記事削除命令に対する本誌の見解

記事削除命令に対する本誌の見解(1)

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〔鈴木義彦はやはり卑怯なやり方しかできない〕
本誌が掲載してきた特集記事「極悪!! 稀代の事件師『鈴木義彦』の正体」に対して記事削除の申立が去る3月中旬に起きた。日時が曖昧なのは鈴木義彦(裁判所では申立人を債権者と呼んでいる)が裁判所に提訴した訴状および一件書類が手元にないからである。
結論から言えば、裁判所が去る5月27日に削除命令を出したことから、プロバイダーが本誌に期限を設けて記事削除の請求をしてきた。本誌としては裁判所の裁決が前提になっているので、請求には応じる予定であるが、申立が起きてから裁判所の裁決が出るまでの過程には大きな違和感を持っている。本誌は記事を作出した当事者であるにもかかわらず、終始「訴外」として扱われてきた。それ故、記事削除を申し立てた者が誰であるのかを今現在も正式には承知していない。削除を申し立てた特集記事が鈴木に関する記事だけなので、債権者は鈴木であると考えているに過ぎない。しかも審理が何回行われ、どのように経過したのかも一切分からない。判決文も今日現在、プロバイダーから届いていないので詳細も分からない。それでいて、裁判所が削除命令を出したから削除しなさい、というのはあまりに理不尽な話ではないか。

もうひとつ、本誌は昨年11月1日に特集記事を公開して以降、「極悪!! 稀代の事件師『鈴木義彦』の正体」の連載を現在も継続しているが、この間、鈴木からは一切クレームも反論もなかった。それにもかかわらず、本誌を除外してプロバイダーを対象に記事削除申立を断行したのである。記事を公開するに当たっては十分すぎるほど裏付けを取り、可能な限りの証拠を収集してきたと自負しているからこれまで鈴木より抗議や反論が一度もなかったのは当然とも考えるが、いきなり記事の削除申立がなされたことに強い憤りを覚える。と同時に鈴木のやり方が極めて卑劣であることを改めて強調したい。

鈴木義彦による記事削除申立で、本誌の手元にあるのは訴状に添付されたと思われる「別紙」(削除申立の主張を陳述)のみであるので、その範囲で述べるしかないが、対象としている各記事について主張がそれぞれ述べられているものの、記事の記述が虚偽であると書かれているのみで明確な立証がない。わずかにそれらに共通している前提(根拠?)が平成27年7月8日に東京地方裁判所に提起された貸金返還請求事件訴訟において平成30年6月11日に言い渡された判決と同年11月28日に東京高等裁判所にて言い渡された判決である。
しかし、判決はいずれも原告(A氏)の請求を退けるにあたって、いくつもの事実認定に誤りがあっただけでなく、その結果、被告(鈴木義彦)の犯罪をも容認するものとなってしまったことから、それは決して看過できないことであった。
本誌が鈴木義彦を特集し公開してきた一連の記事に一貫しているのは、前述の判決に対するいくつもの疑念を明らかにし、併せて鈴木義彦に向けられている犯罪疑惑への問題提起である。それ故、鈴木からすると、記事の一部を指して削除申立をする性格のものではないはずである。

削除申立がなされた記事は、
「鈴木義彦の嘘と言い訳」(1/1)(2/2)(3/3)(5/4)(6/5)
「海外の隠匿資金1000億円超の全容解明へ」(1/6)(2/7)(5/8)(9/9)
「西義輝が残した『遺書』が語る鈴木の闇」(1/10)(2/11)(4/12)
「裁判官の姿勢を糾弾する」(1/13)(2/14)
「西レポート『鈴木義彦との出会いから現在』」(3/15)(6/16)
「プライベートバンクの担当者要注意! この顔に見覚えはないか?」(/17)
「総括 鈴木義彦とは何か」(1/18)(2/19)(3/20)(4/21)(5/22)(6/23)(7/24)
合計24本であるが、何故、これらの記事を選んだのか、他の記事には削除を申し立てる該当部分がないとする理由が見当たらないため、本誌としては不可解でならないが、先ずは前記記事のそれぞれに便宜的に順に番号を振り(カッコ内の後番号)、概ね以下のキーワードで分類した。
*合意書に基づいた株取引の利益分配及び利益金の海外隠匿
対象記事 ⇒ 3 6 7 8 22
*志村化工株の相場操縦事件への関与
対象記事 ⇒ 2 9 11 16 21 24
*訴訟での虚偽証言
対象記事 ⇒ 4 14 24
*鈴木の暴力団との関係
対象記事 ⇒ 5 10 12
*詐欺、脱税などの犯罪行為
対象記事 ⇒ 15 17 18 20 24
*自殺者、不審死者、行方不明者への関与
対象記事 ⇒ 1 3 13 19 23

鈴木より削除申立された24件の対象記事の中で「虚偽の事実の摘示」の論拠(前提)に前記訴訟の判決を直接挙げているのは3、4、6、7、14、22ではあるが、それ以外の対象記事についても鈴木が判決で勝訴したことを論拠(前提)にしているのは明白である。
そこで、前記の分類に沿って記事による問題提起が事実に基づいて記述されていることを明らかにしたうえで、前記訴訟の判決がいくつもの誤った事実認定に基づいて下されたのかを最大の問題提起とする。

1.判決の事実認定の誤り
(1)「合意書」と「和解書」を無効としたこと。
「合意書」は平成11年7月8日付で前記訴訟の原告と鈴木、西義輝が交わした株取引に係る書面であり、「和解書」は「合意書」を交わして以降に鈴木と西義輝が株取引で得た利益を「合意書」を反故にして鈴木が隠匿したために、履行を促すことを目的に行われた協議で、鈴木が認めた支払い約束を記した書面である。
一審の裁判官がその事実認定を誤ったことで、貸付金及び原告が株取引に係って提供した資金の全額が焦げ付いたばかりか、鈴木が外為法違反を承知で海外に流出させた利益金の追及さえ中途半端に終わらざるを得なくなってしまった。
(2)原告の鈴木に対する貸付金の返済が完了したとしたこと。
平成11年7月30日にA氏が西と鈴木から受け取った15億円は鈴木と西による株取引の利益分配金の一部であったが、裁判官は「合意書」を無効としたことを理由に、根拠もなく債務の返済金に充当した。鈴木は前記15億円の授受を平成11年9月30日と偽り、同日の日付で原告が鈴木に交付した実体のない「確認書」をもって「債務は完済された」と主張したほか、個々の債務についても虚偽の主張を繰り返した。裁判官は、そうした主張に振り回されてのことか、原告が鈴木に販売預託したピンクダイヤモンド、絵画、高級時計等の販売代金についても無効としたほか、1円も返済されていなかった貸付金が、前述の15億円とその後の10億円によって相殺されたと結論づけてしまった。
(3)鈴木には青田光市という旧知の友人がいる。鈴木が西を介して原告と面識を持った直後に、鈴木が紹介する形で原告も青田と面識を持つようになった経緯があった。青田は以前から反社会的勢力との関係が深く、原告と鈴木の間に亀裂が生じたころ、20年来昵懇の関係にあった広域指定暴力団稲川会習志野一家の幹部、楠野伸雄に依頼をして、原告が鈴木の要請に基づいて立てた交渉の代理人(利岡正章)を静岡県伊東市内のパチンコ店駐車場内で楠野の配下の者2名に襲撃させるという事件を起こした。その事実は稲川会の別団体の構成員ばかりか、当の習志野一家の幹部、構成員も暗に認めている。しかも、その襲撃事件が、利岡が示談に応じたことで起訴猶予になったことに不安を感じてか、鈴木の代理人である平林英昭弁護士が少なくとも2回以上も習志野一家の木川孝始総長と面談している。一方で青田が楠野に対し「付き合いはなかったことにしてほしい」と口止めしたと同様に、鈴木もまた平林を通じて「襲撃事件には関わっていない」旨を伝えるなどの工作をしていたことから、2人の事件への関与は明白だった。
鈴木が貸付金の返済と「合意書」「和解書」の履行を如何に逃れるかで腐心しながら、虚偽の主張を繰り返して履行を先延ばしにしてきたことから、原告は止むを得ず訴訟を提起し、その過程で前記襲撃事件についても触れたが、裁判官は事件の真相に目を向けようともしなかったため、鈴木の真実を見逃してしまったと思わざるを得ない。(裁判官による事実認定の誤りについて、具体的な事例は必要に応じて述べる)(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(2)

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(1)合意書に基づいた株取引の利益分配及び利益金の海外隠匿
鈴木は平成10年5月31日に親和銀行不正融資事件で警視庁に逮捕され、同年12月中旬に保釈された。鈴木はA氏より逮捕される3日前にその事実を聞かされていたこともあってか、西義輝にエフアールの存続や愛人と子供の生活費の工面等への協力を依頼していた。そうした経緯から、西は保釈された鈴木の下を日参するかのように訪ね、朝から酒浸りになっている状態を一日も早く脱して日常を取り戻すよう説得し続けた。それは、鈴木が借金を重ねてきた中で多額の債務保証をしてきた経緯があったために、西にとっても必死の説得だった。平成11年2月から3月にかけて宝林の筆頭株主が持ち株を売却するとの情報が西に持ち込まれ、これが西と鈴木にとっては利益を生み出す希望が湧くきっかけとなった。西は宝林株取得を決め5月30日までに取得資金3億円をA氏から借り受けた。鈴木と西は株式市場で宝林株の高値誘導を目論んだが、買い支え資金が維持できずA氏に協力を求めた。7月8日、A氏と西、鈴木の間で協議が持たれ、鈴木が一人熱弁を振るってA氏を説得した。結果、宝林株を始めとする株取引を行う旨の「合意書」が交わされた。そこには「今後の株取引の全てについて責任を負う」という一文が明記された。7月30日、西が「宝林株取引の利益分配」と言って15億円をA氏の会社に持参した。
(鈴木の虚偽主張)
鈴木は「A氏から資金提供を受けるために必要だという西に協力して、書面に署名したに過ぎず、それを実行するという認識はなかった。事実、その後、A氏とは株の話は一切していない」と主張した。しかし、資金協力要請でA氏を説得するに当たり熱弁を振るったのは鈴木自身で、「株式市場で20億、30億という多額の“授業料”を払い、ノウハウを学んだ。株の実務は私と西会長でやる。株取引で利益を出すには株価を維持する資金が安定的に必要で、それを社長にお願いしたい。絶対に自信がある」「これが成功しないと、社長に返済ができない」などということを何度も繰り返してA氏に訴えたのである。鈴木と西による株取引が本格化する中で、鈴木は故意にA氏との接触を避けるようになり、西はA氏に鈴木が海外に滞在中であるなどという虚偽の経過報告を繰り返した。また、鈴木の代理人であった平林弁護士は「合意書」の無効を強調する際に、その根拠を何度もすり変えた。例えば宝林株の取得資金については当初「ワシントングループの河野氏から調達」としたが、間を置かずして「売買ではなくファイナンスの依頼で、取得資金は不要だった」と言ったかと思えば「鈴木自身の自己資金」とまで言い替えた。こうした主張のすり替えは他にも重要な場面で何回もあった。そして、何より鈴木に任され宝林株に始まる取得株式の売りをすべて担っていた紀井義弘が銘柄と利益をリストにまとめ「確認書」として提出するとともに、西が株価を高値誘導し、そのタイミングで売り抜けられたのはA氏に買い支え資金を全て出してもらったからと証言している。
平成18年10月16日の協議で、鈴木は宝林株の取得資金をA氏が出した事実を認め、またその後、A氏に送った2通の手紙の中でも宝林株を取得できたのは西の実績であったことを認めていた。

(2)志村化工株の相場操縦事件への関与
平成14年2月27日、西義輝が志村化工株の相場操縦容疑で東京地検特捜部に逮捕された。志村化工株の取引をした経緯について、平成22年2月に西が自殺する際に鈴木宛に送った書面(遺書)には、次のような記述がある。
「志村化工株に関しては、もっとひどいやり方をさせた。貴殿は、当時、FR社の役員でもあった武内一美氏を私に紹介し、志村株の買収に力を貸して欲しいともちかけ、購入してくれた志村株については、後に全株を買い取るとの約束のもと、私の信用取引を利用し、1000万株以上の志村株を買わせた。貴殿は一方で、海外で手に入れた志村の第三者割当株(1株約180円)、金額にして約20億円分を売却した。この20億円の購入資金も、貴殿が調達したお金ではなく、以前に宝林社に増資で入れた資本金を、私に宝林社の安藤社長を説得させ、年利回り3%で海外のプライベートバンクに預けて欲しいと依頼までさせ、了承させる役割までやらせた。その後、海外に送金させた20億円を志村株の第三者割当増資に流用し、ウラで多額の利益を出している」
「貴殿らは、私が志村株を買っている時に志村株の売却を同時にした事で、私及び武内氏は株価操縦の容疑がかかり、その後、私と武内氏は東京地検特捜部に逮捕された。貴殿は私が逮捕される前に、自分に身の危険が迫っていることを分かっていて、何度となく私に会って、必死に口ウラ合わせを依頼した。私は、この時もまた、貴殿に騙されたと思ったが、私が本当の事を言って、貴殿が逮捕されれば、親和銀行で執行猶予の身でもあり、今まで貴殿と行ってきた三者合意による利益分の事も心配になり、私が全責任を取り、貴殿を逮捕から守る事にしたのである。私が貴殿の事を一切喋らないと約束した後、貴殿は私に頭を下げて言ったことを今でもはっきり覚えている。絶対に忘れる事はない。西会長の身の回りのことや弁護士費用、公判中の生活費用、そして三者合意での利益の分配のうち、少なくとも1/3以上の利益分に関しては、全責任を持って支払う事を約束したことだった。この志村化工事件でも貴殿を守りぬき、私だけが罪をかぶり解決したわけだ。ここまで貴殿のペースにはまるとは、私は大バカものだ」(以上抜粋)
鈴木は「志村化工株の相場操縦事件には関与していない」と主張するが、鈴木に裏切られたことに絶望した西が自ら死を選ぶに当たって書き残した書面の内容に嘘があるとは思えない。東京地検は西や武内の逮捕に前後して鈴木にも家宅捜索や事情聴取を行った。しかし、西が容疑の全てを被ったために確たる証拠が見つけられなかった、ということであって、鈴木の主張には同調できないどころか、協働した人間を貶めて平然とする鈴木の人格さえも疑う。(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(3)

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(3)訴訟での虚偽証言
平成11年9月30日付の「確認書」について。A氏が鈴木から貸付金の担保として預かっていた手形につき、エフアールの決算対策を名目に西経由でエフアールに渡すとともに「債権債務は無い」とする「確認書」を西経由で鈴木に手交したが、鈴木に頼まれ便宜上作成したものであったことはいくつもの書類で明らかであり、鈴木の側近であったエフアールの天野裕常務も認めていた。
鈴木はこの「確認書」を悪用して「A氏に対する債務は完済された」という主張を法廷の場に持ち込み、「債務者はエフアールで、被告は関知しない」とまで主張した。
しかし、A氏が融資をしたのは鈴木個人であって、エフアールという認識がなかったことは、平成9年9月頃に西が鈴木を紹介して以降、西の強い要請に応えてわずか数カ月の間に手形13枚を担保に約17億円、借用書で3億円と8000万円、さらに鈴木が持ち込み言い値で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画に加えA氏保有の高級時計等の預託販売代金の未収分約7億4000万円の合計約28億円を融通したことで容易に分かる。仮に債務者がエフアールであれば、天野裕(当時は常務)が対応しなければならなかったが、A氏は鈴木との対立が表面化する直前まで天野との面識は一度もなく、電話でのやり取りさえなかった。
そもそも9月30日に金銭の授受は一切なく、天野もまた「当時、会社に債務を返済する資力は無く、『確認書』は便宜的なものだった」と認めていた。しかも債務は元本だけでも28億円超であったから、15億円では整合しない上に、西が15億円をA氏の会社に持参したのは同年の7月30日で、それも株取引の利益金の一部を3等分したうえで西と鈴木は返済金の一部として5億円ずつを返済したものだった。A氏は翌日、西と鈴木に15億円の処理について確認し、西も鈴木もそれぞれA氏が心遣いで渡した5000万円を受け取ったことに礼を述べていた。
さらに言えば、鈴木が平成14年6月27日付で作成した「借用書」と、同年12月24日に鈴木がA氏の会社に持参した10億円を鈴木はどのように説明するのか。「借用書」には確定日付もあるが、「確認書」をもって「完済された」と言うならば、この15億円の「借用書」と同年12月24日の10億円の授受は鈴木には説明がつかないはずだ。
裁判官は、「確認書」については鈴木の主張を採用せず、債務が残存しているとしたが、「合意書」を無効としたために宙に浮いた格好となった15億円と10億円の授受について、鈴木によるA氏への返済金として相殺してしまった。15億円の授受に対する事実認定は明らかに誤りである。
平成10年5月頃、鈴木が資金繰りのためにA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤモンドとボナールの絵画について、平成10年5月28日にA氏の会社を訪れ、「売らせてほしい」と言って持ち出し、その後、売却代金も納めず現品も返却しなかった(しかも絵画は一度も持参しなかった)。同じく以前にA氏が保有する高級時計(上代価格40億円以上)を持ち出し、売却代金も納めず現品も返却しなかった。鈴木は高級時計の一部を投資家に持ち込んで6億円を借り受けた後に、他の時計を全部玉や商事という質店に質入れした。この質入れ分についてはA氏が後日金を払って質から出した。鈴木による一連の行為は、A氏が事を構えていれば詐欺横領になったはずだ。
鈴木は平成9年10月15日にA氏が3億円を貸し付けた際の借用書と合致させて「3億円は借りておらず、ピンクダイヤモンドと絵画の代金として買った際の借用書だった」と主張した。期日を確認すれば明らかな通り、3億円の貸付は平成9年10月15日で、ピンクダイヤモンドの持ち出しよりも7ヶ月も前である。鈴木はピンクダイヤモンドを持ち出す際に「念書」まで用意していたのだから、支離滅裂としか言えない。なお、天野によれば「鈴木より白紙の右下部分に署名捺印しろと言われ、書いた」と言い、それが「念書」の実体だった。しかも「念書」には「預かりました」とあるのが、何故、鈴木は「買った」と言えるのか。3億円の「借用書」の但し書きには証券1億円分を担保に入れると明記していた。なお、この担保は西が「鈴木の資金繰りに使わせてあげてください」とA氏に頼み、A氏は渡していたが、訴訟の場で「完済したので返してもらった」とウソを平気で言える鈴木の神経が分からない。
裁判官は、時計について「合計上代45億円相当の価値を有するという腕時計を合計4億円で販売委託するのは、経済的合理性がない」として退け、また絵画等の委託販売についても「原告から本件絵画等の販売委託を受けたのはエフアールであり、被告個人ではない」として退け総額7億4000万円の債務を無効にしてしまった。しかし、鈴木の側近の天野は「ピンクダイヤは見たことがあるが、絵画は一度も見たことがない」ということをA氏、西との面談の中で語っていたから、裁判官の認定は明らかに間違っていた。前述のとおり、鈴木によるいくつもの整合性のない主張を裁判官がことごとく採用した結果が債務の無効だったのである。誰が見ても裁判官が事実認定を誤って判決を下したということが分かる。

(4)鈴木の暴力団との関係
削除申立10の記述は、西義輝が鈴木から直接聞いた話として記録していたものである。
冒頭にも挙げたとおり、鈴木の暴力団との関係は青田光市を抜きには語れない。利岡襲撃事件は青田光市が依頼したものであり、鈴木が関与していないのならば、何故平林弁護士が少なくとも2回以上も習志野一家の木川総長と面談する必要があったのか。平林はA氏の関係者に対して「私は青田の弁護はしていない。鈴木個人の弁護をしている」と述べていた。
なお、青田は「赤坂マリアクリニック」を乗っ取り、暴力団員を引き連れて院長の根岸重浩氏宅を訪ねて「出てこい! 根岸」「殺すぞ」などと脅したうえ、医療法人まで乗っ取って私物化した。青田と鈴木は「義光会」という医療法人の役員に名を連ねている。鈴木義彦の「義」と青田光市の「光」を取ってつけた名称であることが一目で分かる。

(5)詐欺、脱税などの犯罪行為
前述したとおり、鈴木が親和銀行事件で逮捕される直前に、一度はA氏に言い値の3億円で買ってもらったピンクダイヤモンドと絵画を「売らせてほしい」と言って持ち出しながら、現品の返却も販売代金の支払いもせず、高級時計に至っては最後に残った時計を質入れまでしており、持ち出した当初から販売代金をA氏に支払う気などなかった。それこそ詐欺、横領ではないか。
親和銀行から融資を引き出すにあたって差し入れた担保物件についても価値のない土地や古屋貴石が作った偽造のダイヤであった事実が発覚して鈴木は逮捕された。詐欺を指摘した記事は、主に西の遺書に書かれたもので、その信ぴょう性は前述のとおりである。
鈴木による脱税疑惑については、すでに触れている通り、鈴木に任されて取得株の売りをすべて担っていた紀井が証言している。利益を獲得した名義人は鈴木が海外のオフショアに用意したペーパーカンパニーであり、茂庭と紀井が日本での申告義務はないという名目の下で香港やシンガポールの証券会社経由で送金する役割を茂庭と2人で担っていた。本来ならば鈴木自身が申告しなければならなかった性格の資金である。

(6)自殺者、不審死者、行方不明者への関与
鈴木の周辺で挙げるべき西の自殺、天野の不審死、そして行方不明となった証券担保金融業者「五大」の吉川某は、いずれも鈴木と関わりながら、不慮の死、行方知れずとなっているが、その原因が鈴木には全く関係ないとは言わせない。
西が自殺する直前に認めた書面は鈴木宛だけではなく、鈴木の実父徳太郎や青田光市等にも宛てていた。いずれの書面も鈴木が株取引の利益を独り占めしている事実を非難したうえで、鈴木に改心を求めたものだった。
天野は、クロニクル(旧エフアール)の公式の発表とは大きく違い、自宅での病死ではなく都心のホテルでの首つり自殺(不審死)だったことが明らかになっている。何故、クロニクルは明らかに虚偽の広報をしたのか。鈴木は、親和銀行事件以来、エフアールとは一切関係ないと公言していた模様だが、実際には側近の天野に影響力を行使して、西と仕掛けた株取引における新株の発行企業として名を連ねている事実は紀井の証言や「確認書」からも明らかだった。また平成19年にA氏と面談した際にも、天野は鈴木から「A社長とは会うな」と叱責され、両人の間に深刻な亀裂が生じた事実も判明している。こうした事実を踏まえれば、クロニクルによる虚偽の広報に鈴木が関与していないとは考えにくく、逆に天野が首つり自殺をした真相の一端を知っていたのではないかとさえ言われている。
また、大石高裕についても記事で触れたとおり、西義輝が親和銀行事件で公判中の鈴木より「大石の口を封じたい」と頼まれ、大石に5000万円を渡したと言い、天野と同様に鈴木との間に亀裂が生じていたことが窺える。それ故、大石が交通事故に巻き込まれるような状況の一部でも鈴木は承知していたのではないか、という関係者は少なくない。(以下次号)

記事削除命令に対する本誌の見解(4)

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〔本誌に反論もなく通信業者に記事削除を申立てた鈴木の卑劣さ〕
記事削除の申立をした人間が誰であるのかも分からないという、極めて不愉快な状況の中で、裁判所の削除命令に対する本誌としての見解を述べてきた。ここでは申し立てた人間を鈴木義彦と断定して稿を進めるが、鈴木は本当に卑怯で臆病な人間ではないか。本誌が昨年11月から鈴木の特集記事を連載している中で、鈴木は一度も記事に対して抗議をしたり、あるいは訴訟に訴えるという行動を取らなかった。そして、連載を開始してから約5か月後の3月になって、内容も事実関係も何も分からない通信業者を相手に記事削除の申立をしたのである。

鈴木は何故、本誌に対して何も言わないのか。読者の方たちもご承知のように、重要な事実関係を裏付ける証拠類はほぼ全て掲載しているので一切の反論ができないのだ(ほかに録音テープ10本以上がある)。鈴木はA氏が提起した訴訟で「完勝した」と豪語してそれを根拠にして申立をしたが、正面切って抗議をするべきだったが、それができなかった。何故ならば、訴訟で鈴木が主張したことの全てが虚偽に満ちており、長谷川元弁護士の悪辣な戦術に頼らなければ勝訴は有り得ないというのが真実であった。

鈴木は悪の極みである。親和銀行で100億円以上の融資を受けたのは田中森一弁護士(西の紹介)のお陰だった。田中が生きていたら、(西義輝の兄のようであったから)鈴木はこれほどしたい放題はできなかった。それに西がA氏に正確な報告していれば、こんな好き放題もできなかったはずである。
合意書についても多くの関係者や読者もよく分かっているように、裁判で鈴木は「西に頼まれサインしただけ」と言ったが、本当のところは鈴木が一人熱弁を振るってA氏に懇願したのである。
それ故、裁判での主張はほぼ全てがウソだった。側近たちは鈴木が自分の都合の良いようなやり方(金を借りる際も書類はほとんど作らず、返す際には1/10か1/20しか返済しないにもかかわらず、相手方に預けた書類がある場合はすべて回収する)をやっていることを承知していたが、そんな人間が「西に頼まれて」などとよく言えたものだ。西にも悪い所はたくさんあったが、A氏に大変世話になっていたのに、鈴木の口車に乗ってしまって、本当に悪だが、鈴木の悪党ぶりはケタ違いで、相手に全く恩義を感じない人間だ。青田と同様、恥を全く知らない忘恥者の極みだ。

鈴木のように人への恩義が全く分からない極悪な人間は世界広しと言えどもいないという読者投稿が非常に多い。
平成7年頃に天野裕が東京オークションハウスに見学に来て、その後、鈴木が会いたいということで西と鈴木が面談し、それからしばらくして親和銀行より数十億円の融資を副島の関係で受けていたが、暴力団との絡みを解決するということだったにも関らず、副島にも暴力団にも1億円前後の金(手切れ金)しか渡さず、残りは全部鈴木が着服した。鈴木は味を占め、親和銀行よりもっと融資を引き出そうと西に相談して、田中を顧問に迎えさせて多額の融資を引き出した。その際に提供した担保が価値のないものばかりだったため、不正融資事件として警視庁が摘発した。鈴木は西を会長、会長と持ち上げ、良いスポンサーを紹介して欲しいとしつこく何回も頼み、遂にはA氏を紹介してもらうことになった。

記事削除の申立書で、該当記事の何が鈴木の名誉権を侵害しているかを弁護士(これも誰なのか星は知らない)が説明している文章には具体的な記述が一つもなく、A氏が提起した訴訟の判決を唯一の裏付けにしているのだが、改めて触れるまでもなく、A氏の請求は退けられたが、それは鈴木の主張が認められたからではない。A氏の代理人の落ち度もあって鈴木の主張に反論すべきことを十分に反論せず、また平林、長谷川の両弁護士が悪質な作り話を構築してA氏側の主張に信ぴょう性がないかのごとき論述を展開した結果、裁判官が多少なりとも疑念を感じて不採用としたために事実認定を大きく誤り、判決にも重大な影響を及ぼしたということである。鈴木が大手を振って「訴訟に完勝した」などと豪語できるようなものでは全くなかった。
本誌が鈴木の特集記事を継続して掲載するのも、まさに判決で鈴木の犯罪を疑われる行為も隠蔽されてしまったことを問題としているからであり、同時に重大な誤りがある判決を正させることにある。

鈴木だけではない。鈴木の弁護を引き受けた平林、長谷川の両弁護士は鈴木の犯罪の隠ぺいに加担しているという認識を全く持っていないようで、ただ報酬目当てとしか思えないやり方では忘恥者の弁護士と言われるのは当然のことである。特に長谷川に至っては訴訟が終結した平成31年以降に弁護士登録を抹消した。本誌で特集している「『長谷川幸雄』は弁護士登録抹消で許しがたき責任逃れ」にある通り、弁護士を辞めたから全てが終わったと思ったら大間違いで、鈴木による犯罪を疑われる行為を隠蔽した事実に対して知らぬふりをしようとしても、そんなことが許されるようなものではない。過去の例のない最大級の事件として未来永劫にわたって歴史の1頁に刻まれる。

今回の記事削除申立に対して、本誌は終始「訴外」に置かれた。それ故、冒頭にも記したように、利害関係人ではない者に個別情報は開示できないとして、本誌では申立書も見ることができなかったために訴えた人間さえ分からず、さらに議論を交えることさえできないままの状況にあったが、だからと言ってそれで済まされる訳がない。鈴木には本誌に対して何も抗議をしない(できない)ことへの後ろめたさがあると言わざるを得ないが、すでに本誌が連載してきた鈴木に関わる情報は国内外を問わず拡散し、マスコミだけではなく一般にも定着しつつある。それ故、今後、万一にも同じようなことが再び起きた場合、鈴木はモグラ叩きのように複数の媒体を相手に次から次へと記事の削除を申し立てなければならず、しかも情報の拡散もスピードを増すので鈴木や家族(身内)はさらにマスコミの関心の的となり孤立化していくだけなのである。
本誌に数多く寄せられている読者投稿でも分かるように、裁判官の事実認定にはいくつもの誤りがあり、それ故に判決もあまりにもひどい過ちを犯していると、読者の多くが実感しているところであるが、このような判決を放置しておくことなど許されるはずはなく、いずれ再審請求や弾劾裁判の機会が必ず訪れることを、国内外を問わず、多くの読者や関係者、さらには鈴木を知る多くの人たちからも期待する声が届いている。(以下次号)

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