになった。そして6月27日、西と鈴木がA氏の会社を訪ね、いざA氏が貸付金を25億円にすると言うと、鈴木がそれに対して礼を述べたうえで「社長への返済の一部10億円を西に払った」と唐突に言い出した。A氏は驚き、西に確認を求めると、西が渋々「一応受け取りました」と認めたため、A氏は止むを得ず了解し、鈴木が15億円、西が10億円の借用書を作成した。A氏は鈴木に対し「何故西に同行しなかったのか。最低でも西に10億円を渡したという電話をしてくるのが当たり前ではないか」と言ってたしなめたが、鈴木は「すみません」と言いながら俯いたままだった。従って、鈴木が「平成11年9月30日付の『確認書』にあるとおり債務は完済された」と頑なに主張していることは、この借用書と矛盾しており、借用書に自署したうえに確定日付がある限り鈴木の主張は全くの嘘であることが分かる。また前述の10億円については、鈴木と西がA氏を外して密約を交わし、その上で鈴木が利益を折半するために「合意書」を破棄させようと西に執拗に迫り、その結果として西に何回かに分けて支払われた報酬であった(実際には紀井義弘から西の運転手の花館聰を経由)。こうした経緯を見れば、鈴木が平成11年9月30日に15億円を返済してなどいないこと、また西に払った10億円はA氏への返済金ではなかったこと、したがってA氏の金主元という暴力団に流れたために二重の返済を迫られたという鈴木の話が全くの創作であることが分かるはずである。ちなみに、鈴木は貸金返還請求訴訟の証人尋問で、「西に10億円を渡した」という点については「そんな話はしていない」と言い、借用書を作成した6月27日には「会っていない」と二重三重の嘘を重ねた。
50(長谷川)あなたは、最終的には、どうすることにしたのですか。
(鈴木)何故、自分がそんなことをしなければならないのかと思いましたが、万一、自分の身内に危害を加えられたらどうしようという不安、恐怖、金で命を救うことができるのなら金を出すのもやむを得ないと考え、また、原告からの融資でエフアールが存続できたのも事実であり、西には、「俺も殺されるのは真平だから、A氏とは金輪際、関係を断つということで手切金を出す」旨述べました。
51(長谷川)西は、どう言っていましたか。
(鈴木)喜んで、「宜しくお願いする、これで命が助かる」などと言っていました。

〔注〕これが本当であれば、A氏と鈴木に宛てた西の「遺書」は誰が書いたというのか。
52(長谷川)あなたは、幾ら、手切金として渡そうと考えていたのですか。
具体的には考えていませんでしたが10億円位は必要とは思っていました。
53(長谷川)金額につき、西には何か言いましたか。
(鈴木)10億円位なら年内には何とかなると思うが、それでA氏と話をつけると言いました。
54(長谷川)西は、どう言いましたか。
(鈴木)それで十分に話はつけられる、自分もA氏に前もって話をしておく旨を述べました。それと、西は、「自分が根回しをしておくから、3人であったときは難しい話はしないでくれ、金額と期限の話だけにして欲しい」ということも言いました。
55(長谷川) あなたはどう言いましたか。
(鈴木)分かっていると答えました。
〔注〕借用書の作成経緯が全く違っていて、明らかに鈴木の創作であることは借用書の但し書きを見れば明白である。この質疑応答では、鈴木が平成14年3月頃、直前に西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕起訴されたのを受けてA氏から呼び出され、貸付金の返済について問われたという設定になっている。だが、その時期、A氏は鈴木には会っていないどころか、鈴木の電話番号さえ知らなかった。

鈴木はA氏に債務は平成11年9月30日付の「確認書」にもある通り完済されていると反論したが、「A氏は西の債務返済と株取引の利益分配に充てたと言うだけで話し合いは平行線をたどった」と述べたうえで、次に西には保釈された直後の6月下旬に会い、A氏との債権債務をめぐるやり取りについて確認を求めたと言い、その内容が前記39~49の質疑応答となっている。

A氏は、それまでは西が鈴木の連絡役を常に担っていたので、鈴木と直接連絡を取り合うことは敢えて一度もしなかった。そして、A氏が西から鈴木の電話番号を聞き鈴木に初めて電話を架けたのは平成18年10月13日のことだったが、実は西もその頃は鈴木の電話番号を知らず、連絡をするときには必ず紀井を経由していたのだった。A氏の電話を受けた紀井は「鈴木は海外に出かけています」と言い、A氏が「では、連絡があったら、私に電話をくれるように伝えて下さい」と言って電話を切ると、間もなくして鈴木から電話が入った。この経緯を見ても、鈴木がA氏にさえ所在を明らかにしていなかったことが分かるはずで、西をクッションにしてあらゆる言い訳(作り話)を用意していたことが窺える。ちなみに紀井によると、鈴木は自分からは一切電話には出ず、紀井には「誰からの電話も絶対に取り次ぐな。不在と言え」と言っていたという。また、A氏から電話が入ったことに鈴木はうろたえ、紀井に「何の話だろうか? どうしたら良いだろうか?」と尋ねながら落ち着かない様子で部屋の中を歩き回った揚げ句、紀井から「社長には大変世話になっているので、すぐに電話をした方が良いですよ」と言われて、ようやくA氏に電話を架けたという。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(5)

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〔10億円の支払いはA氏との手切れ金という大嘘〕
「質問と回答書」の(4)の1~24については、前述したように(3)の質疑応答と重複している部分が多いため、必要と思われる部分を取り上げるが、鈴木は、平成14年6月27日に借用書を作成するに際して、「西にA氏への返済金として10億円を渡した」と言った事実を否定し、A氏への債務は完済されていたので、西がA氏に依頼した債務額の減額を鈴木が依頼した事実もないと言った。その一方で、宝林株取引の利益の報酬として10億円を支払ったことをA氏に平成14年3月頃に話したという。何度も繰り返すが、A氏はこの時期に鈴木とは一切会っていなかった。そして、次のような件が続く。
11(長谷川)6月27日の話を続けます。あなたは、原告に対し、どんな話をしましたか。
(鈴木)幾ら何でもA氏から殺されるという話はできませんので、自分は、原告には金15億円を返済し債務はないと考えている。しかし、原告からの融資が無ければエフアールが倒産していたのも事実であり、恩義があることも承知している。私およびエフアールとA氏との間には今後何の関係もないということを約束してくれるのであれば10億円であれば支払っても良いと述べました。

(鈴木が書いた借用書。すべて自署で、確定日付がある)

12(長谷川) 原告は、どう言いましたか。
(鈴木)それで承知したと言いました。何時までに支払ってくれるかと聞いてきました。
13(長谷川)あなたは、どう答えましたか。
(鈴木)年内には用意できると答えました。
14(長谷川)原告は、どう言いましたか。
(鈴木)年末は忙しいので、12月24日までに用意して欲しいと言いました。
15(長谷川)あなたは。
(鈴木)承知しましたと答えました。
〔注〕借用書を作成した後に鈴木が「年内に返済するので、(15億円を)10億円にして頂けませんか?」と依頼して、A氏が応じたということで、10億円の返済で鈴木が言うような話など一切出ていない。
16(長谷川)(甲4を示す)。「借用書」とあり、額面が金15億円、支払い期限が平成19年12月末日となっています。連帯保証人欄以外は、あなたが記載したものですか。
(鈴木)そうです。
17(長谷川)この文章は、あなたが考えたものですか。
(鈴木)違います。原告の言うとおりに私が書いたものです。
〔注〕A氏は誰の場合でも、書面の書式や内容については相手に任せている。これについては、すでに触れている通り、多くの債務者に確認して判明している事実だ。
18(長谷川)額面が15億円となっている理由は何ですか。
(鈴木)原告が、利息なしで支払期限が平成19年12月末日であり、万が一のことがあるかもしれないので金15億円にしてくれと言いました。
19(長谷川)あなたは、どうしましたか。
(鈴木)年内には金10億円は用意できることは確実だったので承知しました。
〔注〕鈴木が10億円を持参した時、「スイス人の投資家を騙して調達したもので、身を隠さなければいけません」と聞きもしないのに言ったので、A氏は驚き「大丈夫なのか?」と聞き返したほどだった。その後、A氏が西にも確認すると、西も「どうも、そうらしいですよ」と答えていたが、西はまだ鈴木との蜜約で利益分配をうけるものと考えていたようで、A氏をはぐらかす言動を繰り返していた。
20(長谷川)「借用書」となっている理由は何ですか。
(鈴木)原告は、名目は貸金にするほかないので、「借用書」としてくれというので、指示通りにしました。
21(長谷川)平成14年12月24日に金10億円を支払いました。
(鈴木)同日、現金で10億円を支払いました。
22(長谷川)この金10億円については、あなたは債務がないことを知りながら支払ったということですか。
(鈴木)その通りです。
23(長谷川)納得して支払ったということですか。
(鈴木)納得はしていませんが、自分の意思で支払ったということです。
24(長谷川)原告は、金15億円の貸金を、あなたが金10億円に値切ったと主張しているが、どうですか。
(鈴木)私の記憶は先ほど述べたとおりです。
〔注〕よくもまあ、これだけの作文ができるものだ。シナリオを描いたと思われる長谷川は小説家の素質があるのかもしれない。しかし、これはフィクションではなく現実の話であって、こんな弁護士がいて良いものかとさえ思う。「確認書」が便宜上で作成されたものであること、A氏への15億円の授受は平成11年7月30日であり、株取引の利益分配金であったこと、さらに平成14年3月頃と言っているが、正確な日時を特定すれば、A氏の日記で確認することができる。それ故、A氏が鈴木とは会っていない事実を踏まえれば、この「質問と回答書」に描かれた質疑応答はすべてが長谷川と鈴木による創作であることが分かる。そして、長谷川がこの書面で密かに狙った思惑は、A氏が反社会的勢力と密接に関係した人間で暴力団の金を運用する貸金業者であるという印象を強烈に裁判官に植え付けることではなかったか、と思われる。この思惑が成功すれば、鈴木がウソを誇張しても裁判官に許容される可能性は高いとも考えたのではないか。しかし、鈴木が平成14年6月27日に作成した借用書の但し書きに「金利をゼロにしていただいたので」とある通り、A氏のやり方が決して貸金業者のやり方ではないことは多くの関係者への取材でも判明している故、金主元に暴力団が控えていることなどあり得ないのだ。

以上のとおり、個々の事実から言えば、鈴木が長谷川弁護士に問われるままに語っている内容は全て鈴木の作り話か長谷川の指示であり、聞き手の長谷川弁護士が、原告が提出した証拠や審理で鈴木の主張が不利になっていると思われる要点を最大限に盛り込みながら嘘を誇張し巧妙に脚色して質疑応答という形に仕立て上げたものである。しかし、その嘘の誇張は、弁護士として決してやってはいけない、懲戒にも相当する職務規程違反だったのである。紀井によると、長谷川は普段は鈴木を呼び捨てにしており、鈴木も長谷川の指示には従っていたというから、この「質問と回答書」は飽くまで長谷川と鈴木の質疑応答と言う形式になっているが、実際には長谷川がシナリオを緻密に描き、その通りに鈴木が答えたのは間違いないと思う。鈴木は単純なウソつきで、ここまで器用なウソは思いつかないと思われる。

この「質問と回答書」を証拠として提出することによって鈴木が狙ったのは、A氏がエフアールの決算対策のために便宜的に作成し交付した「確認書」をもってA氏への債務が完済されたということを裏付けようとしたこと、そして15億円のA氏への交付は平成11年7月30日ではなく9月30日であったことを裏付けようとしたこと、さらに15億円のA氏への交付が9月30日であることにすれば、宝林株取引の利益と言って西が15億円をA氏に持参した事実はなくなり、したがって「合意書」に基づいた株取引もなかったことを裏付けようとしたことであった。和解協議の際に鈴木が認めていた事実さえ翻している。
しかし、「確認書」が前述のとおり便宜的に作成された事実は生前の西義輝と天野裕(当時エフアールの常務取締役)がいくつもの事実を下に陳述し、あるいは聞き取りを録取した音源が存在している中で、強引にもA氏が暴力団と昵懇の関係にあることを背景に強迫をもって鈴木を支配しようとして、事実鈴木は不安と恐怖を感じたと陳述して自らの主張を正当化しようとしたものだった。ちなみに、裁判に提出された音源には不備があった(音源が途中で切れていた)が、10本以上の音源が後日発見された。
繰り返しになるがA氏と西、鈴木の三人での面談や飲食等でA氏が鈴木に不安や恐怖を与えるような対応をしたことは一切なかったのである。何よりも和解から一週間後の10月23日に鈴木が電話を架けてきて来社した時にも、「和解書」に基づいた支払いの方法等を追認しており、またその後に鈴木がA氏に送った手紙で支払いを留保と言ってきたときでさえ、鈴木はA氏のことを「大変お世話になった」「A氏のように一目も二目も置くような男にはほとんど会ったことがない」とまで書き添えていた。そのような文言を見て、鈴木がA氏に強迫されたと考える人間は恐らく一人もいない。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(6)

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〔原告の代理人は長谷川弁護士の恫喝に震えた!?〕
A氏側の代理人弁護士の中本光彦について、中本は何故かこの「質問と回答書」に対して反論らしい反論もせずにやり過ごしてしまった。それは正に裁判官に事実と認めているかのような誤った心証を与えてしまったのではないか、という疑念が残っている。A氏が要請した多くの関係者の陳述書もほとんど提出されなかったが、代理人弁護士はA氏に詳しい理由を説明していなかった。関係者は「この文書が鈴木からの証拠として提出されたことをA氏は知らされていなかった。もし承知していれば最優先で反論し、鈴木に対してすぐさま名誉毀損の訴訟を起こしていたのは間違いなかった」と関係者は言う。A氏には日常の予定や起きた出来事をメモする習慣が若い時からあったという。それゆえに関係者は「そのメモを、例えば『合意書』が交わされた平成11年から『和解書』が交わされた平成18年までの時系列で整理したうえで証拠として提出することだってできたはずで、そのメモは出来事を十分に客観化できたはずだった。中本弁護士にはそんな知恵が浮かばなかったのかと思う」と言う。
“後の祭り”と言ってしまえば語弊はあるが、実際に、東京地裁の品田幸男裁判長の名下で下された判決は、数多くの事実認定の誤りに基づいて、例えば前述の「和解書」を裁判長が無効とする根拠として「強迫」と「心裡留保」などという有りもしない鈴木の主張を採用した点は、この「質問と回答書」が少なからず影響を及ぼしたことが窺われ、それ故に鈴木の言動は明らかにA氏の名誉を著しく傷つけ、さらに社会的信用をも著しく毀損したものであった。
この和解協議の際に、鈴木は株取引の利益を50億円位と言いながら、A氏と西にそれぞれ25億円ずつを払うと言ったので、A氏が「鈴木さん、それではあなたの取り分がないではないか」と聞くと、鈴木は「いや、(利益は)60億くらいです」と言い替え、A氏に「社長には大変お世話になり、自分がシャバにいないときのことを、天野からも聞いていますが、一番迷惑をかけている社長には感謝しないといけませんと言われていました。本当に有り難うございました」と言っているのだ。そんな状況下で、どうして強迫という言葉がまかり通るのか。

(和解書 鈴木と西は「合意書」に違反した事実を認めた。鈴木は強迫されて署名したと無効を主張した)

裁判の経緯を知る関係者によると、「長谷川弁護士は法廷での態度が横柄で傍若無人だったために、裁判官から数回注意を受けたが、A氏側の代理人に就いた中本光彦弁護士は、法廷で陳述中にいきなり長谷川弁護士から『うるさい』『黙れ』等と恫喝されて、すっかりうろたえてしまった。もともと代理人に就く際に、鈴木が親和銀行事件で暴力団や総会屋との関係が取りざたされたり、A氏の代理人が襲撃された事件があったので、家族から代理人に就くことを強く反対されたと聞いている。鈴木に対する恐怖感が潜在的にあったのかもしれず、長谷川弁護士の恫喝以降の中本弁護士の対応は特に腰が引けていたことは確かだった」という。中本弁護士は法廷でまともな弁護ができず、地裁、高裁での答弁では裁判官には聞こえないほど蚊の鳴くような小さな声で、しかも手を小刻みに震わせ、答弁はわずか1~2分で終わらせてしまうことがあったという。だが、そうであれば、中本弁護士は代理人から降りるべきであった。

裁判官についても提出した証拠類をしっかり検証しているとは思えないほど、なおざりである。これまで見てきたように、一つ一つの出来事に対して鈴木の主張に注意を払えば、二転三転している、主張とそれを裏付ける根拠が矛盾しているなど整合性のないものばかりで、いずれも採用できないと判断するのが当然と思われた。ところが、品田裁判長を始め二人の裁判官はA氏が常識では有り得ないような金の貸し方(催促を一切せず、本当に困っている人からは金利を取らなかったこと)をしたことに対して「おかしい」と言って、A氏側の主張を退けた。鈴木はピンクダイヤモンドと絵画についても言い値の3億円でA氏に買ってもらいながら「売らせて欲しい」と言って持ち出し、現品を返さず代金も支払わなかった。鈴木は「3億円で買った」と言ったが、鈴木が持参した「念書」を見れば一目瞭然である。さらに高級時計の販売預託についても鈴木が売らせてほしいと言うので定価が40億円超の時計を4億円で鈴木に販売預託したら、品田裁判長は「経済的合理性に合わない」とか、販売預託についての具体的な疎明資料がないなどと言って請求を無効にしてしまったが、鈴木の行為は明らかな犯罪だったのである(鈴木はペア時計3セットだけでも担保に入れて6億円を借りていた)。裁判官は何故、そうした違法な点を見逃したのか、不思議としか言いようがない。A氏に現品の返却もなく、販売代金の支払いもなかったことから貸付(準消費貸借)に止むを得ず切り替えたが、鈴木はピンクダイヤモンドを持ち出す7か月も前の、3億円を借りた時の借用書が買受代金の借用書であると言い出した(借用書の但し書きには日本アジア投資の証券1億円分を担保にすると書かれていた。この証券も西に「鈴木が資金繰りに使いたいと言っているので」と頼まれ渡したが、鈴木は平成11年9月30日に完済したので返却を受けたと全て整合性のないことを言っている)うえに、責任は鈴木個人ではなくエフアールが負うべきとまで言って言い逃れた。当時の責任者だった天野裕も鈴木個人がやったことを認めていた。そして、裁判官は鈴木の言い分を採用して鈴木への請求はできないとしたのである。誰も納得できる話ではなかった。
高裁の裁判長ほか2人の裁判官も一審の判決を支持したが、検証した痕跡が無く一審の判決を鵜呑みにしたと疑わざるを得ないような判決を下して平然としていることに多くの関係者が疑念を持った。職務放棄、裁判官としての使命感ゼロと言わざるを得ない。

なお、西義輝は平成22年2月9日頃に、また天野裕は平成23年8月3日に自殺しており、A氏が前記訴訟で西と天野に証言を求めようとしても不可能な状況にあり、裁判官も認識を誤らせた疑いを多くの関係者が持っている。長谷川の脚色は弁護士としての立場上では偽証罪には問われないことに加え、鈴木による陳述が「西から聞いた」「天野は知らなかった」として“死人に口なし”という極めて卑劣な思惑の中で行われており、鈴木は虚偽主張を大きく増幅させたのである。

鈴木が西義輝と共に証券市場で仕掛けた数多くの仕手戦で巨額の利益を獲得しながら、大半を海外に流出させて隠匿した上に独占した事実(鈴木がフュージョンアセット社に指示してオフショアに用意させたペーパーカンパニーを茂庭進が管理し、また常任代理人を杉原弁護士が務めていたこと)は、すでに本誌で取り上げてきたとおりだ。そして、A氏が起こした訴訟は、言うまでもなく鈴木に対する貸付金の返済は言うに及ばず、仕手戦で獲得した利益についても、鈴木が和解協議の場ではA氏と西にそれぞれ25億円のほか、A氏には別途20億円を支払うと約束した総額70億円を一部請求として求めたものだった(20億円については、鈴木が「和解書には西の言い方が気に入らないので書かないが、社長、約束は絶対に守ります」と断言していた。こうしたやり取りは録取した音源に残っている)。
「和解書」を作成した後に鈴木が再びA氏の会社を訪ねるまでに、鈴木は何度もA氏に架電しているが、そのやり取りの中で、鈴木は「買い支え分は70億と聞いているが、正確にはいくらか聞いてくれませんか」とA氏に尋ね、A氏が西と紀井に確認すると58億数千万円であるとの回答を得て2日後の鈴木からの電話に答えると、「利益からその分を引いて3等分しなきゃいけませんね」とまで言って「和解書」に約束した以上の支払いを追認していた(このやり取りも録取され何人もの人が聞いている)。

(西義輝がA氏に宛てた承諾書 株取引で得た利益のうち鈴木が約束した分配金約137億円をA氏に譲渡するとある)

西は株取引を行う前からの債務があったことから、鈴木が支払いを約束した25億円と鈴木との間で交わした密約に基づく利益分配金の137億5000万円をA氏に債権譲渡していたので、訴訟での株取引の利益に係る請求分は一部として70億円としたが、「合意書」に基づけば、鈴木と西は「合意書」に違反していたから取り分は一切無かったはずだ。A氏が西に「これでは元金にもならない」と言うと、西は「実際の利益は鈴木が言う60億円ではなく500億円位なので、70億円の支払いが済んだ後にしっかり清算させましょう」とA氏を説得した。
A氏の下には鈴木の発言を録取した音源が多数存在しており、また多くの関係者が聞いていることから、鈴木がいくら裁判で勝訴したからと言って、嘘で誤魔化すことはできないということを改めて知るべきである。
ちなみに、今回の記事を編集するにあたって、改めて多くの関係者に取材をしたが、これまでマスコミには一切接触がなかったA氏自身もマスコミ各社の取材依頼に応える模様だ。とはいえ、関係者の多くが「先ずは鈴木自身がA氏に直接会って謝罪しないことには助かることはない。鈴木が今まで同様に度が過ぎる嘘を言い続けるならA氏は取材に応じていくことになると思われ、今後は全てが露見してしまう可能性は大きい」と言う。そうであれば、鈴木の嘘がさらに新たな事実が暴かれ真相が一層明確になるに違いない。
また、訴訟の現場においても、実際に再審請求のハードルが高いとしても品田裁判長が下した判決、そしてそれを鵜呑みにした高裁の判決には数多くの重大かつ深刻な事実認定の誤りがあったことは、これまで見てきた通りで、絶対に是正させなければいけない。裁判官を裁く弾劾裁判も、再審請求と同様にさまざまな要件をクリアーしなければならないところもあるが、制度として存在している限りは十分に可能性があるということである。鈴木の違法行為(脱税事件としては1000億円を超える個人としても戦後最大級のもの)をこのまま放置してはならない。こんな不合理なことが司法によって守られるようなことがあってはまさに司法制度の崩壊にもつながる。本誌では、読者もご承知のように読者投稿の欄を設けて以来、投稿が殺到しているので、積極的に読者のご意見やご感想を一部ではあるが掲載している。掲載記事についてさらにお尋ねがあれば、この読者投稿をご活用いただいてお問い合わせ頂きたい。本誌が掌握している客観的な証拠や証言に基づいた事実、真実を踏まえて真摯にお答えする。今回の特集でさらに読者投稿が殺到すると思われるが、同趣旨の投稿はそれぞれ代表的な投稿に収れんすることでご了解いただきたい。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(7)

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〔鈴木には大恩人の 長谷川弁護士が暴走した乙59号証〕
鈴木義彦が裁判に提出した「質問と回答書」(乙59号証)についてこれまで全6回にわたって取り上げたが、もし長谷川幸雄弁護士が鈴木の代理人でなかったならば、判決がどうなっていたか分からなかったと思われるほど乙59号証は、鈴木が提出した他の書面や書類に比べて重要な意味を持っていたことが窺われる。
しかし、鈴木が勝訴したことで長谷川が鈴木にとっては“大恩人”となったかもしれないが、鈴木の悪事は全てが株取引で得た利益の独占と隠匿から始まっている犯罪なのだ。利益を独り占めにするために、鈴木はウソを吐き、側近の多くの人間を犠牲にして、彼らが自殺しようが不審な死を遂げようが、あるいは行方不明になろうが、平然としてきた。それ故、生死に関わる一人一人の問題に鈴木の関与が疑われてきた。鈴木が親和銀行事件で逮捕される3日前に8000万円を借り受けた際に、鈴木はA氏に土下座して涙を流し「このご恩は一生忘れません」とまで言っていた。そうした言葉は忘れるものではないが、当の鈴木はここまでウソを吐き、何人もの人間を犠牲にしてきた中で、A氏や西にほぼすべての無理を聞いてもらっていたのである。そうした経緯を、長谷川自身が鈴木からどのように聞いて理解していたのか、ぜひ長谷川自身から聞きたいものだ。

鈴木が「合意書」に基づいて「和解書」を作成しながら、その後、A氏に2通の手紙を送る中で、「和解書」で約束したことを反故にして所在をくらませ、代わって青田光市と平林英昭弁護士が交渉の代理人に立ったが、鈴木のウソは、まさに青田や平林が構築したウソや言いがかりに同調したところで二転三転していて、全てが矛盾だらけで辻褄も合っていないものばかりだった。
裁判官が判決で根拠を示さないまま採用した「強迫」も「心裡留保」も青田と平林が編み出したロジックだったが、そうした交渉の過程でA氏側の代理人に就いた利岡正章に対する襲撃事件が起き、あるいは西義輝にさえ頻繁に尾行をつけて西を精神的に追い詰めるようなことを鈴木と青田は謀っていた。

長谷川は弁護士だから、鈴木から委任を受ければ相応の対応が求められることはあるにしても、だからといって犯罪に加担すれば弁護士資格以上の問題に発展することくらい分かっているはずだ。ところが、長谷川だけではない、平林も杉原も弁護士としての資格や倫理観を忘れ、踏み越えてはいけないハードルを越えてしまったと言わざるを得ない。利岡を襲撃した暴漢は広域指定暴力団稲川会系の習志野一家の構成員だったが、青田が同一家のNO.2に当たる楠野伸雄とは平成20年当時でも20年来の交流があっただけでなく、平林が同一家の木川孝始総長と最低でも2回以上も面談している事実が判明している。それも利岡の襲撃事件が起きた時機にである。青田は「付き合いはなかったことにして欲しい」と楠野に強く口止めさえしていた(楠野自身が関係者に告白した)。また、杉原正芳弁護士は鈴木が株取引に関連して用意した外資系投資会社を装うペーパーカンパニー(累計で100社前後に及ぶ)の常任代理人に就き、金融庁へ届け出る報告書等に虚偽記載をした事実が判明している。報酬が目的であったとしても犯罪が疑われる行為に自ら加担するのは許されることではない。平林も杉原も本誌取材班の取材に応じなかっただけでなく記事に対する抗議や反論もないため、事実と認めているのも同然という解釈ができる。そして、長谷川が超えてしまったハードルが「質問と回答書」であり、本誌がその細部にわたって検証し、記事として掲載した理由がそこにあった。

長谷川が、鈴木がウソにウソを重ねて証言していることを知らなかったとは言わせない。何故なら、審理を重ねる中で鈴木の証言や陳述のほとんどが二転三転して、どれが本当の話なのか鈴木本人でさえ分からなくなっていたのではないかと思われるほどだ。その結果、長谷川は鈴木の証言を丸呑みした上でさらにウソを増幅して構築する必要に迫られた。鈴木が乙59号証「質問と回答書」でここまで虚偽の証言をしたのは長谷川の主導によるものだったと思われる。訴訟に勝つためである。とはいえ、A氏のように全ての頼み事を聞いてあげ催促もしない人間などいないと言っても過言ではない。

(A氏が鈴木から宝飾品を購入した際の領収書。鈴木が買ってほしいというものをA氏は査定もしないで言い値で買ってあげているが、ほとんどが価値のないものだった)

平成11年9月30日付の「確認書」でA氏に対する債務は「完済された」と鈴木はウソを吐いた。鈴木が「買ってほしい」と言って持ち込んできたピンクダイヤと絵画をA氏は言い値の3億円で、また価値のない宝飾品を1億2550万円で買ってあげたが、ピンクダイヤと絵画については間もなくして「売らせてほしい」という鈴木の要望にもA氏は応えて販売預託にした経緯を鈴木は無視して、その7か月も前に3億円を貸し付けた際に作成された借用書がピンクダイヤと絵画の買受代金に当たるものだとウソを吐いた。また、「合意書」を交わすことになる最初の重要な銘柄となった宝林株800万株の取得代金3億円をA氏が出した事実を否定するために、鈴木のウソは「自己資金は必要なかった」とか「自己資金で賄った」「ワシントングループの河野氏から借りた」ほか二転三転どころではなかった。これらのウソは鈴木が吐いたウソの一部ではあるが、すぐにも辻褄が合わなくなるものばかりで、こうした鈴木によるウソの証言や陳述を長谷川はつぶさに見てきた。そして長谷川が生み出した奇手が、辻褄が合わなくなった部分を修正するためだけにはとどまらず、A氏を最大限に誹謗中傷することによって鈴木のウソを糊塗しようとしたことであり、それが「質問と回答書」(乙59号証)だったのである。

しかし、この「質問と回答書」には大きな問題がある。それは、A氏が鈴木を呼び出したというのであれば、A氏が鈴木に問い質さなければならないことが数多くあったはずで、単に債権債務という括りで済まされることではなかったはずだが、文面にはそれらの説明は一切なく、全くおかしな構成になっていることだ。
しかも、西が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された直後の平成14年3月頃というのであれば、A氏は「合意書」に基づいた株取引の内容について鈴木に確かめなければならないことがいくつもあった。銘柄や収支の明細もあるが、西の逮捕容疑に関する事実関係を掌握するためには鈴木に確認するのが一番であったからだ。そして、それらの情報の掌握は鈴木と西の債務返済計画に影響していたからである。しかし鈴木は「合意書」の話は出なかったと言い切った。A氏が呼び出したと言いながら、A氏が聞くべき項目が何一つなく、「質問と回答書」では一切触れないまま、鈴木はA氏が唐突に債権債務の話を持ち出しただけだと言っている。A氏が質問したいことが何一つ入っていない、この「質問と回答書」の内容はおかしすぎる。鈴木が逮捕される3日前に8000万円を借りる際、A氏に「このご恩は一生忘れません」と言った言葉を無視して、鈴木と長谷川は人としてやってはいけない作り話を構築したのである。
債権債務についても手形や借用書に係る公正証書の作成についての確認やピンクダイヤモンドと絵画、高級時計の販売預託についての確認等、具体的に聞かなければならないことがA氏にはいくつもあったのに、鈴木と長谷川はそれらには一切触れなかった。鈴木が一方的に「完済したはずの債務の返済を迫られた」などという単純な話で済まされるはずはなかったのだ。鈴木が西に「A社長に直接連絡を取って2人だけで会うことはしません。全て西会長にお任せします」と言って頼んでいたことをA氏は当初から聞いていたが、平成10年5月28日の時には鈴木から電話があり、「少し時間を取って戴けませんか」ということで会い、またその前にピンクダイヤと絵画を買ってほしいと言って来社したこともあった。これらは鈴木からの連絡によるものだった。鈴木も「西会長には内緒にしてください」とA氏に要請していた。このように、鈴木を紹介したのは西だったから、A氏がその関係を飛び越えて鈴木に直接連することは一切ないというのは周知のことだった。A氏が初めて鈴木に連絡を取ったのは平成18年10月13日のことで、それも西に紀井の電話番号を聞き、紀井から鈴木に連絡を取ってもらったくらいで、それ以外で直接鈴木に連絡することは一切なかった。前述の通り鈴木の電話番号さえ一切知らされていなかった。

「質問と回答書」は、このように全く整合性がないにもかかわらず、A氏の弁護士は「質問と回答書」が証拠として提出された事実さえA氏に明かさず、したがってA氏とは一度も協議もしなかったから反論のための陳述さえしなかった。事はA氏による鈴木への債権回収と「合意書」に基づいた利益分配要求が全て強迫であったという作り話で構成されているような深刻な問題である。これでは、A氏の弁護士に何か別に思惑があって利益相反を疑わざるを得ないことになる。少なくとも「鈴木の陳述に否認していない」という印象だけが裁判官には残って、裁判が敗ける可能性を高めたとも言えるのではないか。一審で敗訴した原因が中本光彦、戸塚敬介というA氏の弁護士に何の考えもなかったことにあったとしか思えない。

鈴木は利益の独り占めという強い我欲のためにさまざまな事件を引き起こしてきた。しかも、側近であった天野裕、大石高裕は言うに及ばず、関わった人たちの大半を犠牲にしたために彼らの家族さえ不幸に陥れている可能性も高いと思われる。鈴木が「質問と回答書」でA氏に逆らえば命に関わるとまで証言しているが、それを実行しているのは他ならぬ鈴木と青田ではないかということが関係者の間では共通の認識になっているのだ。
それ故に、A氏が提起した鈴木に対する訴訟は実態が不明の部分を炙り出し、より真相にたどり着く大きなきっかけになるものと期待されたが、周知のとおり地裁だけでなく高裁の裁判官までもが事実の認定をしないままでは関係者には疑問しか残らず、訳の分からない判決を出したことで、問題を解決するどころか混乱させてしまっているのが実情だ。それ故に鈴木の代理人、中でも長谷川の対応には重大な責任が生じている。
ちなみに、長谷川は、鈴木が親和銀行事件で逮捕起訴されたときに代理人を務めており、鈴木のことは裏も表も承知している関係にあると思われる。鈴木が有罪判決を受けながら執行猶予を取れたのは、親和銀行に対する示談を申し入れ、約17億円の和解金を支払ったからだったと思われるが、それも長谷川の指示によると考えるのが自然だ。鈴木の周辺関係者たちは、長谷川が周囲に誰がいようが鈴木を呼び捨てにして、さまざまに指示を出していた現場を何度も目撃していた。鈴木も長谷川には否も応もなく一言「分かりました」と言って従っていたという。そのような阿吽の呼吸から生まれた「質問と回答書」であると考えれば、鈴木が自分の言いたいことを強引に長谷川に納得させたとは思えず、またその結果、この書面ができたとも決して思えない。長谷川に大きな責任が生じている所以だ。(以下次号)

弁護士も裁判官も弾劾する!!「鈴木義彦」を巡る訴訟告発(8)

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〔鈴木は警察署の呼びかけさえも拒否した〕

本誌取材班は、鈴木と西による株取引及び鈴木による海外隠匿資金の実態について真相を確認することに加え、裁判が終結してからは敗けるはずのない裁判が何故敗けたのか、というテーマについても取材を進める中で、鈴木および青田光市、茂庭進、鈴木の実父や青田の義兄に当たる杉本夫婦に関係者たちは取材をかけたが、一人もまともに応じることはなかった。杉本の妻(青田の実姉)を地元の警察署で呼び出してもらった際にも、一旦は来署すると言っていた実姉が後に電話をしてきて「弟が行く必要はないと言っているので」と言って断る場面もあった。肝心の鈴木の所在は一向に掴めず、住所地にも何度か出向いたが、家族すら住んでいる気配はなかった。青田や茂庭ほかの関係者も応対に出たのはわずかで、殆どがインターフォンへの応答すらなかった。

青田は前述したように習志野一家のNO.2とは当時で20年来の付き合いがある密接共生者で、本誌でも触れたとおり、犯罪行為を繰り返して赤坂マリアクリニックを乗っ取った男である。青田は鈴木の裏方としていくつもの汚れ役を果たしてきたので、これまでは鈴木にとっても重宝な一面はあったに違いないが、逆にみれば鈴木を抜き差しならないところまで追い込んでいる張本人ともいえる。「和解書」で鈴木が約束したA氏と西への支払いを青田が反故にさせた(?)ことで、鈴木の自制心が完全に切れてしまったのではないか。
青田は習志野一家の組員たちから「上野の会長」と呼ばれており、いい気になっているようだが、それも鈴木からもたらされる金で威勢よく振舞っているにすぎず、やっていることが犯罪であるのは赤坂マリアクリニックの乗っ取りを見れば分かる。この乗っ取り事件で、青田にかけられた嫌疑は威力業務妨害、窃盗、有印私文書偽造・行使、詐欺、横領、強迫、公正証書原本不実記録など数知れない。このことが原因で院長の根岸重浩氏は2人の娘とも疎遠になったようだ。また青田の義兄も青田とは20年以上前から縁を切っているかのような話を表向きにはしているが、青田は自身の悪さを恥じるべきだ。

鈴木の実父徳太郎は、西が設立したファーイーストアセットマネージメント(FEAM)社で毎月60万円の給与を取っていた。西によれば徳太郎は平成12年から同13年にかけて約1年間勤務していた模様だが、その時期は鈴木が相次いで株取引を仕掛けた時期でもあり、父親として息子の悪事を見聞きしてきたにもかかわらず、息子を叱責することはなかったようだ。FEAM社で鈴木は愛人に50万円の給与を出させたりベンツを購入させるなど横着な要求をして7億円以上を消費しており、それもA氏が出していたことを徳太郎はどう考えるのか。鈴木の所在が不明になってから、利岡正章が1年以上も足繁く徳太郎の家に通い、鈴木とA氏の協議実現に協力するように説得を試みたが、徳太郎には積極的に息子に働きかける様子は見られなかった。徳太郎が利岡の前で鈴木に電話をしても鈴木は一切出なかった。鈴木が独り占めした利益のほんの一部を徳太郎の住むマンションの購入資金や生活資金に充てていることで、何も言えない父親になってしまっていた。

(鈴木の父徳太郎が住むマンション)

ちなみに、先ごろ本誌宛に実父と同じマンションに住む住人と思われる人物から投稿があった。それによると、過去に怪文書が郵便受けに断続的に入れられていたことがあって、それは西の自殺に関わるものだったが、西を自殺に追いつめた鈴木の父親がこのマンションに住んでいて気味が悪いという趣旨だったという。そのマンションには別の階に鈴木の妹と子供が住んでいる(この部屋も鈴木が脱税した金で購入したと側近は言う)。妹はエフアールの社員と結婚して子供ができた後に離婚したが、前夫の姓(徳田)を名乗っている。投稿者には怪文書が入れられていた当時は何のことか分からなかったが、本誌の記事を読んでようやく分かったとのことであった。西の自殺が鈴木の実父の住むマンションの住人にも波紋を広げていたことが、この投稿によって分かる。鈴木が引き起こした事件は一人鈴木の問題ではなくなっているようで、取材を進めると鈴木の家族が住む相模原市内のマンションでも同様の事態が起きているようで、2人の子供たちにも影響が出るのではと思われる。

西が自殺した直後にA氏と西の妻と子息(内河陽一郎)、そして利岡が徳太郎の自宅を訪ね、西の自殺について思うところを尋ねるとともに鈴木との面談設定を改めて徳太郎に依頼した成り行きから、徳太郎が娘(鈴木の妹)を同行してA氏たちと最寄りの警察署に向かい、同署の課長が応対する中で妹が鈴木に電話をすると鈴木が電話に出た。そこで妹が鈴木に事情を伝え、課長が電話を代わって「すぐに来て欲しい」と言っても、鈴木はさまざまに理由をつけて「都合がつけられないので、A氏には明日電話します」と言って面談を拒否してしまった。鈴木と長谷川が作成した「質問と回答書」に基づけば、鈴木にとってはA氏と西に強迫され「和解書」を作成したというのであれば、警察署に訴える絶好の機会であったはずではないか。しかし、鈴木は言を左右にして面談を拒むだけで、翌日以降もA氏に連絡を入れることはなかったのである。鈴木の言動がいかにちぐはぐなものであるか、それを目の当たりにした徳太郎は一言も発しなかった。利岡は、徳太郎の家を訪ねる度に伊東で獲れるキンメダイほかの手土産を持参したり、いろいろな書籍を届けていたが、数か月後には徳太郎が「息子に協力してあげてくれませんか」と頼むことが1度や2度ではなかったようだ。また鈴木の所在確認では2か所の興信所に頼んで2年以上で数千万円の費用をかけていたが、そうした経緯を品田裁判長は無視して「7年間も放っておくことはおかしい」と一方的に判断したのは不可解である。
ちなみに、鈴木は「和解書」の作成経緯について、西が香港で殺されかけた殺人未遂事件の容疑者にされそうになったことから恐怖感が募り、署名指印しなければその場を切り抜けることができなかったと主張したが、その日のやり取りを完璧に録音したテープが見つかり、鈴木の主張がウソであることはその音源で証明される。また、鈴木と青田が謀って西を頻繁に尾行させたのは何故だったのか。しかも尾行を繰り返していたのは、どうやら青田が目をかけてきた反社会的勢力の人間であった疑いもあり、西の自宅前でも張り込んでいたことが何度もあったようで、西が気を抜けばいつでも不測の事態が起きるような緊張感を与え続けたようだが、そこまで西を追い込まなければいけなかったのは、西が何らかの真相を暴露することを恐れたからではなかったか、とも思われる。このように、実際にはA氏や西が鈴木を強迫したのではなく、鈴木が自分にとって不利な事実を知っている西を強迫していたに等しかったと言える。裁判官が強迫や心裡留保を採用して「和解書」を無効と認定したのが大きな誤りであるのは、こうした一つ一つの真実に目を向けなかったからと言わざるを得ない。

A氏と鈴木の双方の関係者の多くが言う。
「貸金返還請求訴訟の結果は途中経過でしかない、ということは何度も繰り返して言ってきたが、鈴木には真相を語らせ、犠牲を強いた関係者に対しても相応の謝罪をさせなければ事が決着したことにはならない。そのための方法として、裁判官に対する弾劾裁判を始め、弁護士に対する懲戒、そして鈴木自身に対しても可能な限り法的措置を講じて行く」
鈴木に対する取材が長らく続いてきたが、今回、取材班は初めてA氏に接触することができる可能性が出てきたこともあって、A氏の心境や鈴木に対する取り組み方等を関係者から聞いた。
関係者によると、「平成18年10月16日に和解協議があり、その後の1週間の間にも鈴木からA氏に何度も電話があり、また10月23日には鈴木が一人でA氏の会社に来て、A氏や西に約束したことを追認していた。ところが、その後に青田光市と平林弁護士を代理人に立てると言い出してから、鈴木の態度が豹変した。具体的な経緯は分からないが、恐らく和解協議のさわりを聞いた青田が出しゃばり、『そんな金を払うことはないよ、俺に任せてくれれば何とかするよ』とでも言ったのではないか。その言葉で鈴木の強欲に火が着いて、一気に事態が変わり今日まで来てしまったように思う。和解協議後に鈴木がA氏に電話を入れたやり取りで、株価の買い支えでの損失が約58億円あり、それを差し引いて3等分しないといけないと言っている話が録音されていて、何人もが聞いている」という。

問題の「質問と回答書」についてA氏は、「鈴木のウソは、もともと平林や青田が構築したウソのシナリオに沿って鈴木が主張してきたことで、すぐにも綻びが生じるような幼稚なものだったが、この乙59号証は明らかに今までと違っていて、それまでの証言や陳述の不備をもっともらしく修正するために作成したものであり、長谷川はA氏が暴力団関係を金主元にしたプロの金貸しであるという事実無根の前提を作り、鈴木にその点を強調させ、鈴木も同調した。これは絶対に許せないことです。A氏は友人知人に貸し付けをしたが、金融は本業ではない。金を貸して人助けをした時に催促をしないのはA氏の実家の家訓になっているくらいで、A氏もそれを守ってきた。困っている人を助けることで、実家は古くから「仏」という屋号がついていた。A氏の父の葬儀に西を含め友人知人が列席した際に、送迎のタクシー運転手や地元の人たちから屋号を聞いて驚き、その話を鈴木も西から聞いていたからA氏の人となりを十分に承知していたはずだ。鈴木は手形、借用書では次から次に融資を依頼し、また在庫で処理できなかった宝石や絵画等も買取を依頼した。しかも絵画についてはA氏に買ってもらいながら一度も持参しなかったが、別の債権者の所に担保で入れていた事実が後日判明した。それでもA氏は一度も催促をしなかった。A氏がその時に鈴木の本性を分かっていれば金は貸さなかったし宝飾品等も買い取らなかったはずだ。ところが鈴木が「質問と回答書」で述べたのは、あろうことかA氏が債務返済を二重に強制したということだった。A氏は、そんな卑劣なことは一度もしたことはないと断言できる」と双方の多くの関係者は言う。そして、今後の取り組みについても聞くと、鈴木に対しては徹底的に真実を明るみに出すことになると思うと関係者は言う。
「裁判は残念ながら、原告側の弁護士の対応に大きな落ち度もあって想定外の敗訴となったが、判決が全てではない。もちろん、可能な限りの法的な措置は取っていくが、問題の地裁判決については、例えば公開でシンポジューム(討論会)を開いて、何故、裁判官たちが事実の認定を誤ったのか、何故、訳の分からない判決を下すことになったのかについて、討論者だけでなく聴取者からもさまざまな意見を出してもらい問題意識を高めてもらうという意見が多い。方法はいくつもあるのではないか」という。
関係者の話にもあったが、裁判官を裁判にかける弾劾裁判の制度があるが、これは民間版のようなものと言える。鈴木や長谷川が法廷で行った論述だから、もとより異存はないに違いない。
「多くの関係者が、国内外の一人でも多くの人にこの事件の真相を理解して欲しいと考えています。裁判は敗訴になったが、裁判に未提出の多くの証拠の中で未だ公にしていないものもある。そうした証拠からも判断すれば万人にも分かるはずで、和解書の文面にもある通り、鈴木も西も不正を認めている。従って和解書の作成経緯が強迫や心裡留保には当てはまらないことは、和解協議後に鈴木がA氏に送った2通の手紙でも十分に理解できるはずである。ただ、この頃には青田や平林の悪知恵が加わっているが、少なくとも手紙の文面が真実を証明している。『大変お世話になった』とか『男として一目も二目も置く人には今までほとんど会ったことがない』という文言で判断できるはずだ」
と関係者は言い、鈴木が隠匿し続けている1000億円を超える金はいずれ国庫に没収されるに違いないから、折からの新型コロナウィルス対策で大型予算が組まれる中で有意義に使われるなら、A氏がA氏への出資者と協議をするのはもちろん必要だが、それが最適、最良ともA氏は考えているようだとも言う。(以下次号)

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